陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「アンサング・ヒロイン」(九)

2010-12-25 | 感想・二次創作──神無月の巫女・京四郎と永遠の空・姫神の巫女

通行人に顔を見られたらヤバい。
とっさに逃げようとしたあたし、なぜか足は前を向くのに腕が追いつかない。袖をむんずと掴まれていたのだ。まずい! 

「ちょっ、アンタ! まだあたしに絡もうっての?」
「静かに。騒ぐと警察の厄介になる」

後半はどう聞いても脅し。あたしは血の気が引いた。
ぬかるみに足を突っ込んだみたいに立っていられなくなる。大歓声、バックダンサー、アップテンポのバンド、くるくる回る照明、拍手喝さい、銀河のようなペンライト……かつての、これからの、華やかなステージの熱狂が遠ざかっていく。膝がしらの裏を思いきりカックンされた。ふらつきかけたら、腰に手を回していたりする。

いやいや、ちょっと待て。なぜ、こいつと腕を組む必要がある? 知り合ってまだ数分なんだぞ? アイドルにここまで馴れ馴れしく近づく奴は覚えがない。歌え、喋れ、賑わえ。そう命令はしても、黙っておけばいいと指示した人間は久しい。

女があたしの唇に、人さし指をあてた。
レンズの反射とフレームで隠されていた、女の瞳は間近でみると、やけに澄んで優しそうにみえた。眼鏡をはずしたら美人という少女漫画マジックなのではない。ぶっきらぼうな言葉づかいと表情が合っていないのだ。数秒程度の握手でさいならしていくファン、ステージ上のライバルたち、スタジオの仕事仲間。いつも野心でギラついていて熱い。張り詰めた空気のなかで会う人間たちに、こんな穏やかな顔は見つけることはできなかった。どこかでこいつを見かけたことがあるのだが、こんな影が薄そうなキャラはかえって印象に残るものなのだろうか。

「……?」
「いっしょに歩いて。あと、それ拾ったほうがいい」

言われるままに、落とした眼鏡を渡してやった。女は嬉し気に、あたしの服の裾でレンズを拭っていやがった。
ふたりの頭上に、皺だらけの傘の花がぱっと開いた。その下に、あたしを強引に引きずり込んだ。女は、あたしの腕を自分の肩へと回して、よちよち歩き出したのだ。どこからどう見ても、不摂生がたたって痩せぎすなこのオンナの風貌が役立っていた。

あたしはわけもわからず、そいつの歩みにあわせるしかなかった。観衆の好奇の視線を塞いだ傘を、雨がぽたぽたと叩いていた。通行人は、あたしのことを親切な人と認識したらしい。殴った場面は見られていなかった。倒れた女に肩を貸して連れて行こうとする、やさしい女ともだち。誰もこちらを振り返らない。

なんなんだ、こいつ。
攻撃したのはあたしなのに。ふてくされて棘があったのはこちらなのに。
いっぺんに、このあたしを懐のなかに入れやがった。あたしはこんな根暗な人間の側にいる柄じゃないのに。

さっき、ひっぱたいた右頬が気になって、ちらちらと女の横顔を見た。
女は仏頂面だったが、肩口に感じる女の腕はあたたかった。あたしのほうに傘を寄せすぎているのか、左肩がおおきく濡れていた。傘を持つ手を女へ寄せようとしたら、逆によけいにこっちへぐいと押し戻そうとする。

ふと見れば、傘の柄にはマジックで名前があった。「くるすがわひめこ」…ひめこ、だって?! こんなもさっとした顔に似合わず、アニメキャラみたいな可愛らしい名前だ。子どもの頃はさぞやクラスでいびられたクチなのだろう。

「もうっ、ちょっと、アンタ、傘の持ち方ブサイクね。こっちに貸しなさいよ」

奪うように傘の柄を握ろうとしたが、女が手を外さないので手を重ねたままにした。ようやっとバランスよく傘のつくる闇を半分こにした。

「ね、そのしらじらしい芝居はいつまで続ける気? もう誰も見ちゃいないってのに」
「見られなくてもいい。私がしたいだけ」
「なにが悲しくて、女の相合い傘につきあわなきゃならないんだか。あたし、そーいう趣味ないんだけど」
「ついでにキスもする? 気味悪がって、みんな見なかったことにしてくれるから」
「あんたさ、距離感おかしい。連載一話でラッキースケベがある漫画じゃないんだからさ」

ふと女がふふっと笑いをこぼした。陰気で鼻にかけた笑い声。
なにが、おかしいんだか。けど、あたしもつられて笑いたくなった。頭がおかしいオンナといるのも悪くはないか。自分よりもバカが隣にいるだけで気分が軽くなるんだから。

「きょう、傘持ってきてよかった」
「アンタ、あれでしょ。お出かけする時に、ティッシュとかハンカチとか、ペンとか常に小物とか大量に持ち歩いてるタイプでしょ?」
「正解」
「ああ、やっぱり。あたし、イヤなんだわ、そーいうの。ポケットが異様にふくらんでみっともないっての。服のラインが崩れるし。だいいち、重ったるいかばんで、左右の肩がちぐはぐなんの。モデルやったら致命傷よ、それ」



【目次】神無月の巫女二次創作小説「ミス・レイン・レイン」




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