陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「夜の滸(ほとり)」(二)

2009-09-15 | 感想・二次創作──神無月の巫女・京四郎と永遠の空・姫神の巫女


波が遠のくように、闇がしだいに引きはじめていきます。
右も左もわかりっこない真っ暗なところから、わたしのからだは、わたしらしい色をとりもどしていきました。てのひらに開いた貝殻の桜いろが、花びらのように淡く透きとおって、きれいに見えました。

「お父さん? お母さん? どこぉ?」

気がつけば、その海辺にとりのこされていたのは、わたしひとりだけでした。
波はあいかわらず、ゆったりと柔らかな紙の花を開くかのように、砂を甘ったるく噛みつづけていました。ざざぁ、ざざぁん、という潮の騒ぎは、行方知れずの訪ねびとを呼ぶ声をまるめこむようにして、ひびいていました。ひとりで眺めてみる海は、ああ、なんて大きくて、恐いんだろう。

「お父さぁーん? お母さぁあーん? どこぉー? ひめこ、ここだよう」

わたしはとてつもない寂しさにおそわれて、水辺から足を引き払おうとしました。しかし、歩いてもあるいても、わたしは乾いた場所にあがることはできなかったのです。足の裏にずっと濡れたような感じがまとわりついていたんです。水のはいったバケツをひきずっているような重さを感じながら、わたしはあてどもなく、あたりを探してまわっていました。スカートの端からは、ぽたぽた、と滴が落ちつづけています。糊のようにねっとりした波が、足もとにまとわりついてくるようでした。

ふと、前を見ると、誰かが立っていたのです。
びっくりして後ずさると、その影も驚いたように動いたのでした。そのときになって、はじめて、わたしはやっと乾いた砂の上に、しっかりと足をつけていたことを知りました。

「あなたは…?」
「私は……貴女のちか…」
「近い?」
「…いいえ。遠い」
「遠い?」
「そう。近くて、遠い。私たちは…あちらこちらに行ったり来たり」
「ねぇ、そんなことより、わたしのお父さんとお母さん、知らない? 迷子になっちゃったんだよ」

その質問に答えるかわりに、その人は空を見上げていました。その空には、薄気味悪い焦げたひまわりみたいな黒い太陽が、いつのまにか昇っていたのです。



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