徒然草

つれづれなるままに、日々の見聞など、あれこれと書き綴って・・・。

映画「2重螺旋の恋人」―虚実入り交じる映像の中で現実と空想の境界が見えなくなっていく心理サスペンス―

2018-08-19 16:35:00 | 映画


 立秋を過ぎて、朝夕はふとした風の冷たさにこのまま残暑も終わってくれればと思うが、そうもいかないようで・・・。
 降るような蝉しぐれ変わらず、いつまでか。
 本格的な秋は、まだまだ先のようだ。

 さて映画は、フランソワ・オゾンだ。
 フランソワ・オゾンといえば、世界三大映画祭の常連であり、フランスを代表する映画作家だ。
 前作「婚約者の友人」(2016年)では、第一次大戦による男女の愛憎を題材としたが、今回は一人の女性を主人公に、彼女の精神的な不安と葛藤を中心に、ミステリー仕立ての恋愛ドラマを作り上げた。
 やはり鬼才オゾン監督だけのことはあって、4年の構想期間を経て放たれるこの最新作の心理サスペンスには、極上に近い味わいの深さが感じられる。


舞台はパリ・・・。
原因不明の腹痛に悩まされるクロエ(マリーヌ・ヴァクト)は、精神分析医のポール(ジェレミー・レニエ)のもとを訪れる。
穏やかなカウンセリングで、痛みから解放されたクロエは、ポールと恋に落ち、二人は同居を始める。
そんなある日、クロエは街でポールとそっくりの男性を見かける。
その男はルイ(ジェレミー・レニエ2役)と名乗り、ポールの双子の兄で同じ精神分析医だったのだ。

クロエは何かに惹かれるように彼の診察を受けるが、ルイは横柄で傲慢な性格であり、ポールは土のように温かくて優しい性格で、二人は正反対の双子であった。
ポールは、どうしてルイの存在を隠していたのか。
真実を突き止めるために、ルイの診察室に通い始めたクロエは、ポールとは全く違う性格の挑発的なルイにぐいぐい引きつけられていくのだった・・・。

この作品は、人の二面性を視覚化するのに、細やかな工夫を凝らしている。
それは、ヒロインの心の中を覗き見ているようなものだ。
ポールとルイという双子に振り回される、心の内面を視覚化するために画面が二つに分割されたり、小道具として鏡が登場したりする。
舞台となる建物や美術は、螺旋構造と左右対称を意識しているのもわかる。

ヒロインのクロエを演じるマリーヌ・ヴァクトがいいが、彼女は優しいポールを愛していて、性的に満たされていないから荒々しいルイを求める。
誰もがそうした二面性を持っていると、この映画は言いたいようだ。
人間の分身というより、ほぼ似た顔を持つ双子という存在に、その曖昧さの点に、オゾン監督はこだわりを持ったようだ。
作品に登場する猫も、ミステリアスな動物として不思議な効果をもたらしているし、ひねりにひねった(!?)衝撃のラストはちょっとホラーじみて不気味なラストだ。
心に秘められた相反する感情を、容姿が同じでも、中身は正反対の性格の双子の男性という設定も、性格の二重性を視覚的に取り入れて面白く見せている。

フランソワ・オゾン監督フランス映画「2重螺旋の恋人」は、虚実の交錯する映像の中で、人間の二面性に翻弄され、現実と空想の境界が分からなくなっていき、観客を迷わせる要素を内包している。
オゾン監督の仕組んだ嘘と現実の迷宮で、背徳と官能の扉が開かれる時、映画はサスペンスを帯びるのだ。
ヒロインのマリーヌ・ヴァクトは、去る2013年オゾン監督「17歳」に主役に抜擢されて、世界のメディアから絶賛を浴び、間もなく結婚生活でもパートナーに恵まれ、いまでは男児の母親となっている。
この女優の見どころも十分で、飽きさせない楽しめる作品だ。
        [JULIENの評価・・・★★★★☆](★五つが最高点
横浜シネマジャック&ベティ(TEL 045-243-9800)ほかにて8月31日(金)まで上映中。


映画「ファントム・スレッド」―心の闇に優雅な狂気が対峙するとき男と女の想いは―

2018-08-06 14:30:00 | 映画


 猛暑の日々が続いている。
 この暑さはまだまだ続きそうだ。
 明日は、暦の上では早くも立秋だけれど・・・。

 今回取り上げた映画の方は、高級ファッションの世界で生きる男をめぐる物語だ。
 2018年、アカデミー賞衣装デザイン受賞作で、高級衣装の下に秘めた男女の心理と性愛に焦点を当てた、ポール・トーマス・アンダーソン監督が、ここでも独創的な才能をいかんなく発揮する。
 彼の監督作「ゼア・ウィル・ビ・ブラッド」 (2007年)で、二度目のアカデミー賞主演男優賞受賞したイギリス俳優ダニエル・デイ=ルイスと再度組んで生まれた作品だ。

 男と女には見えない“糸”がある。
 その“糸”の部分にメスを入れた、ちょっとした異色作だ。
 恋愛における気持ちの触れ方、美しさともろさを恋の駆け引きの中にオートクチュールの世界を背景に、滑稽なまでに可笑しく、しかし正調に描いた作品で面白く見られる。
 優雅で危険をはらんだ大人のラブストーリーである。


レイノルズ・ウッドコック(ダニエル・デイ・ルイス)は、女流階級の女たちのためにドレスをてがけるデザイナーだ。
彼は隙のない端正な装いで、その工房はいつも整然としている。
お針子たちはきびきびとよく動き、なかなかの切れ者で姉のシリル(レスリー・マンヴィル)に支えられて、レイノルズは完璧な状態で生活している。
恋の相手によっては、色あせたらさっと手切れ金のように高級ドレスを与えて、女を切り捨てるのだ。

ある日、海辺の町の別荘へ出かけたレイノルズは、レストランで働くアルマ(ヴィッキー・クリープス)を見初める。
若い女は素朴だが生気に満ちていて、彼の創作意欲をいやがうえにもかきたてる。
完璧主義者のレイノルズにとって、アルマは新たなミューズとなる。
彼は、衝動的に彼女と結婚するが、すぐに後悔する・・・。

アルマは平凡な娘で、日々の生活で刺激を受けて成長していく。
彼女は絶えず穏やかな温かさでウッドコックを包んでいて、作品にも深い奥行きを与えている。
レイノルズの美貌が、アルマの平凡さを引き立たせる。
レイノルズは、母親以来の女の愛を知らない。
そのことに気づく鋭さが、アルマにはあるのだった。
アルマが恋に落ちていく様と、愛想のないウッドコックがアルマの体型のみに関心をめぐらせる、日々の少しというより大きくちぐはぐな振り子の揺れのように、二人の恋愛における気持ちの揺れが奇妙で面白い。

ポール・トーマス=アンダーソン監督アメリカ映画「ファントム・スレッド」は、華やかなオートクチュール(高級仕立服)の裏側で、甘美で狂おしい愛の心理戦を描いた佳作である。
愛想のないウッドコックが前半をリードするが、後半からはアルマが主導権を握り、ほころびひとつない端正な衣装や美術と相まって、男と女のパワーゲームを描き出している。
親子ほど年の違うダニエル・デイ=ルイスと、ヴィッキー・クリープスの取り合わせも面白く、妙味たっぷりの作品ではある。
この作品が、惜しむらくは残念なことに名優ダニエル・デイ=ルイスの引退作となるそうだ。
このひと、これから、まだまだやれる役者だと思うのに・・・。
        [JULIENの評価・・・★★★★☆](★五つが最高点
この映画はシネマート新宿(TEL 03-5369-2831)で8月24日(金)まで上映中。
次回はフランス映画「2重螺旋の恋人」を取り上げます。