横浜近郊にはいくつかの種類の蝉が生息している。今、耳にする蝉の声は、ニイニイゼミ、ミンミンゼミ、アブラゼミ、ヒグラシ。間もなくツクツクボウシが聞こえはじめる。
蝉は時間によって聞こえる種類が異なる。早朝、薄暗い時間からヒグラシが鳴き始める。続いてアブラゼミ。で、夜明け頃、いったん蝉が鳴かなくなる。その後、日が昇るに吊れ、アブラゼミ、ミンミンゼミが騒がしくなる。
最近分布を広げてきたのはクマゼミ。海岸線に多く、都心近くでも声が聞かれる。おいらの住んでいるのは内陸のため、まだ今年は聞いていないが、昨年は8月10日前後に少し耳にした。
クマゼミが鳴くのは午前中。彼らは大阪や福岡など、市街地でも大発生したりしている。島などでは顕著な大発生地もある。以前、三浦半島南端の城ヶ島で、ミズキに群がるクマゼミの大群を見たことがあるが、いっせいに鳴き出すと木が揺れているように見えた。
それにしても、蝉は変わった昆虫だ。地中で長く何年も暮らし、羽化のために地上へ。このような生活史は、他に類を見ない。近いモノといえば、トンボ。ムカシトンボやオニヤンマなどは、水中に何年か暮らし、羽化のために地上に出る。
昆虫の進化は多様だ。なぜ、こんな不可思議な進化をしたのだろう。
おいらはクマゼミの熊山熊五郎さんに話を聞いてみた。これは貴重なインタビューの記録である。
「ということで、熊山さんは、以前はクマゼミだったそうですね」
「ええ、そうです」
「いつごろまで、クマゼミだったんですか?」
「そうですね、中学校に上がる頃まででした」
「じゃあ、子ども時代を、クマゼミですごされていたわけですね」
「ええ、そう言うことになります」
「じゃあ、地下の生活も長かったわけですね」
「ええ、生まれた直後は木の上にいました。母親が、木の枝に卵を産んでくれたものでね。そんで、生まれるとすぐに、木を伝って根元まで降りて、それから地下にもぐっていったのです。かれこれ12年地下にいました」
「12年も?」
「ええ、クマゼミは普通、数年なんですが、私は食が細くて成長も悪く、12年もかかってしまったのです。でもアメリカ大陸には、13年ゼミや17年ゼミもいます。それに比べれば短い方ですね」
「でも、どうして地下で暮らすようになったのですか?」
「それがよく分からないんです。私も興味があったものだから、ヤマザクラの老木の桜井平助さんに聞いてみたんです。すると、意外な答が返ってきたのですね」
「どんな答えですか?」
「昔、蝉は地下にもぐらなかったそうなんですね。ずっとずっと昔の話だけど、蝉は地上に2種類しかいなかったんです」
そういって、こんな話を続けました。
昔は、モンモンゼミとムンムンゼミの二種類しかいませんでした。
この二種類は、互いに自分の声が一番よく聞こえると自慢していたのです。その話を聞いたケヤキの爺さんが、どっちがよい声かなき比べをしよう、と言い出しました。
「いいじゃない。やってみよう」
「ふん、このモンモンゼミ様が活に決まってるさ」
「何をほざく。ムンムンゼミの声がいいに決まってるぜ。じゃあ、勝負をつけてみよう」
と言うことで、モンモンゼミとムンムンゼミが応じたのです。
どちらも負ける気はしなかったんですね。
ところが、試合をしてみると、ムンムンゼミの方がうんと声がよく通ったのです。カナブンやアゲハチョウやキリギリスも、ムンムンゼミに軍配を上げました。
「どうだい、このムンムンゼミの方が蝉の王様だぜ」
モンモンゼミは、恥ずかしさのあまり、穴でもあったら入りたいと思い、実際にあった地下の穴に入ってしまったんです。
それから三日後、地上に出て見ると、とてもすがすがしい気持ちになったんですね。で、これから子孫には地下の生活をさせようと言うことになりました。
幼虫時代を地下で暮らし、何年か後に地上に出てきたモンモンゼミは、その鳴き声を発して驚きました。とても素晴らしい声に変わっていたのです。
その声の変化から、ミンミンゼミと名づけられました。
その後、ミンミンゼミの子孫は多様に進化を遂げ、ヒグラシやアブラゼミやクマゼミが生まれていったのです。
一方、地下にもぐらなかったムンムンゼミは、進化から取り残され、声を次第に失っていきました。すっかり敗北したムンムンゼミは、身体を見せるのも恥ずかしくなり、身を隠すため泡をふいて身体をつつむようになりました。それが現在のアワフキムシの始まりです。
というお話、ためになりましたか。
それにしても、今日も夏の日差しが強そうですね。
蝉は時間によって聞こえる種類が異なる。早朝、薄暗い時間からヒグラシが鳴き始める。続いてアブラゼミ。で、夜明け頃、いったん蝉が鳴かなくなる。その後、日が昇るに吊れ、アブラゼミ、ミンミンゼミが騒がしくなる。
最近分布を広げてきたのはクマゼミ。海岸線に多く、都心近くでも声が聞かれる。おいらの住んでいるのは内陸のため、まだ今年は聞いていないが、昨年は8月10日前後に少し耳にした。
クマゼミが鳴くのは午前中。彼らは大阪や福岡など、市街地でも大発生したりしている。島などでは顕著な大発生地もある。以前、三浦半島南端の城ヶ島で、ミズキに群がるクマゼミの大群を見たことがあるが、いっせいに鳴き出すと木が揺れているように見えた。
それにしても、蝉は変わった昆虫だ。地中で長く何年も暮らし、羽化のために地上へ。このような生活史は、他に類を見ない。近いモノといえば、トンボ。ムカシトンボやオニヤンマなどは、水中に何年か暮らし、羽化のために地上に出る。
昆虫の進化は多様だ。なぜ、こんな不可思議な進化をしたのだろう。
おいらはクマゼミの熊山熊五郎さんに話を聞いてみた。これは貴重なインタビューの記録である。
「ということで、熊山さんは、以前はクマゼミだったそうですね」
「ええ、そうです」
「いつごろまで、クマゼミだったんですか?」
「そうですね、中学校に上がる頃まででした」
「じゃあ、子ども時代を、クマゼミですごされていたわけですね」
「ええ、そう言うことになります」
「じゃあ、地下の生活も長かったわけですね」
「ええ、生まれた直後は木の上にいました。母親が、木の枝に卵を産んでくれたものでね。そんで、生まれるとすぐに、木を伝って根元まで降りて、それから地下にもぐっていったのです。かれこれ12年地下にいました」
「12年も?」
「ええ、クマゼミは普通、数年なんですが、私は食が細くて成長も悪く、12年もかかってしまったのです。でもアメリカ大陸には、13年ゼミや17年ゼミもいます。それに比べれば短い方ですね」
「でも、どうして地下で暮らすようになったのですか?」
「それがよく分からないんです。私も興味があったものだから、ヤマザクラの老木の桜井平助さんに聞いてみたんです。すると、意外な答が返ってきたのですね」
「どんな答えですか?」
「昔、蝉は地下にもぐらなかったそうなんですね。ずっとずっと昔の話だけど、蝉は地上に2種類しかいなかったんです」
そういって、こんな話を続けました。
昔は、モンモンゼミとムンムンゼミの二種類しかいませんでした。
この二種類は、互いに自分の声が一番よく聞こえると自慢していたのです。その話を聞いたケヤキの爺さんが、どっちがよい声かなき比べをしよう、と言い出しました。
「いいじゃない。やってみよう」
「ふん、このモンモンゼミ様が活に決まってるさ」
「何をほざく。ムンムンゼミの声がいいに決まってるぜ。じゃあ、勝負をつけてみよう」
と言うことで、モンモンゼミとムンムンゼミが応じたのです。
どちらも負ける気はしなかったんですね。
ところが、試合をしてみると、ムンムンゼミの方がうんと声がよく通ったのです。カナブンやアゲハチョウやキリギリスも、ムンムンゼミに軍配を上げました。
「どうだい、このムンムンゼミの方が蝉の王様だぜ」
モンモンゼミは、恥ずかしさのあまり、穴でもあったら入りたいと思い、実際にあった地下の穴に入ってしまったんです。
それから三日後、地上に出て見ると、とてもすがすがしい気持ちになったんですね。で、これから子孫には地下の生活をさせようと言うことになりました。
幼虫時代を地下で暮らし、何年か後に地上に出てきたモンモンゼミは、その鳴き声を発して驚きました。とても素晴らしい声に変わっていたのです。
その声の変化から、ミンミンゼミと名づけられました。
その後、ミンミンゼミの子孫は多様に進化を遂げ、ヒグラシやアブラゼミやクマゼミが生まれていったのです。
一方、地下にもぐらなかったムンムンゼミは、進化から取り残され、声を次第に失っていきました。すっかり敗北したムンムンゼミは、身体を見せるのも恥ずかしくなり、身を隠すため泡をふいて身体をつつむようになりました。それが現在のアワフキムシの始まりです。
というお話、ためになりましたか。
それにしても、今日も夏の日差しが強そうですね。