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毎週小説

一週間ペースで小説を進めて行きたいと思います

武蔵野物語 34

2008-05-06 18:38:05 | 武蔵野物語
「奥さんがなにも喋らなかったら、どうやって追求したらいいのかしら」
「家内の母親に聞いてみるけど、何も分からないかもしれないから、ゆりこさんは出来るだけ所長の情報を集めて下さい」
その日の二人はそこで別れ、ゆりこは会社に戻ってきたが所長は居なかった。留守番のアルバイトに聞くと、急用できょうは帰れないといって出掛けたそうだ。
病院を訪ねる可能性もあるので、誠二にメールを送っておいた。
翌日出社してみると、所長は一日か二日休暇を取ると社員一同に伝えられた。
どこへ行ったのか、ゆりこは昼休みに誠二と連絡を取ったが、昨日は病院に来ていないとの事、しばらくは毎日病院通いをするらしい。
その週の土曜日、二人は病院からも比較的近い、深大寺近くの喫茶店で会うことにした。新緑に囲まれた静かなお店は魅力的だ。
「所長は休んだままなんだ、病院にはまだ現れていないよ」
「そう、おかしいわね、会社にもその後何の連絡も来ていないので、皆騒ぎだしたところよ」
「昨日、敦子に学校と滝沢という名前を知らないか、と聞いてみたんだよ」
「何と言ってたの」
「覚えてない、昔いろいろな学校に通っていたから、その内の一つでしょうって」
「決まり文句ね」
「でもそれとは別に、あなた、この頃、輝いているわね、といって僕の顔をじっと見るんだよ」
「感づいたのかしら」
「前にも話したことがあるけど、あれは霊感が強くて、予知能力とかあるらしいんだ」
「もう知られているとしたら、どうするの」
「全部話すよ、嘘はつきたくない」
「それがいいわ、都合のいい答えは返ってこないでしょうけど」
「話をつけたいんだ」
「そんな簡単にはいかないわ」
「僕には、君しかいないんだ」
「奥さんはあなたを愛しているわ、その気持ちをどうするの」
「何度でも話し合うよ」
それは無理よ、とゆりこは心で叫んだ。
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武蔵野物語 33

2008-05-04 21:00:32 | 武蔵野物語
誠二は滝沢と会う場所を、地元の西国分寺にして、名前も本名で、すべてオープンの状態で相対そうと考えていた。その方が向こうの反応も分かりやすくなる気がしたからである。
休暇を取り、冷たい雨が降る昼過ぎに、所長とゆりこに駅近くのカフェに来て貰う事にした。
早めに店に入り待っていると、約束の時間丁度に二人がやってきた。
「誠二さん、こちらが滝沢所長です」
「はじめまして、井坂です、こちらまで来て頂き恐縮です」
「いえ、駅一つですから」
名刺交換をしながら、誠二は相手の顔色を窺っていたが、表情は特に変わらなかった。
一通り学校の説明を聞き終わってから、話しかけてみた。
「所長さんは、私の名前に憶えはありませんか」
「いえ、特に、大勢の人にお会いしていますので、同じ名前の方もいたかもしれませんが」
「自宅はここから近い西恋ヶ窪ですが、ご存知ですか」
「地名は知っていますが・・」
「よくご存じでしょう」
「詳しいという程ではないですね」
「いま家内は入院しているのですが、実はですね、古い手紙を整理していたら、家内宛に滝沢さんの名前入りの封筒がみつかったのですよ」
「それは学校からの封筒ですか」
「そうです、あなた個人の筆跡入りでね」
「そうですか、以前は学校経営の仕事をしていたので、その時期にいろいろな方に案内状を送っていた中の一通だと思います」
「ところで、先日K病院に行かれませんでしたか?」
「K病院・・行ってないですね」
ゆりこは、二人のやりとりを黙って聞いていたが、滝沢の明らかな嘘に、根の深さを感じずにはいられなかった。
滝沢は入ってきた時と裏腹に、仕事が待ってますので、とゆりこを残し、そそくさと帰っていった。
「ずいぶん慌てていたわね」
「やはり、何かあったんだな」
「奥さんに問いただすの?」
「あれは強情だからな」


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武蔵野物語 32

2008-04-19 18:36:39 | 武蔵野物語
「この滝沢というひと、知っているの?」
誠二は会った早々、いきなり聞いてきた。
「実はね、いまいる営業所の所長さんなのよ」
「所長、まえからの知り合い」
「いいえ、偶然よ、以前はA学校で営業をしていたそうなので驚いているの」
「敦子が何の勉強か知らないけど、A学校に通っていて、その関係で書類を送ってきたりしたのだろうけど、変なつながりがあったんだな」
「この際、奥さんに確かめてみたら?」
「そうだな・・病院に来た位だから、お互いよく知っているってことなのだろう」
誠二は面白くなさそうな顔をして、考えている風だった。
「あ、そうそう、ところでね、 椿 のお店に来ていた男性だけど」
「よく迎えに来るひとのことね」
「うん、少し分かってきてね、黒木って名前で、不動産業を営んでいるんだ」
「不動産会社の社長なの」
「個人で商売をやっているそうだよ、アルバイトの子に聞いたんだけど、あのお店を紹介したのがきっかけでよく来るんだけど、お酒は殆ど飲めないので、送り迎えをしているらしい」
「それで気を引いているのかしら」
「そうだろうね」
「じゃあ、まだあまり深い関係ではないかも知れないわね」
ゆりこは、父に関してはどうなってもいいと思っているが、うまくいけばそれに越したことはないので、まだ脈がありそうな気配に安堵感を持った。

誠二は敦子の隠された一面を覗いた気がして、思い過ごしなのだろうと払拭しようとしたが、心に引っ掛かるものは次第に膨らんできた。
本人に聞いても答えてくれないだろうから、滝沢に直接会う方が近道だと決めて、ゆりこに間を取って貰う様依頼した。
ゆりこは、知人が貿易関係の商業英語を習いたがっているので、どこか知っている所を紹介してくれないか、との口実で滝沢に話し掛けた。
「何ヶ所か紹介できますよ、いつでも」
すぐに乗ってきた。
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武蔵野物語 31

2008-04-13 16:18:07 | 武蔵野物語
今年の桜は、咲き始めてから肌寒い日が続いた関係で、2週に渡り観れるという幸運に恵まれ、つかの間の春欄間を体感できたが、ゆりこにとっては滝沢所長の存在が、自分達の生活圏に入ってきそうな気配に困惑を覚えていた。
ゆりこは会社の総務に同期の友人がいたので、所長の履歴書のコピーを秘密裡に送って貰い、休日に聖ヶ丘橋近くのベンチに腰掛け、履歴を調べ始めた。
現在の会社には5年在籍しているが、それ以前は10年間、専門学校を経営する中堅の会社で営業部長をしていた。都内に何ヶ所もある学校を巡回しながらの営業活動らしいが、確か誠二の奥さんが母親と住んでいた、と話していたのを思い出した中野にも支店がある。
資格を取り、習い事に精を出していた彼女が、滝沢と接点を持った可能性は出てきた訳だ。
ゆりこは誠二にメールを送り、滝沢の名が入った奥さん宛の郵便物や書類があるか、それから通っていた学校や教室の名前も調べて欲しいと打っておいた。

翌日の午後、誠二からの返事がきたが、古い書類を纏めてしまってあるダンボールを全部開けてみたところ、A学校・滝沢道也の名前が入った封筒がみつかった。中は空で、これだけだったそうである。
5年前は、滝沢がいまの会社に転職したり、また彼女が長期入院を始めた頃だから、意味深いと感じた。
少し経つともう一度メールが届き、今そちらに向かっているので、桜ヶ丘公園のいつもの場所で待っていて、後30分位で着くから、といってきた。返事を打ちながら電車に乗ったのか、最初から来るつもりだったのだ。
ゆりこは誠二と最初に会った近くのベンチに座り、子供連れの一家やお年寄りがマットを広げて寛いだり、花木を楽しそうに観察しながら散策しているのを、小高くなっているこの場所から、パノラマを眺める様に左から右に視線を移していくと聖ヶ丘橋が見える、ここが自分の本当の居場所にいつも思えた。
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武蔵野物語 30

2008-03-30 15:33:30 | 武蔵野物語
ウイークデーの昼休みに、春の光を浴びながら二人で歩く。大学通りも大勢の人で賑わい、咲き出した桜の下で皆幸せそうな顔をして寛いでいる。
この時節を素直に楽しめないのは、私達だけなのだろうかと思う位、周りの人々が華やいでみえる。
有名なここの桜は昭和9~10年に植えられたそうで、この古木が国立、といえるような存在感がある。
ゆりこは病院に行った事を誠二に打ち明けた。
「一人で様子を見にいったの?」
「もしかして、あなたにも会えるかなって思ったものだから」
「年度末の締めがあったりして忙しかったんだ、でも説明もしなくて悪かったね」
「いいの、私、あなたの奥さんのことをもっと探りたい気持ちが強くなったのよ」
「普通に会社勤めをしている人に比べると、随分変わってみえるだろうね」
「就職した経験はあるの?」
「ないよ、学校の成績はよかったそうだけど、卒業してからは資格を取ったり、ピアノを弾いたり、絵を描いたり、そんな生活を送っていたそうだ」
「恵まれていたのね」
「親の忠告を聞いたりはしないそうだから」
「好きなことだけをしてきたってこと」
「自立して、自分で稼ぐ意欲は全くなかったらしいよ」
話している間に、さくら通りまで歩いて来た。大学通りは南北に伸びているが、さくら通りは東西に広がり調和がとれている。
「誠二さんの知り合いに、滝沢というひとはいる?」
「僕は知らないなあ、誰なの」
「勘違いかもしれないけど、奥さんの病室の前で見かけたものだから」
「家内の親戚にもいないはずだよ」
ゆりこは自分の会社の所長だ、というのはまだ黙っていようと思った。

その週の昼休み、また滝沢所長と打ち合わせを兼ねて食事を共にした。次第に回数が増えてきている。
「所長、先日の日曜日、K病院にいらっしゃいませんでした?」
「日曜日・・・ああ、行ったよ」
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武蔵野物語 29

2008-03-24 20:19:36 | 武蔵野物語
所長の滝沢は、ゆりこと食事を共にしてからは、細かい事を決めるのに一々ゆりこを頼って聞きに来た。
私はあなたの秘書ではありません、と余っ程言ってしまおうかと思ったが、仕事に対しての一途さからと理解はしていたので、手伝う様になっていった。
そうなると、周りは何かとゆりこに気を使い顔色を窺うので、面倒に思うことも度々だったが、仕事自体はやり易くなった。

この頃、誠二からの連絡が少なくなっている。会うのも週一回がやっとで、以前みたいに何でも相談してくれず、距離を置いているのは、それだけ難しい時期なのだろう。
でもそう思うとよけい気になり、連絡が来なかった日曜日、黙って敦子の入院している病院に向かっていた。
入り口で名前を記入してバッジを受け取るのだが、病棟に訪れている人は少なく、書きながら上の行を見ると、滝沢道也、の名前があった。
所長の名前だ、身内の人でも入院しているのだろうか。
敦子と同じ階を記入してある。個室の並んでいる一角だが、ゆりこは気配を窺いながら敦子の病室に近づいていった。
すると、その敦子の病室の前からこちらに戻ってくる滝沢が見えたので、慌てて近くのトイレに入り、やり過ごした。
来た時間も見ていたのだが、10分程しか経っていないので、個室には入らず確認しただけなのだろうか。ゆりこは滝沢の後を離れてついて行き、停留所に立ち止まるの見届けて戻った。三鷹駅に向かう様だ。
思いがけない人が居たので、敦子よりもそちらの方が気になり、病院を出て滝沢と反対側の調布駅から帰る事にした。
途中誠二に何度かメールを送ったが、すぐに返事はこなかった。
18時過ぎにようやく返信が送られてきて、きょうは休日出勤になりました、と打ってある。火曜日に代休が取れるそうなので、ゆりこの会社の昼休みに近くまで来て貰う約束をした。
国立の,早咲きのさくらがもう咲いている。
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武蔵野物語 28

2008-03-22 18:01:31 | 武蔵野物語
ゆりこの勤めている会社の営業所が、業務拡張に伴い国立駅の近くにも新設されたので、転勤願いを提出したところすぐに受理され、今月から通いはじめている。
都心に行く機会は少なくなってしまうが、自宅から近いのは何よりも楽でいい。
化粧品を主に、医薬品や健康食品等を扱っているが、通販部門のメールによる問い合わせや注文がとても増えており、営業事務の仕事よりも、問い合わせの返事や商品の手配で忙しい毎日を送っている。
比較的新しい会社なので、ゆりこは女性社員の中でも年上の方だ。
ここの所長は40代半ばの、やり手営業マンだったそうで、ゆりこが来た日から目を掛けてくれて、重要な仕事を次々に持ってきた。
そんないつもの昼前、一人で居ると打ち合わせを兼ねて食事に誘われた。
「もう慣れましたか?」
「そうですね、大体流れが分かってきました」
「前の営業所の所長に、あなたの事を聞いておきました、頼りにしていますよ」
「人数が少ないので、どこまでやればよいのか、少し迷っています」
「そうだね、この地区はこれから伸ばしていかなければならないから、そういう面では負担が大きいかもしれないけれど、あなたには女性社員の中心になってもらいたい、と期待しているのです」
「年だけはお姉さんなんですけれど」
「仕事は文句なし、ですよ、若い人達を引っ張っていって下さい」
「私に出来ることでしたら、頑張ります」
あまり頼りにされるのも困るな、とゆりこは戸惑った。誠二の近くに居たい、というのも大きな理由の一つなのだから。
学生の街国立、南に向かって広く真っ直ぐに延びた通りの両側にある桜の古木も、いまにも咲き出しそうな芽が赤みを帯びて待ち構えている。
この日は早出をしたので、食事の後も30分多く昼休みをくれて、反対側の北口の静かな住宅街を道なりに一人で行くと、もくれん科の花が見頃になっている。
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武蔵野物語 27

2008-03-15 19:01:04 | 武蔵野物語
坂を上りきった所で、お参りを済ませていない事を思い出し、写真も撮りたかったので、春日通りから近い湯島天神に戻った。
入り口の信号を右に曲がるとすぐ左側だが、通り越した左の下り坂あたりはホテル街になっている。
誠二は、その方向から湯島天神に入っていく二人連れを何気なく見ていたが、雅子と、この間店でみかけた男性だと分かると、後をつけていった。
二人はお参りを済ませると、舞台の踊りを観て、梅を背景に写真を撮っていたが、一緒の写真を撮って貰う事はしなかった。
混雑を嫌ったのか、30分もすると階段を降り、御徒町駅に向かって歩いていく様だった。
電車に乗って秋葉原駅で乗り換え、新宿方面に行く。やはり新宿駅で降りた。
京王線に乗り換えたが、店に行くには時間が早すぎる。
隣りの両に乗り込み見張っていたが、府中までは一緒だった。駅を出ると雅子は店の方に行き、男性はバス停に向かった。男性の正体を知りたかったので、顔は見られていないはずだから、すぐ後ろについて行き先の時刻表を覗いたが、武蔵小金井行きになっていた。
土曜日のこの時間は30分間隔だが、丁度よかった。
武蔵小金井駅南口寄りの少し手前で降りて、右方向に歩いていく。図書館や小学校がある辺りを左に曲がった所が自宅らしかった。中に入るのを見届けてから表札をみると、黒木と書かれてある。
ここからだと武蔵野公園や野川公園にも近く、誠二もよく散策に来ている場所だ。
住所もメモしておいて自宅に戻った。
近くに意外な人が住んでいたりする。雅子の家は多磨霊園駅から近い、と店で聞いていたので、府中を中心に円を描けば、点在している関係者がうまく収まる。
誠二はもう少し調べてから、ゆりこに報告しようと考えていた。
3月に入ってから暖かい日が続き、桜の開花予想も発表されたが、自分の周りは春の嵐が吹くのだろうな、と感じている。

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武蔵野物語 26

2008-03-08 21:14:56 | 武蔵野物語
雅子は誠二が居るのに気づくと、入り口近くでその男性と短い会話を交わし、帰してしまった。
「あら、今日はお一人ですか、それともゆりこさんと待ち合わせ?」
「一人で来たのです、たまにはいいかなと思って」
「そうですか、ゆり子さんのお父さんは、きょうは来れないそうですが、お会いした事があるのですか」
「・・まだなんです」
誠二が話したがらないのを察して、それ以上聞いてこなかった。
「女将さんと一緒に来られた方は?」
「ええ、たいした用事ではないので帰しました」
「共同経営者ですか」
「いえ、そんなんじゃないんです」
雅子は、準備があると言って店の奥に引っ込んでしまった。
「頼子姉さん、さっきの紳士について何でもいいから調べておいてくれない、お願いだから」
誠二は五千円札を彼女の手に握らせて、縋るように頼んだ。
「分かったわよ、その代わりいい情報が入ったら、その時はまたよろしくね」
「充分お礼はさせて貰います」
お金は掛かるが、交渉は成立した。

誠二の仕事はインターネット販売の営業なので、自ら表回りをすることはなく、府中営業所に詰めっきりなので、休日に都心へ出向くのは刺激があって楽しみになっている。
3月上旬の土曜日、秋葉原で探しものがあり、改札を出ると、メイドカフェの女の子が券を配っていた。1時間程で買い物が済んだので、湯島天神の梅を見に行くことにした。百草園の様な山の梅もよいが、街の一角に昔の情緒が感じられる場所も捨てがたい。
長く続いた今年の寒さの影響で、梅祭りが終わる頃漸く見頃を迎えようとしている。この日は暖かく、大勢の人々が訪れていた。
昼過ぎになり混んできたので、不忍池方面に向かい、旧岩崎邸を左にみてその先を左に曲がって行くと、無縁坂にたどり着く。こちら側からだと東大まで上り坂になるが、森鴎外の名作 雁 を想いながら歩んだ。
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武蔵野物語 25

2008-03-03 20:58:05 | 武蔵野物語
自宅で一夜を過ごした後、敦子は素直に病院へ戻っていった。
誠二はほっとしたが、複雑な気持ちが残った。
以前の彼女と全く違う一面を見せつけられ、その独得の雰囲気と巧みな誘惑に呑み込まれて、危うく最後まで行きつくところだったが、ぎりぎり踏みとどまった。しかし二人が、互いにかなり激しい行為に及んだのは事実なのだ。夫婦の愛情、そんなものとは違う、敦子の危機感からだろうが、どう理解してよいか分からない。
誠二は病院に会いに行く回数が増えてきた。敦子がどうしたいのか、見守っているのだが、先日の事など何もなかったかの様に、本を読むか、横になっているだけで話も殆どしない、以前にかえってしまった。
誠二はただ家に戻る気になれず、といってゆりこに会うのも憚られて、19時少し前に 椿 へ一人で寄ってみた。空いていて、カウンターは誠二だけで女将もまだらしい。
「女将さん、何時頃来るの?」
「今日は20時過ぎになると思うけど」
顔見知りの、頼子というアルバイトの姉さんと時間潰しに話し出した。
「僕と一緒にくる人のお父さんは相変わらずよく来てる?」
「ああ、沢田さんでしょう、週二、三回ってところかしら」
「女将さんとうまくいってそう」
「どうかしら、女将さん皆に愛想がいいからね」
「なんでも好きなものを頼んでよ、ご馳走するからさ」
「わー有難う、きょうのお刺身いいのが入っているのよ、二人前、いいんですか」
「鍋料理も取ろうよ、今なら僕の相手をしていても大丈夫だろう」
誠二は新しい客が来る前に、少しでも話を集めようと躍起になっていたが、その中で気になるものがあった。
それは以前にも聞いた、60過ぎのお金持ちそうな男性が、殆ど毎日迎えにきていて、時々一緒に出勤してくる、今日あたり一緒に来るのではないかと言うのだ。
その話が出てすぐに、二人が店に入ってきた。



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