つい最近のことだが
導引練習や站トウ功をしていたときに、
ふと呼吸に対する意識を変えてみたところ
おもしろい感覚に出会ってしまった。
普段の呼吸は自発呼吸というか自主呼吸。
呼吸に対する意識も「吸う」「吐く」である。
それを「吹き込まれる」「吸い取られる」
というふうにイメージしてみたのだ。
つまり自分の意志で
息を吸ったり吐いたりするのではなくて、
誰かが私の肺の中に息(空気)を吹き込んだり
肺から息を吸い出しているように
想像してみたのだ。
これはちょっと不思議な感じがして
おもしろかった。
自分が風船になったような感じ。
主体的に行っていたはずの呼吸が
受け身の呼吸に変わってしまった感覚。
たとえば人工呼吸などは
受け手が意識不明で呼吸停止しているときに
行うものだから、
本人には自覚はないのかもしれないけれど、
もしかしたらこんな感じなのかなあ
という気がした。
外見上の呼吸状態に
変化があるわけではないのだけれど、
感覚的には何かに身を任せる的な
ラクな感じに似たものはあったみたいな気がする。
そのあと、通常の自然な主体的呼吸に
意識をもどして行ってみたら、
自分で息を吸って吐いている意識が少し弱まって、
内部の動きがリアルに感じられるようになった。
見たことのない横隔膜が上下に動いていたり
お腹が膨らんだり戻ったりするのを
体内部から見ているような感じとでもいうのかな。
呼吸導引は呼吸を意識的に
コントロールしているのだけれど、
もしかするとそのコントロールを厳密に
遂行しようとするあまり、
意識が働きすぎてお腹や横隔膜の自然な動きまで
制御してたかもしれない。あぁなんてマジメなんだろう。
でも、その方向がほんのちょっとズレたために
自然であることから遠ざかっていたのかも。
もう少しいい加減でもいいのかもしれないよ、自分…
とつぶやいてみた。
導引練習や站トウ功をしていたときに、
ふと呼吸に対する意識を変えてみたところ
おもしろい感覚に出会ってしまった。
普段の呼吸は自発呼吸というか自主呼吸。
呼吸に対する意識も「吸う」「吐く」である。
それを「吹き込まれる」「吸い取られる」
というふうにイメージしてみたのだ。
つまり自分の意志で
息を吸ったり吐いたりするのではなくて、
誰かが私の肺の中に息(空気)を吹き込んだり
肺から息を吸い出しているように
想像してみたのだ。
これはちょっと不思議な感じがして
おもしろかった。
自分が風船になったような感じ。
主体的に行っていたはずの呼吸が
受け身の呼吸に変わってしまった感覚。
たとえば人工呼吸などは
受け手が意識不明で呼吸停止しているときに
行うものだから、
本人には自覚はないのかもしれないけれど、
もしかしたらこんな感じなのかなあ
という気がした。
外見上の呼吸状態に
変化があるわけではないのだけれど、
感覚的には何かに身を任せる的な
ラクな感じに似たものはあったみたいな気がする。
そのあと、通常の自然な主体的呼吸に
意識をもどして行ってみたら、
自分で息を吸って吐いている意識が少し弱まって、
内部の動きがリアルに感じられるようになった。
見たことのない横隔膜が上下に動いていたり
お腹が膨らんだり戻ったりするのを
体内部から見ているような感じとでもいうのかな。
呼吸導引は呼吸を意識的に
コントロールしているのだけれど、
もしかするとそのコントロールを厳密に
遂行しようとするあまり、
意識が働きすぎてお腹や横隔膜の自然な動きまで
制御してたかもしれない。あぁなんてマジメなんだろう。
でも、その方向がほんのちょっとズレたために
自然であることから遠ざかっていたのかも。
もう少しいい加減でもいいのかもしれないよ、自分…
とつぶやいてみた。