フランスの文豪スタンダールの小説「赤と黒」が、名匠クロード・オータン=ララ監督によって映画化されたのは、1954年のことだった。
「肉体の悪魔」「パルムの僧院」「花咲ける騎士道」「七つの大罪」「しのび逢い」「モンパルナスの灯」「危険な関係」ときけば、往年の映画ファンには懐かしいジェラール・フィリップの名が思い浮かぶ。
主演ジェラール・フィリップ没後50年、いまここにこの名作が、半世紀を経て甦った。
この作品と、再び会いまみえるとは思ってもみなかった。
不世出の映画スターといわれ、フランス映画の黄金時代に、この文芸大作が生まれ、いままたデジタルリマスター版で、その映像を見事なまでに甦らせたのである。
途中10分間のインターミッションをはさんで、3時間半の大作だ。
今回、以前未公開だった部分7分間あまりが、新編集で加えられている。
才知と美貌で時代を昇りつめたジュリヤン・ソレルが、生きて帰ってきたような錯覚にとらわれる。
37歳という若さで逝ったジェラール・フィリップは、希代のソレル役者として時代を風靡した。
文芸大作としていまスクリーンを観るとき、その色褪せない映像の中にスタンダールの世界がやきついている。
フランス映画に、カラーがはじめて採り入れられた1954年の作品だが、このデジタルリマスター版は、日本での上映が世界初上映だそうだ。
さぞかし、フィルムの傷などでひどい映像ではなかろうかと案じたが、杞憂であった。
もう、退色のはげしかった大作が、ものの見事に修復されて、再び観ることができるとは・・・。
画面の色彩は、シャープではないが実に柔らかいし、音声も明晰でよくここまでできたという感じだ。
1820年代の小都市ヴェリエール・・・。
職人の息子ジュリヤン・ソレル(ジェラール・フィリップ)は、貧しい環境に育ちながら、ラテン語を得意とする聡明な青年であった。
シェラン司祭の推薦で、町長レナール(ジャン・マルティネリ)家の家庭教師となった彼は、レナール夫人(ダニエル・ダリュー)に思いを寄せ、二人はいつしか人目をしのぶ恋仲となる。
しかし、立身出世の夢を抱いていた野心家のジュリヤンは、スキャンダル発覚を恐れ、当時出世の近道であった神学校へと旅立つ。
才気はあるが、人並みはずれて強い野心を抱くジュリヤンを心配した、神学校のピラール司教は、ラ・モール公爵(ジャン・メルキュール)に、パリへ招かれた折りに彼を同行させる。
公爵邸で秘書となったジュリヤンは、気位の高い公爵令嬢マチルド(アントネラ・ルアルディ)の心を射止める。
マチルドとの結婚を許され、中尉となるジュリヤン・・・。
ところが、レナール夫人の手紙が、幸福を引き裂いた。
公爵から、家庭教師時代の行いを問われた夫人は、聴晦師に言われるままに、彼の罪深さを告発したのだ。
絶望と怒りに駆られたジュリヤンは、ヴェリエールへ赴き、協会でレナール夫人に発砲、夫人は無事だったが、彼は裁判で死刑を宣告される。
絶望の中、獄中でレナール夫人の訪問を受けたジュリヤンは、彼女の変わらぬ愛の深さを知り、心しずかに断頭台へのぼるのであった。
ここで描かれる人々は、何か気高い社会と気高い自分を求めつづける理想主義者たちだ。
でも、気高い社会など幻想にすぎず、気高い自分もこの世には存在しなかった。
そうした絶望の中で、主人公は美しき(?)破滅に向かって突き進んでいった。
ナポレオンの写真をそばに置いて、強くあるべき自分を夢みつつ、それと同じ情熱で若い命を断頭台に散らせてしまうジュリヤン・ソレルの生き様を、ロマン主義としてとらえている。
ジェラール・フィリップは、まさにスタンダールの意図したソレルを演じきっている。
共演のダニエル・ダリューの気高さ、清楚さや、アントネラ・ルアルディの溌剌とした美しさも言うまでもなく、豪華なキャスティングで、この作品は後世に語り継がれていくのではないか。
崇高な愛に救われる魂、死してなお、それは消えゆくことがなく・・・。
フランス映画「赤と黒」(デジタルリマスター版)は、そういう作品だ。
ジェラール・フィリップは、はじめ頑強なまでにオファーを拒み続けたといわれ、クロード・オータン=ララ監督の数年に及ぶあまりの熱情に、ついに出演を引き受けたといういきさつがある。
製作から50年以上立っても、スタンダールの名作「赤と黒」は、心理描写にすぐれたものがあり、映画史上後にも先にも、このジェラール主演の「赤と黒」しか作られていない。
ジュリヤン・ソレル役は、彼以外の俳優では考えられず、この先もまた映画化されるのは難しいのではないだろうか。
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それにしても、昔の映画スターはホントに「いい男」ですねー・・・。
彼の出た作品は、よき監督にも恵まれて、次から次へとヒットしました。
日本にも1回来ていますね。熱狂的な、特に女性ファンに取り囲まれて、それは凄いものでした。
モジリアニの生涯を描いた「モンパルナスの灯」、ラディゲの「肉体の悪魔」、「しのび逢い」など、素晴らしい作品が多かったですね。
どれも、みんなよかったです。
没後50年ということで、彼の多くの作品が日本で上映されて、連日満員、行列のできる盛況だったようです。
ヨーロッパ映画全盛時代の、よき時代の遺産でしょうか。
名画は、こうして語り継がれていくのですね。
本当に、惜しい俳優でした。
よき時代のフランス映画、懐かしいですね。
コメント、ありがとうございました。
ジェラールで思い出していただけたのですね。
有難うございます。今年もよろしくお願いします。
よき時代のフランス映画、もっと見たくなりました。
アランドロンより品がある&甘いHANDSOMEです。
フランス人男性ってGERARDのような人ばかり出須賀ねえ?
私はGERARD&馬が好きです。