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毎週小説

一週間ペースで小説を進めて行きたいと思います

武蔵野物語 4

2007-09-19 19:49:28 | 武蔵野物語
ゆりこはこの頃何度か変な夢をみている。寝ていると、背中に男の気配を感じ、誰だか分かっているが認めることなどできない、でも期待している、彼の手が伸びてくるのを、大体この繰り返しなのだ。
私は淫らな性格なのだろうか、いや願望があったのだ、それを抑えているから夢に出てくる、朝起きると体がだるい。
この間美術館で一緒になった井坂とは、結局また会う約束をしてしまった。彼は結婚していて子供はいないと言っていたが、奥さんの話はしなかった。
春に桜の絵を描いたそうで、それを観せてほしいと頼んでおいた。最初はあまり乗り気ではなかったが、是非に、と希望したのでようやく了解してくれた。
「ゆりこ、この頃元気がないみたいだけど、体調がよくないの?」
「そんなことありませんわ、大丈夫です」
「そうか、もうお彼岸だけど、暑い日が続くからね」
お墓は新宿区の早稲田にある。父は近くに移そうとは思っているが、生まれ育った地区だけにまだ拘りが捨てきれない。
土曜日の朝、お墓参りに出かけた。早稲田は小さなお寺が点在しており、地下鉄から上がると花束を抱えた人々が歩いていく。住宅に囲まれた狭いお墓なので、長くいると後から来た人の邪魔になるので、早々に帰路についた。
途中買い物をした関係で、中央線で三鷹駅にいき、そこからバスで調布駅に向かうことにした。
三鷹駅に着き、改札を出ようとした所で井坂とすれ違った。彼は気付かずに急ぎ足でホームに入っていったのだが、父と一緒だったので声を掛けなかった。
そういえば彼は国分寺に住んでいると話していた。確か西恋ヶ窪だったな、思い出したら気になって、自宅に着いてすぐに携帯のメールを送った。

先程三鷹駅でお見かけしましたが、父と一緒でしたので黙って帰りました。近々お会いできればと思っています。 ゆりこ

返信 気付かずすいません、明日会えませんか。 誠二
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武蔵野物語 3

2007-09-15 20:24:43 | 武蔵野物語
府中駅からコミュニティバス(ちゅうバス)、という小型バスが30分おきに市内を巡回していて、100円で乗れるのでゆりこも利用したが、結構混んでいた。府中市美術館前のバス停までも近くて便利だ。
父も行きたそうにしていたが、話が長くなるのが嫌で一人で来てしまった。
二階が展示室なのだがとても暑い日曜日だったので、視界が広くて眺めのよさそうな一階の喫茶室で冷たいものを飲んでからにしようと思い、入ってみると先客は一人だけで、それが昨日公園で会った男性だった。彼もすぐに気づき驚いた顔で立ち上がった。
「きのうは有難うございました、あの、よろしかったらご一緒にどうですか」
「・・それでは失礼します、私沢田と申します」
「井坂です、きょうは真夏の様ですね」
ゆりこは、井坂と向かい合ってまともに顔をみた。30代半ばから後半に見えたが、独身の名残りも感じさせた。
一方、井坂は見とれていたといっていいだろう。彼女は20代後半なのだろうが、一言でいえば、擦れていない若さがあり、近くで見るほどあどけない部分もある。
白にちかい無地のブラウスに、夏のグリーン系のタイトで短めなスカート、健康で形の良い膝が眩しかった。
「井坂さんは絵を描かれていましたね」
「趣味なんですよ、他になにもできなくて」
「私、作家さんかと思いました」
「自己流で、好きで描いているだけなんです」
「でも誰でも描ける訳ではありませんから、やはり素質がおありなんですわ」
「どうでしょう、観る人が決める事ですから、きょうは二階の展示室を観にいらしたのでしょう?」
「そうです、ヨーロッパの街並みが、温かみのある描き方で、とても惹かれますね」
「いいですね、私も好きですよ、休憩を先にとってしまったのですが、これから一緒にいきませんか」
「ええ」
ゆりこは返事をした後、軽はずみだな、と自分に言い聞かせた。
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武蔵野物語 2

2007-09-12 20:37:34 | 武蔵野物語
母は4年前に胃がんで亡くなっている。
再婚話を初めて聞いたのは、ゆりこが高校受験を終えたすぐ後だった。
本当の父は、出張先で借りたレンタカーを後輩が運転して追突事故を起こし、隣りに乗っていた父が亡くなってしまった。ゆりこはまだ6才だった。母は、法人関係を訪問販売する担当責任者になる位仕事がよくできて、一人でも強くて優しい親として接してくれ、ゆりこは何の不自由も感じなかったのに、入学が決まった途端再婚したいという話は、とても素直に納得できるものではなかった。
入学前にぜひ会ってほしいと頼まれ、渋々レストランに行ったのだが、割と話しやすい気さくなおじさんで、印象は悪くなかった。
実際三人で生活をしてみると、ゆりこはテニスのクラブ活動で休日も忙しく、新しい父と、母もそれぞれ仕事をしているので、揃って食事をするのは朝も時々だったが、ゆりこにはそれが却って有り難かった。
短大を卒業して都心の会社に就職してからも各自忙しく、同じ屋根の下の同居人的生活が続いていたが、風邪も引いたことのない母が亡くなり呆然としていた時、日頃あまり話さない父が、食事や映画に誘って気を使ってくれたのがとても嬉しかった。

「明日、府中の森公園の美術館に行くんだって?」
「ええ、観たい絵がありまして」
「絵の趣味があったの、写真はよく撮ってたけど」
「描く才能がないからせめて観にいくんですよ」」
「どういう作家なの?」
「ヨーロッパの古い街並みが得意で、ベネチアなんかいいですよ」
「ベネチアか、早く結婚して新婚旅行で行ってくればいいのに」
「またその話ですか」
「だって友達は殆ど結婚しただろう」
「ひとはひと、縁がないだけですわ」
「うちの会社にも独身は大勢いるから、写真持ってこようか、好きなのを選べば話をつけてあげるから」
「結構です、いまは」

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武蔵野物語 1

2007-09-09 20:17:12 | 武蔵野物語
自宅のあるマンションを降りて、養護学校前を通り過ぎると、なだらかな上り坂に沿って桜ヶ丘公園が続いている。終わる所を左折すると聖ヶ丘橋に向かうが、曲がらず道なりに行くと右側に図書館がある。
沢田ゆりこは、読書が好きなのは勿論なのだが、休日には必ずこの道を歩くほどのお気に入り通りなのである。
人通りはいつも少なく、毎週歩くことで繊細な四季の変化を感じ取れる瞬間が嬉しい。8月から9月に移り、空気が入れ替わった朝の散策は爽快だ。
その土曜日、10時半を過ぎて、昼までに本を借りて戻ろうと急いで図書館に向かった時、誰もいない公園のベンチでスケッチをしている男性の姿が見えた。後ろ向きで紺の帽子を被っており年令は分かりにくかったが、中年の様だ。
本を探しているうちにすぐ1時間が経ち、帰りに何気なく公園に顔を向けるとまだあの男性が居たが、写真を撮っているらしかった。
ゆりこが通りすぎるのを見つけると、慌てて声を掛けてきた。
「すいません、ここから聖蹟桜ヶ丘の駅までは歩いてどの位掛かるでしょうか?」
「さあ、私は歩いたことがないので、結構距離がありますから・・このひじり坂を下っていくと行けますけれど」
「聖ヶ丘橋を渡って聖蹟記念館の方に回るとかなり遠くなりますね」
「ええ、でも近くにバス停がありますから、ご覧になった後バスで駅に向かわれたらどうですか」
「有難う、そうします」
そう言うとその男性は急ぎ足で橋に向かっていった。
ゆりこは歩きながら振り返ってみると、橋の上からも写真を撮っていた。
自宅に戻ると、父が盆栽の手入れをしている。
「お父さん、いまお昼を作りますから、遅くなってしまって」
「なんでもいいんだよ、スパゲッティが有っただろう」
「ボンゴレでいいですか」
「それでいいよ」
父と母は再婚同士で、ゆりこは母の連れっ子だが、父に子供はいなかった。
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