斉東野人の斉東野語 「コトノハとりっく」

野蛮人(=斉東野人)による珍論奇説(=斉東野語)。コトノハ(言葉)に潜(ひそ)むトリックを覗(のぞ)いてみました。

90 【小さな戦争】

2022年08月29日 | 言葉
 ハチの巣と格闘
 旧盆前から旧盆にかけて、我が家の北側玄関先と南側ベランダで、相次いでハチの巣が見つかった。最初に気づいたのは1階ベランダに置いたベンチのあたり。背に黄色の縞模様のある体長2センチほどのハチが、頻繁にやって来てはベンチの背後に消えた。アシナガバチの仲間だろう。
「ははァー、裏にハチの巣があるな!」
 すぐ気づいた。毎年のようにベランダに巣を作るからだ。たいていは庇(ひさし)の下の奥あたり。もともと巣を壊されるなど攻撃されない限りヒトを襲わないが、当方も週に何度か保育園帰りの孫たちを預かるので放置してはおけない。孫が刺されては困る。これまでもハチの巣は見つけ次第取り除いて来た。特に今夏のように低い位置だと、子供の手でも届きやすい。わずかな危険でも除いておくのがジイジの役目というものだ。

 というわけで、ハチたちがどこかへ飛び去った隙(すき)をねらって、その日のうちに園芸用スコップで巣を落とした。大きさは中ぐらいのミカンという感じ。やがて帰ってきたハチたちは、巣が消えたことに戸惑ったふうで、しばらく周囲を飛び回っていたが、それでも夕方までには飛び去った。翌日ふたたび姿を見せたものの、翌々日にはすっかり来なくなった。

 玄関先にもハチの巣が・・
 巣を落とされた翌日に何度か様子を見に来て、翌々日には諦めて姿を見せなくなる--。実はこのパターン、毎年繰り返されるので当方も承知。ところが今夏は少し違った。
「ジイジ、あのね、玄関にもハチが飛んでいたよ!」
 ベランダからハチが消えた日の夕方、今度は玄関の廂の下に巣があるのを、小学2年になる孫娘のちーちゃんが見つけた。
「上の方にもあるネ!」
 ちーちゃんと一緒にやって来た母親、つまり私の娘が、玄関庇のさらに上、すなわち2階屋根の庇下に別の大きな巣を見つけた。玄関の庇に下がった巣はお猪口(ちょこ)大だが、2階の屋根下の巣はドンブリほどもあった。
「ジイジが明日までに取ってしまうから、ご心配なく!」
「いや、あの場所の巣は危ないよ。市役所に相談したら? 取ってもらえないかな?」
 ジイジの足腰回りが頼り無さそうに見えたのか、娘が言う。それを見てジイジが胸を張ると、娘の顔がよけい不安そうになる。<こんな時は意地になるから年寄りはヤッカイだ>。そう言いたそうな娘の胸のうちが、なんとなく伝わった。

 落とされても再び作る
 娘と孫たちをクルマで自宅へ送り届けた後、まだ空が明るかったので、さっそく巣の除去に取り掛かった。Tシャツ1枚の無防備な身だから、絶対に刺されたくない。そこで作戦を練った。まずルート。2階南側の書斎窓から出て一階台所、風呂、トイレと続く水回り部分の1階屋根を歩き、北の玄関側へ回る。玄関の庇上に立ち、庭木用の高枝鋏(ばさみ)を伸ばして、巣を根元から切り落とす。さて、ここからが大事で、いかにハチに刺されず素早く2階書斎へ逃げ込むか、である。実は2階書斎の外にも手すり付きのベランダがあって、書斎へ逃げ込むには、この手すりを乗り越えなければならない。そこで、あらかじめ手すりの内側に椅子を、外側に脚立を置いておくことにした。

 準備万端。巣の直下に立ち、そっと高枝鋏を伸ばす。1度目は刃が逸(そ)れたが、2度目でスパッと切れた。ドンブリほどもある重そうな巣が、ドンと音を立てて足元に落ちた。振り返らず、一目散に書斎ベランダへ。
 ところが脚立を上り、柵を跨(また)いだ足を椅子の上に置こうとしてバランスを崩しかけた。やれやれ・・。高枝鋏を右手で握ったまま、左手一本で体を支えようとしたからだ。ベランダ内に高枝鋏を置いてから、柵を両手で掴めば良いものを。ひと手間省こうとして、あやうく二階ベランダから落ちるところだった。

 翌日の朝、朝刊を取りに玄関に出て、ついでに玄関上の二階庇を見上げた。れれれッ、なんということか! 落とした巣から10センチほど離れて、もう新しい巣が出来ていた。ご飯茶碗くらいの大きさ。夜のうちに、いや朝になってから作ったにしても、立派なサイズである。さっそく昨夕の手順で除去にかかった。
 今度は一発で切り落とした。昨夕のミスを反省しているので、脚立から柵を跨ぐ前に、落ち着いて高枝鋏をベランダ内へ移した。よしよし、今度はカンペキだ! 書斎に逃げ込み、そうと確信した瞬間、右の腕をチクンという刺激が走った。

 小さな戦争での小さな発見 
 実のところ、ハチでも蚊に刺されたぐらいにしか思わないのが我々団塊世代だ。幼いころに公園はなく、遊び場といえるものは草っ原ばかり。半ズボンにランニングシャツ1枚で遊び回った世代だから、ハチに刺された経験のない子供の方が少ないかもしれない。子供たちは「ハチに刺された時は小便を塗ると良い」という”療法”を信じ、それでなんとなく治っていた。まッ、そういうわけで小便を(?)・・いや、ちゃんとハチの針が抜けているかを確かめた後、虫刺され用の市販薬を塗り、処置した。刺したハチは、もう動かなかった。

 それにしても、ひと夏でハチの巣を4つも除去したのは初めてである。モノの本によればハチたちは自分の体を水で濡らし、帰ってから水を巣に塗りつけることで、巣の温度を下げているのだという。気化熱を応用した自然のクーラーにより、巣の中のサナギたちを守っているわけだ。
 今夏の暑さは尋常ではなかったから、我が家では庭と玄関先の水道の蛇口を緩めにして、庭木への朝夕の水遣(や)りに気を配っていた。それで新鮮な水が得られる我が家にハチが集まってきたのかもしれない。理由のすべてではないが、理由の1つであることは確かだろう。ともかくも、水場がハチの巣作りにとって重要なポイントだと知ったのは、小さな発見だった。ならば最初から水場を作らなければ良い。以後水道の栓を閉じると、ハチたちは巣を作らず、いずこかへ飛び去ったままになった。

 ハチたちは巣のサナギを熱暑から守らんとして人を刺し、ジイジは孫をハチの針から守らんとして巣を奪った。人の側の圧倒的な優位と、死を賭(と)したハチの”ひと刺し”。どちらにも言い分はある。遠くウクライナの地で続く戦争を思った。 

断想片々(42) 【セミの鳴かない8月】

2022年08月01日 | 言葉
 米大リーグ大谷翔平選手の試合中継をBS1で観ようと、朝の4時半に起きた。ひと月前なら明るむはずの空が、この時刻では、まだまだ暗い。テレビのスイッチを入れると、天気予報の番組中で、きれいなお姉さんが涼しげな声で「東京の気温は唯今30.8度です」と、やっていた。最低気温25度以上で「熱帯夜」だから、熱帯夜のまま夜が明けそうだ。
 筆者は寝る前にエアコンのスイッチを切る。寝冷えで風邪をひいたことが何度かあるからだ。しかし、こんな夜ではたまらない。おまけに何という湿度の高さか。
 
 梅雨は明けたのか
 今年の東京は本当に梅雨が明けたのだろうか。いまだ梅雨の末期を思わせる蒸し暑さで、豪雨と雷雨が列島各地を暴れ回っている。例年なら「梅雨明け10日」の言葉どおり、天候の安定する梅雨明け直後の10日ほどは、登山客など夏場のレジャーの集中期、最盛期なのである。今夏はコロナ禍もあって観光地は今一つ、いや散々のようだ。

 蝉(セミ)が鳴かない
 身の回りに目を転ずれば、今夏はセミの鳴き声をまだ聞かない。筆者の自宅(都内)は樹木の多い神社と児童公園に接しているので、毎年7月半ばともなると耳を塞(ふさ)ぎたくなるほどの騒々しさだが、どうしたわけか今夏は拍子抜けしてしまうほど静かだ。暑さに弱いとも言われるミンミンゼミはともかくとして、アブラゼミは鳴いても良いはずだが・・。鳴けば鳴いたで暑苦しいが、こんなふうに静まり返られると妙に寂しい。