徒然草

つれづれなるままに、日々の見聞など、あれこれと書き綴って・・・。

映画「ウトヤ島、7月22日」―単独犯として史上最多77人の命が奪われたノルウェーの連続テロ事件―

2019-03-18 18:00:00 | 映画


 寒い冬が去っていく。
 また新しい春が、花々の香りとともに急ぎ足で訪れてきた。

 今日の映画は北欧ノルウェーの作品だ。
 ノルウェーで、こんな悲劇が何故起きたのであろうか。
 2011年7月22日、ノルウェーの首都オスロ政府庁舎爆破事件が起き、8人が死亡した。
 さらにその2時間後、オスロから20キロ離れたウトヤ島で銃乱射事件が発生、サマーキャンプに参加していた十代の若者ら69人が、痛ましい犠牲となった。

 ノルウェーエリック・ポッペ監督は、実際にあったこの事件を発生から終息まで、何とワンカットで再現して描いたのだった。
 戦慄の映画である。







平穏なキャンプ場に、突然重い銃声が響いた。

オスロ爆破事件と何か関係があるのか。
事件が全く分からない中なかで、若者たちが次々に撃ち倒される。

少女カヤ(アンドレア・バーンツェン)は妹エミリア(エリ・リアノン・ミュラー・オズボーン)と口論を交わしていたのだが、そんな騒ぎの中で、学生たちと森へ逃げ込み銃声を浴びながら逃げ回るのだった。
カヤは途中で妹を見失い、恐怖の真っただ中で、ありったけの勇気を奮い起こし、離れ離れになった妹エミリアを探し始める。
しかし、警官に成りすました犯人はボートでこの島へ上陸し、何の罪もない少年少女たちを次々と銃殺した。
絶え間なく鳴り響く銃声は、少しずつカヤたちのいる建物の方へ迫りつつあった・・・。

午後5時、ウタヤ島で何が起こったのか。
カメラはひとりの少女に密着し、音楽もナレーションもカットバックもなく、ドキュメンタリータッチでひたすら彼女を追う。
テロリストも姿を見せないし、カメラは少女と一体だ。
犯人は誰か。
何故こんなことが起きているのか不明のままま、観ている方は少女とともに島内を逃げ惑うのだ。
若者たちの表情は、誰もが恐怖に満ちている。

キャンプ場で初めて出会った若者たちが、極限の恐怖の中でいかに行動していったかを、生存者の証言に基づいて描き出している。
千ツメンタルなドラマや音楽といった装飾は一切排除している。
いやあ、怖ろしい映画があったものだ。
極限状況の中で、しかし仲間と助け合い、知らない誰かの死に涙し、必死に生き抜こうという若者たちを描いて、サスペンスフルな迫力を持つ。
一人の男の憎しみがこの事件を起こしたのだが、詳しい背景は描かれない。
ただいえることは、ノルウェー与党の、多文化的な姿勢に不満を募らせた男の犯行ではないかということだ。

ノルウェー映画ウトヤ島、7月22日」は、登場人物の心の葛藤と身体的な反応を、生々しいほどダイレクトに伝えてくるのだ。
映画と観客との間の垣根はすべて取り払われ、想像を絶する緊迫感と臨場感を体感する衝撃作である。
ワンカット演出がそれなりに効果とされた一作であり、まさに画期的な、そして実験的な映画作品であろう。
さらに言えば、観た人に考えさせる映画である。
でも、上映時間94分間は息苦しくなるような時間だが・・・。
4月5日(金)まで横浜シネマジャック&ベティ(TEL045-243-9800)で上映中。

         [JULIENの評価・・・★★★★☆](★五つが最高点


映画「ともしび」―芳醇な沈黙の向こう側に潜む重い現実と不穏な葛藤―

2019-03-01 13:00:00 | 映画


 イタリアの新鋭アンドレア・パラオロ監督が、英国女優シャーロット・ランプリングを主演に据え、人生を重ねた女性の苦悩と気概を、比類のない筆致で描いている。
 孤独を引き受ける女の覚悟と力強さというものは、こんなとき美しいものだ。

 主演のシャーロット・ランプリングは今年73才、「まぼろし」2000年)「さざなみ」(2015年など、老境にさしかかった女性の、陰影深い心象風景を見事に表現し、圧倒的な存在感を放っている。
 この作品は、老境に入ってささやかで平穏な日常、家族との結びつきを根こそぎ奪われてしまった主人公が、絶望の渕から生還し、再び生きなおす決意を遂げる、感動的で静かなドラマである。
 シャーロット・ランプリングのほとんど一人芝居という見方もできる。
 彼女は、2019年ベルリン国際映画祭でこれまでの功績により、名誉金熊賞受賞している。



ベルギーの小さな地方都市・・・。
老年にさしかかったアンナ(シャーロット・ランプリング)と夫(アンドレ・ウィルム)は、慎ましやかな暮らしをしていた。
小さなダイニングでの煮込みだけの夕食は、いつものメニューだ。
会話こそないが、そこには数十年間に培った信頼があるはずだった。
しかし次の日、夫はある疑惑により警察に出頭し、そのまま収監される。
そして、アンナの生活は少しずつ崩れていく・・・。

アンナは、疎遠になっていた孫の誕生日にケーキを焼いて家を訪ねても、息子からは冷たく拒絶され、駅のトイレでひとり号泣する。
パートの仕事を早退したアンナが小学校まで出向き、孫の姿を陰からそっと見つめるシーンといい、彼女が奇声を発し、顔を真っ赤に染める最初のシーンといい、このアンナの抱える不穏な静けさ(?)は何だろう。
彼女は次第に孤独にさいなまれていく。

夫はある疑惑で刑務所に収監されるが、それが何の罪によるものかは明らかにされない。
カメラはもっぱら、アンナの仕草や表情を追い続ける。
シャーロットの陰影に富んだ表情は、老いた女の内面の激しい葛藤や孤愁の心理を象徴的に見せる。
しかし、そこにはアンナの持つ強靭な意志がにじんでいることを見逃すわけにはいかない。
それこそが、彼女の「ともしび」なのだ。

アンナは夫の収監を受けて心も精神も衰え、結果的に自意識まで喪失してしまう。
メタファーである漂着した鯨が登場するが、そこは、死にゆく、あるいはもしかしたらすでに死んでいるかもしれない何かを反映している。
アンナは、鯨と自分の姿を同一視しているのかも知れない。印象的なシーンだ。
このアンドレア・パラオロ監督フランス・ベルギー・イタリア合作映画「ともしび」は、ストーリーの中心に謎めいて見える老女の当惑と絶望を据えて、その中で自身を見つめようとする。
人生の“生きなおし”とはこのことか。
この映画に説明描写は必要ない。
明るく楽しい映画とは真逆の、悲痛にうめく女を描いた作品だ。
それだけに、シャーロット・ランプリングの存在は大きいと言える。
女優の凄味さえ感じられるではないか。
        [JULIENの評価・・・★★★★☆](★五つが最高点
次回はノルウェー映画「ウトヤ島、7月22日」を取り上げます