斉東野人の斉東野語 「コトノハとりっく」

野蛮人(=斉東野人)による珍論奇説(=斉東野語)。コトノハ(言葉)に潜(ひそ)むトリックを覗(のぞ)いてみました。

62 【謀略の構図】

2019年06月27日 | 言葉
 ホルムズ海峡のタンカー攻撃
 日本向けタンカーの8割が通過する中東ホルムズ海峡。6月13日に日本とノルウェーのタンカー2隻が何者かに攻撃され、メディアは連日、事件の”闇”を続報している。米国が主張するイラン革命防衛隊説にはイスラエルや英国、サウジアラビア、アラブ首長国連邦などが同調し、一方、イランは米側が仕組んだ謀略だと唱えている。しかし、どの報道もキメテとなる材料に乏しく、逆にキメテの無さが、さまざまな憶測を呼ぶ原因になっている。米国とイランの仲立ちをすべく安倍首相がイラン訪問中の出来事だっただけに、日本での関心も高い。ポイントを整理してみたい。

 イマイチ説得力を欠く証拠写真
 中東を守備エリアとする米中央軍は17日、イラン革命防衛隊が日本の被害タンカーから不発爆発物を除去する写真を公開した。日本のメディアも一斉に報じたが、報じるメディアの側に歯切れの悪さが目についた。動画中の1場面なのかピントがひどく甘く、映っているのがイラン兵か否かなど判別のしようがない。同型のボートなら周辺の港にいくらでも係留されているはず。デッチアゲ写真だとは思わないが、伝え方のピント自体もオオアマだ。ボートのタンカー接近というタイミングで撮影ヘリを飛ばす情報力があるなら、イラン革命防衛隊の基地港へボートが帰港する場面も1枚押さえておきたかった。その1枚があれば、説得力はずいぶん違ってくる。

 利益を得るのは誰か
 誰が何のために仕組んだのか--は、言い方を変えれば、利益を得るのは誰か、である。利益を得るつもり(実行前の目論見)と、得た利益(結果)とに分けて考えた方が良いだろう。まず、イラン側の利益は何かという点から入りたい。
 犯行がイランによるものだとして、イラン側が目論見得る利益といえば①中東情勢の不安定化を目的に、さらに揺さぶりをかけ、米との交渉を有利に進める②非産油国に対して供給不安を引き起こし、石油価格の上昇を企図する--だろうか。お気づきかと思うが、かなり窮屈な理由付けである。①の”揺さぶり”がイランに有利に働くか否かなど、この段階で見通せるはずもない。あえて狙う者がいるとすればイラン政権を担う主流派ではなく、革命防衛隊内や他組織の反主流過激分子かもしれない。米とイランが激しく対立してこそ、過激派が存在意義を示す好機であるからだ。その点主流派なら、そうは考えるまい。お得意サマの日本の首相が来訪し、最高指導者のハメネイ師と会談しているさ中に、対立を煽ることに意味はない。②はどうか。石油価格の上昇は見込めるかもしれないが、売上高がトータルで落ちることは必至。米の経済制裁に苦しむイランが、石油が一層売れにくい事態へ、誘導したがるものだろうか。

 次は米側。イランとは対照的に好都合な事態になった。「イランの仕業(しわざ)」と強調することで世界に対して「イランは危険な国」と印象付けることが出来る。トランプ米政権によるイラン核合意の一方的離脱により、米国の評価が落ち気味の局面だっただけに、主張の「タンカー攻撃はイラン側の仕業」が認知されれば、結果的に核合意離脱の正当化に繋がる。失地回復の好機。タンカー攻撃から4日後の6月17日、さっそくトランプ大統領は中東へ米兵1000人を増派すると表明した。それより前に空母のほか1500人の米兵を派遣しているから、さらなる陣容強化である。20日には米サイバー軍がイランに対してサイバー攻撃を実施した。タンカー攻撃の前後どちらが、米国にとって陣容強化やサイバー攻撃しやすい状況かは明白である。
 もとより日本はイラン産石油とは縁が深い。アメリカの核合意離脱に関しても、日本は積極的な賛意を示さなかった。折しも安倍首相がイランの最高指導者と会談中だから、米とすれば両国間に楔(くさび)を打ち込む絶好のタイミングだった。

 謀略たるユエン
 今回のタンカー攻撃は、攻撃した側が名乗り出ていない点で謀略だと言える。単純に敵に攻撃を仕掛けたということなら”犯行声明”が出るだろう。今回は声明が出ず、攻撃した側は物陰からコトの推移を窺(うかが)っている。事件に対して米側は証拠提出など活発かつ多弁であり、イラン側は受け身の対応という印象が強い。あるいは米国の友好国である日本なので米サイドの情報ばかりが入りやすい、というだけかもしれない。

 当然ながら謀略であれば、あらかじめシナリオが用意され、筆者のごときシロウトに裏側の”闇”など読み取れるはずもない。読み取れるようでは謀略とは言い難い。ただし、これだけは言える。犯行が米によるものだったにしろイランの仕業だったにしろ、国直轄の組織や機関が直接手を汚すことはあるまい、という点だ。米側であれば、イスラエルやサウジアラビアなどの秘密組織が手を下した形にしておく。イラン側なら、革命防衛隊がひそかに連絡を保つテロ組織や反政府組織に実行させる。万一の際の逃げ道を用意しておくわけだ。
 さらに言えば、他組織に実行させる方法は、従来からの友好組織間にとどまらない。たとえば米側が、同じく緊張状態を望むイラン系過激派組織に実行させる、あるいは仕向ける、見て見ぬふりをする、といったこともあり得る。ポイントは短期的な利害が一致するか否か。金銭授受や武器供与の見返りも考えられる。

 米の背後にイスラエルの影
 では、なぜトランプ政権は、かくも”イラン退治”に懸命になるのか。従来から指摘されているが、米の中東紛争介入にはイスラエルの影が付きまとう。特にトランプ政権になってからはイスラエルに肩入れする度合いが強まり、先月5月には米のイスラエル大使館をテルアビブからエルサレムへ移転させた。今回の核合意離脱と一連の緊張激化には、米の直接的な利益にも増してイスラエルのために、イスラエルの目下最大の敵を叩く、といった側面が強い。そのような流れを視座に据えて考える必要がある。