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歌舞伎見物のお供

歌舞伎、文楽の諸作品の解説です。これ読んで見に行けば、どなたでも混乱なく見られる、はず、です。

「矢の根」やのね

2011年10月10日 | 歌舞伎
「矢の根」というのは、「鏃(やじり)」のことです。
「矢尻」といいますが、実際には矢の先端のことです。
なぜ先端なのに「尻」とか「根」とか言うのか調べましたがわかりません。誰か教えてください。
主人公が敵を倒すべく、砥石で矢の根をゴリゴリとぐ場面が勇壮でかっこいいので、このタイトルが付けられています。

主人公は「曽我五郎(そがの ごろう)」と言います。歌舞伎ではとても人気のある登場人物です。
兄は「曽我十郎(そが じゅうろう)」といいます。
この「曽我兄弟」の「敵討ち」の物語は、江戸時代には非常に有名でした。
なので、歌舞伎には「曽我もの」というジャンルがあります。詳しくは別項目たてました。
=「曽我もの」について=
ただ、今回は、あまり詳しく設定を把握する必要はありません。

・父の敵を打とうとしている兄弟がいます。弟が、この「曽我五郎」。
強いですが、まだ若い、やんちゃな荒武者です。
・大名だった父が死に、いろいろあって浪人中なので貧乏です。
・敵は「工藤祐経(くどう すけつね)」といい、鎌倉幕府の重臣です。

くらい押さえておけばいいです。
兄弟に狙われているのに気付いた悪役の工藤祐経は、逆に兄弟を殺そうと画策しています。

舞台は、五郎の家です。
舞台のまんなかに小さな部屋があるだけです。
もちろん五郎は貧乏なのでこういう小さい掘っ立て小屋に住んでいる、という設定でもありますが、シンプルで様式的な舞台装置を使うことで、動く武者人形を見ているような雰囲気になります。

お正月です。 
上演も初春興行が殆どです。
五郎の家の後ろの壁にもお正月らしい飾りがあります。
五郎は、部屋で炬燵に腰掛けて、砥石で矢の根をといでいます。お正月ですが戦いのココロを忘れないのです。

浄瑠璃は「大薩摩(おおざつま)」という、勇壮な感じのを使います。
お正月のおめでたさと、五郎の家はおめでたいけど貧乏なので調度も古いままーという話と、
弓を持った五郎の強さ、勇ましさは、古今東西の豪傑たちにも劣らない、ということを語ります。

ここで、五郎の有名なセリフになります。

虎と見て 石に田作り かきなます
矢立に 酢ゴボウ にこごり 大根

元になるちゃんと意味があるセリフがあって、それとしゃれになるように「お節料理尽くし」になっています。

ここはすでに原型がわからないので有名なのですが、
一応、元ネタは
能に「放下僧(ほうかそう)」という演目があり、ここに出てくる中国の故事です。

虎に親を殺された男が、親の敵として虎を殺そうと思って100日間野原に隠れて虎を狙った。
ある日、虎を見つけて矢を射たのだが、それは虎によく似た石だった。
しかし親の敵を討ちたいという男の一念が強かったので、矢はその石に突き刺さり、血が流れた。
かように親の敵を討つという気持ちは尊く大切なのだ。
みたいな内容です。

虎と見間違えて、石に立つ(田作り)固き岩(かきなます)?にも
矢が立つ「矢立て」
まではこのネタだと確信できますが、「酢ゴボウ」以降はわかりません助けて!!

「○○尽くし」の、意味がわかりにくいセリフは歌舞伎には多く、
「義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)」の「渡海屋」の「魚尽くし」などが有名です。

このあと、やはりおせち料理尽くしのセリフで
・敵の工藤祐経が威勢をふるっている
・自分は貧乏でたいへんだ
などと言います。

・さらにうさばらしに、七福神の悪口を言います。
絶対に頭巾を脱がない大黒は無礼なやつだとか、
男にかこまれて船に乗ってる弁天は、「鮒饅頭(ふなまんじゅう、小船に乗って親船の船員や客を相手に売春する下級の売春婦)」だとか、
恵比寿は生魚を持っていて不衛生だし精進潔斎する日には魚は食べられないから付き合えないとか、
福禄寿はアタマが大きすぎて月代を剃るのがたいへんだ(ていうか髪の毛ないじゃん)とか、
いろいろです。
大薩摩(おおざつま)という流派の唄との掛け合いで語ります。

バカなこと言って遊んでいるところに、
その大薩摩の太夫さんが、年始のあいさつに来てくれます。

この太夫さんは、役者さんがその役で出ることもありますが、だいたいは、ホンモノがそのまま出て来ます。
役者さんの家に太夫さんがお年始に来る、その風景を写しているのです。
お年始の品物を渡してあいさつをする太夫さん、
喜んだ五郎が「一杯飲んでいけば」と誘いますが、
太夫は即答で辞退。固辞。断固拒否します。

「今日はまだ初春で日が短いから、もう少し日が長くなったらゆっくり」と言い訳して帰って行きます。
五郎と酒を飲むと、いろいろめんどうなようです。

直前の大薩摩とのかけあいのセリフもですが、
ストーリーや設定とは関係なく、浄瑠璃の太夫さんと役者さんとが楽しく掛け合いでやりとりをする、というお遊びも、
このお芝居の楽しさのひとつです。


太夫さんのお年始の品物は、宝船の絵でした。
これは縁起がいい。いものをくれた、と喜ぶ五郎。
我々も、食べものや現金以外のお土産に、こういうおおらかな感謝の心を持たなくてはなりません。精神的豊かさを感じます。

五郎は宝船を飾ると、縁起のいいところで、敵の工藤をやっつける初夢でも見ようかと、
砥石を枕に大の字に横になります。
ここで、
「やっとことっちゃあ うんとこな」
と掛け声をかけます。江戸荒事の定番の力強い掛け声です。
意味は、「どっこいしょ」です。

「矢の根」の五郎の衣装は大変に派手で、ゴツい帯の上に、さらに太い注連縄(しめなわ)のようなたすきをかけ、
背中で飾り結びにしています。
この状態であおむけに大の字に寝るのは、物理的にかなり不可能に近いそうなのですが、荒事なので気合で横になります。
また、寝ているのですが、全身に力がみなぎっている感じを出さなくてはなりません。
寝ていてもエネルギーに満ち満ちているのが、曽我五郎です。

曽我五郎は、主に市川団十郎の役であり、とくに、こういうお正月の演目の曽我五郎は「不動明王の化身」という扱いでもありました。
「初春興行で團十郎の荒事を見る」というのは、当時の客には初詣に近い神事だったのだと思います。
そういう意味でも、五郎は力強くなくてはならないのです。

ここまでは、動く武者人形のような五郎を見て楽しむ部分です。

眠っている五郎の夢の中に、兄の十郎が現われます。舞台右側の塀のあたりです。
夢の中なのですが、これは生霊です。幽霊っぽいいでたちです。
十郎は工藤の館に行って、捕まってしまったのです。
助けに来てくれ。

ここで目が覚める五郎。たいへんだ!!
勇む五郎、いろいろ、市川家の定番の勇壮な見得(みえ)をします。

そこに、お百姓さんが通りかかります。初荷の大根を馬に背負わせて、売りに行くところです。
工藤の館に急いで行きたいので、馬を貸してくれと頼む五郎、
断るお百姓さん。
五郎はお百姓さんを突き飛ばし、大根を放り出し、馬にまたがります。お百姓さんごめん…。

ムチがないので大根をムチにして、勇ましく馬を叩き、かっこよく花道を引っ込む五郎。

終わりです。

五郎のいろいろな動きを、楽しく眺めるだけの舞台です。おめでたい文句も多いので、お正月にぴったりです。


=「曽我もの」について=

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