波が遠のくように、闇がしだいに引きはじめていきます。
右も左もわかりっこない真っ暗なところから、わたしのからだは、わたしらしい色をとりもどしていきました。てのひらに開いた貝殻の桜いろが、花びらのように淡く透きとおって、きれいに見えました。
「お父さん? お母さん? どこぉ?」
気がつけば、その海辺にとりのこされていたのは、わたしひとりだけでした。
波はあいかわらず、ゆったりと柔らかな紙の花を開くかのように、砂を甘ったるく噛みつづけていました。ざざぁ、ざざぁん、という潮の騒ぎは、行方知れずの訪ねびとを呼ぶ声をまるめこむようにして、ひびいていました。ひとりで眺めてみる海は、ああ、なんて大きくて、恐いんだろう。
「お父さぁーん? お母さぁあーん? どこぉー? ひめこ、ここだよう」
わたしはとてつもない寂しさにおそわれて、水辺から足を引き払おうとしました。しかし、歩いてもあるいても、わたしは乾いた場所にあがることはできなかったのです。足の裏にずっと濡れたような感じがまとわりついていたんです。水のはいったバケツをひきずっているような重さを感じながら、わたしはあてどもなく、あたりを探してまわっていました。スカートの端からは、ぽたぽた、と滴が落ちつづけています。糊のようにねっとりした波が、足もとにまとわりついてくるようでした。
ふと、前を見ると、誰かが立っていたのです。
びっくりして後ずさると、その影も驚いたように動いたのでした。そのときになって、はじめて、わたしはやっと乾いた砂の上に、しっかりと足をつけていたことを知りました。
「あなたは…?」
「私は……貴女のちか…」
「近い?」
「…いいえ。遠い」
「遠い?」
「そう。近くて、遠い。私たちは…あちらこちらに行ったり来たり」
「ねぇ、そんなことより、わたしのお父さんとお母さん、知らない? 迷子になっちゃったんだよ」
その質問に答えるかわりに、その人は空を見上げていました。その空には、薄気味悪い焦げたひまわりみたいな黒い太陽が、いつのまにか昇っていたのです。