徒然草

つれづれなるままに、日々の見聞など、あれこれと書き綴って・・・。

「木曽路はすべて山の中である」―島崎藤村生誕140年記念展―

2012-10-10 17:00:00 | 日々彷徨

 ―木曽路はすべて山の中である―。

 言わずと知れた、文豪島崎藤村名作長編「夜明け前」の、あまりにも有名な書き出しである。
 今年は生誕140年に当たり、10月6日(土)から11月18日(日)まで、神奈川近代文学館島崎藤村展が開催され ている。
 季節よし、うららかな日差しを浴びて、秋の文学散歩というのも気持ちのよいものだ。

 今回の展観は、三部門構成だ。
 第一部では生い立ちから 「若菜集」を刊行して詩人としての名声を得てのち 「破壊」で本格的な小説家に転身する前半生を、とくに冒頭からいきなり、藤村が自らの父・正樹と家族の運命の変転を、歴史的な背景とともにたどっている。
 そして第二部では、1913年(大正2年)の渡仏から、太平洋戦争下の大磯での晩年と、1947年(昭和18年)の「東方の門」執筆途中の最期までを、こちらはエッセイなどとからめて紹介している。
 さらに第三部「藤村詩鑑賞」では、広く人口に膾炙した藤村の詩の世界を、書画、パネルなどで再現して味わえるようにしている。
 どれもこれも、懐かしくしのばれて、よくこれだけ多くの貴重な資料を揃えたものだと感じ入った次第で・・・。







圧巻はやはり「夜明け前」で、藤村が当時の時代背景とともに、足かけ7年の歳月を費やして描き出した作品で、日本近代文学を代表する長篇小説だろうか。
主人公・青山半蔵のモデルは、中山道馬籠宿で代々本陣・庄屋・問屋を務めた島崎家17代当主・正樹で、知識人、国学者として維新の夢を抱くが新政府の政策に絶望し、不遇のうちに死んだこの父の半生を、藤村は見事に描き切った。
藤村は、妻冬子との間に7人の子をもうけたが、最初の3人の女子は夭折し、冬子自身も四女を出産したのち32歳の若さで急逝した。
この頃が、藤村にとって、実に痛ましい悲運に見舞われた時期であった。
この時の藤村はまだ38歳、これからという時であった。

とてもよくまとまった藤村展で、改めてこの偉大な作家の足跡をしのぶことができる。
学生時代に読んだ小説や詩など、想い出深いものがある。
あれはいつのことであったか、信州小諸の懐古園を訪れたときの「千曲川旅情の歌」の一節や、藤村生誕の地・馬籠の藤村記念館を訪れたときには、あの「初恋」の一節が口を突いて出たものだった。

      まだあげ初めし前髪の
     林檎のもとに見えしとき
     前にさしたる花櫛の
     花ある君と思ひけり    (島崎藤村)

展示の中には、「破壊」の原稿(清書原稿)もあって、これなども素晴らしい資料だ。
夏目漱石が、この作品を絶賛している森田草平宛ての手紙なども・・・。
藤村は平素から「簡素」を信条としていて、自筆の書「簡素」も実に要を得て簡素だし、晩年71歳で亡くなるまでの大磯の住居も、地福寺の墓所もつましく質素なものだ。
藤村の人となりをうかがわせて、興味深い。

神奈川近代文学館では本展期間中、各種の講演(堀江敏幸氏)講座(十川信介氏ほか)朗読会(「ある女の生涯」藤村志保)など、関連行事や催しも賑やかである。
文芸映画を観る会(TEL090-8174-7791)では、10月13日(土)14日(日)には映画「夜明け前」(名匠吉村公三郎監督作品、出演/滝沢修、宇野重吉、細川ちか子、乙羽信子、小夜福子が上映される。
1953年の作品だが、幕末の馬籠の宿場を舞台に、庄屋・青山半蔵の波乱に満ちた生涯が、名優たちの重厚なタッチで描かれている。
この映画、幼な心に観た印象は強烈で、いまも記憶は鮮やかだ。

・・・余談になるけれど、中山道落合宿から、「これより北木曽路」の碑を過ぎて、馬籠宿、妻籠宿へ抜ける南木曽路は、往時をしのびながらのウォーキングにも最適で、また機会があれば是非訪れてみたいところだ。
晩夏のころだったか、石畳の街道筋で、ふと立ち寄って食した冷たい信州そばが、のど越しにさすがに美味しかった。
過ぎし日の、よき思い出である・・・。

      小諸なる古城のほとり
     雲白く遊子悲しむ
     緑なす蘩蔞(はこべ)は萌えず
     若草も籍(し)くによしなし
     しろがねの衾(ふすま)の岡辺
     日に溶けて淡雪流る    (島崎藤村)





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8 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
文学は・・・ (茶柱)
2012-10-10 21:06:24
私は疎いですねー。
「だったら書き込むな」って言われたらそれまでなのですが・・・。
名前だけは知っているのですけれども・・・。
うっかりしてました (霜葉)
2012-10-11 10:01:52
茂吉展以来、神奈文にはご無沙汰しておりましたが本記事により藤村展に気づきました。中学のとき「千曲川旅情の歌1」を暗記させられたことを思い出しました。神奈文となりのローズガーデンの秋バラも見ごろでしょう。これから行ってまいります、たのしみです。有難うございました。
機会がありましたら・・・ (Julien)
2012-10-12 22:10:00
茶柱様。
藤村の「初恋」の詩に一度触れてみてはいかがでしょうか。
「初恋」です。いい響きです。
ちょっと古臭い(!?)かもしれませんが、いいものです。
いかにも、教科書的かもしれませんけれどね・・・。
霜葉様・・・ (Julien)
2012-10-12 22:25:30
イギリス館前の、ローズガーデンの秋バラも見ごろでしたね。
まだしばらくは大丈夫そうで・・・。

藤村ももう生誕140年ですから、時の経つのは早いものです。
詩もいいですが、「夜明け前」をはじめ「破壊」「新生」「家」などの重厚な小説作品群も、なかなか読み応えがありました。(もうあらかた忘れましたが)
若菜集 (玉川上水)
2012-10-28 10:32:41
47年前を少しずつ脳裏に返り咲き目頭が熱くなりました。 ------光陰急流如く、まだまだ捨てた私でわないと”・・・・・起きておそるるなかれ”です・
 
有難うございました、皆様の健勝を心よりお祈りします。
玉川上水様・・・ (Julien)
2012-10-29 16:22:40
「初恋」も、「若菜集」でしたね。
大昔、よく口ずさんだものです。懐かしいですね。
47年になるのですか。
いつまでもお元気でいらしてください。
コメントをありがとうございました。
Unknown ()
2012-11-21 18:29:32
Julien(徒然草)さん

コメント、ありがとうございました!
勝手にトラックバックして失礼しました。

島崎藤村の大作「夜明け前」は、確かに最初は読みづらく感じるかもしれない。
でも、小生にしても、読書体験を重ねる中で、読み込む力が多少はついたようで、十年ほど前に読んだときは、日本では稀有な作品だと痛感しました。

Julien(徒然草)さんも、高校時代とは読解力も成熟して、今読めば違う感想が出てくるかもしれない…なんて。

余談ですが、小生、「中山道落合宿から、「これより北木曽路」の碑を過ぎて、馬籠宿、妻籠宿へ抜ける南木曽路」をいつか、歩いて旅したいのが、藤村ファンとしての夢です。
Unknown (Unknown)
2022-01-18 15:36:56
破壊 ☓
破戒 ○

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