黒猫のつぶやき

法科大学院問題やその他の法律問題,資格,時事問題などについて日々つぶやいています。かなりの辛口ブログです。

長期修繕計画と修繕積立金のはなし

2013-02-09 16:27:29 | マンション管理
 昨日,マンション管理士の法定講習(マンション管理士として登録した者が,5年ごとに受講を義務づけられている講習)を受けてきました。
 講習は休憩時間を含めて約8時間という長丁場であり,4人の講師が交替で講義を行っていたのですが,トップバッターの某法科大学院教授の授業は最悪でしたね。『マンションの管理に関する法令及び実務』に関する科目と称して計120分の講義をやっていたのですが,主要裁判例の紹介である後半はまだしも,総論と称する前半の講義は別に法令の話でも実務の話でもなく,ただ学者的な観点から「マンション管理とは何か」といった話を延々続けるという救いようのないもので,周りを見ても眠っている人が一番多かったですね。
 他の3人(弁護士2人と理工学部教授)の講義は比較的まともだっただけに,あの法科大学院教授(個人名は書かないけど,中央ローの人です)のひどさは群を抜いていました。あんな講義を2年間ないし3年間も聴き続けなければならない法科大学院生の立場は同情に値すると思います。

 ロー教授のバッシングはこのくらいにして,今回は「比較的まともだった」話の中から,マンションの長期修繕計画と修繕積立金に関する話をしたいと思います。

1 修繕積立金に関する問題
 一般的な分譲マンションでは,将来必要となる大規模修繕に備え,入居者から毎月一定額の修繕積立金を徴収しています。新築マンションの場合,デベロッパー主導でマンションの管理業者が決められ,修繕積立金の金額もデベロッパー主導で決められるのが一般的ですが,当然ながら分譲時には修繕積立金の額が低い方が有利であるため,実際に必要とする額よりかなり低い修繕積立金が定められ,実際に大規模修繕を行う際には積立金の額が全然足りず,修繕積立金の大幅値上げが必要になったり,あるいは高額の一時徴収金を取ったり借入をしたりといった資金繰りを必要としたりといったことが起こります。
 もっとも,現実のマンションにおける入居者の経済状況は様々であり,管理費すら満足に払えない人も少なくありませんから,一時徴収金など簡単に集まるものではありません。資金繰りの目途がつかないと,必要な大規模修繕すら満足に実施できないことになり,そのマンションは早期に老朽化して居住環境が悪化し,最悪の場合スラム化してしまうといった事例も現実に存在します(参考資料:http://www.mlit.go.jp/common/000188645.pdf)。
 黒猫がマンション管理士の資格を取った当初から,こうしたマンションの修繕積立金に関する社会問題が指摘されていたのですが,従来は修繕積立金に関する法的規制などがなく,事実上野放しの状態が続いていました。

2 住生活基本計画の改定と政策目標
 こうした状況に変化が訪れたのは,平成18年に施行された「住生活基本法」とそれに基づく「住生活基本計画」の策定がきっかけです。住生活基本計画(全国計画)は,住生活の安定の確保及び向上の促進に関する政策の基本理念と,それに基づく基本的な施策等を定めたものであり,平成23年に計画の改定が行われていますが,その際には老朽化したマンションの増加に伴う対策が大きな課題であるとされ,その政策目標として「住宅ストックの適正な管理を促進するとともに,特に増加する建設後相当の年数を経過したマンション等の適正な管理と維持保全,更には老朽化したマンション等の再生を進めることにより,将来世代に向けたストックの承継を目指す」ことが定められました。
 マンションの大規模修繕を計画的に実施するためには,少なくとも25年,できれば30年以上の長期にわたる修繕計画を定め,そうした長期修繕計画に基づく修繕積立金を設定する必要がありますが,国交省による平成20年の調査では25年以上の長期修繕計画に基づく修繕積立金額を設定している分譲マンションが約37%に過ぎず,新築マンションでも約51%に過ぎませんでした。
 また,特に小規模のマンションでは長期修繕計画自体が作成されていないところもあったほか,長期修繕計画自体は存在しても必要な修繕項目の一部が欠けているなど内容が不十分なもの,計画の内容が修繕積立金の金額に反映されていないものも少なからず存在していました。
 このような状態を是正するため,改定後の住生活基本計画では,現存するマンションで25年以上の長期修繕計画に基づく修繕積立金を設定しているマンション管理組合の割合を平成32年までに全体の70%へ引き上げること,新築物件については30年以上の長期修繕計画に基づく修繕積立金を設定しているマンション管理組合の割合を,平成32年までに概ね100%とするなどの政策目標が定められました。

3 長期修繕計画の標準様式とガイドライン
 このような政策目標を実現するための施策として,まず平成20年に「長期修繕計画標準様式」と「長期修繕計画作成ガイドライン」が公表されました。従来,長期修繕計画の様式は作成者によってばらばらであったことから,これについて標準的な様式を定め,併せて長期修繕計画の内容についても政府の指針が定められたのです。
 標準様式及びガイドラインでは,工事項目等の漏れを防ぐため,計画期間は新築物件について30年以上,既存物件について25年以上と定められたほか,通常必要な修繕項目として19の中項目と50の小項目が明示されています。推定修繕工事費については算出根拠を明示し,マンションの収支計画においては推定修繕工事費の累計額を上回る額の修繕積立金を積み立てるべきこと,修繕積立金は「均等積立方式」によって積み立てるべきことなども明示されています。
 ちなみに,均等積立方式とは,修繕積立金を毎期均等額で積み立てる方式のことですが,従来のマンションではこの方式ではなく,段階増額積立方式(修繕資金需要に応じて積立金を徴収する方式であり,実際には築年数に応じて修繕積立金の額が段階的に値上げされていく)が採られているところも少なくなかったところ,後者の方式では増額時に区分所有者の合意形成ができず修繕積立金が不足する事態がしばしば生じることから,いわば修繕積立金の設定方式は均等積立方式を基本とすべきであり,段階増額積立方式は不相当である旨の公式見解が示されたとも言えます。ただし,均等積立方式を採用した場合でも,長期修繕計画の見直しにあたり必要な工事費用が増加し,修繕積立金の増額が必要となる場合は十分にあり得ますので注意が必要です。

 さらに,平成23年には「マンションの修繕積立金に関するガイドライン」も公表されました。このガイドラインは,主として新築マンションの購入予定者向けに,修繕積立金に関する基本的知識や金額の目安などを示したものであり,このガイドラインを読めば,自分が住んでいる(あるいは購入しようとしている)マンションについて,修繕積立金の目安となる金額を自分で算出することが出来ます。
 なお,修繕積立金の目安についてさらに詳細なデータを必要とする場合には,マンション管理センターの「長期修繕計画・修繕積立金算出サービス」を利用すれば,申込みから2週間程度で算出結果を知らせてくれるそうです(こちらは有料です)。分譲マンションの購入を検討している人,あるいは既に分譲マンションに住んでいる人にとっては,少なくともガイドラインを読み,自分のマンションの修繕積立金が適正な額になっているかどうかチェックすることは必須といえるでしょう。
<参照URL>
マンションの修繕積立金に関するガイドライン(国土交通省)http://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/mansei/tsumitate2304.pdf
長期修繕計画作成・修繕積立金算出サービス(財団法人マンション管理センター)http://www.mankan.or.jp/07_skillsupport/skillsupport.html

4 今後の課題
 上記のとおり,長期修繕計画や修繕積立金に関する指針は定められたものの,実際のマンションにはそもそも管理組合がないところやあっても機能していないところも少なくなく,居住環境の著しい悪化は主にそうしたマンションで問題になっていることから,既にそうした事態の生じているマンションへの対応のほか,管理組合活動の活性化に関する施策も今後の検討課題となっています。後者については,このブログでも以前取り上げたような記憶がありますが,現在国土交通省に「マンションの新たな管理ルールに関する検討会」が設置され,専門家を活用した管理組合運営のあり方などが議論されています。
 また,長期修繕計画に基づいて修繕積立金が合理的に設定される場合,長期修繕計画の内容は区分所有者が毎月支払う修繕積立金の金額に直結する問題となるため,5年ごとに見直しが行われる長期修繕計画は管理組合の総会で決議すべきものであり,標準管理規約でも長期修繕計画は総会決議事項とされているのですが,実際にはそうなっていない管理組合も少なからず存在するようです。
 昨日の講習では,他会場の受講者から「うちのマンションでは長期修繕計画を総会ではなく理事会で決めているが,総会決議事項に変更しなければならないのか」という趣旨の質問がありましたが,法定講習を受講したマンション管理士の間でも,長期修繕計画や修繕積立金の重要性が十分認識されていないというのは憂慮すべき事態というほかありません。

 なお,以上に紹介したガイドラインは,それ自体に法的拘束力が認められているわけではありませんが,マンションの分譲時における修繕積立金の設定がこれらのガイドラインと比較して著しく適正さを欠く場合には,デベロッパーの注意義務違反を理由とする損害賠償請求などが行われる可能性も否定はできませんから,今後は法規範としても重要性が増してくるかも知れません。