大河ドラマ「義経」 覚え書き 第十四話 中

【頼朝の非凡さについて】

さて、14話では、吾妻鏡の治承四年8月6日の条に記述されていると見られる密議がシーン化されていた。そこでは頼朝の打倒平氏のほう起について、北条時政と政子と頼朝の話し合いの結果で決定されたような描き方をしていた。特に男勝りの政子は令旨の正当性までも指摘するなど、当初から頼朝の政治的アドバイザーにでもあるかのような趣きであった。確かに史料の伝える政子は、男勝りで新しい女性であった節はあるが、当初からここまで政(まつりごと)に口を出していたとは到底思えない。これは福原遷都を決行しようとする清盛を諫める時子同様、私には今流行のフェミニズムの影響から来る歴史のわい曲のようにしか見えなかった。

頼朝が以仁王の平氏打倒の令旨を携えて伊豆にやってきた源行家よりその書を受けた日(4月27日)から打倒平氏に立ち上がり、伊豆の目代である山本兼隆を急襲した日(8月17日)までの4ヶ月足らずであった。その間に、頼朝の心にどのような変化があって、このような大それた決断となったのか。その心の軌跡と彼の非凡さについて少しばかり考えてみたい。

日頃から、京都の政治情勢に関しては、三善康信等からの便り(月に三度文を寄こしたと吾妻鏡にある)によって、かなり正確な情勢分析を行っていたと思われるが、頼朝自身こんなに状況が急展開するとは思っていなかったはずである。歴史というものは、とかくそうであるが、動き出したら、あっという間に形勢が変わって、過去の勝者は敗者に変わってしまう。結果として頼朝は、状勢の変化に機敏かつ適切に対応し最終的に平氏政権打倒の求心力として機能した。

現代史を見ても、ソ連邦という巨大な社会主義国家が瓦解して行く過程は驚くほどに早かった。そしてその波は全ヨーロッパに波及しドイツを東西に分断していたベルリンの壁をあっという間に突き崩してしまったことは記憶に新しい。それはソ連にゴルバチョフという改革的指導者が現れて僅か三年ほどで起こった歴史的出来事であった。

平氏の政権の瓦解もまた、頼朝の想像をはるかに越えるスピードで進んだとみるべきだ。地方に発せられた令旨は、結局密告者によって、清盛の知るところとなり、以仁王を旗頭にした頼政らは、時が熟さぬままに決起せざるを得なかった。以仁王を奉じての頼政らのほう起は、5月19日に自らの屋敷に火を放って三井寺に入ると、同月26日には、宇治の平等院周辺で平氏軍と合戦となり、一族郎等こぞって討ち死にし、以仁王もまた流れ矢にあたって落命となる。

おそらく頼朝は、都のでの事態の急変を6月初旬には、知っていたものと推測される。しかも問題なのは、平氏方が、以仁王の令旨を受けたとされる伊豆の頼朝と木曾義仲を討つ腹を固めていることで頼朝には、もはや一刻の猶予もなくなったということになる。要するにやらなければ、やられてしまう運命が迫っており、状況が不利に展開すれば、東国の武者たちも、一斉に力の強い平氏方についてしまう可能性が高い。

現に、吾妻鏡の治承4年6月19日の条には、三善康信の使者としてその弟の康清が、頼朝の前にやってきて、令旨を受けた源氏に対して追討の命令が下る可能性があることを伝え、奥州に逃れるべき旨を伝えている。しかし頼朝は、この直言を聞かず、伊豆の北条の屋敷にあって、三浦氏や千葉氏らを味方に引き入れる算段を重ね、遂に8月17日の山本判官兼隆の襲撃して打倒平氏の旗を掲げることになるのである。(しかし頼朝の苦難はここから始まったのだが、そのことは別紙面に譲ることにする。)

以上のことから、推測できることは、頼朝の打倒平氏の旗揚げが、ある意味では、やらなければやられるというようなせっぱ詰まった軍事情勢の中での決断だったということである。同時に北条時政らの必死の政治工作の影も見える。この時、当然、北条時政や頼朝らは、弟義経の背後にいる奥州藤原氏藤原秀衡の力を知っていたはずであるから、味方に付けるような政治工作も当然あったはずだ。6月19日に三善康清が、奥州に逃げることを進言している事実も、そこには京の三善と伊豆の頼朝と奥州の秀衡の間には何らかのネットワークがあったことを連想させる。

しかし頼朝と時政という義理の親子は、伊豆を動かず、近隣の武者たちの動向を探りながらひとりひとり味方に付けて、捨て身の叛乱を試みたのである。頼朝の非凡さは、そんなところに見え隠れしている。すなわちそれは、情報を最大限に活用し、その情報に流されず、しかもリスクを背負いながら時機を逸することなくして、平氏打倒の戦に立ち上がったことにあると思われる。

つづく
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