徒然草

つれづれなるままに、日々の見聞など、あれこれと書き綴って・・・。

映画「マイ・ブックショップ」―文学の香り漂う中で女はあくなき権力への勇気ある抵抗を込めて―

2019-04-21 12:30:01 | 映画


 イギリスの小さな町に本屋を開いた女性とその波紋を、スペイン生まれのイザベル・コイシェ監督ペネロピ・フィッツジェラルドの原作を得て映画化した。
 古きよきイギリスの町といっても、それゆえ結構閉鎖的で、町の人々も古い価値観に縛られてかなり抑圧的である。
 その一方で、素朴な魅力や力強い自然が作品を後押ししている映画だ。

 「死ぬまでしたい100のこと」(03年)が日本で大ヒットした、イザベル・コイシェ監督が新たなジャンルに女性の感性を吹き込んで、この保守的なイギリスの町に小さな変革を起こそうとした女性の、ささやかな奮闘記に仕上げた。




1959年のイギリス・・・。
本を愛するフローレンス(エミリー・モーティマー)は、書店のない海辺の田舎町に移り住み、戦死した夫との夢だった小さな本屋を開く。
住民は気さくに声をかけてくれるが、二言目にはこの町に本を読む人はいないよと、結構な嫌味を言う。

そこに現れた資産家のガマート夫人(パトリシア・クラークソン)は、物件について、芝居や音楽会に使う芸術センターにしたいなどと難癖をつけて、フローレンスの立ち退きを迫るのだった。
ガマート夫人には議員に甥がいて、地元では顔のきくだけにたちが悪い。
そんな時に、家に引きこもって本ばかり読んでいる偏屈な老人・ブランディッシュ(ビル・ナイ)だけは、フローレンスの味方になるのだった・・・。

話を味わい深くするために、「華氏451度」「ロリータ」「ドンビー父子」といった、時代を象徴する名著たちも劇中に登場し、コイシェ監督は、町に文化に敬意を払わない人が増えている風潮とか、表現(言論)の自由を抑えつけようとする権力への抵抗の思いを込めている。
理解者の少ない環境で、逆境にめげずに生きていくにはどうしたらよいか。
勇気を与えてくれる作品だ。

書店の空間描写も悪くはない。
風の吹き荒れる浜辺の風景、古めかしいゴシック風の不気味な屋敷など、背景を丹念に撮影しているのも好感が持てる。
そんなところで、本は嫌い、読書は嫌いという少女クリスティーン(オナー・ニーフシー)の存在も、おしゃまな感じが出ていて面白い。
タイトルの通り文学の香りが漂い、ヒロインと老紳士の静かな交流もしみじみとした大人の味を醸し出しており、悪くはない。
センチメンタルな感情に流されず、映像も美しく、派手さを抑えた演出と脚本がよく、海辺の風景の描写もとてもよい。
イギリス・スペイン・ドイツ合作映画「マイ・ブックショップ」は、たとえどんな苦境に立たされても、勇気を持ち続けることだけは諦めなかった女性の話である。
       [Julienの評価・・・★★★★☆](★五つが最高点
この作品は、横浜シネマジャック&ベティでは終わってしまったが、5月11日(土)から5月24日(金)まで横浜シネマリン(TEL/045-341-3180)で上映予定。

 


文学散歩「特別展 巨星・松本清張」―春たけなわの神奈川近代文学館にて―

2019-04-06 13:00:00 | 日々彷徨


 満開の桜が、早くも強い風にあおられて散り始めている。
 春はいよいよ本番だ。

 戦後日本を代表する作家・松本清張特別展神奈川近代文学館で5月12日(日)まで開催されている。
 この作家の小説家人生は、40歳を過ぎてから芥川賞受賞を契機に始まったのだ。
 人より遅い作家活動だが、その著作の多さは驚くばかりである。
 日本の国民的作家として、人気も高い。

 (神奈川近代文学館 / 電話 045-622-6666)

 

 

 








松本清張の人生は、多岐にわたって精力的に執筆活動を続けたことだった。
清張は幼少期から、恵まれない環境の中で、刻苦し、家も貧しかったから、尋常高等小学校卒業後から働きづめであった。
仕事に忙殺されて、人生の前途への希望を失うこともしばしばであった。
しかし、凡人とは違い、知的好奇心の旺盛さもあって、文学書を耽読し、考古学・民俗学への関心を深めていき、そのことで後に膨大な作品が次々と生まれていったのだ。
これは凄いことだ。本当に凄い作家だ。

昭和28年(1952年)「或る『小倉日記』伝」芥川賞受賞すると、その旺盛な創作活動は留まるところを知らなかった。
自宅で執筆する清張の背後の押入れには、所狭しと蔵書が溢れている。
苦難の時代をしのばせる写真である。
生涯の後半生にあたる約40年間で、清張は1000編もの作品を遺している。

今回は松本清張生誕110年にあたる特別展で、見応え十分な企画展である。
もともと版下画工でもあった清張は、作家になる前は、広告デザイン界で活躍しており、絵や書にも優れていた。
小説ももちろん、映画化された作品も36作前後あり、とてもそのすべてを読み切ってはいないが、現代を生きる人間へのメッセージははかり知れないものがある。
本展では、約400点の展示資料で清張の人生を展観する。

作品の中でも、傑作の誉れ高く、映画化もされた「砂の器」(1974年野村芳太郎監督作品)は、とりわけ個人的には強い印象を持っている。
「砂の器」は素晴しかったし、もう一度映画館でこそ観たいものだ。
個人的なことだが、この映画が公開された時、今は無くなったが大船オデオン座で観て大きな感動を覚えたものだ。
テレビドラマ化などもされたが、映画化作品にはとても及ばない。
脚色(橋本忍、山田洋次)、音楽(芥川也寸志)、主演(加藤剛)も優れており、人間の宿命を追って、熱く胸に迫る作品であった。
この映画作品は、出来映えも素晴らしく清張自身も大変気に入っていたそうだ。
何とこの映画「砂の器」が、9月20日(金)から横浜TOHOシネマズ上大岡(TEL/050-6868-5053)「午前十時の映画祭」(来年3月で終了)で上映される。
観ていない人には、是非映画館で観ることをお勧めしたい傑作だ。自身をもって言いたい。
なお、松本清張の代表作の中で、新潮文庫のベスト1はこの「砂の器」で、2018年12月現在459万部を記録しているそうだ。

余談が長くなったが、神奈川文学館の関連イベントとしては、4月13日(土)講演会(評論家・保坂正康)、4月28日(日)講演会(作家・阿刀田高)、文芸映画を観る会では「影なき声」(1958年日活)なども予定されている。
また、会期中の毎週金曜日にはギャラリートークも催されている。
本展では、松本清張の多彩な作品世界を紹介するとともに、清張が照らし出した時代を振り返り、現代を生きる我々へのメッセージを探ることになる。
来月、5月から令和といよいよ年号が改まり、また昭和の時代も遠のいてゆくが・・・。
満開の桜も大いに気になるところだが、近年期待の膨らむこの特別展を覗いてみるのも一興かもしれない。

次回はイギリス・スペイン・ドイツ合作映画「マイ・ブックショップ」を取り上げます。