もみさんの一日一冊遊書録

2011年9月1日(木) スタート!

菫程な小さき人に生れたし 漱石

216冊目 脇田晴子「大系日本の歴史 第7巻 戦国大名」(小学館;1988) 評価4

2012年05月14日 00時00分10秒 | 一日一冊読書開始
5月13日(日):

374ページ  所要時間3:25

著者54歳(1934生まれ)。室町時代の大家である。

今回も1ページ15秒を原則にした縁結び読書。理解よりも、ページを追うことに集中した。気になったところには付箋をした。評価は勿論俺の能力の低さによるものである。

通説的な各戦国大名に関する記述はかなり簡素化され、その分この時代のさまざまな諸相についての考究が行われている。

タテの奉公とヨコの一揆:「戦国時代といえば、武田信玄や上杉謙信が活躍し、鎧武者が切り合う、時代劇のイメージが強い。たしかに、かれらが築いていった封建的主従関係の上下のタテ系列、すなわち、上は大名から下は足軽まで一貫する軍事体制の成立が、戦国時代の帰結点であった。しかし、いっぽうで、略。/武士も百姓も町人も、自立した一個人をメンバーとする平等でヨコに連帯する党・座・一揆という結合体をもっていた。西洋中世と同じく、自治都市や自治村落の花開いた時代であった。タテの主従関係にもとづく軍事体制のほうが、ヨコの結合体より強いにきまっている。したがって戦国時代とは、大名権力に、ヨコ系列の一揆や党が敗れていく過程であり、百姓や町人の座や一揆が、骨ぬきにされていく過程を追うことになる。/しかし、略、大名領国も統一権力も、数多くの共和制的な一揆勢力との熾烈な闘争のなかできたえられて、成立したものであった。」

目次:
戦国時代とは
―はじめに―
応仁・文明の大乱:大乱の勃発とその経緯/大乱、いちおう終息する/戦国初期の大名
コミューンの世紀:山城の国一揆/百姓の叡智/動揺する畿内/加賀の一向一揆
海道下りと花の都:風流舞う/芸能者の創業/廻国の文芸/信仰と勧進/参詣の旅路
大名家の盛衰:関東地方の動向/畿内の動向/中国地方の動向
富国強兵への道:分国法の制定/家臣団の編成/農民支配の強化
城と領国経営:築城術の発展/戦国城下町の形成/商工業・交通・貨幣政策
村と町の自治:土一揆と徳政/村と祭祀と村法/商人団と私法/町の自治組織
躍動する女性像:武家の女/官女と庶民の女の世界
拡大する市場圏:首都市場圏の成立/問屋制家内工業の商品/領国市場の形成
海外貿易と国際情勢:東アジア世界の中で/国際貿易の商品・貨幣/北海道・沖縄の国際貿易
一六世紀の技術革新:海外技術の導入/武田信玄の新技術/西洋文明との出会い
統一に向かう畿外諸国:川中島の戦い/越後の上杉謙信/甲斐の武田信玄/中国と九州の情勢
流浪する将軍と浮上する天皇:混迷深まる畿内/幕府滅亡す
統一政権誕生の条件―おわりに―

「家元」としての天皇
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215冊目 北島正元「日本の歴史 第16巻 江戸幕府」(小学館;1975) 評価5

2012年05月13日 02時55分21秒 | 一日一冊読書開始
406ページ  所要時間3:05

著者63歳(1912〜83)。言わずと知れた江戸時代の大家である。

今回も1ページ15秒の縁結び眺め読み速読。

本書は、松平氏の素性から始めて、徳川家康の一代記を非常にバランスよくまとめ切っている。その意味で、家康の目を通して戦国の終わりから江戸幕府成立までの過程がよく描かれている。読み終わって、<徳川家康の大河小説>を駆け足で読み通したような気分になれたのは収穫である。コンパクトにまとまった家康の資料としては一級品だと思う。

信長の下での隠忍、秀吉の躍進・天下統一、朝鮮侵略、秀吉の死、リーフデ号漂着、関ヶ原、徳川の覇権確立、豊臣の滅亡、徳川家臣団の内紛(本多正信・正純、大久保忠隣・長安)、諸法度制定、家康の死をめぐる風景、明神vs権現論争

豊臣秀頼は、「ほんとうに秀吉の子かどうか疑わしいという説もある。」177ページ

「関東方と大坂方の最後の決戦は、天王寺口を中心として行なわれた。このときも3500の真田隊が、抜群のはたらきを演じた。5月7日、真田勢は二度までも家康の本陣をつきくずし、家康に一時は自決を決意させるほどの危機に追いこんだ。三方原の合戦以来くずれたことのない金扇の馬印が、ここで二度くずれたのである。さしも歴戦の功をほこった三河勢も、命からがら平野・久宝寺のへんまで逃げのびたという。その鬼人のような真田勢も、三度目の攻撃で、幸村はじめほとんど全員が玉砕した。「真田日本一の兵」(『薩藩旧記』)とのちのちまで嘆賞されたゆえんである。」370ページ

家康死後の遺産は、ほぼ600万両。「これを現在(1975年当時)の金銀相場で換算すれば、じつに1兆4350億円余の巨額になる。いまとくらべて物価がはるかに安い当時のことであるから、貨幣としての実質価値はずっと高くなるだろう。」(396ページ)37年前の物価記述でこれなのだから、2012年の現在なら一体いくらになるのだろう…?

目次:
幕藩制国家の成立―はじめに―
三河統一の道:松平武士団の苦闘/囚われの十三年/一向一揆と三河一統
海道一の弓取り:遠州平定/「風林火山」との抗争
五か国の経営:駿・甲・信の併合/領国の流通統制
豊臣政権とのかけひき:小牧・長久手の戦い/秀吉への臣従/小田原攻めと五か国総検地
関東の国づくり:「江戸御打入り」/家臣団の知行割/検地と農民/奥州出動
江戸と城と町:江戸城普請と武家屋敷/江戸の町づくり/商工業の保護と統制
中央政界の重鎮:朝鮮侵略と家康/豊臣政権の動揺
関ヶ原の決戦:関ヶ原前夜の政争/「天下分け目」の決戦/戦後処理/鉱山開発と貨幣
江戸開府:将軍宣下/江戸城の拡張/江戸市街の拡張/江戸商業のおこり/伝馬と水運
死なぬように生きぬように:農政の論理/慶長の検地/土豪と百姓
貿易将軍とキリシタン:貿易と禁教/朝鮮・琉球・蝦夷地/禁教への道
慶長期の民衆と文化:かぶき者の行動と論理/踊りと阿国歌舞伎/町衆の文化
駿府と江戸:大御所政治/公家・社寺の統制/権力闘争の激化
大坂の陣:豊臣氏と反幕勢力/鐘銘事件/大坂冬の陣/大坂夏の陣/「文をもって治める」
東照大権現:血ぬられた臨終/東照大権現と祖法

関ヶ原の戦い後の豊臣氏の動きは、too little too late の戦力逐次投入方式で、最悪の玉砕路線であり不可解と言わざるをえない。天下の趨勢の変化をしっかりと見定めて、天下人への拘りを捨て、国替えを受け入れ太閤秀吉の家を後世に残すことに徹底していれば、最低でも上杉・毛利レベルの30万石ぐらい、徳川家への忠節をしっかりと示せば、伊達・島津レベルの65万石の維持も難しくはなかっただろう。結局、横綱に降格はあり得ず、引退・退場しかないということなのか。でも、織田は残ったし…。

よく言われることだが、大阪城の堅牢さが、北条氏の滅亡と同じ錯覚を豊臣に生んだのだろうか。逆に見れば、自発的に大阪城を明け渡し、国替えと参勤を行っていれば、前田レベルの100万石もあり得ただろう。結局、敗戦処理的方向で石田三成・直江兼続クラスの一流の人材がいなかったということに尽きるのだろうか。再三にわたる家康のシグナルを無視し続けた豊臣の姿は、客観的には異様であり不可解としか言えない。まあ、豊臣が最大限に利用すべき秀忠夫人と淀君の姉妹関係千姫と秀頼の夫婦関係をまったく台無しにしてしまったのだから、言うも愚かなりということなのだろうか…。


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214冊目 藤木久志「日本の歴史 第15巻 織田・豊臣政権」(小学館;1975) 評価3

2012年05月11日 01時19分58秒 | 一日一冊読書開始
5月10日(木):

390ページ  所要時間2:30

著者42歳(1933生まれ)、立教大学名誉教授。戦国時代の民衆史を専門とする民衆史観研究者。護憲派としても運動している。

若い頃、古本屋で新古本(しんこぼん;比較的近年に出版された書籍で基本的には出版社から流れる新品の処分本のこと)として随分安く入手して有頂天になった。しかし、ごく一部以外ずっと読むこともなく、本棚の肥やし、というか自己満足と場所取りのシンボル化していた小学館版(旧)『日本の歴史』 全32巻(1973〜1976)の内の一冊である。

そもそも1ページ15〜20秒ペース、所要時間2:30の眺め読みで済ませて理解できるような本ではない。最低でも10時間以上は掛けて読み込むのが礼儀である。しかし、そうすればこれまでがそうであった如く、結局死ぬまでこの本を読まずに終わるのは明らかだ。それならば、ページに目を這わせるだけでも、少なくとも著者の心意気ぐらいは感じることができる。思い立った今日、そのことだけでも多として、満足しておくのもひとつの読書体験だろう、と思って眺め読ませて頂いた。従って、評価3はこの本の評価ではなく、俺の理解能力の貧しさの指標(3未満の評価は失礼過ぎるので不可)ということである

著者が、「(信長が安土築城した)天正四年を画期とする石山戦争から朝鮮侵略へという、ひと筋にだけすべてを託して、織田・豊臣政権の軌跡をたどってみることにしたいと思う。/一向一揆と統一権力、統一と侵略。それは、西ヨーロッパ植民帝国の進出も加えて、激動する東アジア世界のなかの民衆にとって、何であったのであろうか。/その波動と底流を、統一され侵略されたものの側からひたすら見すえていくことを、この巻の、ただ一つのたいせつな課題としよう。」と、はじめに、で述べている通りで、通常の織豊政権の描き方よりは、偏った記述の印象を受けた

朝鮮での、いろは強制朝鮮年貢帖の存在、鼻塚への糾弾など朝鮮侵略の罪業を、強く指弾する姿勢は、37年前の日本史では斬新だったことは十分に理解できるが、今の視点ではそれほど新鮮ではない。しかし、ひと通り日本の朝鮮に対する侵略行為への指摘・断罪が行われた後、逆に近年その視点への指摘が何か甘くなっている印象があるのも実感である。その意味で、何か問題意識がぐるりと一回りした上で、改めて原点回帰して、豊臣政権の朝鮮侵略を再認識・評価するという点で、ある種新鮮な問題提議になり得ているのが、興味深かった。

今日、職場の帰りに買ってきたチャンジャを摘まみながら、サントリー角瓶を飲みつつ、この文章を打ち込んでいる、まさに今この時が、俺にとっては、ひとつの極楽体験なのである。  それでは、もう寝ます。お休みなさいませ。






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120508 お粗末過ぎる茶番劇。週刊ポストの記事。

2012年05月09日 02時24分24秒 | 日記
5月8日(火):

他人のふんどしで相撲を取って本当に申し訳ありません。堕落ですよね…・。でも、どうしても引用したかったので、引用します。
原発再稼働の問題は、要するに、「電力が足りない」と騒ぐのではなく、「どんな手段をとっても足りさせてみせる」というのが、議論の基本なのである。それを、野田バカ内閣は、誤魔化そうとするから、国民の信用を急速に喪失していくのだ。そもそも、出発点に小賢しい、国民をなめた誤魔化しを選んだことが野田バカ内閣の墓穴なのだ。俺は、今回のことで、松下政経塾出身の政治家をまったく信頼できなくなった。彼らのほとんどは文科系である。原発問題を処理するのは、理系出身の総理大臣であるべきだと、つくづく思い知らされた。野田バカ内閣は、できるだけ早く退陣して、新しい民主党内閣をたてるべきだ! 俺は自民党には投票したくないので、松下政経塾出身の野田さへ総理を辞めてくれれば、やはり民主党政権を支持したいのだ! 第二自民党の野田内閣は、即刻退陣せよ。

120508 今夏の電力需給見通し 9.2%から0.4%の不足に下方修正
NEWS ポストセブン 5月8日(火)16時5分配信

「原発を止めたら日本が集団自殺することになる」と言い放った原発再稼働の黒幕、仙谷由人・民主党政調会長代行と、関西電力管内での今夏の計画停電の可能性に言及した子分の枝野幸男・経済産業相。

 本誌週刊ポストは前々号(4月16日発売号)で「原発再稼働の大嘘」と題し、全国の埋蔵電力を分析したうえで、原発ゼロでも今夏の電力は十分足りることを論証した。

 本誌報道で、ついに政府と電力会社は嘘を認めざるを得なくなった。

 4月23日に公表された電力需給見通しでは、電力各社が隠していた電力を次々と明らかにした。政府のエネルギー・環境会議はこれまで、今夏は全国で1656万kW(9.2%)不足すると予測していたが、今回の見通しでは2010年並みの猛暑でも65万kW(0.4%)のマイナスまで縮まった。

 それでも関西電力だけは16.3%の不足と発表し、「大飯原発(236万kW)を再稼働すれば不足をまかなえる」という絶妙な予測にしたところが再稼働へのあがきを感じさせる。

 エネルギー・環境会議事務局である内閣官房国家戦略室の企画調整官が語る。

「現在は各社の見通しを検証している段階ですが、0.4%程度のマイナスは、足りないという人もいれば節電努力をすれば足りると思う人もある微妙な数値です」

 もちろん今回の見通しには本誌が検証した埋蔵電力すべては反映されておらず、それを含めると関電管内は猛暑でも停電は起きない。

 実は、政府内にもそれを裏付ける資料が存在し、本誌はその文書を入手した。

 昨年8月、国家戦略室の首相補佐チームが2012年夏の電力需要は原発ゼロでも全国で482万kW(2.8%)のプラスという「電力需給見通し」をまとめ、当時の菅直人・首相に提出していた。前述の電力マフィアが中心になってまとめた電力不足(9.2%)の予測を再検証し、電力が2.8%プラスになる「中間シナリオ」、6%プラスの「楽観シナリオ」が示されている。

 再検証を菅首相に直接報告した当時の内閣審議官で、現在は富士通総研主任研究員の梶山恵司氏が語る。

「経産省の見通しは原発再稼働のために極端な前提で組み立てられていた。需給調整契約(※)でピークカット可能な電力は盛り込まれず、わざわざ真夏の需要ピーク時に312万kW分の火力発電所を定期点検で止めることにし、再生可能エネルギーの供給力もゼロで計算していた。そこで経産省から詳細なデータを提出させ、専門家らと検証し現実的な電力需給を予測しました」

 この検証結果は昨年11月に政府内で議論される予定だったが、菅首相が退陣したことで黙殺される。

 菅内閣の官房長官は枝野氏であり、「電力は足りる」という政府内の試算の存在を「知らなかった」とはいわせない。

※需給調整契約/電力会社が電力の安定供給のために大口需要者の大企業と結ぶ契約。割引料金で電力を供給するかわりに、工場などの操業を夜間や休日にふりかえてもらう「計画調整契約」と、電力需要が高まったときに電力会社の通告だけでいつでも供給を止める「随時調整契約」があり、通告即停止、通告1時間後停止など停止までの時間によって料金の割引率が違う。

 昨年度は東京電力だけで1050件、174万kW分(全国では原発5基分に相当する505万kW)の随時調整契約が結ばれていたが、昨年の震災直後はなぜか発動されずに家庭も企業も電気を止める「輪番停電」、夏は企業一律15%削減の電力制限令が敷かれた。今夏も契約を発動すればピーク時の電力需要を強制的に下げることができる。

※週刊ポスト2012年5月18日号
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120507 本日、7年8カ月間の愛機がお釈迦になりました。

2012年05月07日 23時50分20秒 | 日記
5月7日(月):

連休明け早々、7年8カ月の長き間、尽くしてくれた愛機が、朝からキーキー、ガガーッと音をたて、夕方にはバランスもとれない状態になり果てた。お店に飛び込み、不明だった原因が判明した。腰の蝶番にあたるサスペンダーが、いかれてしまってるとのこと。これを直しても、すぐ別の部分が傷む悪循環が目に見えている。結局老朽化の問題、新規に買い直すしかないような状況だった。家内からの緊急融資を受けることも決定した。

おかげで、仕事の疲れとで本日はお休みさせて頂きます。

先日、深夜枠で放送された『リング』と『らせん』の映画録画を観た。原作の風味を損なわず、+αを加えたなかなかの出来栄えだと思った。特に、貞子がテレビのブラウン管から出てくるシーンは確かに良くできていた。案の定、作者の鈴木光司がかなり積極的に関与しているのがわかった。



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213冊目 伊藤真「中高生のための憲法教室」(岩波ジュニア新書;2009) 評価4+

2012年05月07日 02時52分20秒 | 一日一冊読書開始
5月6日(日):

222ページ  所要時間2:55

評価5を付けられなかったのは、俺の読み取り能力の低さの所為である。記述も解かり易く、流し読みでは本当に勿体無かった。テキスト。図書館で借りた本だが、是非購入して手元に持っておきたい本である。

著者50歳(1958生まれ)。直球ど真ん中の護憲法律家。著者が、現行憲法をどれほど掛け替えのないものと考えてるか、非常によく伝わってくる。こんな正統派のベテラン論客の存在は頼もしい限りである。本書は、月刊誌『世界』に連載した「伊藤真の中高生のための憲法教室」(2004年4月号〜2008年3月号)を、加筆・修正したもの。

小泉・安倍内閣時代の自民党による壊憲(憲法破壊)の動きに対して反駁するQ&A集的な内容になっていて興味深く読めた。目線も非常に行き届いていて、さまざまな社会問題と憲法の関わりについて、きめ細やかに説明されているので、憲法を武器として闘う人間にとって非常に良い手引書になっている。

著者は、安倍バカ内閣での、教育基本法改悪、憲法改正国民投票法案が成立したことに、強い憤りを覚えている様子である。

俺だって、差別・偏見発言と承知の上で、敢えて書くが、教育基本法改悪を強行する者は、せめて東大・京大卒業のたたき上げの政治家首相であって欲しかった。安倍のように何不自由の無い恵まれた環境に育ちながら、成蹊大学程度の大学しか出られなかった低い知能の世襲議員に<教育の憲法>とも言うべき法律に手を触れて欲しくなかった。傍で見ていて「このバカ(安部晋三のこと)は、自分のやってることの意味が何も解かってないやろう!」と思いながら、当時その愚行・暴挙を見ているのは、本当に切ないことだった。憲法改正国民投票法案成立の時も同じだった。せめて、自分の犯した行為の重大さを十分に理解できる悪党政治家に確信犯的に強行されたのであれば、ある種諦めと、今後の闘いへの闘志も起きるというものだが、視野の狭い・浅薄な理解力しかもたない世襲バカがやってしまうところに、なにか<世の中の常>の“不条理”を覚えた。しかも、その愚物の世襲バカが、「僕ちゃん、お腹痛いから、総理大臣辞めまちゅ!」で総理を辞めていながら、最近は元総理としてはしゃいでいる姿に呆れ返って吐き気を催させられる始末である。もう何をかいわんや…。

■目次
はじめに
第1限「憲法の理念」ってなんだろう:
「世界に一つだけの花」/守らなくてはならないのは誰? /「憲法改正」を考えるヒント /「戦争放棄」の理由 / 攻められたらどうするの?
第2限 自分の幸せを自分で決める権利とは:黙っていたら人権はない/オリンピックは誰のため? /プロ野球選手がストしていいの?/「公共の福祉」ってなんだろう? /公務員の人権が制限されるワケ /「普通の国」と「日本の独自性」
第3限 「自由」と「義務」について考える:「表現の自由」はなぜ大事? /嫌いなのは自由,歌うのは義務? /教育は何のために?/あなたも私も納税者 /「教科書検定」を憲法からみると /教科書を選ぶとはどういうことか /私たちはなぜ選挙にいくのか /「よくわからないけど小泉さんが好き」? /首相の靖国参拝と裁判所の役割/ビラ配りは犯罪か?
第4限 憲法改正は必要性なのだろうか?:憲法は押しつけられたか? /平時になんで新憲法? /「国民投票法」を考える/学校で強制される「愛」? /表現の自由と国民投票 /住基ネットはなぜ危険なのか /戦後レジームからの脱却
第5限 国民としての主体性とは何か:女性天皇の是非も私たちが決める /黙秘権は何のために? /犯罪の相談だけで処罰される!? /被害者の人権と被告人の人権/被害者参加制度/裁判員制度
第6限 平和な社会がつくるもの:「敵基地攻撃論」と暴力の連鎖/日本の国際貢献 /米軍再編と地方自治/憲法から考える自民党総裁選挙/安倍「改憲」で「美しい国」に? /平和と福祉の強いつながり
第7限 憲法の持つ力:違法でなければそれでいいのか /環境問題/議員定数不均衡問題/力と民主主義/明確性の理論/外国人の人権/貧困と憲法/憲法の力
おわりに

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212冊目 藤沢周平「密謀(下)」(新潮文庫;1982) 評価5

2012年05月06日 04時41分21秒 | 一日一冊読書開始
5月5日(土):

349ページ  所要時間6:50

素直に面白かった。堪能した。正直、さすがに藤沢周平である!。関ヶ原の勝利を家康の根回しとか、気合だとか世上で言い古されているが、真相は「上杉景勝が、上杉の戦(いくさ)ではないとして、関ヶ原に転進する徳川の東軍を追撃しなかった」ということに尽きる。上杉氏の美意識が、徳川家康を勝たせたということ。

読みながら、いくさ下手な石田三成ではなく、上杉景勝と直江兼続が万全の迎撃態勢を固めた革籠ヶ原での徳川との激突を見たかった。上杉vs徳川の幻の関ヶ原が見たかった。秀吉死後の家康の天下取りは、既定路線のように後世思い込まれているが、上杉と西軍の協力がきちんと機能していれば、間違いなく家康は一敗地に塗れていた。家康が上杉と激突しても、西へ転進する家康を上杉が追撃しても、間違いなく家康は敗れている。

上杉は、信長にも、秀吉にも、家康にも一度も敗れることなく、一方で天下に野心を持たなかったことで、天下の流れに背を向けて取り残されることになった。不思議な戦国大名家である。結局、下野小山で目前の上杉との戦いを避けたのが、家康に天下を取らせたことになる。そうとすれば、石田三成の西軍編成も脆弱ではあっても打倒徳川の可能性は十二分に高い可能性をもった戦略だったということになる! 我々は、石田三成を再評価する必要がある!

「何のためのおためらいでござる?内府を討つ、いまが天与の好機ですぞ。かの男との積年の縺れを一挙に決すべきときです」/「うろたえるな、山城」/と景勝は言った。思いがけずきびしい声だった。/「上杉は内府を討つために兵を挙げたわけではあるまい。彼攻め来たるがゆえに、われもまた兵を構え、雌雄を決しようとした。武門の意地はつらぬいた。かたがた大坂に対する義も、いささか立ったというものだ」/「………」/「内府が江戸に退くというなら、われまた会津に帰るのみ。敵の弱味につけこんで追撃をかけるのは上杉の作法ではない。それに、上杉にはまだやるべきことがある。そのことを忘れたか」/血縁のようだった主従の間に、暗い亀裂が口をあけたのを兼続は見た。景勝は謙信のころの古い義を言っている。そこから一歩もすすんでいない。いま、上杉は天下の大勢に遅れるところだと思った。兼続は激しく言った。/「しかし、治部少輔との約定がござる」/「約定は守った。上杉が天下の兵を引きうけたがゆえに、治部少輔は兵を挙げ得たではないか」/「………」/「落ちつけ、山城。内府がまた来るというなら拒みはせぬ。ふたたび迎え撃てばよい」/「しかしそのときは、内府は上方の勝利を背に、破竹の勢いで来ますぞ。進んで戦うも斃れ、しりぞいて義を守るもまた斃れ……」/だが、兼続はそこでことばを切った。深々と一礼して口を閉じた。  253・254ページ   ※家康の天下が定まった瞬間である。

藤沢周平の作品の最後には、読者の気持ちに対する救済があるように思う。これも藤沢周平人気を支えている一因だろう。

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211冊目 藤沢周平「密謀(上)」(新潮文庫;1982) 評価4

2012年05月05日 03時15分00秒 | 一日一冊読書開始
5月4日(金):

418ページ  所要時間7:30

著者55歳(1927〜1997)。本能寺の変後から豊臣秀吉の天下取り、全盛、秀吉の死による政変の予感まで、が上巻の内容。上杉景勝と直江兼続の戦国大名上杉氏の立場から見た天下統一の過程が描きだされている。特に、東国の大名・武将の争いの記述は緻密詳細を極めている。上杉氏の草の者たちの活動。行き倒れ母の拾い子(牧静四郎)が実は本多正信の落とし胤で、将来の直江兼続と本多正信の関係への布石を予感させられた。

よく知られている秀吉の時代なので流し読みを心掛けたが、結局時間が掛かってしまった。縦糸に対する横糸を成す登場人物が、多数・多様過ぎる時代なのだ。

読んでいて、数年前の大河ドラマ「天地人」のストーリーが思い出されて重なってきたが、補完しあって悪い気分ではなかった。本書の展開は、すごく面白いという感じではないが、安定感のある読みごたえを十分感じながら物語りを追うことができた。さすがに藤沢周平である、ということか。(信長)・秀吉・家康の時代を上杉氏の目線から描くのは、やはり絶妙の視点である。直江兼続も良いが、何よりも寡黙・果断な上杉景勝が渋くてとても良い。謙信の後継者として期待以上の存在感であった。秀吉が、前田利家以外では、上杉景勝及び上杉氏の義を最も信頼している風景もよく理解できてとても心魅かれた。

さて、下巻では、徳川家康との対決、直江状による家康喚問、関ヶ原で東軍・家康の追撃を敢えて行わない上杉の義(美意識)、関ヶ原の西軍完敗、上杉氏の大減封、上杉氏存続を賭けた本多正信取り込みと直江家の明け渡しなどなどなど、見せ場はおよそ予想はついているが、著者がそれをどう料理するのかが楽しみである。




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210冊目 池上彰「 「見えざる手」が経済を動かす」(ちくまプリマー新書;2008) 評価3−

2012年05月04日 02時38分23秒 | 一日一冊読書開始
5月4日(木):

157ページ  所要時間1:40

著者58歳(1950生まれ)。困った時の池上彰である。とてもわかり易いが、高校1年の現代社会レベルの話。批判精神は乏しい。中学生が読めば、目から鱗の内容かもしれないが…。この内容で、印税をお稼ぎになるのは、池上さん、おいし過ぎますね。

目次:
はじめに―学校選択制は市場経済の論理
第1章 高級ホテルのコーヒーはどうして高い?
第2章 ただの「紙」がなぜお金なの?
第3章 「紙」が「神」になった?
第4章 人間が主人になろうとしたが―「社会主義」の失敗
第5章 資本主義も「社会主義」を取り入れた
第6章 資本主義が勝った?―「新自由主義」
第7章 会社は誰のもの?
第8章 「あるべき社会」とは?―格差社会の克服
おわりに―買い物は「投票行動」だ
 
(中国の社会主義市場経済について)「要は、伝統的な社会主義経済が失敗したことを認めると中国共産党の責任になるので、「社会主義」の看板は下ろさないまま、資本主義を取り入れたというわけです。/その結果は、むき出しの資本主義経済となりました。金持ちは一層金持ちになり、貧しい人は、そのまま取り残されるという状態になったのです。略。/中国は「社会主義」の国家という建前で、「労働者の権利が守られている国」のはずなので、わざわざ労働者を守るための法律はあまりありません。労働者の権利を守って経営者と対立する労働組合は存在しません。略。/しかも中国には、共産党や政府を批判できるような言論の自由は無いので、労働条件がひどい事実は報道されません。報道されないことは存在しないのと同じこと。」89ページ

「「結果の平等」を追い求めると「社会主義」になってしまい、人々の労働意欲が失われます。結果の平等ではなく、スタート地点ではみな同じ立場という、「出発点の平等」を大切にすることです。」149ページ
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209冊目 鎌田遵「ぼくはアメリカを学んだ」(岩波ジュニア新書;2007) 評価5

2012年05月03日 04時12分00秒 | 一日一冊読書開始
5月2日(水):

217ページ  所要時間4:10

著者34歳(1972生まれ)、アメリカ先住民・ラティーノ研究家。当たりである。今までほとんど聞いたことも意識したことも無い<もう一つのアメリカ>が著者自身も登場人物となって活写されている。この人、面白い! ハチャメチャで型破り、疾風怒濤のビルドゥングスロマーン。現在進行形の上質な<青春記>にもなっている。

17歳で高校の先生から大学を諦めろと言われ、失踪、ユーラシア大陸をポルトガルまで横断する。復学後、なんとか高校を卒業。ほとんど英語ができないのに留学めざして渡米。ニューメキシコ州の短大に入学。恐怖の地エスパニョーラに住み、数々の危険を重ねる。ラティーノ、居留地の先住民との出会い。人種差別でニューメキシコ大学編入を阻まれ、逆にカリフォルニア大学バークレー校に編入学。強制退学の危機やストーカー被害に遭いながら、修士、博士課程へと進む。一方で、大勢のドラッグとアルコール依存症の登場人物たち。グアテマラ政治難民のフリョとの6年間に及ぶ奇妙としか言いようのない共同生活。その住処を入れ替わり立ち替わりに棲みついては出ていくラティーノの怪しい面々。著者の浮世離れした生活感覚もすごいの一言。

「日本で生活しているいまの視点でふりかえってみると、アメリカでの日々は納得のいかないことの連続だった。プロレスにたとえると、きわどい判定になるとホームタウン・デシジョンで負けにされ、勝っていると両者リングアウトで引き分けにされる。調子に乗っていると誰かにルールを変えられて、反則負けにされる。やる気がみなぎっていると、対戦相手が変更となったり、興業が雨天延期になったりする。やっと勝ったと思ったら、なぜか強烈なまでのブーイングを受けて再試合をやらされ、勝ちは記録に残らない。/まるで筋書きが最初から決まっているような、場外乱闘ばかりのような、そうでもないような、そんな煮え切らない日々でもあった。それでいて、引退をせまられることもなく、ただひたすらもがきつづけてきたが、自分からは退場しなかったことに、すべての意味があったと信じている。略。/ぼくがこの本で紹介したかったのは、アメリカの輝きである。逆境に負けない人たちがいだく希望だ。「辺境」や「どん底」でこそ、希望は輝くものなのかもしれない。人びとが生きるために、ぜったいに必要な光である。」

■目次
はじめに――アメリカ先住民への旅
第一章 アメリカへの長い旅(中国―パキスタン編)
第二章 アメリカへの長い旅(イラン―ヨーロッパ―東京編)
第三章 新天地をもとめて
第四章 逃げる民
第五章 先住民の大地
第六章 バークレーの日々
第七章 メスカレロ・アパッチ族と核廃棄物
第八章 漂流者たちの楽園
第九章 「辺境」の民たち
あとがき

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208冊目 川井龍介「社会を生きるための教科書」(岩波ジュニア新書;2010) 評価5

2012年05月02日 01時37分43秒 | 一日一冊読書開始
5月1日(火):

218ページ  所要時間2:30

著者54歳(1956生まれ)。テキスト。当たりである! 著者は元新聞記者で、取材した情報の提示の仕方が洗練されている。良心的で親切な良書・好著である。「社会に生きるための教科書」という表題に恥じない良心的かつバランスのとれた内容の本だ。

通俗的なテーマ設定のはずが、手垢に塗れることも、上滑りすることもなく、地に足のついた感じでごく自然に生きた知恵を与え、考えさせてくれる印象を受けた。このような本は珍しい。これから社会に出ていく高校生・大学生などの若者たちに是非読ませたい、と思った。

既に、人生の半ばを過ぎた俺自身が、如何に自覚無きまま流されて生きてきたのかを気付かせてくれた。自分の人生を振り返り、照らし合わせて。さまざまな感慨を覚えさせられた。

裏表紙紹介文「学校では教えてくれないけれど、社会人になると必要な知識が、実はたくさんあります。アパートの契約から、税金や社会保険の手続き、労働条件の確認に結婚や子育て、親の介護や生命保険、お金の管理などなど……。ややこしいけれど、まずはこれを読んで、自立のための心構えをしておこう。」

「知らないことによって、権利を損なわれたり不利益をこうむることは社会生活のなかでよくあることです。義務と権利という対比で言えば、社会人としての義務は、仮にみなさんがその義務を知らなくても、役所や会社を通じて「○○しなければならない」と、教えてもらえることがあります。とはいっても、知らないで過ごしてしまったときは、あとになってペナルティを課せられたりします。/一方、権利のほうは、義務に比べると「あなたには○○することができます」と、親切に教えてくれることはなかなかありません。自分で行使しなければならないのです。/この本では社会生活を営むうえで知っておくべき社会制度や、社会に出てから多くの人が遭遇するだろう、さまざまな場面で必要となる基本的な知識を中心にまとめてきました。略。/ここに記したのは、あくまでも基本であり、実社会では例外があったり、法律や慣習どおりではないこともたくさんあります。とくに、仕事や労働をめぐっては、法律や習慣どおりに行われていないことが目立ちます。みなさんも社会に出れば、おそらくそうした矛盾にいくつもぶつかるでしょう。しかし、矛盾を矛盾と理解できることで、問題点を解決していく一歩となるはずです。」199〜200ページ

目次
1就職する、働く

 ・ 「働き方」で仕事を考える ・ 雇われる働き方がかわってきた
 ・ 非正規雇用って? ・ パ−ト、アルバイト、準社員のちがい  他
2税金を納める
 ・ 源泉徴収=天引きという仕組み ・ 収入と所得のちがい
 ・ 所得税の計算の仕方 ・ 源泉徴収との兼ね合い   他
3保険と年金を考える
 ・ 将来の病気やケガ、老いに備える ・ 医療保険の仕組み
 ・ 医療保険のややこしい分類 ・ 健保の特徴   他
4自分の住まいを探す
 ・ 親元を離れ、自立する ・ 地域での暮らしを楽しむ
 ・ 部屋探しの三つの基準 ・ 物件チラシの見方   他
5家族を考える
 ・ さまざまな結婚の形 ・ 結婚と戸籍 ・ 夫婦の義務
 ・ 子供をもつかもたないか ・ 子供の戸籍と婚姻関係   他
6お金と正しくつきあう
 ・ 借金はこわい ・ 時代とともに気軽になる借金
 ・ 債務整理と貸金業への規制 ・ 担保のある借金   他
7情報を使いこなす
 ・ 問題解決はプロセスが大事 ・ 人の話は信用できるか
 ・ 週刊誌と専門誌 ・ 膨大な情報を伝える新聞    他
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207冊目 「まんが クラスメイトは外国人―多文化共生20の物語」(明石書店;2009)評価5

2012年04月27日 00時27分45秒 | 一日一冊読書開始
4月26日(木):

171ページ  所要時間2:40

著者「外国につながる子どもたちの物語」編集委員会【編】 みなみ ななみ【漫画】「マンガと解説がセットになったスタイルなら、子どもたちも大人たちも読んでくれる本になるかもしれない。これが本書の企画がスタートした瞬間でした。略。原作をつくった私たちは、1話1話のマンガの主人公を見ると、モデルになった大勢の子どもたちの顔を思い浮かべます。つまり20の物語の背景には、おそらく100人をこえる子どもたちがいるのです。」

表紙裏紹介文:「あなたの学校に、外国人の友だちはいませんか?/その子はどうして、日本にやってきたのでしょう。/日本に来て、どんなことを思っているのでしょう。/この本を読んで、世界への扉を開けてみてください。」

評価5は、ちょっと甘いが、社会に必要な本であり、先ず事実の存在を知ることの大切さを教えてくれる本である。日本人であることが、時おり恥ずかしくなることがある。数年前、日本で育った中学生の女の子が日本政府によってフィリピンに強制送還されたニュースが忘れられない。

目次:
◆導入
第1話 ディエゴの物語〜海をこえてきた転校生

 外国からやってきた転校生。ことばも習慣もちがう日本の学校でぶつかる大きな壁。
 ※この本を読むみなさんへ
第2話 ユヘの物語〜私が日本で生まれた理由
 韓国・朝鮮人が日本に住んでいる理由。移民や強制連行の歴史をふりかえる。
第3話 ナミの物語〜おばあちゃんと中国
 15年戦争を背景に中国に残されたおばあちゃん。帰国した残留孤児とその家族。
第4話 リカルドの物語〜沖縄とボリビアのあいだで
 日本から中南米へ移住したひとびと。そしていま、その子や孫たちが日本へ来た理由。
第5話 フォンの物語〜ベトナムからの小さな船
 戦争に引き続く脱出。ベトナム難民が日本にやってきた理由。
第6話 ネブローズの物語〜ふるさとには帰れない
 迫害からのがれて、日本で難民申請をしたクルド人家族を待ち受ける運命。
第7話 武来杏の物語〜やっと一緒に暮らせる
 仕事をもとめて日本にやってきたひとびと。フィリピンからきたエンターテイナー。
◆子どもたちの学びと課題
第8話 カルロスの物語〜ぼくたちの日本語教室

 子どもたちがことばと文化を学ぶこと。日本語教室とはどんなところか。
第9話 ビアンカの物語〜学校に行きたい
 なぜ学校に行けないのか。親たちの生活や仕事の問題が子どもたちにのしかかる。
第10話 ジョシーの物語〜日本にいさせて
 子どもの学ぶ権利は? 強制送還されそうになった家族の物語。
第11話 ソフィーラの物語〜お母さんと話しができない!
 日本で育つ子どもたち。両親と会話ができなくなっていく理由はなにか。
第12話 アンドレの物語〜高校進学の壁
 外国からやってきた仲間の前に立ちはだかる高校入試。
学習言語を母語話者とおなじようにあつかうまでには、7年はかかるといわれていますから、日本語でおこなわれる試験で陳さんのほんとうの学力をはかることはできません。ことばにハンディがある生徒の学力を正当に評価するシステムが必要なのです。」
◆差別と不信を生む排外的な気分と制度
第13話 タオの体験〜外人といわないで

 日本にやってきたばかりのタオ。教室でのいじめとたたかった体験記。
第14話 栄子の物語〜震災で起こったこと
 地震より恐ろしいデマ。大震災直後に現れた差別の極限のすがた。
第15話 アリの物語〜増えてるの? 外国人犯罪
 だれが流しているのか、外国人犯罪増加キャンペーンの虚偽を問う。
第16話 スンジャの物語〜ひとさし指の自由
 犯罪者あつかいされる外国人。強制される指紋押捺。
◆アイデンティティと自己実現
第17話 アレックスの物語〜ぼくたちの進路は?

 名前をいっただけで断られるアルバイト。外国人にはなれない職業とはなにか。
第18話 美里の物語〜私のほんとうの名前
 外国風の本名をかくし、日本風の通称名を名のる理由はなにか。
第19話 リリアンの体験〜私の生き方
 元気いっぱいのリリアンの体験記。日本で生き方を模索する若者たちへのメッセージ。
◆多文化共生への道
第20話 だいき&こうたの物語〜ジュワニと友だちになれてよかった

 差別で失うものはなにか。共生とはどういう生き方か。
 ※この本のテーマと内容(☞目次の中に、書きこんだ。)
 あとがき

◎人権問題といえば、部落差別問題、次いで在日韓国・朝鮮人差別問題だったことを思えば、現在の多文化共生社会の実現に向けた人権問題の取り組みには“隔世の感”を覚える。同時に、これまでの差別問題や人権に対する取り組みによって培われてきた実践や考え方が決して無駄ではなく、間違いなく普遍的基盤をなしていることも実感する。






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206冊目 尾藤正英「日本文化の歴史」(岩波新書;2000) 評価5

2012年04月25日 01時45分55秒 | 一日一冊読書開始
4月24日(火):

249ページ  所要時間2:50

著者77歳(1923生まれ)。2度目。東京大学名誉教授の碩学の意欲作である。時間不足の中、流し読みで歯の立つ相手ではない。ひたすら目をページの上に這わせ続けただけ。しかし、著者が、日本文化のアイデンティティを宗教・思想を中心に文化人類学的感性で捉え直そうとしていること。各時代にわたって、従来の類書にない独創的で斬新な見方が意欲的に展開されていることは十二分に伝わってきた。

目次:
はじめに
第1章  日本文化の源流
第2章  古代国家の形成と日本神話
第3章  仏教の受容とその発展
第4章  漢風文化から国風文化へ
第5章  平安時代の仏教
第6章  鎌倉仏教の成立
第7章  内乱期の文化
第8章  国民的宗教の成立
第9章  近世国家の成立と歴史思想
第10章 元禄文化
第11章 儒学の日本的展開
第12章 国学と洋学
第13章 明治維新における公論尊重の理念
第14章 近代日本における西洋化と伝統文化
参考文献
あとがき

中国語(漢字)では、父の兄弟は伯父・叔父であるのに対し、母の兄弟は舅であるというように、明確な区別がある。26ページ

応仁の乱(1467年)の前後を境界として、日本の歴史は二分され、それ以後の歴史は現代にまで連続している。123ページ

大阪の梅田(埋め田)や千日前、また江戸の小塚原(骨が原)なども、もとは墓地であった。133ページ

日本の場合には、礼法から切り離して精神だけを学ぶという点に、儒学の普及の特色があった。169ページ

朱子学の理論の基本は、『大学』。177ページ

明治元年に政府は神仏分離令を発して、略。これにより神社の性格自体も変化した。たとえば京都の祇園社は、牛頭天王というインドの神様を祀って、疫病よけの御霊会として祇園祭を行ってきたのであったが、そこの地名が八坂郷であるところから、祇園社という伝統的な名称を八坂神社と改めた。祀られている第一の神様も牛頭天王ではなくて、素戔嗚尊とされている。『古事記』『日本書紀』の神話に登場する神々が神社に祀られている例は少なかったのであるが、力強い神ということで、牛頭天王と置きかえたわけである。これは祇園社の場合だけではなく、各地の神社でも同様なことが行われている。 222ページ

西田幾多郎「善の研究」序文「個人あって経験あるにあらず、経験あって個人あるのである」は道元の「自己をはこびて万法を修証するを迷いとす、万法すすみて自己を修証するはさとりなり」。自己というものがまずあって、それが活動してさまざまな真理を知る、というふうに考えること自体が、迷いである、というのである。西田哲学には、道元の思想と一致する面がある。それは、陽明学の「知行合一」に通じるし、道元の弁道話の「修・証」一致の思想にも通じる。 224ページ

明治憲法の第三条、「天皇ハ神聖ニシテ侵スベカラズ」は、略、実は当時のオーストリア-ハンガリー帝国の翻訳であって、伊藤博文が中心となって進めていた憲法制定の過程で、初めの日本側の草案にはなく、ドイツ人顧問ロエスラーの意見によりくわえられたものである。 228ページ
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205冊目 玄侑宗久・鈴木秀子「仏教・キリスト教 死に方・生き方」(講談社+α新書;2005)評価3

2012年04月24日 02時25分09秒 | 一日一冊読書開始
4月23日(月):

218ページ  2:25

著者49歳(1956生まれ)、73歳(1932生まれ)。疲労と時間不足の中で、読める本は限られる。習慣維持のために仕方なしに選んだ本でもある。読み易く、流し読みが捗ったのは好印象である。

目次:
第一章 死にゆく人のためにできること
第二章 あの世とこの世を行き来する
第三章 仏教とキリスト教―何が同じで何が違う?
第四章 人生も方便


第一章、第二章に良い言葉がたくさんあったが、後半の第三章、第四章は取りとめのない印象を受けたことは否めない。玄侑さんは嫌いではないが、以前から感じていた以心伝心、不立文字、教外別伝の禅宗僧侶に似合わない饒舌な印象が、本書では際だっていたように思う。24歳も年上の大先輩の対談相手に気を遣い過ぎたのかもしれない。

玄侑さんが「理知分別を超えた禅の悟りの立場に立てば、生きるのが楽だ」と述べるのを読むたびに、現実の世俗の煩悩に苦しむ俺が、玄侑さんの言う忍辱を経て、自由な境地に行くまでには現実として大きな苦しみが立ちはだかり、とてもついて行けない問題に目を向けず、「簡単なことさ」と言っているように見える姿に、ものすごく違和感と胡散臭さを覚えるのだ

鈴木秀子さんの話は、もう少したくさん耳を傾けたかった。

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120423 朝日新聞ウェブロンザ4月18日付け記事で関連情報に引用されて、吃驚仰天!ほんまかいな?

2012年04月24日 02時22分52秒 | 日記
4月23日(月):

まったく偶然に、朝日新聞ウェブロンザ4月18日付け「松下政経塾内閣への不安と憂鬱」記事の関連情報に、「120414 野田ビリケン(非立憲)内閣の即時退陣を求める! 大飯原発再稼働、絶対反対!」が掲載されているのを見て、のけ反るほどびっくりした。正直「ほんまかいな?」と言う気分になった。それにしても、日々の備忘のこんな駄文に対して本当に有難いことである。俺の野田バカ内閣に対する怒りが少しでも普遍性を持ち得たとすれば、もう感謝感謝しかない。m(_ _)m。

※また、日別ランキングというものに、初めて9431位でランクインした。こちらも重ねて感謝である。m(_ _)m。

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