猛(たけ)り血走る獣の眼
照る日のぞめば雨は降り
水の恵みに獣は眠る
安らかならずとも
安らかなれと
(空かかる橋の根本は地上にあり
空から落とされた瞳がみたものは
逆さまの空にかかる七色の橋)
獣の眠りとは裏腹に
悲しみをうけとめた雨は嵐となる
涙のぬくもりを捨て去りて
戸惑う雨に風はよりそい
激しい雨音は大地に響く
どうにもならない苛立ちに
希望は不安の霞(かすみ)かかりて . . . 本文を読む
「誰かのことを好きになりたいとは思っていたけれど、私のことを好きになるような趣味の悪い男は好みじゃなかったのよね」
ママは幼いわたしにそう言った。
「じゃあママは、パパのことが好きじゃなかったの?」
わたしがそう尋ねるとママは困ったように笑いながら
「パパはね結局、最後までよく分からないひとだったわ。私は決してパパのことが嫌いじゃないし、パパも私を愛してくれていたけれど、多分パパって本当は、私のこ . . . 本文を読む
時の海をおよぐ
みんな昔は海だった
いまはもう泳ぎ方さえ忘れてしまったこどもたち
ただ流されるままけれど必死にあがいた一匹の魚は
光に包まれた先で鳥と出会う
鳥と魚は重なりて
空を飛ぶことも海に生きることも適わなくなり土のうえに立つ
重たい身体を引きずるようにもがき喘いで
彼はやわらかな風と太陽のにおいを知った
いつしか再び空を舞う日まで
進めば進むだけ齢は重なり皺きざまれる
自由に流れてい . . . 本文を読む
転んだ拍子に胸元から月が転がり落ちた
坂道でもない平たい道路を月はコロコロ転がっていき
僕は慌てて後追うも月と僕との距離は変わることなく
コロコロ転がる月はぽちゃんと日向(ひなた)の海へと沈んでいった
海は月の沈んだところから
丸い渦をなし夜がはじまる
真昼の空のした海のなかからはじまる夜に
焦った僕は月をひろうため海へと飛び込んだ
夜と重なる海のなか
夜と同じ色した鮫や鯨がガアガア文句をいっ . . . 本文を読む
山が赤くてあまりにも美しいから
僕は空を飛びたくなったけど
僕の体は重たくて地上からかけ離れることをとにかく厭(いと)う
空が青くてあまりにも澄みわたるから
自分の醜さがよけいにあらわになったけど
僕の心は汚ないばかりでないことを本当は知っている僕は僕と戦う
僕と戦い傷ついた僕の傷口に
そっと手を当てるその姿も僕の手で
傷つけたこの手は傷を癒すための手ともなり得る
ゆえに僕は僕をゆるして受け入 . . . 本文を読む
消えたものを探しにいっても仕方ないよという周りの声を無視して
僕は消えたものを探す旅にでた
いつまでも囚われて
結局僕は消えたものを見つけだすことができぬまま
僕の身体は動かなくなった
「だから言ったのに」
「愚かだよね」
「自業自得だ」
そんな声に包まれて
僕の世界に一切の灯火(ともしび)なく
僕の大切な大切な消えたものも見つからない
消えたものは暗闇と同化しそこにあるのだと
光なき世界で僕 . . . 本文を読む
つかみそこなった私はどこへいったのか
すくいそこなった私の居場所は海の底
堆積されて化石となり
いつか誰かの手元に届くまで
晴れわたり照らされた世界の果ては
いつか誰かの声をきく
声はこぶ風の色はみどりに揺らめいた
おぼろげな瞳はなにもつかめずに
ただ波に揺られてたくさんの渡り鳥の群を眺めた
ひかりドロップ
太陽の落とした飴玉を口のなか含みなめながら
三日月は誰にその行方を告げること . . . 本文を読む
何度も産まれて
何度も生きて
何度も死んでまた廻る
だから知らない初めての景色にも
わたしの故郷(ふるさと)は存在し
いまはもう誰も触れることない草木のなかに
あの日交わした約束は眠る
そよ風がそのすきまを通るとき
思い出の香りはしずかにそこから解き放たれて
わたしはわたしの知らない景色に立ち
なに一つ思い出さぬままわたしの頬は濡れていた
かつてみた景色の記憶なくとも
かつてついた傷の痛みなく . . . 本文を読む
反射しないガラスがうつす世界は
鮮明な輪郭と明確な意思と
みるだけでは伝わらぬあなたの気色
はだかの瞳からはとらえられない視界の先に
失われた光はその場に留まりてかりそめの形して
嘘偽らぬ姿は何よりも大切な胎動を守るため
やわらかく強固な殻となる
どんなに分厚い眼鏡をかけても
殻の強度までははかれずに
わたしたちは傷つきやすいはだかの眼差しでものをみて
その姿におびえて目をつむる
みえぬ世界 . . . 本文を読む
昨日みた景色のなかにあなたは居らず
明日を告げる鐘の音のなかにもあなたの声は響かない
目の前に伸ばしたわたしの指先はあなたに絡まることなく空をつかみ
わたしの世界はあおみどり
あなたの姿は影すら見当たらない
鏡の向こうにうつる姿は確かに
わたしの姿であるはずなのに
鏡にうつる景色のなかに
わたしはあなたの影さがす
水の音が告げるとばりの奥に
笑うあなたに似た影法師
鏡砕けては往き来もできまいと . . . 本文を読む
つきつきたもちつきてウサギおちこみ
おちつきたカメふちつきてウサギをなぐさめた
海の底世界の果て夢のなか
いきつけぬ場所さがすいきつくまもなく
海中に答えをもとめるも
うみはにごりて姿をかくす
懐中に落とされたビスケットひとつ
たたきくだきてさらさらと
満月の姿は元に戻らず砂となる
水のなか
もぐれもぐれと声するほうは
遥かかなたの空の星
わたしたちはせいはんたいに導かれ
つなぎとめるはく . . . 本文を読む
水を避けたとりは太陽と月に行きつき月を食べた
月はみるまに欠けていき太陽はとりを恐れて雲に隠れる
月を食べたとりの腹は食べた分だけまるみを帯びて
食べた分だけぴかぴか輝く
その輝きにみせられて水辺の蛇はとりを追う
空で月食む輝くとりは西の空へと
大地這う蛇は西の果てにある山の頂上まで駆けていき
沈みゆくとりに絡まった
とりと蛇はからみあったまま世界の裏側へとおちていき
とりは夜毎にさまざまな月のか . . . 本文を読む
目がぽってりと重たくて
もう何もみたくないと瞑る目は
気付けば開きてものをみる
瞳の奥に眠る泉はこんこんと
湧きいづる涙に嫌気がさすも
渇いた世界には生きられず
生き長らえるために水を欲する
満たされたゆえに重いのか
欠けたるがゆえに囚われたのか
目は熱をもち痛みはじめる
ここが始まりの場所だと主張して
はじめて見た景色に記憶なく
ただ泣き声だけがこだました
開閉の重ねを繰り返し
年老いた . . . 本文を読む
なんの話かと言えば耳栓の話である。
カプセルホテルなんかに泊まる時にそなえ、耳栓を携帯している。500円玉程の大きさの鮮やかな黄緑色したケースにこれまた鮮やかなオレンジ色の耳栓が、いままでは二つ入っていた。耳の穴は左右に一つずつ計二つなので、耳栓は二つあれば十分なのである。で、あるはずなのだが、昨日新たに一袋開封してしまった。その真新しき耳栓をつけて昨夜は寝た。そして起きた。起きたれば耳栓は不要な . . . 本文を読む
荒波に舟こぎいでづ
しずまりまつまで
しずまぬ入り江にて
波に重なる浮き雲の
黒き波間に龍のおとずれ
龍の居場所は海か空かと
問いかけたまへど音沙汰なし
たたりあるぞとおそれずに
たたりなくともおごそかに
まつ生(お)ふ里のみなとより
水の奏(かなで)よ
しじままつ . . . 本文を読む