黒猫のつぶやき

法科大学院問題やその他の法律問題,資格,時事問題などについて日々つぶやいています。かなりの辛口ブログです。

司法修習と要件事実論

2011-08-16 20:29:20 | 法曹養成関係(H25.1まで)
 既に第4回目を迎えた『法曹の養成に関するフォーラム』ですが,司法修習について「貸与制を基本とする」考え方となるのはほぼ決定的となりました。
 フォーラムの構成員から考えても概ね予想どおりの結果となりつつありますが,そもそも「法曹を目指す者にとっての経済的負担が多すぎる」ことを問題にするのであれば,まず一番の元凶である法科大学院を潰すべきであり,その点に踏み込まず給費制の維持だけを主張する日弁連の考え方が多くの支持を得られるはずもなく,むしろ昨年貸与制の施行停止が認められたこと自体が奇蹟であるというしかありません。
 なので,今回は貸与制の問題についてはあまり書きませんが,肝心の司法修習制度そのものに関しては,フォーラムでもあまり踏み込んだ議論がなされていないように思います(第4回会議の議事録が未公表なので詳しいことは分かりませんが)。そこで,今回は司法修習制度を改革する場合の問題点,特に要件事実教育との関係について述べてみたいと思います。

 司法修習は,旧試験時代でも新試験時代でも,民事裁判・刑事裁判・民事弁護・刑事弁護・検察の主要5科目に分かれています。法科大学院が出来た頃から,実務教育として「要件事実教育」というものが盛んに言われるようになりましたが,これは上記主要5科目のうち民事裁判の科目だけで出題されるものです。
 「要件事実」とは,簡単に言えば当事者の主張などから出てくる雑多な情報の中で,法律的に意味のある最低限の部分だけを抜き出そうとするものなのですが,当然ながら法律を知らない人に理解できるものではありません。従来から要件事実教育に批判的な黒猫としては,法律を知らない人にも「要件事実教育」がどのようなものか知ってもらうにはどうしたらよいか色々と考えていたのですが,最近これを説明するのに格好の例を見つけましたのでご紹介しましょう。
 元ネタは最近流行(?)の雑談小説『生徒会の一存』シリーズの本編第4巻なのですが,このブログで原作を丸写しにする必然性はないので,設定や細かい表現等は適宜変えてあります。

【問題】以下の会話文に関して,次の問いに答えなさい。
A「じゃあ,これから算数の問題を出すね。小学生でも解けるようなの」
B「そんなの朝飯前よ。あたしに任せなさい!」
A「(小学生レベルの問題解くのに,何で気合い入れてるんだろう・・・)じゃあ・・・・・・タケシ君は,千円札を持って,コンビニにお買い物へ行きました」
B「タケシ君の年齢は,72歳と想定していいのかしら?」
A「何でだよ! 普通に小学校低学年くらいの設定だよ!」
B「ふうん,そうなんだ。分かったわ,続けて」
A「一体何なんだ・・・・・・。とにかく,タケシ君は,千円を持って,お買い物に・・・・・・」
B「待って! その千円は,誰の千円なの?」
A「誰のって,普通にタケシ君のお小遣いだけど?」
B「怪しいわね。小学校低学年で千円は,ちょっと非行のにおいがするわ」
A「うるさいなあ,もう! じゃあ,五百円にするよ,五百円!」
B「ならいいわ」
A「じゃあ気を取り直して,・・・・・・タケシ君は,五百円を持って,コンビニに行きました」
B「時速何キロで?」
A「は!?」
B「コンビニまでタクシーに乗ったとすると,五百円じゃとても足りないわね」
A「何で小学校低学年のタケシ君が,わざわざコンビニまでタクシー利用するんだよ!?」
B「だって,最近の子供って足腰弱いじゃない」
A「だーっ! そんなこと考える必要ないから! 徒歩5分もあれば行けるコンビニだから!」
B「タケシ君が,車椅子だったとしても?」
A「え? タケシ君が,車椅子・・・・・・?」
B「そう。タケシ君は,手術を受けるのが嫌で,こっそり病院から抜け出したのよ!」
A「そうだったんだ。何てことだ・・・・・・って,タケシ君に余計な設定付け足さないで! とにかく,タケシ君は健康な子で,五百円もクリーンなお金で,徒歩5分もあれば行ける近所のコンビニに歩いて向かったの!」
B「徒歩5分ね。途中で魔物の群れを倒しながら進めば,途中で200ゴールドくらいは貯められるかしら」
A「どこのRPGの話だよ! 別に魔物なんか出たりしないから!」
B「魔物が出ないって・・・・・・ トヘ○スでも使ったの?」
A「ト○ロスとかもないから! 普通に現実世界のお話だから! もうお願いだから,話を前に進めさせて・・・・・・」
B「・・・・・・分かったわよ。別に涙目になって訴えなくてもいいじゃない」
A「誰のせいだよ・・・・・・。とにかく,タケシ君はコンビニに着いて,コンビニで百円のジュースを二個,百二十円のパンを一個買いました」
B「何で?」
A「え?」
B「小学校低学年の子供が,コンビニでジュースとパン・・・・・・。育児放棄の可能性が出て来たわね」
A「どうしてそういう方向に話を進めるの!?」
B「だって,不自然じゃない」
A「分かったよ・・・・・・。だから,たまたまその日は,両親が家から外出してたんだ」
B「そう。その日以降,両親はタケシ君の前から姿を消したわけね」
A「何でだよ! 普通に戻ってくるよ!」
B「もの言わぬ身体となって?」
A「無事に帰ってくるよ! ちょっと家を空けただけ!」
B「でも,そのつもりでちょっと家を空けたら,急に大地震が襲ってきて,両親が津波で流されてしまうという可能性もないとは言えないわ」
A「いや,その可能性も確かにゼロとは言えないけど・・・・・・って,君は何でタケシ君をそんなに不幸にしたいんだよ! 単なる算数の問題でそこまで考えなくていいから!」
B「でも,備えあれば憂い無しって言うじゃない」
A「そんなことまで備えなくていい! とにかく,タケシ君は,ちょっと小腹が空いたから,両親から貰っていた五百円でパンとジュースを買っただけ! 両親はその後無事に帰ってくる,そういう前提で考えていいから! 非常時のこととか一切考えなくていいから!」
B「ジュース二本なのが気になるわね。妹の分かしら」
A「もう,それでいいよ。さっさと話を進めるよ」
B「待って! だとしたら,どうしてパンは一つだけ・・・・・・」
A「ああもう! だったら,パンも二つ買ったことにするよ! それでいいんでしょ!」
B「うん,美しい兄妹愛よね」
A「・・・・・・さて,おつりはいくらでしょう?」
B「分かったわ。それでは,この電卓を使って・・・・・・」
A「電卓は駄目!」
B「何でよ! 文明の利器じゃない。最近は日商簿記試験や公認会計士試験でも電卓の持ち込みは認められているのよ」
A「認められてない試験の方が多いから! 簿記じゃなくて,純粋に計算能力を問う問題なんだから,自分で解きなさい!」
B「うるさいわねえ。じゃあ筆算で解くわ」

問い 上記の会話文から,Bさんが問題を解くのに必要最低限の情報を抜き出して,これを文章で表現しなさい。なお,問題の解答を記載する必要はありません。

 Bさんの性格は別にして,皆さんはこの問い自体を特に難しいものとは思わないでしょう。ただ,「必要最低限の情報」と言われると,厳密にはタケシ君とかコンビニとかいう情報も要らなくなるので,文章的にどう表現するかは若干悩む余地はあるかも知れませんが。
 上記は算数の問題に関するものですが,要件事実というのはこれを法律の問題に変えただけで,色々と無駄なことが書いてある中から,法律的に意味のある部分を抜き出せというものに過ぎません。
 もっとも,司法研修所の要件事実教育では,厳密に必要最低限の事実関係を答案に記載することが求められ,しかもその記載方法は司法研修所の民事裁判教官室で決められた見解に一言一句従わないと高い評価をもらえないという世界なので,司法修習生(特に裁判官や検察官の志望者)はその見解を一生懸命暗記するという,ある意味馬鹿げた教育が行われているわけですが。 
 また,弁護士や裁判官などの実務家になっても,マニアックな要件事実論の研究をしている人達はいるので,法科大学院時代になっても,司法研修所時代に要件事実教育で散々苦しんだ記憶のある実務家教官たちは,とりあえず「実務教育」として院生達に要件事実教育を叩き込み,それで必要な実務教育を行った気になっているわけです。
 もっとも,ここで言うマニアックな要件事実論とは,例えば上記の問いで実際に答案を書くとき,上記で「タケシ君」「コンビニ」「パン」「ジュース」といった単語を出す必要があるか無いかを一生懸命議論しているようなもので,そんなものは実務上一切必要ありません。裁判の実務で当事者の主張を整理する場面でも,大体法律的に意味があるのはこの部分だなということが分かっていれば足り,別に一言一句に至るまで「最低限」の事実関係を抜き出す必要などはありません。
 それに,上記のような問題を解くには最低限の算数の知識と日本語力があれば足りると思いますが,要件事実もこれと同じで,実際には法律の知識と日本語力があれば足り,法律論の勉強とは切り離して要件事実論のために独自の学習をする必要性はあまり存在しません。少なくとも,司法試験に要件事実論の問題は一切出題されませんから,合格する以前の段階で要件事実論の勉強をする必要性は全く無いと言えます。
 経済的見地から,司法修習を含めた法曹養成制度全体を見直すというのなら,こういう法曹界の奇妙な伝統の中で築き上げられた無用な「教育」の在り方にこそメスを入れるべきでしょう。

3 コメント

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要件事実と司法試験 (さくさく)
2011-08-17 22:02:05
旧司法試験では要件事実は出題されませんでしたが,新司法試験では要件事実も出題されているのでは?
出題されてません。 (黒猫)
2011-08-22 10:41:48
出題の趣旨を確認しましたが,新司法試験でも要件事実の問題は出されていません。予備試験の民事実務基礎科目で若干出題されるだけです。
要件事実の出題 (さくさく)
2011-08-25 19:27:13
新司法試験平成18年民事系第2問の出題の趣旨はご覧になられたでしょうか?