陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「春のイシュー」(九)

2010-10-28 | 感想・二次創作──マリア様がみてる



「これ、読んでもいい?」
「いいよ」

レポート用紙に手をかけた景に、聖はこともなげに了承の言葉を返した。
よほど会心のできばえなのか。満足げで顔の端々から嬉しさをこぼさんばかりの聖に、景の紙をめくる手もおのずと弾む。…が、一枚、二枚と読みおえるごとに彼女の顔はみるみる青ざめていかざるをえない。

「サトーさん、だめよ、こんなの」
「なんで? けっこう自信作だったのになぁ」

学生の身であるのだからして、友人の書きものにあらぬいちゃもんをつけていいような立場ではないことはわきまえている。

「だめよ。八割がたが参考文献からの孫引き、引用だらけ。こんなんじゃ、単位もらえない」

ちゃんと引用先を参考文献リストで明示しているので剽窃とは言いがたいが、それでも褒められたものではない。過去の学説を調べて並べ立てるだけの作文ならば、中学生にだってできてしまうのだから。

「そっかなぁ」
「この先生ね、ひとの良さそうな顔して飄々としてるけど、レポートの評価はかなり厳しいの。優だってめったに出さないんだから」

小耳に挟んだところによれば、去年、就職活動で提出が滞った四年生のレポートが受理されず、あえなく留年となってしまい内定も取り消されたという話だ。当然ながら、彼のような厳格な教官の講義はえてして人気を集めない。
名目上は締切を早めにしてはあるが、実質的な提出期限はさらに一週間延ばしという査定の甘い教官もいる。教官が単位の認定を出す二月末日その日を狙って、平然と渡す猛者もいる。教官もどうせそんな生徒の課題を精読したりなどしないから、おなぐさみで「可」を与えてやるのだ。

「ちぇ。また書きなおしかぁ~。あ~、もううんざり!」

聖はブロンドの頭をくしゃり、と掻き混ぜて、めんどくさそうに唇をとがらせた。乱雑に撥ねた毛先がかえって、彼女らしいあだっぽさをよく表していた。

「だいたいさぁ、いまどき、手書きで大学指定のレポート用紙に書かせるなんて時代遅れもいいとこじゃない? ワープロも使ったことないお爺ちゃんだからって、若い娘にまで強要しないでよ」

ワープロも使えないなんて、初耳だった。自分の信条にしがみつくのに老いも若きも関係ないのだ。

「司法試験とか採用試験の問題は筆記だから、緊張感もたせたかったからだと思うわ。それにPCで書くと、いまの子はネットの文章を平気でコピーしてレポートつくってくるからって嫌ってる先生だしね」
「じゃ、まだ手書きで抜き書きした私はマシだったんだ。名画をまじめに模写したようなもんだ」
「それも、誉められたもんじゃないの」

友人の非を責めつづけておくのはいささか気が引けたが、ここで懇々と彼女には諭しておかねばならない。
最近では、大学生のレポートのコピー&ペーストが横行しているので、検出ソフトまで開発されたらしい。単位を落とされたり、成績を下げられるだけならまだしも、常態化している生徒は下手したら退学とはいかないまでも停学処分ぐらい下されてしまうかもしれないのだ。

佐藤聖という人物は、いつか罪悪感もなくさらりと不謹慎なことを犯してしまって、取り返しのつかない状況に自分を追いこんでしまうことがあった。その危うさを、景はあのイタリア旅行でさんざん思い知らされたのだ。



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