陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「夜の滸(ほとり)」(一)

2009-09-15 | 感想・二次創作──神無月の巫女・京四郎と永遠の空・姫神の巫女



それは、とてもまぶしく暑い夏の日のことでした。
ふわふわとした、レースの切れ端のような揺れかたをしながら、遠ざかっては近づいてくる波を、わたしは裸足で追いかけていました。ふたつの足のすきまを波がすり抜けていくと、どこかに置き去りにされた気がするのです。ぼんやりとしていたわたしは、いつも駆けっこでも、なんでも、みんなに追い抜かれてばかりだったけど、海が先に行ってしまうのは、悲しくはなかったのです。だって、平気。かならず帰ってくるって信じられたから。そんなふしぎを味わいながら、無邪気に笑うわたしを、あたたかなレンズが見守ってくれっていました。指先をくすぐる流れがくるたびに笑っているわたしは、すでに何枚ものフィルムになっているはずでした。

「お父さーん、お母さーん。ほら、みてみて。きれいな貝殻ひろったよ」
「これは桜貝だな。きれいな色をしてるぞ」
「これ、ひめこの宝物にしていい?」
「姫子が望むなら、このでっかい海ごとやってもいいぞ」
「あなたったら、またそんなこと言って。どうやって持って帰るの?」
「なに言ってんだ。こいつにありったけ詰め込めばいいじゃないか」

そうやって、ひっきりなしにきれいなものに眼がない、大きな手の持ち主がかかげたカメラには、たしかに、数え切れない世界じゅうの宝物が潜んでいるはずでした。どこまでも、どこまでも、ひろがっていく明るい世界。明るい…。

「あれ、れれ? 暗くなってない?」
「天気が悪くなってるのか? ああ、そうか! 姫子、お空を見てごらん」
「えっ?! お陽様が消えちゃったの? 雨ふっちゃうの?」
「違うよ。もうすぐ夜が生まれるんだ」
「どうして? だって、いまね、お昼なんだよ」
「こりゃ、絶好のシャッターチャンスだ!」

暗くかげりはじめた空に向かって、好奇心の塊と化したカメラマンはレンズを構えます。
わたしたちは、みるみる、おおきな深い闇にのみこまれていきました。わたしはそら恐ろしくなって、貝殻をてのひらにぎゅっと握りこめて、ただそこにじっとしているだけでした。あたりが真っ暗闇になったころ、無数のシャッターを切る音が聞こえました。お母さんのまな板の上の包丁のリズムみたいに、手際のいい空気に切り込みを入れていた、そんな音。それにあわせて、稲光りのような明るい割れ目が黒い空に、ところどころ走っていました。ぴかっと光るたびごとに、ネガフィルムのように、それまであざやかな色だったものがすべて白い影に変わっていました。


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