陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「春のイシュー」(八)

2010-10-28 | 感想・二次創作──マリア様がみてる


どれくらい眠っていたのだろうか。
一時間ほどの仮眠だったけれど眠りが深かったせいか、疲れはよくとれていた…はずだった。しかし、目覚めたのは眠りがよくて気持ちよく睡眠がとぎれたからではない。
頬にあたる生暖かい息吹。そして、肩に回された腕。あきらかに、側ちかくにもうひとりいる気配。加東景は開いた目を、ぱちくりさせていた。

「サトーさんッ、なんで?!」
「あ~? 景さん、おはよー。って、もう朝になったのかなぁ?」

景のすっ頓狂な声に夢を破られたのか、寝ぼけまなこをこすりこすりして、隣の金髪の美女も身を起こす。
なぜかブランケット一枚をわけあって聖と寝ていた景は、自分が寝入った当時となにひとつ着衣に変わりがないのに、ひと安心。そして、まずもって、そんな確認をしたことに自己嫌悪。しかし、共寝の相手はそういうことをやりかねない相手だった。

「だから、サトーさん、なんでここにいるの?!」
「え~、景さんがいていいっていったじゃない?」
「いっしょにベッドで休んでいいとはいってない! 断じて言ってないッ!」
「いっしょのベッドに寝たのは、はじめてじゃないじゃない」
「あれは不可抗力だったでしょ!いやなこと、思い出させないでよ」
「はいはい、そーでしたっと」

聖と景がいっしょに「寝た」一件というのは、あのイタリア旅行のこと。
両親からの勧めもあって欧州旅行を計画していた景の誘いに、暇をもてあましていた聖が乗ったのだった。誘ったのは景だったのに、スケジュールをほとんど聖に振り回されてしまったのは先述のとおり。

その旅行のホテルの宿泊費はもっぱら二人で折半だった。
最終日だけは聖のたっての主張で豪華な三ツ星ホテルに泊まるつもりだった。しかも聖もちということで。ところが、なんということか、その聖が財布をスリに盗られてしまって、急きょ、ユースホテルに変更したのだった。しかし、この時期、バックパッカーも御用達のこの宿、開いているのはひとりぶんの部屋しかなく、泣く泣く狭いベッドに身を寄せあってひと晩をすごしたのだった。

帰宅した頃には、青い空にほんのりと茜いろの風合いがにじむような午後の空だったが、いまやすっかり日も暮れてか、室内は闇に包まれている。
ベッドから降りた聖は、照明灯のスイッチをいれた。ぱっと明るくなった室内の中央にはくだんのラウンドテーブルがあって、清書されたとみえるレポート用紙が、五枚重ねてあった。

聖に続いてベッドから降りた景は、ひと仕事終えたように伸びをしている聖に声をかけた。

「なんだ、完成したの?」
「うん。それで疲れて、ちょっとベッド借りようと思ってね」

えへへ、と子どもがいたずらを詫びるように笑う聖に、景とても毒気を抜かれてしまう。寝ているこちらのからだを奥に寄せようとするのも悪いと思ったのか、ベッドから落ちそうなぎりぎりの位置で寝ていたのだろう。聖の顔には、よく眠れたという安眠感がみられなかった。伸びをしたのも、不自然な体勢で眠ったせいでからだが凝っていたのかもしれなかった。



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