徒然草

つれづれなるままに、日々の見聞など、あれこれと書き綴って・・・。

映画「Vision ビジョン」―山を守る男と未来を紡ぐ女との出会いから―

2018-06-24 04:35:00 | 映画


 「萌の朱雀」1997年)以来、河瀬直美監督10作目の長編映画である。
 しかし誰もが楽しめるという映像世界とは、ひと味違っている。
 今回はフランスの名女優ジュリエット・ピノシュを迎えて、河瀬監督自身の、映画作りの原点・奈良吉野が舞台となっている。
 ジュリエット・ピノシュの起用は、その意外性(?)にちょっと驚きだ。
 河瀬監督は、この大物女優に対しても遠慮することなく、ヒロインは役柄になりきるために、撮影中は地元で寝泊まりするというルールにピノシュは従った。

 自然との共生や輪廻について、幽玄な山々の森を背景に、河瀬監督のテーマは凝縮されている。
 きわめて前衛的、あるいは抽象的ともとれる、生きることの意味を問う壮麗な観念論が広がる。
 観客はこの作品でも、また自分や世界を見直すという意味で、それぞれの感性なり想像力をかきたてられるのだ。
 詩情豊かな、神秘の叙事詩といえる。

  

    

世界中を旅しながら、紀行文、エッセイを執筆するフランス人エッセイスト、ジャンヌ(ジュリエット・ピノシュ)は、通訳でアシスタントの花(美波)とともに、とあるリサーチのため奈良県の吉野を訪れる。

杉の木の連立する山間で生活している山守の無口な男、智(永瀬正敏)は、森で暮す女アキ(夏木マリ)の予告通りジャンヌと出会い、文化の壁を越え、次第に心を通わせていく。

そして智と同じように山を守って生きる山守の青年鈴(岩田剛典)、漁師の岳(森山未来)や源(田中泯)らとの運命の歯車が回り始める・・・。
二人の男には悲しい過去があり、そんな中で"Vision ビジョン"は生まれようとしていた・・・。

ヒロインのジャンヌが、自然豊かな神秘の地を訪れた理由は何だったのだろうか。
そして、吉野の森と山とともに生きる智が見た未来(ビジョン)は何だったのだろうか。
このドラマに明確に断じる答えはない。
それは観客が考えるのだ。
この映画で語られる「ビジョン」とは、1000年に1度現われて人間からあらゆる精神的な苦痛を取り去るという薬草のことを意味し、ジャンヌはそれを探している。
智はその存在さえ知らない。

住民として登場するアキは、森の意向を伝える(?)巫女のような存在を思わせ、深い緑の森とともに神秘的な雰囲気が漂う。
アキの言う「1000年に1度の時が迫っている」とは、思い切った台詞だ。
この物語の背景には、当然林業の衰退ということもあろう。
河瀬直美監督は、森と人間について希薄な関係性を強く意識しているのでもない。
確かに、開発は進み、災害が引き起こされる。これは現実の姿だ。
人間は、もっと森そのものとの関りを持つべきだろうが、映画としてはどうしても観念的だ。
映画「Vision ビジョン」は、母なる大地を生きることに真摯に向き合おうとする、河瀬直美監督の<美学>が放つ、いのちの物語である。
ジュリエット・ピノシュだが、映画撮影中は寺の宿坊で寝起きし、朝のお勤めもこなし、パン食ではなく玄米食で通したそうだ。
いやいや、なかなかの女優だ。
         [JULIENの評価・・・★★★☆☆](★五つが最高点
横浜シネマリン(TEL045-341-3180)にて7月6日(金)まで上映中。
次回は韓国映画「天命の城」を取り上げます。


映画「万引き家族」―社会性と芸術性の両立という複雑な挑戦がこの世の不条理や偽善を炙り出して―

2018-06-11 10:15:00 | 映画

 家族が絡んだいろいろな事件の報道から、着想を得たといわれる。
 それが善であれ悪であれ、「家族」の持つ絆については一考させられる。
 是枝裕和監督、原作、脚本、編集による最新のオリジナル作品だ。
 今回、カンヌ国際映画祭最高賞パルムドール獲得した。

 これまでもずっと家族を描き続けてきた是枝監督が、今までの問題意識や作劇手法のすべてを注入した迫力が伝わってくる。
 大体犯罪を生活の糧にしていて、決してほめられたものではない。
 ところが、この映画の一家は幸せそうで楽しそうなのだ。
 何故なのだろうか。
 是枝監督は、犯罪を重ねる家族の姿を通して、人間の真のつながり、絆とは何かを問いかける。




高層マンションの谷間にぽつんと取り残された古い平屋・・・。
いまにも壊れそうで、ごみ屋敷のようなぼろぼろの家に、家族6人がひしめきあって暮らしている。
少年祥汰(城桧吏)はそこに住みながら、学校には行かせてもらえず、父親の治(リリー・フランキー)から、万引きの手口を教わりながら、スーパーや駄菓子店で犯行を重ねている。
家の持ち主は祖母の初枝(樹木希林)だが、クリーニングで働く母信代(安藤サクラ)とその妹の亜紀(松岡茉優)も、祖母の年金をあてに暮らしていて、足りない分を治と祥汰の万引きで補っているのだった。

ある冬の日、祥汰と「仕事」を終えた治は、近くの団地の廊下で、寒さに凍えていた5歳の少女ゆり(佐々木みゆ)を、思わず連れて帰った。
彼は少女をすぐにも返そうかと考えたが、親による虐待の影も見え、彼女を家族の一員に入れたのだった。
こうして、一家6人は、貧しいながらも仲良く暮らしていた。
しかし、秘密を抱えていては世間には背を向けざるを得ない。
やがて、祥汰は盗みに疑問を抱き始め、ゆりが行方不明になったことがニュースで報じられ、年金を頼りにしていた祖母の死は家族の日常を一変させることになった・・・。

ドラマ全体を眺めたとき、社会の不条理、たとえそれが反社会的であれ、血のつながりの不確かなものであるとしても、負の部分を含めて人間をあぶり出し、生きることの切なさと厳しさを感じさせる。
世の中、決してきれいごとではない。
贅沢な生活をしているわけではない。
美味しいものを食べているのでもない。
でも貧しいものは貧しい。
そうした現代のひずみに光をあて、子供たちの繊細な表情や感情の機微に、格差社会に取り残された声なき人々のすがたをスクリーンに描いた。

文学でいえば、芥川賞と直木賞の、いわばほどよい商業主義を取り入れた、純文学作品の趣きも少なからずあって、圧倒的な生々しさが感性として伝わってくる。
決して同情を得る家族の話ではないのだが、見終えてから思い出すと、何だか少し目頭が熱くなるような作品だ。
出演者は、誰もが自然体で好感が持てる。
子役にしても、演技が演技のように見えない。
監督は、決して細かい指示を与える人ではないそうだ。
指示しなくても、こんなに自然の演技ができるのだろうか。
これを、是枝マジックというのか。
雑多な登場人物がいて、雑駁な群像劇のようでもあるが、せせこましさも含めたこの「雑駁」がとらえどころのない大きなテーマ「絆」とつながっている。
格差社会の底辺で暮らす、ある家族の物語である。

誰もが抱える過去の傷や影、誰かに何かしらつながりを求めようとする心象・・・。
正義とは何か。
通り過ぎ、見過ごされている人たちの存在、家族のつながり、人が人を裁くことの意味・・・。
どこか息苦しい、いまの社会の空気を突き破るかのような新鮮な衝撃がある。
是枝裕和原案、監督、脚本、編集日本映画「万引き家族」は、都会で生きるある普通でない、異端の家族を通して、人と人とのつながりを掘り下げており、今回のカンヌ国際映画祭最高賞パルムドールに輝いた。
21年ぶりの日本の快挙だ。
        [JULIENの評価・・・★★★★☆」(★五つが最高点
映画は現在全国シネコン他で上映中。

―追記―
是枝裕和監督は、「公権力とは距離を置くべきだ」として、林文科相の祝意などを固辞する意向でいる。
安倍首相が何らの祝意をも伝えていないことを野党が批判しているが、そんなことを是枝監督はさらさら気にする様子はなく、あくまでも自身の正しい振る舞いから、公権力からの祝意を辞退する方針だそうだ。
是枝監督は、自治体からの顕彰などの申し出でも全て辞退しているそうだ。
う~ん、是枝監督のその気持ちは痛いほど理解できる。
フランスの有力紙フィガロ」は、パルムドール受賞は日本政府にとっていかにもきまりが悪いらしく、そもそもこの作品自体日本政府への強烈な批評が評価されて受賞に結び着いたと分析している。
是枝監督の、日本の政治、文化についての強い風刺が作品ににじみ出いるからだ。
今回の日本映画パルムドール受賞は、いろいろな問題を投げかけている。

次回は日本映画「Vision ビジョン」を取り上げます。

映画「軍中楽園」―幸せを望みながらもがく男と女の悲話を儚い吐息のように綴って―

2018-06-04 09:25:00 | 映画


 中国と台湾が対立し、かつて攻防の最前線だった金門島に実在した娼館を舞台に、若き兵士の苦悩や男女の不条理な運命を描いた台湾映画である。
 金門島は日本の小豆島ほどの小さな島で、台湾本島からは280㎞離れており、中国大陸側の最も近い島とは2㎞余りの距離に位置している。
 1949年に中国共産党との内戦に敗れ、台湾に撤退した国民党は、反撃の拠点として金門島を要塞化し、大陸との砲撃戦は1970年代まで続いたのだった。

 「モンガに散る」(2010年)の台北生まれのニウ・チェンザー監督は、歴史を紡いでいく台湾映画として、この悲哀の叙情詩を作り上げた。
 この映画の時代は、日本の戦後の混乱期であった。



1969年・・・。
砲撃の降り注ぐ攻防最前線の小さな島に配属された青年兵バオタイ(イーサン・ルアン)は、エリート部隊に配属されるも、泳ぎができないことがわかり「特約茶室」を管理する831部隊で働くことになった。
「特約茶室」とは、「軍中楽園」とも呼ばれる娼館(慰安所)のことだった。

そこには、様々な事情を抱えて働く女たちがいた。
バオタイは、どこか影のある女ニーニー(レジーナ・ワン)と出会い、奇妙な友情を育んでいた。
男たちに愛を囁く、小悪魔的なアジャオ(チェン・イーハン)との未来を夢見る、一途な老兵ラオジャン(チェン・ジェンビン)もいた。
また、過酷な現実に打ちのめされた若き兵士ホワシンは、空虚な愛に逃避しようとしていた。

ある日、バオタイのもとに純潔を誓った婚約者から、別れの手紙が届く。
その悲しみを受け止めてくれたニーニーにやがて惹かれていくバオタイだが、彼女が許されぬある「罪」を背負っていることを知るのだった・・・。

複雑な当時の時代背景を綿密にリサーチして、複雑な歴史を真摯に描いている点に好感が持てる。
鮮やかな色彩感覚で、匂い立つエロティシズムと、耽美な世界を作り上げている。
1992年に閉鎖されるまで、40年間も公然の秘密とされた「楽園」を、リアリティ豊かに再現している。
ただここでは戒厳令下の先頭最前線とはいえ、戦争の狂気やスペクタクル、バイオレンスはほとんど表には出ない。
戦争の悲惨さや慰安婦制度の是非は語られない。
ひとりの青年兵が、軍で運営する娼館で働きながら、男女の欲望や純愛、偽り、殺害の人間模様を見つめながら成長していく過程が静かに語られる。

ニウ・チェンザー監督は父が軍人で、49年に蒋介石とともに台湾に渡った。
いわば、彼も「中国難民」のひとりだ。
彼は、その望郷の念と哀しみに向き合い続けてきて、台湾の独立派でも国民党派でもないと明言している。
歴史を認めること、直視することが、この作品の伝えたいことだ。
台湾映画「軍中楽園」は、小さな島の慰安所での、ある時代、ある人々それぞれの人生模様を映し出して共感を呼ぶ。
いまではここに描かれる娼館はもうないが、歴史の残酷な断片を切り取った、もの悲しい映画である。
       [JULIENの評価・・・★★★☆☆](★五つが最高点
現在横浜シネマジャック&ベティ(TEL045-243-9800)で6月22日(金)まで上映中。
次回は日本映画「万引き家族」を取り上げます。