斉東野人の斉東野語 「コトノハとりっく」

野蛮人(=斉東野人)による珍論奇説(=斉東野語)。コトノハ(言葉)に潜(ひそ)むトリックを覗(のぞ)いてみました。

54 【医師とコミュニケーション能力】

2018年12月25日 | 言葉
 コミュニケーション能力は不要?
 東京医科大学に始まった入試不正問題。文科省が12月14日公表した最終報告書によると、国立の神戸大学を含め全国10大学で差別や優遇などの「不適切入試」が行われていたという。多くは女子受験生や浪人生への点数差別のケースだが、卒業生子弟への優遇も多かった。私立医大の情実入試の噂は以前からあったから、これを機にウミを出し切れば、転じて福となすことも可能かもしれない。
 ところで、こうした時の医大側の謝罪会見は、当局の責任者が立って深々と頭を下げ、通り一遍の言葉を並べて終わりと、相場が決まっている。会見後の印象がみな同じ、ないしは似ている理由は、どの責任者も無用な言質を取られまいと必要最小限のコトバを心掛けるからだろう。そんな中にあって12月10日に順天堂大学の学長氏が会見で釈明していた“理由”が目を引いた。女子差別の理由として「女子寮の定員が少ない」と「女性の方がコミュニケーション能力が高く、面接の評価を補正する必要があった」の2点を挙げていたからだ。

 新設医大ならまだしも、江戸時代から続く医学伝統校にして「女子寮の定員が少ない」とは何事だろうか。長く放置してきたのなら単に経営努力の怠慢である。さらに驚くのは「医師にコミュニケーション能力は不要」と言わんばかりの物言いだ。基礎医学を目指す研究者ばかりならともかく、学生の大半は日々患者と接する臨床医が志望のはず。患者に寄り添う臨床医療に、患者とのコミュニケーションは欠かせない。入学試験では英語や数学以上に、コミュニケーション能力自体を採点対象にしても良いくらいだ。女子のコミュニケーション能力が先天的に高いというのであれば、女子こそが臨床医に向いている、ということになる。

 我が入院体験
 連日のように不正入試の続報が流れる11月初め、筆者は都内の大学付属病院へ前立腺(内腺)除去手術のため入院した。手術も入院も初めての経験だった。入院前の検査で主治医は「前立腺の大きさは普通の人の4、5倍。ここまで大きくなると薬は効きません」と話し、こちらの希望通り除去手術を勧めてくれた。実はこの主治医、東京・キー局のテレビ特集番組で「すご腕の泌尿器科医」と紹介されていて、筆者はそれを視て1か月半前に主治医指名で診察を申し込んでいたのだった。
 入院翌日に手術。「経尿道的前立腺切除術」(TURP)と呼ばれる方法で、ループ状の電気メスを付けた内視鏡を尿道から入れて、医師がモニター画面を見ながら患部を削り取る。現在、前立腺肥大手術では最も一般的な方法だという。執刀は若い医師で、かの「すご腕」主治医ではなかったようだ。手術時間は3時間半に及んだが、局所麻酔なので手術を受けながら一緒にモニター画面を見ることが出来て、退屈しなかった。それにしても痛感したのは、昨今の医療現場では最新の医療機器が日進月歩であること。前立腺癌の生体検査では、癌細胞の存在が疑われる個所を事前に特定してから切除の針を刺すので、癌の早期発見率は格段に高くなるらしい。医療の質は1人の名医の「腕」より、最新の医療機器を備えているか否かに左右される時代になっている。

 コミュニケーション力満点の看護師さん
 コミュニケーション能力に男女差があるとするのは俗説だ。能力の根が言語能力にあるなら、世に男性アナウンサーや男性営業マンは存在しにくい。能力に差があるとすれば訓練不足が理由だろう。そもそも患者が求めているのは、ていねい、かつ時間をかけた説明であって、しゃべり方の流暢(りゅうちょう)さなどではない。その気になれば誰でも出来るはずだ。
 ちなみに「すご腕」の主治医に、特段のコミュニケーション力は感じられなかった。事前に説明してくれて良さそうな「経尿道的前立腺切除術」という手術方法も、こちらの質問に対して「ああ、電気メスで削り取るのですよ」と短く答えただけで、何とも素っ気ない。特にテレビ出演以後は診察希望者が多いとのことなので、忙し過ぎて個々の患者に時間を割きにくいのかもしれない。

 その代わりというのではないが、看護師さんたちは驚くほど丁寧で親切、かつ献身的だった。止まらない血尿に対して過去の看護例を細かく説明してくれたり、尿意切迫感について根気よく説明してくれたり。医師でないので医学上の助言は控えていたようだが、前立腺肥大に関する知識も申し分なかった。筆者のように入院や手術が初めてだと、何かにつけ不安に駆られる。「患者に寄り添う医療」とは、こんな時のコミュニケーションの有無や質なのだろう。この病院で主治医が「すこ腕の名医」の評判を得ている理由には、実は看護スタッフの優秀さに支えられた面が大きいかもしれない。

 現代の「名医」とは
 正直なところ筆者などは日頃から、医師ほどコミュニケーションが取りにくい職業人も珍しい、とさえ考えている。多忙過ぎて1人ひとりへ丁寧に説明している時間がないのか。あるいは、のちの医療訴訟を恐れて言質を取られまいと多弁を避けるのか。若い医師よりベテランの医師にありがちなのだが、時に尊大な態度で患者に接する人も目立つ。こうした医師の頭の中には「患者に寄り添う医療」や「患者の目線で」といった考えはないのだろう。

 繰り返すが、医療の質は機器に拠る面が大きく、AIが診断や処置をデータ化している時代だ。経験と豊富な医学知識がなければ不可能だった「名医」の領域へも、最新の医療機器は容易に到達する。機器を使いこなす最新知識と技量を有する医師こそが、現代版の「名医」なのかもしれない。
 もちろん最新医療機器それ自体に「患者に寄り添う医療」を求めることは無理だ。機器の隙間を埋めるものが必須であり、そこを補うものが医師や看護スタッフのコミュニケーション力ということになるのだろう。このコトバに患者が寄せる期待と不安とを、冒頭の学長氏にも知ってもらいたいものだ。

53 【ゴーンショック】

2018年12月02日 | 言葉
 遅れて来たコトバ
 平成最後の「流行語大賞」候補には「そだねー」や「半端ないって」など30語が11月7日にノミネートされたが、ここへ来て「ゴーンショック」が俄然クローズアップされている。もとよりカルロス・ゴーン氏が近年の日本経済に果たした役割は大きく、氏の逮捕だけでも十分なインパクトがある。加えて現在進行形のコトバなので、今後どれほど大きな意味を持つに至るかは未知数。こうした可能性も無視しがたい。

 輝ける経営者
 言うまでもなく、かつてのゴーン氏は輝ける経営者だった。詳細は省くが、1999年に日産自動車のCOO(最高執行責任者)に就任するや、同社が抱えていた有利子負債2兆円を2003年までに全額返済し、以後自動車メーカーとしてV字回復を果たした。手法はもっぱらコストカットであり、骨格は2万人超える従業員削減や工場封鎖だから、日本人の感覚からすればダーティーな印象も残る。しかし、リーマンショック(2008年)後の不況でリストラ策を強いられる企業が多くなったことで、先行者ゴーン氏の人気は強まりこそすれ衰えることはなかった。当時のゴーン氏が「日産社員同士では年賀状も出すな」との節約令を出したという逸話が、コストカッターぶりを示すものとして語り伝えられている。

 筆者の当時の知り合いに東京・村山工場に勤めるHさんがいた。定年まで1、2年を残すだけだったこともあり、他工場への異動命令には応じず、多くの仲間と一緒に退社した。
「ニッサンの名前が残るなら、辞めてもいいサ。もう年齢(とし)だしな。ゴーンさんの『わたしにも(リストラされる人の)痛みが分かる』という演説に感激したんだ!」
 工業高校を卒業以来、日産村山工場一筋に働き、愛社精神も人一倍だったHさんは、さっぱりした顔で周囲にそう話していたという。しかし間をおかずしてHさんは胃がんで亡くなられた。リストラのゴタゴタが一因かどうかは不明だが、家族によると「さっぱりした顔」とは裏腹に、かなり悩んでいたらしい。当然だろう。

 堕ちた偶像との落差
 もともと金銭欲の強い経営者だという噂は本国フランスにもあった。日本国内でも高額報酬が話題に上り始めた頃から「自分だけを例外にするコストカッターだ」との評価が流れるようになった。「わたしにも痛みは分かる」は舌先三寸だったわけだ。だから今回のように2011年から2018年までの8年間で約80億円分の役員報酬を有価証券報告書に過少申告していたと聞いても、多くの日本人にとって、さほどの意外感はなかったかもしれない。むしろ呆れさせられるのは、その後ボロボロと出てくる事々の方である。
 まず、公私混同した会社経費の乱費ぶり。ブラジル・リオ、レバノン・ベイルート、パリ、オランダ・アムステルダムの豪華私邸。「現地のホテル代がかさむので住宅を買った」と言い訳するなら、他の役員の海外出張にも供用すれば良いものを、実際は姉や家族が住むばかりだという。みずからの再婚式をベルサイユ宮殿で挙げて費用を日産に肩代わりさせたり、娘の留学先の米大学へ日産の出費で寄付金を出したり‥‥。高給取りのくせに、やっていることはミミッチイ。私的投資の損失17億円分を日産に肩代わりさせるなどは、特別背任行為以外の何ものでもあるまい。

 日本の陰謀? フランスの陰謀?
 次に驚かされたのはフランス国内で起きた「日本の陰謀」説だ。さすがにゴーン氏の乱費ぶりが次々に明るみに出るに従い、影をひそめつつあるようだが、すっかり消えたわではないらしい。陰謀の中身は「フランス・マクロン大統領がゴーン氏へ、日産のルノー子会社化を説き、ゴーン氏も最近はその気になりかけた。そこで、危機感を抱いた日本側が日産子会社化を阻止すべく、ゴーン氏逮捕を検察に働きかけた」というものだ。
 少し冷静に考えれば、こんなヘンな理屈はない。日本側の日産子会社化阻止とゴーン氏逮捕は陰謀でも、フランス側の日産子会社化は陰謀でない、というのだろうか。どちらも企業戦略であるから、モラル面だけで良し悪しを論じるのはナンセンスだが、アトサキを言うなら「日産子会社化案」がサキであって「子会社化阻止」は対抗措置、つまりアトなのである。サキの陰謀ゆえの、アトの陰謀。加えてゴーン氏は金銭面でスキだらけだったから、陰謀の有無以前の問題として、日産経営陣には決着をつけておくべき責任があった。
 どれほど優秀な功労者であれ、どれほど大きなグローバル企業の経営者であれ、会社のカネを不当に使い込んでも許される社会や団体など、地球上には存在しない。

 日本からの視線、フランスからの視線
 フランスのルノー社は日産株式の43パーセントを握るが、日産はルノー株の15パーセントを持つにとどまる。ところが会社としての規模は、販売台数面でも技術力でも日産の方が上だ。いわゆる逆転現象で、ここにアンバランスが生じる。かくしてゴーン氏逮捕後にフランス政府が気に掛けるのは3社連合の力関係で、ルノー社優位を保つことが至上命令になったようだ。というのも日産車に使われる自動車部品の多くはフランスで生産されているため。もともと失業率の高いフランスは、日産側が部品を自国生産へ切り替えてしまうことを恐れるのである。
 Hさんのように、かつてゴーン氏のらつ腕によりリストラされた日本人は2万人強。そのおかげで今、フランスの雇用の一角が支えられているというのは、奇妙な因縁かもしれない。あまり口にしたくはないが、つくづく日本人は人の好い国民であると思わずにはいられない。

 付記 メディアの記事に添えられるゴーン氏の写真が急に悪相になったように思われるが、気のせいだろうか。自動車もイメージや人気に支えられた商品。あの悪相イメージのまま、今後日産のトップとして返り咲くことはできまい。すでに政治生命ならぬ経営者生命は、少なくとも日本では絶たれたと見る方が正解のようだ。