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毎週小説

一週間ペースで小説を進めて行きたいと思います

もう一つの春 3

2006-09-27 20:23:18 | 残雪
あれは確か高校2年の夏休みだった。久々にこの地を訪れたのだが、あまりの様変わりに母は驚き、
「これじゃまるでマンション街ね、山の緑が台無しじゃないの」
と憤り、それが一緒に行った最後の旅行になったのだが、
「でもね春子ここの景色は心によく刻んでおきなさい、勿論山や緑の、昔の景色をよ」
「なんで」
「ここがルーツだからよ」
母はそれしか語らなかったが、今その言葉が大きな疑問となって一気に膨らみ始めた。
母はここで生まれたのだろうか、でも今まで何回も来たが誰とも会った記憶が無い。
折角来たのだから何か調べてみようかしら。でもどうやって調べたらいいのか。
そんな事を考えている内に座り疲れてきて、少し歩く事にして又坂道を下っていった。
だんだんと暗い雲が広がり涼しい風が吹いてきた。この位が丁度いい等と思っている内にいきなり激しい雨が降り出し、慌てて線路の高架下のトンネルに避難した。
濃い森の匂いを含んだ、冷たい風が身に沁みて内にささり、滝に打たれる修行僧の儀式に否応無く参加させられる様な、厳しい空気感があった。
これもいい休養だわ、少しゆっくり立ち止まり、周りを見て感じて考えて結論を急がず、成り行きに任せる、それもいい、と。
母親だけで育てられ、何か暗い過去を感じてきた春子は負けん気が強かった。
受験も入社試験も、全て自分一人で目標を決め達成してきた。
後ろを振り返らず、気を緩める事は決してしなかった。油断したら負け、自分にも
他人にも厳しい、そんな今までだった。
でもこれからはどういう人生設計に変更していけば良いのか。
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もう一つの春 2

2006-09-24 10:56:32 | 残雪
木曜日だったのが幸いして二泊の予約がとれた。週末の一人旅プランは無いそうだ。チェックイン前に着いてしまったが、温泉にごゆっくりどうぞと言われ入ってみると自分だけであった。
それ程広い浴室ではなかったがとても眺めが良く、右側が山で左に下ると大きな杉林、遠い正面には山々の連なりが見え、今は貸切の展望風呂だわ、と嬉しくなってしまった。
1時間程ゆっくり浸かってロビーに戻ってみると、少し曇ってきたので散歩に丁度良いと思い、受付で聞いた杉林の神社に行ってみる事にした。
下りなので曲がりくねった道を歩いても10分程で着いてしまった。
正面の一番奥まった所に、何百年も経っているような大杉が一直線に伸びていた。
その下の平らな石に一人腰掛けていると、色々な想いが浮かんでくる。
若い程癌の転位も早いと聞く。
私の寿命も短いのかしら、母だって日本人の平均よりもずっと早く亡くなってしまったし、きっとそうなのよ、私の人生なんてこんなものなんだわ、相談できる身寄りも無く、私が赤ん坊の時に別れた、父とよばれる人とはその後全く音信がないし、母の葬式にも来なかった。
母は自分の親の事も、自分の夫の事も何も話してくれずに逝ってしまった。
何故なの、どんな暗い過去や話したくない出来事が有ったにしても本当の事を知りたいの、誰だってそうでしょう、お母さんそうじゃないの、そうじゃないの、何とか言ってよ。
春子は心の中で泣き叫んでいた。
その時遠雷が聞こえた。
その瞬間、春子に記憶が蘇ってきた。
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もう一つの春 1

2006-09-23 12:01:50 | 残雪
9月に入ったばかり、朝晩多少涼しくなったといってもまだまだ夏である。
でも9月は好き、と春子は想う。そう言えば越中ではおわら風の盆があった。あの幻想的な胡弓の音と、ゆったりとした踊りは一民謡の世界を超えている、と惚れこんでいる。小さい頃から三味線、太鼓等の和楽器が好きだった。何故なんだろう。3年前に亡くなった母は全く音楽の趣味は無かったし、数少ない親戚も真面目で大人しい人達ばかりである。だけど自分の中には、何かその土地に根ざした音や舞に物凄く拘るところが有る。
24才になった今年の5月、春子は乳癌の手術を行なった。この年で癌なんて、幸い早期発見の為傷は殆ど目立たなかったものの、大した恋愛も経験していないこの体がもう傷物なんて、そう思うと居ても立ってもいられず会社に休暇願いを出し、一人旅に出たのだ。
東京駅で切符を買い1時間半程で越後湯沢に着いた。
山側の改札口を右に向かうとすぐにホテル群が目についた。
随分変わったなあ。
春子は小さい頃母によくこの地に連れてこられ、山歩きやスキーを楽しんだものだ。親戚が住んでいる訳でもないのに毎年の様に訪れていた。
余程の思い出が有ったのか、好きな人でも居たのか最後まで話してくれなかったが、とても懐かしそうに山の、それも一番右端の方ばかり見ていた。
暖冬の今と違い、有名な豪雪地帯で一階全部が雪に埋もれ、除雪した細い道を、3、40分掛けて旅館まで歩いたりした。
昔を思い出して歩いていると、母が見ていた方向に旅館が二件眺めの良さそうな所に建っている。
あのどちらかにしよう、と決め結局右端の旅館に入った。


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