一昨日の記事で,アメリカのロースクールではこの10年間で授業料の金額が倍増し,3年間で10万ドル(日本円で約1000万円)を超えるところも珍しくない,ということを書きました。
資料として用いた『アメリカ・ロースクールの凋落』(花伝社)は,アメリカ人向けに英語で書かれた文献を邦訳したものであり,アメリカのロースクール事情に詳しくない黒猫などが読むと若干理解しにくいところがあるため,記事の内容にも混乱が生じてしまうのですが(むろん,単なる黒猫の理解力不足という可能性もあります),日本では考えられないほどロースクールで授業料が高騰した原因として,前回の記事で黒猫が挙げたのは次の理由です。
(1) ABAの実施しているロースクールの認証評価制度では,教授の待遇改善や設備の充実などに評価の重点が置かれており,認証評価をクリアしないと多くの州で卒業生が司法試験の受験資格を得られなくなってしまうため,ロースクールは認証評価をクリアするために多額のコスト増を余儀なくされ,それが授業料にも反映された。
(2) アメリカでは各ロースクールに対する評価としてUSニュースによる格付けが支配的な役割を果たしているが,USニュースによる格付けは研究者や実務家からの評価,学生に対する設備投資などが評価の対象となっており,有名な教授を好待遇で招聘したり設備投資にお金をかけたりすると評価が上がりやすい(逆にこれを怠ると格付けが下がって学生が集まらなくなり,ロースクールの経営に悪影響が出る)ので,ロースクールはどんどんお金をかけて高級化志向を競うようになり,それが授業料にも反映された。
(3) USニュースでは卒業生の就職状況も評価の対象になるが,アメリカのロースクールではつい最近まで,卒業生の就職状況に関する統計情報の大幅な捏造が常態化しており,多くの学生たちはそれを信じて,ロースクールに10万ドル以上をつぎ込んでもそれに見合う収入を得られるものと考えていた。
しかし,改めて同書を読み返してみると,もう一つ重大な要因があるような気がしてきました。それは同書に言及されている,アメリカの奨学金制度です。
よほど裕福な家庭に生まれない限り,学生が10万ドルもの学費を自力で工面できるはずもなく,ロースクールに通う学生の大半は奨学金制度を利用しているわけですが,同書150頁以下によると,アメリカの連邦奨学金には「収入基準返済プログラム(IBR)」と呼ばれる救済措置があるそうです。
IBRに申し込むと,債務額の残高に関係なく,毎月の返済額は卒業生の所得に応じた金額に修正されます。例えば,卒業生の修正後総所得(日本で言う可処分所得のようなもの?)が4万ドルであり,連邦厚生省が定める貧困ラインの金額の150%が27,465ドルである場合,その差である12,535ドルの15%(年間1,880ドル,月額157ドル)を支払えばよいということになります。日本円に換算すれば,概ね年間可処分所得400万円なら月額15,700円を返済すればよいということです。なお,2014年のIBR資格者については,上記の「15%」が「10%」に変更される見込みであり,要するに毎月の返済額は上記の3分の2で済むことになります。
もっとも,債務額が多すぎる場合,毎月の返済額は減っても利子等により債務額が一向に減らない場合もあり得るわけですが,IBRでは上記の基準による返済を25年間続ければ,残りの奨学金債務は免責してもらえるという制度になっています。なお,2014年のIBR資格者については,返済努力不足とみなされない限り20年で免責してもらえるそうです。
IBRを利用できるのは,通常の10年返済による返済額が上記基準による返済額を上回る場合であり,要するに所得に比べ高額の奨学金債務を抱えていれば誰でも利用できるわけですが,同書の著者は,ロースクールの授業料があまりにも高額であるため,初任給10万ドルの仕事に就いたエリート弁護士でさえも,IBRの有資格者となる可能性があることを指摘しています。
10万ドルは日本円に換算すると約1,000万円,日本の弁護士で初任給1,000万円も貰えるのは大手渉外事務所に就職した人くらいでしょうが,アメリカでもそのような職に恵まれるのは,ロースクール卒業生のうち10人に1人,あるいは20人に1人程度しかいないそうです。そんなエリート層でさえもIBRの適用対象になり得るということは,卒業生のほとんど全員がIBRによる債務免除の恩恵を受けられることになります。
こうなると,もはやロースクールの授業料がいくら高騰しても,学生はIBRを利用し自分の所得に応じた金額を25年間(あるいは20年間)返済すればよいので,実質的には学生の懐が痛むことはないという恐ろしい経済モデルが成り立つことになります。実際,ロースクール関係者はIBRをセールストークに組み入れており,IBRの恩恵を受けているのでロースクール生の借金はそう悪い状況にはない,事がうまく行かなくても実際には膨大な額の借金を返済する必要はない,実質的には後付けの給付制奨学金なんだ,などと説明しているそうです。
同書の著者は,それでも卒業生が重い経済的足枷を長期間背負い続けることに変わりはないという趣旨の問題提起をしていますが,少なくとも日本の学生よりは恵まれているのでその点は措くとしても,このような制度の下では,ロースクールの授業料は際限なく膨張し,最終的にはその大半が国庫の負担に帰することになります。
2010年のロースクール卒業生が抱える借金の総額は全米で36億ドル,日本円に換算すると約3,600億円。これが毎年続き,しかもロースクール生の平均借金額は今も上がっているというのです。ロースクール卒業生のうち法曹関係の職に就けるのは5割程度,しかもその相当数はパートタイムだと言われていますから,控えめに見積もっても,36億ドルのうち7割以上は返済不能かIBRの免責によって焦げ付くと考えた方がよいでしょう。
しかし,一般のアメリカ国民は,従来の学生ローンにおける不履行率2%という数字を信じており,IBRにより返済額がゼロとなっていても債務不履行としてカウントされない現実を知りません。こうして,年間2000億円単位の不良債権問題が隠蔽されているわけですが,その不良債権は,実質的にはロースクールの,特に教授たちの利益として転がり込むわけですから,アメリカ国民は知らず知らずのうちに,国の税金でロースクールの教授を養っているのです。しかも有名教授になると,日本円換算で年収2000万円を超えるという破格の待遇で。
ほぼ全校が大赤字である日本の法科大学院と異なり,アメリカのロースクールは大学側にも非常に儲かる「金のなる木」として認識されており,新規にABAの認証を受けようとするロースクールもあったほか,多くのロースクールは教員数を増やし,学生数を増やす政策を採り続けてきたそうです。アメリカでも実際の法曹需要はむしろ大幅に減っているのですが,さらに一部のロースクールでは,経営維持のために本来入学させるべきでないような学生を受け容れてしまっているようです。
例えば,トーマス・ジェファーソン校では,2008年に卒業生のカリフォルニア州司法試験合格率が76.2%であったところ,3年後の2011年にはこれが33.4%に急落してしまったそうです(同書202頁)。アメリカでは,ちょうど2011年からロースクールの実態がマスコミに報道されてロースクール人気は急低下しているので,制度を大きく変えなければ,アメリカでも日本並みに司法試験合格率が低いロースクールが次々と出てくるかも知れません。
ただ,日本と違うのは,日本では下位校の入学者数がせいぜい年間一ケタか十数人であるのに対し,アメリカでは下位校でも年間数百人を入学させるのが当たり前になっているということです。アメリカでは年間4万人以上がロースクールで法務博士の学位を取得しているそうですが,少なくともその半分は,人数的にも能力的にも法曹界には無用の存在というほかありません。そんな法務博士を大量に「養成」し,実質的にはロースクールの教授たちを養うために,アメリカの連邦政府は奨学金債務の焦げ付きという形で,年間数千億円単位の(どう見ても無駄な)国庫負担を余儀なくされていることになります。
もちろん,連邦政府もこのような事態をただ拱手傍観しているというわけではなく,2011年には少しでもロースクールの経済的負担を抑えようと考えたのか,ロースクールの教授は必ずしも終身在職制でなくても良いなどとするABA認証基準の変更を行おうとする動きがあったのですが,全米の法学教員がこの変更案に猛抗議し,変更案は潰されたそうです(同書45頁以下参照)。
アメリカのこのような話から,日本に対するいくつかの教訓をいくつか挙げることができます。
第一に,日本では法科大学院に対する財政支援が平成22年度で約99億円,司法修習生に対する手当に約96億円の予算が付けられたそうですが,日本はその修習生に対する手当すら惜しみ,貸与制に移行してしまったような国です。上記の例からも分かるとおり,日本とアメリカとでは,法曹養成に対する国家予算の掛け方が桁違いに異なるのです。なお,アメリカ(連邦)の予算規模は,日本の1.5倍程度に過ぎません。
もちろん,これはアメリカが必ずしも司法を重視しているからというわけではなく,むしろ司法の権力が強すぎて司法による国家予算の無駄遣いに歯止めがかからない面もあり,また日本が司法制度についてアメリカの猿真似をしても良いことは何もないと思いますが,要するにアメリカの弁護士業界は,日本では考えられないほど政府や市民から巻き上げた「軍資金」が豊富なのです。
現状のまま日本の法曹人口を増やして世界に打って出ろなどと言われても,日本がアメリカの弁護士に競争を挑むのは,いわば竹槍で戦車に戦いを挑むに等しいと言うしかありません。日本の弁護士がアメリカより劣勢にあるとか言われても,それは決して日本弁護士の努力不足によるものではなく,始めから勝てる環境ではなかったのです。検討会議みたいに,空虚な精神論で日本の弁護士業界を非難するのは,いい加減やめてもらいたい。
第二に,日本の奨学金制度には,アメリカのIBRのような救済システムはありませんが,特に法科大学院生に対する奨学金には,アメリカと同様に焦げ付きのリスクがあります。
法科大学院制度ができる際,入学希望者が奨学金を受けられないようでは制度自体が金持ち優遇だという批判を受けてしまうので,法科大学院生に対しては日本学生支援機構による奨学金の貸与が広く認められることになっています。極論すれば,司法試験には到底合格しそうもない下位校の成績が悪い入学者でも,資力や収入の要件さえ満たせば,少なくとも利子付きの第二種奨学金は受けられるようです。
日本学生支援機構の資料によると,専門職大学院の学生は約6割が同機構の奨学金を利用しているとのことなので,法科大学院生もこれと同じくらいの割合で利用しているものと考えてよいでしょう。なお,平成22年度には大学生の奨学金利用率も5割に達しているので,法科大学院生の相当数は大学生時代から奨学金を利用していることになります。
奨学金制度を使って法科大学院を修了すると,それだけで平均300万円くらいの借金が出来るようです。法学部時代から奨学金を利用している人なら,600万円以上もザラです。法科大学院修了生の半分以上は司法試験に合格できず,合格者も約半分はまともな職に就けない,しかも司法修習では貸与制でさらに300万円の借金が上乗せされる,ということになります。
日本では,アメリカのIBRのような恵まれた救済制度は検討すらされておらず,一方で奨学金の回収率を向上させるために法的措置を含めた取り立ての強化が行われています。
日本学生支援機構の資料によれば,当年度中に回収期日が到来する奨学金返還金の回収率は,第一種奨学金が95.6%,第二種奨学金が94.9%(平成23年度)となっていますが,延滞分の回収率は第一種奨学金が10%前後,第二種奨学金が20%前後にとどまっています。政府の中期計画では,大学・大学院等に係る3ヶ月以上の延滞額を3年間で半減させるという方針が採られており,これを実現するにはとにかく長期延滞者を出さないことが重要だという結論になったらしく,民間業者に業務委託して,滞納者に対しサラ金顔負けの執拗な督促の電話をかけまくるといった取り立て方法が実行されているようです。
このような奨学金利用者に対する苛酷な取り立ては社会問題化しており,日弁連が今年の2月に全国一斉奨学金返済問題ホットラインを実施することにもつながったのですが,もともと回収の見込みがなさそうな法務博士を大量生産し奨学金を貸し付けているのですから,どんなに苛烈な取り立てを行ったところで,まともに回収できると考える方が馬鹿げています。法務博士以外にも,実社会で全く評価されそうにない博士号を持った「高学歴ワーキングプア」や「高学歴ニート」は各地の大学で量産され続けており,しかも文科省は人口10万人あたりの博士号取得者が諸外国より少ないなどという,どこかで聞いたような理屈をひねり出して,大学院生の数をさらに増やそうなどと画策しているようです。そんな状況で奨学金の回収率を上げるなど,所詮無理な話です。
(参考)
2013年度 早稲田大学大学院入学式 鎌田薫総長による祝辞
文部科学省『グローバル化社会の大学院教育 ~世界の多様な分野で大学院修了者が活躍するために~ 答申』
法科大学院生に対する奨学金の総額がどのくらいなのかは分かりませんが,今年の法科大学院入学者数は約2,800人とされており,そのうち約6割が日本学生支援機構の奨学金を利用すると仮定すると,1人あたり300万円で年間約48億円。アメリカのロースクールに比べれば些細な金額に見えますが,これも実質的な法科大学院制度の『維持費』です。
なお,日本の奨学金にはIBRのような免除制度はなく,経済的理由による返還猶予も条件が厳しいので,アメリカのロースクールのように「返済する必要はない」などという説明はさすがにできないと思いますが,日本の法科大学院でも,ごく限られた成績優秀者にしか適用されない返還免除制度などを誇大広告するなどして,奨学金の返済リスクについて学生に誤った認識を植え付けている可能性は大いにあります。法科大学院によって,一般国民の認識できない不良債権が作られ続けている事情は,規模こそ違えど,日本もアメリカと大差ないのです。
第三に,これは第二で述べたことと表裏の関係にありますが,日本の法科大学院生は,アメリカのロースクール生に比べても経済的事情がひどいということです。アメリカではロースクールの授業料が高くても,実際には所得に応じた返済を続けていれば(所得がかなり低い場合には返済猶予を受け続けていれば)25年後に免責されますが,日本では経済的事情による奨学金の返還免除は認められておらず,返還免除は基本的に本人が死亡したか,身体または精神の障害で働けなくなった場合のみです。
現行の奨学金制度は,経済苦を理由とする法科大学院修了者の自殺や,経済苦に起因する精神障害者を確実に増やしていると考えられます。これに,実際の法曹需要を大きく超える数の『法務博士』を量産し,司法試験に合格できるか否かに関係なく修了者の大半が就職困難者となっていることを考え合わせれば,現行の法科大学院制度は,誤って法科大学院に入ってしまった学生を,保証人となったその親ごと経済的に破滅させる罠であると考えるしかありません。現実に法曹を養成する制度は,法科大学院ではなく予備試験が主流になっていくことはほぼ間違いないでしょう。
日弁連は,法科大学院制度の維持を主張しつつ,法科大学院生も含む奨学金制度の利用者に対する「救済手段の充実」を訴えていますが,その主張内容を突き詰めれば,結局アメリカと同様に,日本は法科大学院に際限なく無駄なお金をつぎ込めという結論にしかなりません。
もちろん,そのような気の狂った主張が日本で受け容れられることはないでしょう。現状で最も必要かつ有効な解決策は,法科大学院をはじめとする明らかに無駄な高等教育機関を思い切ってリストラし,限られた教育予算を,現実的に意味のある分野(司法修習など)や成果の見込めそうな分野(主に理系分野)に重点投資し,そこで学ぶ優秀な学生の生活を手厚く保障することです。これは法曹養成だけの問題ではなく,日本全体の将来像がかかっている重要な政策課題なのです。
資料として用いた『アメリカ・ロースクールの凋落』(花伝社)は,アメリカ人向けに英語で書かれた文献を邦訳したものであり,アメリカのロースクール事情に詳しくない黒猫などが読むと若干理解しにくいところがあるため,記事の内容にも混乱が生じてしまうのですが(むろん,単なる黒猫の理解力不足という可能性もあります),日本では考えられないほどロースクールで授業料が高騰した原因として,前回の記事で黒猫が挙げたのは次の理由です。
(1) ABAの実施しているロースクールの認証評価制度では,教授の待遇改善や設備の充実などに評価の重点が置かれており,認証評価をクリアしないと多くの州で卒業生が司法試験の受験資格を得られなくなってしまうため,ロースクールは認証評価をクリアするために多額のコスト増を余儀なくされ,それが授業料にも反映された。
(2) アメリカでは各ロースクールに対する評価としてUSニュースによる格付けが支配的な役割を果たしているが,USニュースによる格付けは研究者や実務家からの評価,学生に対する設備投資などが評価の対象となっており,有名な教授を好待遇で招聘したり設備投資にお金をかけたりすると評価が上がりやすい(逆にこれを怠ると格付けが下がって学生が集まらなくなり,ロースクールの経営に悪影響が出る)ので,ロースクールはどんどんお金をかけて高級化志向を競うようになり,それが授業料にも反映された。
(3) USニュースでは卒業生の就職状況も評価の対象になるが,アメリカのロースクールではつい最近まで,卒業生の就職状況に関する統計情報の大幅な捏造が常態化しており,多くの学生たちはそれを信じて,ロースクールに10万ドル以上をつぎ込んでもそれに見合う収入を得られるものと考えていた。
しかし,改めて同書を読み返してみると,もう一つ重大な要因があるような気がしてきました。それは同書に言及されている,アメリカの奨学金制度です。
よほど裕福な家庭に生まれない限り,学生が10万ドルもの学費を自力で工面できるはずもなく,ロースクールに通う学生の大半は奨学金制度を利用しているわけですが,同書150頁以下によると,アメリカの連邦奨学金には「収入基準返済プログラム(IBR)」と呼ばれる救済措置があるそうです。
IBRに申し込むと,債務額の残高に関係なく,毎月の返済額は卒業生の所得に応じた金額に修正されます。例えば,卒業生の修正後総所得(日本で言う可処分所得のようなもの?)が4万ドルであり,連邦厚生省が定める貧困ラインの金額の150%が27,465ドルである場合,その差である12,535ドルの15%(年間1,880ドル,月額157ドル)を支払えばよいということになります。日本円に換算すれば,概ね年間可処分所得400万円なら月額15,700円を返済すればよいということです。なお,2014年のIBR資格者については,上記の「15%」が「10%」に変更される見込みであり,要するに毎月の返済額は上記の3分の2で済むことになります。
もっとも,債務額が多すぎる場合,毎月の返済額は減っても利子等により債務額が一向に減らない場合もあり得るわけですが,IBRでは上記の基準による返済を25年間続ければ,残りの奨学金債務は免責してもらえるという制度になっています。なお,2014年のIBR資格者については,返済努力不足とみなされない限り20年で免責してもらえるそうです。
IBRを利用できるのは,通常の10年返済による返済額が上記基準による返済額を上回る場合であり,要するに所得に比べ高額の奨学金債務を抱えていれば誰でも利用できるわけですが,同書の著者は,ロースクールの授業料があまりにも高額であるため,初任給10万ドルの仕事に就いたエリート弁護士でさえも,IBRの有資格者となる可能性があることを指摘しています。
10万ドルは日本円に換算すると約1,000万円,日本の弁護士で初任給1,000万円も貰えるのは大手渉外事務所に就職した人くらいでしょうが,アメリカでもそのような職に恵まれるのは,ロースクール卒業生のうち10人に1人,あるいは20人に1人程度しかいないそうです。そんなエリート層でさえもIBRの適用対象になり得るということは,卒業生のほとんど全員がIBRによる債務免除の恩恵を受けられることになります。
こうなると,もはやロースクールの授業料がいくら高騰しても,学生はIBRを利用し自分の所得に応じた金額を25年間(あるいは20年間)返済すればよいので,実質的には学生の懐が痛むことはないという恐ろしい経済モデルが成り立つことになります。実際,ロースクール関係者はIBRをセールストークに組み入れており,IBRの恩恵を受けているのでロースクール生の借金はそう悪い状況にはない,事がうまく行かなくても実際には膨大な額の借金を返済する必要はない,実質的には後付けの給付制奨学金なんだ,などと説明しているそうです。
同書の著者は,それでも卒業生が重い経済的足枷を長期間背負い続けることに変わりはないという趣旨の問題提起をしていますが,少なくとも日本の学生よりは恵まれているのでその点は措くとしても,このような制度の下では,ロースクールの授業料は際限なく膨張し,最終的にはその大半が国庫の負担に帰することになります。
2010年のロースクール卒業生が抱える借金の総額は全米で36億ドル,日本円に換算すると約3,600億円。これが毎年続き,しかもロースクール生の平均借金額は今も上がっているというのです。ロースクール卒業生のうち法曹関係の職に就けるのは5割程度,しかもその相当数はパートタイムだと言われていますから,控えめに見積もっても,36億ドルのうち7割以上は返済不能かIBRの免責によって焦げ付くと考えた方がよいでしょう。
しかし,一般のアメリカ国民は,従来の学生ローンにおける不履行率2%という数字を信じており,IBRにより返済額がゼロとなっていても債務不履行としてカウントされない現実を知りません。こうして,年間2000億円単位の不良債権問題が隠蔽されているわけですが,その不良債権は,実質的にはロースクールの,特に教授たちの利益として転がり込むわけですから,アメリカ国民は知らず知らずのうちに,国の税金でロースクールの教授を養っているのです。しかも有名教授になると,日本円換算で年収2000万円を超えるという破格の待遇で。
ほぼ全校が大赤字である日本の法科大学院と異なり,アメリカのロースクールは大学側にも非常に儲かる「金のなる木」として認識されており,新規にABAの認証を受けようとするロースクールもあったほか,多くのロースクールは教員数を増やし,学生数を増やす政策を採り続けてきたそうです。アメリカでも実際の法曹需要はむしろ大幅に減っているのですが,さらに一部のロースクールでは,経営維持のために本来入学させるべきでないような学生を受け容れてしまっているようです。
例えば,トーマス・ジェファーソン校では,2008年に卒業生のカリフォルニア州司法試験合格率が76.2%であったところ,3年後の2011年にはこれが33.4%に急落してしまったそうです(同書202頁)。アメリカでは,ちょうど2011年からロースクールの実態がマスコミに報道されてロースクール人気は急低下しているので,制度を大きく変えなければ,アメリカでも日本並みに司法試験合格率が低いロースクールが次々と出てくるかも知れません。
ただ,日本と違うのは,日本では下位校の入学者数がせいぜい年間一ケタか十数人であるのに対し,アメリカでは下位校でも年間数百人を入学させるのが当たり前になっているということです。アメリカでは年間4万人以上がロースクールで法務博士の学位を取得しているそうですが,少なくともその半分は,人数的にも能力的にも法曹界には無用の存在というほかありません。そんな法務博士を大量に「養成」し,実質的にはロースクールの教授たちを養うために,アメリカの連邦政府は奨学金債務の焦げ付きという形で,年間数千億円単位の(どう見ても無駄な)国庫負担を余儀なくされていることになります。
もちろん,連邦政府もこのような事態をただ拱手傍観しているというわけではなく,2011年には少しでもロースクールの経済的負担を抑えようと考えたのか,ロースクールの教授は必ずしも終身在職制でなくても良いなどとするABA認証基準の変更を行おうとする動きがあったのですが,全米の法学教員がこの変更案に猛抗議し,変更案は潰されたそうです(同書45頁以下参照)。
アメリカのこのような話から,日本に対するいくつかの教訓をいくつか挙げることができます。
第一に,日本では法科大学院に対する財政支援が平成22年度で約99億円,司法修習生に対する手当に約96億円の予算が付けられたそうですが,日本はその修習生に対する手当すら惜しみ,貸与制に移行してしまったような国です。上記の例からも分かるとおり,日本とアメリカとでは,法曹養成に対する国家予算の掛け方が桁違いに異なるのです。なお,アメリカ(連邦)の予算規模は,日本の1.5倍程度に過ぎません。
もちろん,これはアメリカが必ずしも司法を重視しているからというわけではなく,むしろ司法の権力が強すぎて司法による国家予算の無駄遣いに歯止めがかからない面もあり,また日本が司法制度についてアメリカの猿真似をしても良いことは何もないと思いますが,要するにアメリカの弁護士業界は,日本では考えられないほど政府や市民から巻き上げた「軍資金」が豊富なのです。
現状のまま日本の法曹人口を増やして世界に打って出ろなどと言われても,日本がアメリカの弁護士に競争を挑むのは,いわば竹槍で戦車に戦いを挑むに等しいと言うしかありません。日本の弁護士がアメリカより劣勢にあるとか言われても,それは決して日本弁護士の努力不足によるものではなく,始めから勝てる環境ではなかったのです。検討会議みたいに,空虚な精神論で日本の弁護士業界を非難するのは,いい加減やめてもらいたい。
第二に,日本の奨学金制度には,アメリカのIBRのような救済システムはありませんが,特に法科大学院生に対する奨学金には,アメリカと同様に焦げ付きのリスクがあります。
法科大学院制度ができる際,入学希望者が奨学金を受けられないようでは制度自体が金持ち優遇だという批判を受けてしまうので,法科大学院生に対しては日本学生支援機構による奨学金の貸与が広く認められることになっています。極論すれば,司法試験には到底合格しそうもない下位校の成績が悪い入学者でも,資力や収入の要件さえ満たせば,少なくとも利子付きの第二種奨学金は受けられるようです。
日本学生支援機構の資料によると,専門職大学院の学生は約6割が同機構の奨学金を利用しているとのことなので,法科大学院生もこれと同じくらいの割合で利用しているものと考えてよいでしょう。なお,平成22年度には大学生の奨学金利用率も5割に達しているので,法科大学院生の相当数は大学生時代から奨学金を利用していることになります。
奨学金制度を使って法科大学院を修了すると,それだけで平均300万円くらいの借金が出来るようです。法学部時代から奨学金を利用している人なら,600万円以上もザラです。法科大学院修了生の半分以上は司法試験に合格できず,合格者も約半分はまともな職に就けない,しかも司法修習では貸与制でさらに300万円の借金が上乗せされる,ということになります。
日本では,アメリカのIBRのような恵まれた救済制度は検討すらされておらず,一方で奨学金の回収率を向上させるために法的措置を含めた取り立ての強化が行われています。
日本学生支援機構の資料によれば,当年度中に回収期日が到来する奨学金返還金の回収率は,第一種奨学金が95.6%,第二種奨学金が94.9%(平成23年度)となっていますが,延滞分の回収率は第一種奨学金が10%前後,第二種奨学金が20%前後にとどまっています。政府の中期計画では,大学・大学院等に係る3ヶ月以上の延滞額を3年間で半減させるという方針が採られており,これを実現するにはとにかく長期延滞者を出さないことが重要だという結論になったらしく,民間業者に業務委託して,滞納者に対しサラ金顔負けの執拗な督促の電話をかけまくるといった取り立て方法が実行されているようです。
このような奨学金利用者に対する苛酷な取り立ては社会問題化しており,日弁連が今年の2月に全国一斉奨学金返済問題ホットラインを実施することにもつながったのですが,もともと回収の見込みがなさそうな法務博士を大量生産し奨学金を貸し付けているのですから,どんなに苛烈な取り立てを行ったところで,まともに回収できると考える方が馬鹿げています。法務博士以外にも,実社会で全く評価されそうにない博士号を持った「高学歴ワーキングプア」や「高学歴ニート」は各地の大学で量産され続けており,しかも文科省は人口10万人あたりの博士号取得者が諸外国より少ないなどという,どこかで聞いたような理屈をひねり出して,大学院生の数をさらに増やそうなどと画策しているようです。そんな状況で奨学金の回収率を上げるなど,所詮無理な話です。
(参考)
2013年度 早稲田大学大学院入学式 鎌田薫総長による祝辞
文部科学省『グローバル化社会の大学院教育 ~世界の多様な分野で大学院修了者が活躍するために~ 答申』
法科大学院生に対する奨学金の総額がどのくらいなのかは分かりませんが,今年の法科大学院入学者数は約2,800人とされており,そのうち約6割が日本学生支援機構の奨学金を利用すると仮定すると,1人あたり300万円で年間約48億円。アメリカのロースクールに比べれば些細な金額に見えますが,これも実質的な法科大学院制度の『維持費』です。
なお,日本の奨学金にはIBRのような免除制度はなく,経済的理由による返還猶予も条件が厳しいので,アメリカのロースクールのように「返済する必要はない」などという説明はさすがにできないと思いますが,日本の法科大学院でも,ごく限られた成績優秀者にしか適用されない返還免除制度などを誇大広告するなどして,奨学金の返済リスクについて学生に誤った認識を植え付けている可能性は大いにあります。法科大学院によって,一般国民の認識できない不良債権が作られ続けている事情は,規模こそ違えど,日本もアメリカと大差ないのです。
第三に,これは第二で述べたことと表裏の関係にありますが,日本の法科大学院生は,アメリカのロースクール生に比べても経済的事情がひどいということです。アメリカではロースクールの授業料が高くても,実際には所得に応じた返済を続けていれば(所得がかなり低い場合には返済猶予を受け続けていれば)25年後に免責されますが,日本では経済的事情による奨学金の返還免除は認められておらず,返還免除は基本的に本人が死亡したか,身体または精神の障害で働けなくなった場合のみです。
現行の奨学金制度は,経済苦を理由とする法科大学院修了者の自殺や,経済苦に起因する精神障害者を確実に増やしていると考えられます。これに,実際の法曹需要を大きく超える数の『法務博士』を量産し,司法試験に合格できるか否かに関係なく修了者の大半が就職困難者となっていることを考え合わせれば,現行の法科大学院制度は,誤って法科大学院に入ってしまった学生を,保証人となったその親ごと経済的に破滅させる罠であると考えるしかありません。現実に法曹を養成する制度は,法科大学院ではなく予備試験が主流になっていくことはほぼ間違いないでしょう。
日弁連は,法科大学院制度の維持を主張しつつ,法科大学院生も含む奨学金制度の利用者に対する「救済手段の充実」を訴えていますが,その主張内容を突き詰めれば,結局アメリカと同様に,日本は法科大学院に際限なく無駄なお金をつぎ込めという結論にしかなりません。
もちろん,そのような気の狂った主張が日本で受け容れられることはないでしょう。現状で最も必要かつ有効な解決策は,法科大学院をはじめとする明らかに無駄な高等教育機関を思い切ってリストラし,限られた教育予算を,現実的に意味のある分野(司法修習など)や成果の見込めそうな分野(主に理系分野)に重点投資し,そこで学ぶ優秀な学生の生活を手厚く保障することです。これは法曹養成だけの問題ではなく,日本全体の将来像がかかっている重要な政策課題なのです。
法曹界の外からの目線で見た限りでは、(実務能力の向上につながらない)法科大学院と(訴状すらまともに作成できない)司法修習の組み合わせで、多額の奨学金を積み上げるのは、ただの自業自得。
ロースクールに支払った学費の返済金は、債務不存在確認の訴えでも起せばいい。司法試験に受かるなどと、
それはまさに要素の錯誤である。
おまえの息子が甲南ローと京大ローの両方受かったら,どっちにいかせるつもりだ?
「ビジネスローヤー」になってもらいたいと言うことで甲南ローにいかすのか?
どうせ京大ローに行かせるのだろう。
そんなにビジネスに強いと喧伝するのなら,西村とか長島大野に行って頭を光らせてビジネスビジネスとわめいてこい。
この合格率をみて入学しようとする生徒の考えもよくわかんないですね
落ちても自業自得でしょう。
一生懸命悩む時間がバカらしいのかなと本気で思い始めてます。
これだけ警告されて、それでも法科大学院に騙されに行くなんて。
だからと言って体制は詐欺的でも、学生は詐欺に遭っていないとかほざく井上正仁は刑事責任を問われて欲しいですけどね。
守銭奴の弁護士は信用できない。
お金は真面目な警備員に預けた方が信用できる。
真面目なら弁護士「でも」大丈夫だよ。
弁護士という肩書があると人の本質が変わるとでも思ってるんか?
まるで、クレジットカードの「リボ払い」みたいですね。
「リボ払い」だとまさにその通りなのですが、こちらは免責があるのですね。
弁護士教官が、届け出を忘れないように、メーリスで教えてくれるんだと。