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毎週小説

一週間ペースで小説を進めて行きたいと思います

武蔵野物語 14

2007-12-16 20:18:32 | 武蔵野物語
街を彩る紅葉も、10月の夏日の影響で例年程ではないが、それでも時折、逆光に浮かび輝く木立にはっとする瞬間がある。
11月から12月にかけての都心の庭園や植物園は、薔薇、紅葉、さざんか等が一緒に見て楽しめる所が多くあり、温暖化のお蔭ともいえる。
ゆりこと誠二は共に仕事の忙しい時期になり、会う機会も減り、誠二の家庭の調査も中断した形になっている。
久し振りに時間がとれ、父が通いつめている小料理屋に、ゆりこと誠二は日にちを選んで行く約束をした。
12月中旬は忘年会たけなわで、府中駅近くの路地の一角にその店はあり、狭い建物の二階に上がっていった。
酔客が屯している狭い店かと想像していたが、開けてみると、数奇屋造り風の落ち着きがあり、カウンターと、テーブルが四つ並んでいるだけの小さな店だが、18時過ぎの早い時間のせいか空いていた。
一番奥のテーブルに座り、とりあえず鍋料理を注文したが、受け付けた女性は若いアルバイトの様な感じだった。
「ここの女将さんはまだ出てないらしいわね」
「そうだね、まだ早いからな」
「誠二さん、お酒は?」
「僕、日本酒はあまり飲めないんだよ、ゆりこさんは好きなのを頼んで下さい」
「じゃあ、熱燗一本貰おうかな」
誠二はウイスキーの水割りを頼み、二人は乾杯をした。
1時間程ゆっくり食事をしながら飲んでいると、和服姿の女性が店の奥から表れた。40才位か、もう少し上かもしれないが、完成された大人の華やかさが感じられる。
ゆりこ達のところにも挨拶にきた。
「初めまして、女将の雅子でございます、あの、どちら様からの紹介でございますか」
「いえ、以前に友人から聞いたことがありましたので、思い出しまして」
ゆりこが答えた。
「さようですか、有難うございます、ゆっくりなさっていって下さい」
ゆりこはこのひとに間違いない、と確信を持った。
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武蔵野物語 13

2007-11-24 20:08:23 | 武蔵野物語
ピラカンサの実も随分と赤みが増してきた。
朝はもう真冬の寒さだが、昼間は散策に適した温度になり、紅葉の違いを観察しながら歩いていると、すぐ夕方になってしまう今の週末である。
聖ヶ丘橋に立ち、子供連れの家族が寛いでいる桜ヶ丘公園を見下ろしていると、自分にはいつこういう時代がくるのだろう、とゆりこは遠い気持ちで眺めていた。
父はこの頃夜遅くなる事が多くなった。残業はあまりない筈なので、帰りにどこか寄ってくるのだが、まだ何も話してはくれない。ゆりこが朝帰りをした後位からそうなったので、きっといい相手ができたと思って安心しているのだろう。
いつもの土曜日、お昼の用意をしていると、父はだるそうにテレビを見ている。
「お父さん、近頃ちょっと飲みすぎじゃないですか、そんなに強くないんですから」
「うん・・まあ、そうだね」
「なにか楽しいことでもあったのかしら?」
「ゆりこ程じゃないよ」
「な、なに言ってるんですか、私はいつも通りですよ」
「そうかい、まあいいじゃないか、何でも話してくれよ、いつでも聞くからさ」
「その節はよろしくお願いします、あら、このマッチ」
ゆりこは、父の手元に置いてあるマッチに気が付いた。小料理 椿 と入っている。
「お父さん、ここによく通ってるのね、足繁く」
「そんなでもないけど、最初は会社の後輩に連れていかれたんだよ」
「遠慮することないんですよ、お父さんがずっと私に気を使っているのを感じていましたから」
「そんなんじゃないよ」
「誰かと一緒に行くの、それともお店のひと?」
「いや、別に」
父の顔色は分かりやすく、ゆりこは良かった、と少し気分が楽になってきた。
もっと詳しく聞きたかったが、話してくれそうもないので、椿 の住所と電話番号を暗記しておいた。府中駅から近いらしい。いつか誠二と行ってみようと思っていた。


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武蔵野物語 12

2007-11-05 21:14:33 | 武蔵野物語
近頃の季候は、10月まで夏日の気温が残ることも多く、その分紅葉の見頃が短くなっている。少しづつ変化していくからこそ四季の微妙な変化が潤いを与えている、とゆりこは思っているのだが、そういう意味では味気ない時代になってきたのだろうか。最も誠二とあの夜を過ごした時から、燃える秋になってきたとの実感がある。明け方家に戻り、すぐ出勤したが、父は見てみぬ振りをしているのか何も言わなかった。
二人の関係が深まるにつれ、お互いの自宅近くで会うのは慎重にならざるを得なくなっている。
そうした折、敦子が一旦退院する事になった。
彼女の父は亡くなっているが、母は中野に住んでおり、本人の希望で母と二人の生活になる。誠二に今の姿を見せたくないらしい。
誠二は電話をして、了解を得てから会いに行くのだが、30分も居ると話がなくなり、早々に退散するのである。病院見舞いに行くのと変らない。
帰りに立川でゆりこと会うのが日課になっていた。
「奥さんはあまり会いたがらないの?」
「そうみたいだ、僕だけでなく、他の人達にもね」
「でも誠二さんは、旦那さんでしょ」
「彼女はそういう気持ちも少ないんだよ」
「夫婦じゃないわね」
「同居生活だったんだ」
「父親は大分前に亡くなっているの?」
「確か結婚する数年前の筈だから、もう10年にはなってるね」
「若い頃に亡くなってるのね」
「そうだね」
「病気だったの?」
「いや、聞いてない、何も話はなかったな」
「喋りたくないのかしら」
「そう言えば、家族の話題は何となく避けているところはあったよ」
「父親と、親戚関係も知っておく必要があるかもね」
誠二は相手の家庭を殆ど知らなかったが、別に知りたいとも思わなかった。
それは、彼が中学校3年の時、両親を交通事故で失っている影響で、よその家庭を避けようとする意識があったのかも知れない。
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武蔵野物語 11

2007-11-04 14:25:27 | 武蔵野物語
「やはり昔から病気の症状が表れていたのですね」
「そうでした、ゆりこさんが疑問を持たれた通りで、もっと早く気づいて調べればよかったのに、迂闊でした」
「でもそれは、誠二さんが奥さんのことを想っていたからでしょう」
「それは、そうですが」
「いまからでも遅くはないですから、一緒に調べて行きましょう」
「僕と一緒に?」
誠二は少し驚いて、改めてゆりこの顔を見直した。
「一緒じゃ嫌ですか?」
「とんでもない」
誠二は思わずゆりこの手を強く握り締めた。
人気のない、秋風が雑木林を揺する音だけの中で、二人の気持ちは高まり、自然と求め合い、熱い口づけを交わしていた。
誠二にとっては、初めて女性に接した時の気持ちそのものだった。妻とは最初から淡白な関係の上に長い入院生活で、女性を感じさせる時間が殆どなかったが、目の前のゆりこは、溢れ出る様な瑞々しい美しさで、傍にいるだけで甘い果実の香りがする、いま恋を確信していた。
一方ゆりこは、かつてこれほど積極的に男性を受け入れようとした事はなかった。恋愛の経験も普通にあったが、深くのめり込める相手は見つからず、やはり父から離れたい気持ちが働いているのだろうか、誠二に抱擁されながらも、その考えが片隅にあり離れなかった。
誠二はゆりこを自分の家に連れていく気にはなれず、立川駅近くにあるPホテルのレストランで夕食を摂り、その後二階のバーに飲みにいった。
「ゆりこさん、結構飲めるんですね」
「普段は飲まないんですけど、今日は特別よ」
いままでのゆりこと全く違う面を誠二は感じ、これから後のことを想像せずにはいられなかった。
日曜なので空いており、ツインルームを一部屋予約しておいた。
ゆりこは酔いを早める様な飲み方で、1時間もすると一人では立ち上がれなくなり、誠二にもたれ掛かり、長い髪が誠二の首に纏わりついた。


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武蔵野物語 10

2007-10-22 20:48:30 | 武蔵野物語
ゆりこは、誠二から絵を貰ったお礼としてコスモスを撮りに昭和記念公園を訪れた。
何ヶ所かあって全部見て回るのは結構大変だが、やはり北側のコスモスの丘が、名前の通り丘一面に咲き揃い見応えがある。なだらかに下って見える場所が一番気に入って、そこだけで20枚以上撮った。
井坂と会う様になって、以前の夢は全く見なくなっている。義理とはいえ父の夢を見るというのは普通ではない。それから逃れる為に余計井坂に傾倒していきたい気持ちが強くなっているのだろうが、それならそれで構わない、と今は思っている。
井坂の生活の中に割り込んでいくとこの先どうなっていくのか、複雑な関係の主役になって周りから冷たい視線を浴び、嵐に耐えていく覚悟は、そこまでは出来ていない。でも彼もまたゆりこに強い想いを持っている、それは間違いない。
コスモスの咲き揃っている中の細い道を家族連れが楽しそうに歩いている。自分もああいう生活がいつ頃くるのだろうかと、ゆりこは憂いを含んだ目で追っていた。

同じ日、井坂は妻の敦子が最初に入院していた病院を訪ね、そこで一番長く勤めている看護士に会っていた。妻の症状をできるだけ知りたい、と今入院している病院からの紹介状を持参したので快く応じてくれた。
聞いた話を基に調べていくと、敦子の実家があった豊島区椎名町から池袋に近い病院の精神科に、15才の時初めて通ったのが分かったのである。
ゆりこに後押しをされ、調査に積極的になってきたが、やはり昔から病気の兆候があったのだ。
井坂は早速ゆりこに連絡を取り、翌日会う約束をした。

ゆりこは自宅に近い側での人目を避ける為、桜ヶ丘公園でも聖跡記念館のある前で待ち合わせる様にした。
記念館辺りは大きな雑木林に囲まれ遠景は殆ど見えない。
ゆりこが鬱蒼とした中を急ぎ足で歩いて行くと、井坂が熱い眼差しで待っていた。



 
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武蔵野物語 9

2007-10-13 16:34:02 | 武蔵野物語
少し頼りない井坂に却って親近感を覚えたゆりこは、彼の妻敦子の過去を調べてみたい好奇心に駆られた。現在三鷹のK大学病院に入院中だから、そこの医者や看護士とコンタクトを取ればきっかけがつかめるだろう。
「ねえ誠二さん、今度病院に行ったら、治療の事を詳しく聞いて貰えない?」
「うん、そうだね、でもどうやって聞き出せばいいかな」
「私が一緒に行く?親戚として」
「来てくれるの」
「調査に行くだけよ、あなたがお見舞いをしている間に」
「それじゃあ、お願いしようかな」
「いまの病院にずっと入院していたの?」
「いや、3回変ったんだ、いまの所はまだ1年経ってないんだ」
「そう、それじゃあ、いつから治療を始めたのか調べるのに少し時間が掛かりそうね」

誠二はゆりこの行動に新鮮な驚きを感じていた。健康で美しい、28才といっていたがずっと若く見える。妻とは結婚当初から夫婦としての関係は希薄だった。文学や絵画の話では共通の話題になるが、男女の仲という意味では極めて消極的な彼女に、気持ちが昂ぶることは殆どなかった。
いま目の前にいるゆりこは、亜麻色に近い自然なウエーブの掛かった髪が、金木犀の香りを運ぶ風にのって豊かになびき、形の整った胸と引き締まった腰つき、軽快な歩きをみせる自然に伸びた足元まで、誠二にとっては魅力の宝庫に思えた。

土曜なのでゆりこは誠二ともっと話したかったが、父の夕食を作る約束をしていたので帰路についた。
「きょうは嬉しそうだね、何かいい事があったの?」
父は夕食を食べながらゆりこを見つめている。
「何もありませんよ、いつもの休日です」
「そう、華やいでるけどね、いい人ができたらすぐに会わせてよ、いつ連れてきてもいいから」
「いませんよ、そんなひと」
「もうそれだけが楽しみだから」
紹介できる人ではない、と心で話した。



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武蔵野物語 8

2007-10-09 18:50:21 | 武蔵野物語
10月の中で、金木犀が一斉に咲き出した。この香りを嗅ぐと何故か人恋しくなる。
ゆりこと井坂は武蔵小金井からバスに乗り小金井公園に向かった。
桜の名所でもあり、時代を経た立派な古木が見られる。二人共桜の時期に来たことがないのが不思議だった。まだ紅葉まで時間があるので空いている。広い雑木林はコナラ、クヌギ、赤松等で構成され、武蔵野の面影を留める努力が成されている。
「井坂さん、奥さんは5年も入院しているんですよね」
「入退院を繰り返していたのですが、ここ3年は入院したままです」
「時間の掛かる病気なのですか」
「精神的なものでして、最初は軽いうつ病位にしか思っていなかったのですが、だんだんと周りの人や私も避ける様になり、一人で部屋に閉じこもったままで、会社から帰ってきても食事の用意はしてなく、洗濯物も溜まる一方でした」
「原因は思い当たらないのですか」
「私には全く分からないので、向こうの両親に相談しにいったのですが、あちらでもどうしてこうなったのか、と戸惑っていました・・ただ」
「何か分かったのですか」
「はっきりとではないんですが、小さい頃から一人で本を読んでいる内気な子だったと話していました」
「奥さんとは会社で知り合ったのですか」
「いえ、友人の紹介で、見合いのようなものでした」
「やはりおとなしい感じで」
「ええ、そういうところが可愛くみえたものですから」
ゆりこは、奥さんの両親は井坂に本当の事を話したのだろうかと考えた。
井坂とはまだ数回会っただけだが、彼はひとの話をそのまま鵜呑みにする子供の様なところがある。
「ご両親から、奥さんの独身時代に通院していた話などはありませんでしたか」
「特に聞いてないけど」
「井坂さん」
「誠二で結構です」
「じゃあ誠二さん、一度奥さんの昔の生活ぶりを調べてみたら」
「僕一人で?」

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武蔵野物語 7

2007-10-02 20:23:04 | 武蔵野物語
井坂の絵は、額縁をつけ丁重に梱包されて送られてきた。
父が受け取り、勝手に開けて見ている。
「インターネットで買ったの?」
「違いますよ、知り合いの方から譲って貰ったのです」
「そう・・静かな絵だね、6号かな」
「お父さんも絵に興味があったのですか」
「いやまあ、普通に好きってところかな」
「どう想います」
「諦めた美しさ、かな」
「そうなんですか」
「去り行く想い出、という題なんかどう?」
詮索されるのを恐れ、自分の部屋に飾りますからと言って引きこもった。
部屋でゆっくり眺めて見ると、確かに冷たい風が吹きぬけていくかの様な寂寥感があり、悲しい想い出が込められているのかも知れない。
悲しくも美しい作品、と感想を述べればいいのかしら、と今度井坂に会った時を考えていると、通じたのかメールが届いた。


ゆりこさん、丁度絵が届いた頃だとおもいますが、あなたの部屋に合ったでしょうか? 誠二

無事届きました、気に入っているのですが、じっと見ているとどこか悲しげな気配が漂ってきます、どういう気持ちが込められているのかと考えたりします。 ゆりこ

そう受け取られて結構です、ゆりこさんには何でも聞いて貰いたいのですが、まだ会ったばかりで私生活をあまり明かすのもどうかと思い遠慮していました。
少しづつ話していければよいのですが・・ 誠二

話したいと思った時にいつでも連絡して下さい、井坂さんのこと、もっと知りたくなってきました。 ゆりこ

ゆりこは返信を送った後で、気持ちを出しすぎてしまったと思ったが、これでよいのだ、と納得する事にした。
記録的な9月の暑さも、10月に入りようやく秋の気配が濃くなってきたひじり坂を、いつもの休日の様に公園を左に見ながら図書館に向かっていたが、今日も彼が後ろ向きで絵を描いているのでは、と姿を追い求めた。
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武蔵野物語 6

2007-09-29 19:26:24 | 武蔵野物語
「この絵を頂けるのですか?」
「あなたに貰ってほしいのです」
「でも、いいんですか、あの、お値段は」
「趣味で描いたものですから、お金はいりません」
「そうですか、嬉しいのですけど、ただ貰うというのも・・」
「それではお返しに、ゆりこさんの暇な時で結構ですから、たまに会ってくれませんか」
「はあ、そうですね、それでよろしければ」
「よかった、約束しましたよ」
井坂は無邪気な笑顔で喜んでいた。
「すぐ近くに、広くはないのですが緑地がありますので行ってみましょう」
家を出て10分も歩くと、姿見の池と書かれた案内板の先に緑地が見えてきた。
鎌倉時代、宿場町として栄えた恋ヶ窪、奈良・平安時代は今の府中市と前橋市を結ぶ要路だった、と説明書きに記されている。
「古い時代が伝わってきますね」
「僕はここの出身ではないんですけど、いまは故郷だと思っています」
「樹齢を重ねた老木が民家の脇に当たり前の様に根を下ろしている、これが武蔵野なんですね」
「樹が歴史を語っています」
ゆりこは自分の住んでいるニュータウンと対比しての面白さを感じていた。どちらも魅力があって好きだなと思っている。

井坂が途中まで送っていくといってきかないので、武蔵野線で府中本町駅まで行き、京王線の府中駅まで歩くことにした。
「大國魂神社までのけやき通りも見応えがありますから、見ていかれた方が得ですよ」
府中駅近くから少し戻りながらけやき並木を神社まで歩いていく。ビルや建物も並木の中を歩くことで自然の境界線になって落ち着き、神社の前に出ると両側に巨木がそびえ立って周りを圧倒している。
境内に入ると更に空気に深みが増し、お参りに訪れた人々の表情も穏やかに見える。
「大化の改新で、武蔵国の国府が置かれたのですね」
「江戸時代は甲州街道の宿場町としても栄えました」



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武蔵野物語 5

2007-09-24 19:09:59 | 武蔵野物語
西国分寺駅まで来てくれませんか、とメールの最後に打ってあった。
彼の自宅のある駅で会う、躊躇いはあったがともかく行ってみることにした。
昼過ぎ、駅の改札を出ると彼は既に待っていた。
「すいませんわざわざ来て貰って、家には誰も居ませんので、絵をゆっくり観て頂こうと思いまして」
そう言うと一人で先に歩き出してしまったので、黙って従っていった。
北側の狭い道をついて行くと、西恋ヶ窪1丁目の標識が見え、緑地の少し手前にある住宅街の一軒家に入った。
「狭い家ですけど、どうぞ」
「失礼します」
玄関からつきあたりの部屋に進むと、まるで独身の様に殺風景で飾りのない部屋が二間続いている。四畳半と六畳位だろうか。
「あの、ご家族の方は」
「家内だけなんですけど、入院しているんです」
「入院?」
「もう5年になります」
「・・そうですか」
「私が30の時に一緒になりまして、3年間は普通に生活していました」
「すいません、私軽い気持ちで来てしまって」
「いや、いいんですよ、私の方こそ余計な話をしてしまって、今日は絵を観にきて貰ったのですから、ただ今は一枚しかなくて、後は全部処分してしまいました」
「捨ててしまったのですか」
「殆ど焼却しました」
何か事情があったのだろうか、ゆりこは簡単についてきたのを後悔した。
「これは神代植物公園のしだれ桜です」
「あそこは私もよく写真を撮りにいきます」
井坂の描いた桜は、全体にグレー掛かった暗いトーンで、その中に淡い桜の色が浮かび上がっている。
全体に寂しそうな絵だな、でも惹かれるものがある。
「どうですか?」
井坂はゆりこの顔色を気にしていた。
「素敵です、気に入りました」
「そうですか、よかった、本当に気に入ってくれたのですね」
「静かで、美しいと思います」
「それでは是非受け取って下さい」
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