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毎週小説

一週間ペースで小説を進めて行きたいと思います

武蔵野物語 44

2008-07-12 10:55:34 | 武蔵野物語
「ゆりこさんには、きっと大事な人がいらっしゃるでしょうけど、それでも僕は構わないです」
「どうしたの、急に改まって」
「だから、僕のことも少しは考えて頂ければと」
「前にも話したでしょう、決まった人はいませんって」
「本当にいないんですね?」
「そうよ、明日からは分からないけど」
「今日まではいないんだ」
嬉しそうな田口の顔を見ているゆりこも楽しくなってきた。
「私も名前を呼ばれたから、これからは良太さん、て呼ばせて貰います」
「光栄です、一歩近づけたみたいで」
「そんな、仕事仲間で同士としてですよ」
「それでいいんです」
「面白い方ね」

二人が個人的に会った初夏の頃から、デパートの売り上げが伸びはじめ、益々忙しくなっていった。
工場は中国にあり、発注から輸入するまでのタイミングが際どくなる事が多い。
いままでは輸入代行業者に任せっきりにしていたが、こちらの要求通りに商品を入荷させるは、現地の状況に詳しい人材が必要になっていた。
そうした折、6月の株主総会で人事の発表があり、新しい役員紹介の社内報が、八王子営業所にもようやく届いた。
ゆりこは昼休みに珍しく会社にいて、それをぼんやり見ていたが、最後の行に、役員待遇として黒木 卓の名前をみつけた。
黒木といえば、府中の 椿 によく来ていた男性と同じ名前だが、関連があるのだろうか。
気になったので、新宿本社にいる同期の阿部友恵と、金曜の夜久し振りに本社近くで会う事になった。
「阿部さん、同期で独身なのは私達だけになってしまったわね」
「実は私もね、今年の秋に決まったのよ」
「そうなの、おめでとう、呼んでくれるんでしょう」
「当然よ、沢田さんは一番の友達ですもの、ところで用事ってなんなの?」
「人事のことばかり聞いて申し訳ないけど、今度の役員待遇になった黒木 卓 だけど」
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武蔵野物語 43

2008-07-06 16:46:46 | 武蔵野物語
そんな仕事に追われるある日、ゆりこは田口から、府中市郷土の森博物館に、あじさいを見に行かないかと誘われた時、誠二の事を思いだした。誠二と偶然再会したのは府中の森公園だったが、いまはどうしているのか、暫く会うのを避けているが、その気持ちは誠二にも伝わり、お互い連絡を取らない様にしていた。
仕事を離れた休日の田口は、さりげない気の使い方をして、わるい感じはしなかった。決して単純でずぼらな性格ではなく、育ちのよさが伝わってくる。誠二の繊細さに比べ、ストレートな優しさも分かりやすい。
「ゆりこさんは、やはりいい方ですね」
「どうして?」
「仕事の時とは、顔つきからして違いますよ」
「戦っているのかしらね」
「そうですよ、休日のあなたはもっと素敵ですよ」
「田口さんも単純明快なだけの方だと思っていたけれど、違うみたいね」
「そうですか、そう言って貰えると嬉しいけど、でも簡単な人間ですから」
「簡単なの?」
ゆりこは思わず笑い出してしまった。
終わりかけているあじさいを見て、昔の建物が復元されている並木道を一緒に歩いていると、大正か昭和初期の時代に戻り、独身男性の後姿についていく充実感で満ち足りてくる。
こういう人と前から会っていれば、幸せは近くに来たのだろうか。迷うことなく寄りかかっていける安心感がある。
「沢田さんは確か聖蹟桜ヶ丘に住んでいるんですね」
「ええ、そう、田口さんはどちらに」
「僕は武蔵境なんです」
「あら、近いのね」
「都心よりも、このくらいの距離が合っているんです」
「私も、もうすっかり郊外型人間になってしまって」
「それで丁度いいんじゃないですか、仕事が忙しすぎるから」
「確かに今が一番忙しいわね、でも田口さんはとても頑張っているし、あんなに営業ができるなんて、たいしたものよ」
「あなたに頼りっきりですよ」
「私もよ」
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武蔵野物語 42

2008-06-27 21:02:15 | 武蔵野物語
デパートに商品を展開する場合、自社から店員を派遣しないと、競争に打ち勝っていくのは大変だが、ゆりこ達の会社の規模ではまだ余力がなく、当面田口とゆりこが交代、もしくは一緒に各売り場を日参してフォローするしかなかった。
吉祥寺から八王子までのデパート、小売店が担当になっている。
ゆりこの専門知識、田口の営業力だが、田口は仕事になると得意先の女性に平気でお世辞を言っている。
「よくあれだけ喋れるわね、どこが不器用なのよ」
途中、お昼を一緒に食べながら、ゆりこは呆れ顔で彼を見ていた。
「仕事って割り切っているからですよ、自分が出たらそうはいかない」
「口説くのも仕事、にすれば」
「そんな、無理ですよ、僕は要領が悪いんです」
「よく分からない人ね」
「そうかなあ、単純なんだけど」
「名前は田口良太、お金持ちの多いS大学を卒業、実家は四谷にある」
「なんでそんなに知っているんですか、まいったな」
「本社総務に同期がいるのよ、テニス部にいたお坊ちゃんなのね」
「控えで終わってしまいましたけど」
「外車なんかに乗ってるんでしょう」
「以前の事ですよ、家は兄貴に任せているので、僕は気ままな一人暮らしなんです」
「苦労知らずなのね」
「いまは苦労していますよ、はみ出し者だから」
「悪いことして追い出されたの?」
「できが悪いんです、勉強は嫌いだったし」
「でも、そんな馬鹿には見えないわよ、ルックスはいい方じゃない」
「誉められてるのか、けなされてるのか、どっちなんだろう」
「両方よ」
「ひどいですよ、それじゃ」
「あはは、言い過ぎたかしら」
「僕だって傷つくんですよ」
「これ位で、それも坊ちゃんのひ弱さかしら」
「沢田ゆりこさん、はもっと違う人だと思っていました」
「あら、私の名前も調べていたの」
「とても興味があったのです」

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武蔵野物語 41

2008-06-20 04:40:44 | 武蔵野物語
「優しいってどうして分かるの?」
「感じますよ、いい方だろうなと、だからいいひともいるんでしょう」
「決まったひと、でしたらまだいません」
「そうですか、信じられないな、じゃあ、まだ不特定の人達と楽しくつき合っているんだ」
「そういう言い方はないでしょう!」
「すいません、変な聞き方をして」
「本当にそうね」
ゆりこは泡盛が効いてきたのか、強い口調になっていた。
見かねた、所長代理の水野が間に入ってきた。
「田口君、駄目だよ、女性と喋るのが苦手みたいに、話したばかりじゃないか」
「そうなんです、これだから続かないんだよなあ」
急にしょんぼりしてきた彼をみて、ゆりこは少し慌てた。
「大丈夫よ、私ちょっと酔ってきただけだから」
「そうですか、あー良かった、ほっとしました」
「田口さん、沢田チーフを苛めたら私達許しませんからね」
入社2年目の女性社員二人が睨んでいる。
「そんな事、できる訳ないでしょう、僕にとっては沢田先生なんだから」
「私が、何の先生なの?」
「化粧品と、服装のセンスと、それと恋愛、いや人生に関してかな」
「恋愛は余計よ」
「だから人生全般にわたって」
「田口君、沢田さんはね、僕が国立の所長に是非に、と拝み倒して来て貰ったんだよ」
水野の話は本当だった。営業活動に、できる女性社員を、とゆりこに白羽の矢を立てたのだ。
「僕も頑張ります、といっても最初は体力的なサポートになってしまうんですが」
「ずっとそうなんじゃないの」
ゆりこの隣りにくっ付いて座っている、中山絵里が口を挟んだ。
「そりゃあ、女性の様に化粧品のことは分からないけど、デパートの仕入れ担当は厳しいから、その時は役に立つからさ」
「ともかく、チームでやって行こう」
水野は所長の椅子が掛かっていて、必死になっている。
ゆりこの責任は重くなりそうだ。
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武蔵野物語 40

2008-06-17 04:45:06 | 武蔵野物語
ゆりこは迷ったが、聖蹟桜ヶ丘に一人住まいをする事にした。やはりどうしても好きな聖ヶ丘から近い所に居たく、父も放ってはおけないと考えた末なのである。
職場は変えるつもりでいたところ、新しくきた所長に強く止められ、残ることにしたのだが、八王子に営業所が新設され、人手が足りないので国立と掛け持ちをしてくれ、と頼まれた。
気分一新が目的だったので、渡りに舟だった。条件も考えてくれて、八王子にいく回数も増えるので、女性社員のチーフ扱いになった。
化粧品の売り上げ増大を狙い、主だった通販と共に店頭販売も開始した為、女性社員の補充と強化を進めている。
八王子はスタッフが6名しかいなかったのだが、男性の営業が一人追加され、ゆりこが応援という形になった。
総勢8名が揃ったところで、沖縄料理店で親睦会が開かれた。人気の店内は流木を使った南国そのもので、ライブ演奏が行なわれる日もある。刺身盛り合わせも勿論沖縄産だ。
ゆりこは女性陣の一番年上で、一緒に来た営業マンは田口と名乗り、30才少し上くらいにみえた。
「沢田さんはお一人なんですか?」
打ち解けてくると、田口が話しかけてきた。
「ええ、そうですけど、田口さんは」
「わたしもそうです、まだ縁がなくて」
「スポーツが得意だそうですけど、背も高いし、相手はみつかるでしょう」
「僕は不器用なんですよ」
「それは関係ないんじゃない」
「あるんです、何というか、うまくないんですよ、誉めるのが、いまの若い女性はちやほやしてやらないと、すぐに冷たいとか、不親切だというでしょう」
「どうかしら、やはりひとによるんじゃないですか」
「でも、大体そうなんですよ、だから長続きしないんです」
「縁がなかっただけで、これからでしょう、若いんだから」
「いま、33才なんです」
「まだまだですよ」
「沢田さんは、優しくて素敵だな」
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武蔵野物語 39

2008-05-31 17:54:34 | 武蔵野物語
敦子から簡単な葉書が届き、退院して母と小金井市に引越した、と新しい住所を知らせてきた。地図で調べてみると、西部多摩川線の新小金井駅になる。
野川公園にも近く、緑の多い場所を選んだということか。
緑豊かなハケの道を、一人創造しながら歩いている、そんな敦子に武蔵野はふさわしいのかもしれない、と誠二はふと思ったりした。

滝沢はその後、郵送で退職願いを送ってきただけで、行方をくらましてしまった。
住まいだった賃貸マンションも解約されていて、連絡の取りようもない。
ゆりこは、誠二の突き止めた黒木の自宅の方から追求しようかと思ったが、仮に黒木に会えたにしろ、何も喋るはずがないだろうから、いまは打つ手がみつからなかった。
ゆりこの父は、また 椿 によく通うようになり、どうやらあちらの二人はよりが戻ったらしい。
相手の雅子は、男性の噂がいつもついてまわる問題の女性だが、ゆりこは好印象を持ち始めていた。

ゆりこと誠二は、昨年の9月以来、久し振りに府中の森公園に行ってみた。
暑い夏の続きよりも、やはり春の緑風は心地よい。
「誠二さん、奥さんは特に連絡してくるとか、ないの?」
「別に何もこないね、僕に、別の女性が居るでしょうと言ったけど、怒っている感じではないし、冷静なのが却って不気味だよ」
「暫くは別居状態で、成り行きに任せて様子をみるってこと?」
「どうしてよいか、分からないんだ」
周りの人々の関係が、皆、中途半端な状態に保たれている。
何も解決していないのだが、特別不幸なわけではない。
ゆりこは一度出直すべきなのではないか、と思い当たった。
父の家を出、誠二とは一旦離れて、仕事を変え何もかも新しくやり直す、そうしないと、行きつく先は一つになってしまいそうで、まだ黄泉の世界に辿り着くには早すぎると、武蔵野の森に抱かれる自分をみつめた。

              -第二部-
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武蔵野物語 38

2008-05-25 20:17:05 | 武蔵野物語
また勝手に抜け出してきたのかと思ったが、病院から何の連絡もないので、きっと了解の上なのだろう。それを悟ったのか、
「大丈夫よ、用事があるので今日一日だけ、と許可を取ってきたから」
と誠二を真っ直ぐに見つめている。
「どんな用事なの?」
「あなた、いるんでしょう、私には判るの、どこにいても」
「いるって・・・」
「私がこんなだから、申し訳ないといつも感じています、あなたに対するお返しは、黙って別れてあげること、だと思うのだけれど、それができれば・・それができないので、わたしも苦しいのです」
誠二は、敦子の涙を初めて見た。知りあった頃の、幼さが残っている様な寂しげな顔だった。
いつも絵画や小説等、共通の話題になると、敦子の表情は桜色に上気して明るくなった。
それを可愛く、可憐に、自分の絵の世界に活かしてきた。桜の絵を多く描いてきたのもそのせいだ。
「私、もうじき退院できるの、そうしたら母と一緒に暮らすので、あなたは心配しなくていいのよ。義務で様子を見にくることもないし、勿論来たい時はいつでも来ればいいんだから」
「完全に別居する気なの?」
「本当に良くなったら、また考えればいいでしょう・・・きっと、直るわ、もう少しなのよ」
もうすぐ病気がよくなると予言?したのか、いつものひとを観察する様な表情に戻ってきた。
「昔、学校に習い事に通っていた頃、滝沢という人と個人的に話した記憶はないの?」
「前にも聞かれたけど、覚えてないわ、きっと大勢の生徒に宣伝の書類を送って、営業活動をしていたのよ」
滝沢が病室まで来たことを言いたかったが、逆にこちらの女性関係を追及されるのを恐れ話し出せなかった。
その日の敦子はおとなしく、一人で隣室に休み、翌日朝食の用意をして済ませると、8時過ぎに病院へ戻っていった。
そして翌日曜日、敦子が退院したのを誠二は後で知った。
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武蔵野物語 37

2008-05-23 21:07:13 | 武蔵野物語
所長が以前勤めていた学校の関係者から連絡がありました、明日会いましょう

と打たれている。
誠二は翌日の夜、仕事帰りに西国分寺駅のカフェで会うようにした。近所でゆりこに会っても構わない、とこの頃開き直ってきた。
18時過ぎに店に入り待っていると、まもなくゆりこが男性を伴ってやって来た。
「誠二さん、お待たせしました、こちらは島田さんです、いろいろ話があるらしいので、来て頂いたの」
誠二は、A学校業務部課長の肩書きが入った島田の名刺を受け取りながら、話を聞き始めた。
それによると、滝沢は転職した後も時々学校の関係者と接触しており、調べていく内に、新しい学校や進学塾の経営を計画して、教師の引き抜きを企てていた事が分かってきた。
資本の出所は外資系で、滝沢はヘッドハンティングされたらしいのだが、ゆりこのいる会社には、ほんのつなぎ程度にしか考えていないのだろうか。
一段落したところで、誠二は質問してみた。
「滝沢氏はずっと独身だそうですが、女性関係はどうでしたか」
「女性社員の評判は、当時は良かったですよ、まあ話がうまいというか、口がうまい感じで、でも個人的な事までは、特に噂も聞きませんでしたね」
「習いに来ていた生徒の中で、親しそうな女性はいなかったでしょうか」
「私は気づきませんでしたが、彼と親交のあった社員に聞いてみましょう」
島田は今後も連絡を取り合っていきましょう、といって先に帰っていった。
「所長はかなりやり手だったのね」
「仕事以外も、じゃないかな」
「そうね」
ゆりこは、誠二の奥さんも網に掛かったひとりでしょう、とはっきり言ってやりたかったが、確証がないだけに、何とかつきとめたかった。

その週末、誠二が会社から帰ってくると、敦子が待っていた。
「昼に、母に来て貰って」
「退院の話は聞いてなかったけど」
「一時的に、よ」
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武蔵野物語 36

2008-05-16 20:05:47 | 武蔵野物語
「ゆり子さん、お久し振り」
雅子は、ゆりこを見つけると一直線に向かってきた。
「この頃お父さんこられないけど、お元気なんですか?」
「ええ、変りはありませんけど」
「そうですか、心配していたので、近い内、ぜひお会いしたいと伝えて頂きたいのですが」
「必ず伝えます、どうしたのかしらね、この頃」
「私がいけないのだと思います」
「何かあったのですか」
「よく来るお客さんがいて、断っても近いから、と毎日の様に送ってくれるものですから、私もつい甘えてしまって・・そういう付き合い方が気にいらないんじゃないかと」
「そうですか、大丈夫だと思いますよ、単純だから、様子をみてうまく話しますから」
「よろしくお願いします」
お礼にといって、今日一番の刺身盛り合わせをサービスしてくれた。
「雅子さん、本気なのかしら」
「本当も嘘、の世界だからね」
「でも、真剣に頼んでいたわよ」
「夜はもう一つの顔っていうでしょう、君のお父さんと黒木という常連二人がこなくなったら、売り上げに響くからじゃないの」
「それだけだと思いたくない」
「信じていたいんだね」
「悪いひとにはみえないの」

数日後、誠二は漸く滝沢と黒木の関係を少しづつ見出してきた。
休暇を二日続けて取ってしまったのだが。
滝沢は学校経営の仕事でもかなりのやり手で、新しく開校する際の場所探しを黒木に依頼していた。
黒木は、大手不動産会社の営業部長だった頃滝沢と知り合い、独立した後も仕事上の付き合いが続いている。
滝沢は上得意の顧客の一人なのだろう。
その二人が同時に姿を消しているのは、犯罪に関わっているのかもしれない。
ただ、ゆりこの会社の決算は終わったばかりなのだが、経理上の問題は全く無く、いたって順調だそうで、金銭絡みではないらしい。
行き詰って困っていると、ゆりこからメールが届いた。
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武蔵野物語 35

2008-05-11 14:46:16 | 武蔵野物語
翌週も半ばが過ぎたが、滝沢は出社してこなかった。本社も調査を開始しているらしく、国立営業所は部長が所長代理を勤め営業しているが、ゆりこは総務部の同期から所長のプロフィールを聞き出していた。
滝沢に結婚暦はなく、荻窪の賃貸マンションに一人で住んでいる。人事部での所長の評価は高く、将来は役員にと期待されていたそうだ。
そのエリートコースに乗っている人が、簡単に会社を辞めるだろうか。ゆりこは他の原因を知ろうと、本社の社員と帰りがけ飲みに誘ったりしたが、いまのところ何も分かっていない。
進展がないので、誠二と 椿 に飲みに行ってみた。
「例の黒木さん、その後何か分かった?」
「それが、この頃ぱったり来なくなったんだって」
「いつ頃から」
「ここ一、二週間だそうだよ」
「父もこの頃あまり寄らなくなってるわ」
女将がまだ来ていないので、誠二は馴染みの頼子を呼び寄せた。
「黒木さん、相変わらず連絡もないの?」
「そうなのよ、どうしたのかしら、帰りは必ず送っていたのにね」
「女将さんも何も知らないの」
「そうみたいよ、電話もないって言ってたから」
口止めとお礼にチップを渡すと、喜んで料理を運んできた。
「そうそう、思い出した」
「どんな事」
「来なくなる少し前にね、中年の男性と珍しく食事をしていたのよ、相手はかなり飲んでいたけどね」
「そう、初めてのお客」
「ええ、私記憶だけはいい方だから、確か滝沢さんて呼んでいたわ」
「滝沢ですか」
隣りで聞いていたゆりこは、思わず聞き直した。外見の特徴を説明すると、
「間違いないわ、その人よ、会えばすぐに分かるわよ」と自信げに話すのである。
「誠二さん、これは一体」
「どういう繋がりなんだろう、まさかこの店と所長が絡んでくるなんて」
「どうやって調べていこうかしら」
その時、女将の姿が見えた。

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