もみさんの一日一冊遊書録( 2011年9月1日 スタート!: メメント・モリ ) ~たゆたえど沈まず~

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150428 沖縄の声&琉球新報【社説】:4月28日は沖縄県民の「屈辱の日」。この日、オバマに会う安倍の無神経

2015年04月28日 22時33分55秒 | <憲法の危機>は「戦後最大の危機」
4月28日(火):

朝日新聞4月28日「声」欄: 沖縄のこと誤解してないか  無職 渡久地政弘(沖縄県 76)
 沖縄の基地問題について、次のような誤解はないか。
 ①沖縄は基地がなければ経済的に立ち行かない。
 この認識は間違いだ。県民総所得に占める基地収入は5%ほど。むしろ、基地返還後に経済が発展している。たとえば、沖縄県の調査によると那覇新都心地区の直接経済効果は、返還前の32倍。基地は経済発展の阻害要因だ。
 ②沖縄は基地があるため、政府から他の都道府県より多くのお金をもらっている。
 これも事実に反する。国庫支出金と地方交付税の合計額は全国17位、人口1人当たりでも全国6位(2012年度、東北の被災3県を除く)だ。突出して高いわけではない。
 私は、沖縄の全基地の撤去を求めてはいない。米軍基地が、日本国民全体の安全を保障しているのなら、全国で平等に引き受けるべきだと主張しているのだ。
 せめて普天間飛行場だけでも本土に移せないか。基地負担は73.8%から72.3%に微減するだけだが、この問題を国民全体で考え、「沖縄を基地の島にはしない」という希望を沖縄の若者たちに与えてほしい。

琉球新報【社説】「屈辱の日」63年 沖縄を政治的道具にするな  2015年4月27日
 あす4月28日は対日講和条約が発効した日。敗戦国の日本本土は主権を回復し、連合国による占領状態から独立を果たした。一方でこの日を境に沖縄、奄美を含む南西諸島が日本から切り離され、米施政権下に置かれ異民族支配が始まった。その後に繰り返された住民に対する弾圧、人権蹂躙(じゅうりん)、基地被害の源流となるこの日を沖縄では「屈辱の日」と呼んできた。
 ことしは条約発効63年で、沖縄の施政権が日本に移って43年を迎える。名護市辺野古では現在、沖縄の大多数の反対の声を無視したまま、米軍普天間飛行場移設の新基地建設が進む。多くの県民は今も沖縄の主権は切り離されたままだと思っている。
 政府は2013年、この日に「主権回復」を祝う式典を開催した。沖縄から猛反発を受け、その後は開催されていない。式典を挙行すること自体、安倍晋三内閣が沖縄の苦難の歴史を念頭に置いていないことを如実に示した。
 米軍は条約発効翌年の1953年4月、土地収用令を発令し、住民が暮らす土地を次々と強制的に接収し、銃剣とブルドーザーで家屋を破壊し住民を追い出して基地建設を進めた。
 辺野古移設作業では、翁長雄志知事が岩礁破砕許可の区域外でサンゴ礁の破壊が確認されたとして海底作業の停止指示を出した。しかし沖縄防衛局はすぐに知事の指示に対する不服審査請求と執行停止申立書を提出し、農水省が知事の指示の効力停止を決めた。
 このため現場の作業は継続されている。沖縄の民意を踏みにじったまま工事を強行している姿は米統治下の「銃剣とブルドーザー」と何が違うというのか。
 翁長知事は安倍首相との会談で辺野古移設について「自ら土地を奪っておきながら、老朽化したから、世界一危険だから、沖縄が負担しろ。嫌なら代替案を出せと言われる。こんな理不尽なことはないと思う」と主張した。沖縄が置かれている不条理な現状を言い当てた正論だ。
 安倍首相は日米首脳会談に関して「沖縄の基地負担軽減を進めると確認したい」と述べた。本気で負担軽減をするのなら、辺野古移設を断念するほかない。それをせずして「負担軽減」を叫んでも、沖縄を政治的な取引材料の道具にしたままの虚言にしか聞こえない。これ以上、沖縄が屈辱を味わう状態に置かれるのは我慢できない。

琉球新報【社説】日米首脳会談 正義への責任果たせ 辺野古中止で民意尊重を  2015年4月28日
 安倍晋三首相とオバマ米大統領が28日会談する。辺野古新基地の今後も話し合う見込みだ。
 現在、日米両政府が沖縄で進めていることは巨大な不正義、不公正、民主主義の否定である。
 両国が国際社会で発信すべきことは何か。言うまでもなく自由と平和と人権の擁護、民主主義の持つ普遍的価値であろう。
 それら全てを否定する野蛮な行為を両国は沖縄で進めている。沖縄の民意を尊重するのが民主国家の取るべき道だ。両首脳は新基地の強引な建設を中止し、正義への責任を果たしてもらいたい。

岩国から移転
 忘れてはならないのは、普天間飛行場を含め沖縄の米軍基地に沖縄側が自ら提供したものは一つもないという事実である。基地の接収は第2次世界大戦中の沖縄戦直後もあれば1950年代もある。それら全てが住民の意思に反して強引に、暴力的に奪取された。すなわちハーグ陸戦条約(戦時国際法)46条が禁ずる「占領下の私有財産没収」である。
 今は21世紀だ。だが米国はその国際法違反の状態を大戦から70年たった今も続けている。普天間飛行場は危険だから返還してほしいと求められたら、同じ沖縄の辺野古に新基地を造らなければ返さないというのである。これが巨大な不正義でなくて何であろうか。
 50年代に本土で米軍基地反対運動が起きると、本土の米軍基地は沖縄へ移転された。沖縄は米軍の強権的な占領統治下にあり、住民は抵抗の意思表示すら許されなかった。その時に移転してきたのが海兵隊である。それ以前、沖縄に海兵隊は駐留していなかった。沖縄の海兵隊は沖縄の人権を踏みにじる形で出発しているのだ。
 沖縄への不公正な扱いは日本政府も同様である。普天間基地をめぐり政府は「辺野古移転が唯一の方策」と強調する。県外移設は不可能という意味だ。だが普天間をホームベースとする第1海兵航空団は本土復帰後の76年に安倍首相の地元山口県の岩国基地から普天間へ移転してきた。本土から沖縄へは簡単に移転させるのに、逆は不可能というのである。
 政府は、16年前に沖縄も辺野古移転に合意したと言うが、それは「15年間だけ代替基地の存在を認める」というものだ。恒久的な基地に同意したことは一度もない。
 大統領も沖縄への民主主義適用を支持すべきだ。辺野古移転案が浮上して以降、沖縄の世論調査で反対は常に半数を大幅に超える。当事者の市長も市議会も、知事も県議会も反対派が勝利した。米国内の州で同じことが起きたら新基地建設などできないはずだ。

普遍的価値の体現
 戦後70年、沖縄は苦痛に耐えてきた。自己決定権の喪失、性暴力、人権抑圧、爆音、環境汚染など広範囲にわたる。米軍機の墜落は復帰後の43年で45回に及ぶ。部品落下や着陸失敗なども含めると事故は約600件もある。同じ沖縄に部隊を置き、飛行場を移すのは、この状態を今後も続けるということだ。これが何の解決にもならないのは誰の目にも明らかだ。
 今こそ正義を取り戻す時だ。辺野古新基地反対運動はガンジーにも似た非暴力に徹している。18年以上も続く抵抗は、マンデラ元大統領にも比すべき忍耐強さだ。人権と自由の尊重、民主主義という普遍的価値を体現しているのは、日米両政府よりむしろ沖縄の方であろう。両首脳はその事実を直視すべきだ。
 米軍駐留は表向きは日本防衛のためだが、日本のせいで戦争に巻き込まれていいとは思っているまい。まして尖閣という東シナ海の無人島のために中国と戦争するなどあり得ない。海兵隊駐留は一義的には在外米国人救出のためだ。
 そして武器弾薬・軍需物資を在外米軍で消費し、軍産複合体を潤すのが真の目的のはずだ。そんな既得権益のために巨大な不正義を放置していいのか。両首脳に問われるのはそのことだ。
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