歌舞伎見物のお供

歌舞伎、文楽の諸作品の解説です。これ読んで見に行けば、どなたでも混乱なく見られる、はず、です。

「伽羅先代萩」(めいぼく せんだいはぎ) (対決・刃傷)

2006年11月04日 | 歌舞伎
「伽羅先代萩」(めいぼく せんだいはぎ)の「対決(たいけつ)」「刃傷(にんじょう)」の場です。

「花水橋(はなみずばし)」をご覧になる方は=こちら=です。
「竹の間」「御殿」「床下」をご覧になる方は=こちら=です。


・「対決」
「評定場」(ひょうじょうば)とも言われます。

伊達藩のお家騒動もいよいよ最終局面です。鎌倉幕府の門註所(もんちゅうじょ)で裁判ですよ。
なぜ鎌倉かというと、モデルは伊達のお家騒動なのですが、実名を出すのはまずいので
鎌倉時代の足利家のお家騒動だということになっているからです。

いちど整理します。

いい方
・渡辺外記左衛門 (わたなべ がいき さえもん) もう老人ですが、お家のためにがんばる忠臣です。
・その息子さん
・その他

悪い方
・仁木弾正 (にっき だんじょう) お家の執権(要は家老)です。
・大江鬼面 (おおえ おにつら)  殿様のおじさんにあたります。
・その他

いい方、忠臣派が仁木たちを訴えました。

ところで、裁くひとは山名宗全(やまな そうぜん)というのですが、このかたは反乱派の仁木の仲間なのです。
つまり訴えてはみましたが、はじめから外記の側に勝ち目はないのです。
いつもは裁く人はもう一人いるのですが、山名宗全の策略でそのひとがお休みを結審日にしたのです。

さて、
裁判のセリフを全部聞き取る必要はありません。
どうせ悪い方はデタラメ言っているわけですから聞く方もてきとうでいいのです。
なんとなく、「ああ、証拠出してる、反論してる、ムリクリ言い負かしてる」みたいなノリが伝われば問題ありません。

大きな論点をいちおう書きます。

・渡辺外記の主張 →殿様の「頼兼(よりかね)」をそそのかして廓で遊び惚けさせて、政務を執らせないようにした、
あげく「行状が悪い」と軟禁、隠居させた。
・仁木の主張 →殿様が遊んでいたことは知らなかった、もちろんそそのかした事もない。

・渡辺外記 →悪巧みの証拠の手紙がある、筆跡も仁木のものだ。
・仁木 →それはニセ筆だ。

・渡辺外記 →仁木の妹の八汐(やしお)が、現当主の若君を毒殺しようとした、仁木も仲間だ。
・仁木 →知らなかった。

・渡辺外記 →さらに証拠の手紙がある、んだけどさきほどくせ者と争ったとき、うしろ半分が切れてしまった
(くせ者の場面は現行上演出ません)。
・山名宗全 →そんなもの証拠として認めない。うしろ半分の署名捺印部分がなければ誰のものかわからない。

完全に水掛け論ですよ。しかも裁判官は悪人の仁木弾正の味方です。
結局「証拠がないから仁木の勝ち」になってしまいます。
しかも、証拠の密書その1は「ニセモノ」ということで燃やされてしまいますよ。
その2は突き返されます。

すごすご帰ろうとする外記一行ですが、花道から声がかかります。もうひとりのさばき役、「細川勝元(ほそかわ かつもと)」です。

歌舞伎には文字通り「さばき役」という役柄があります。
善人側が絶体絶命、というところで出てきて、こじれた問題をかっこよく解決し、悪い奴は叱りつけ、
万事丸く収めてくれます。
この且元はその「さばき役」の典型です。
まだ若いですが有能でカンロクもある、ほれぼれするようなお侍ですよ。

江戸庶民って、民衆のパワーとかよく言うけど、じつはお侍好きですよねえ、かっこいいもんな。
強いお侍に守ってもらう話は多いです。

声のいい、口跡のすっきりした役者さんが似合う役です。十五代目羽左衛門とか(戦前です)。

ここからちょっと詳しく書きますよ。

且元は、表面上は渡辺外記たちを叱りつけ、「仁木の勝ちなんだからそれで終わり」と言いながら、
「主君の放埒を知らなかった」と言い切る仁木弾正を「職務怠慢だ」とやりこめます。
そして、まあとにかくあんたの勝ちだから、今の殿様(幼少)の後見人をそっちの派閥から出したいんだろうから、
幕府の許可をもらうための上告書を書いて出しなさい、と言います。

仁木弾正、その場で書きます。
「ハンコ押せ」と且元。
セリフで「印形(いんぎょう)」と言っているのがハンコのことです。
用心深い仁木弾正は、自分のハンコはいろいろヤバい密書にあちこち押しているので、
髪の毛をひと房抜いて、紙の上に置いて、その上からハンコを押します。
こうすれば印の形がかすれるので証拠になりにくいと思ったのです。

ところで、さきほど渡辺外記が半分に破かれてしまった密書なのですが、
誰かが「駕籠訴訟(かごそしょう」をして且元に渡していたのです。
「駕籠訴訟(かごそしょう)」というのはえらい人が駕籠に乗って通るところに、直接声をかけて直訴する裏技です。
このへん、今は直前のこの「駕籠訴訟」の部分が出ず、セリフだけで説明するのでわかりにくいのですが、
「そういう展開なんだ」ということで、まあ付いていってください。

且元の持ってきた文書と渡辺外記が持っていた文書で、密書その2が全文完成します。
仁木弾正の署名捺印もありますよ。

仁木弾正は「印形(いんぎょう)のカタチが違う」と言い逃れようとしますが、
且元は、さきほど仁木が髪の毛を下にしいて捺印したのを見ていました。
「公文書に押す印形に工作をするとはますますけしからん」と弾正をやりこめます。

手詰まりの弾正。
かくなる上は「渡辺外記と合拷問(あいごうもん)を願う」と言います。
合拷問というのは、裁判の当事者を同時に拷問して、耐え抜いた方がつまり本当のことを言っているんだ、という判定方法です。
一応、ウソ言っているほうが先に根負けするだろう、という根拠からきているのですが、
かなりアバウトな制度です。

「拷問を受けるなどは武士の恥、自分から望むなんてマトモじゃねえ。
ていうか渡辺外記が年寄りだから勝てると思って言ってるだろオマエ」
というような事を且元が、もうちょっとマトモな日本語で言って一蹴します。

ここまでどんどん畳みかけて弾正を追い込んでいって、
最後、
「おそれいったか」の決めぜリフになります。かっこよく。

昔の役者さんの話で、若い役者さんが「おそれ入ったか」と言うのですが、下手なので、
弾正で出ていたベテランが「おそれ入りました」とセリフで言って頭を下げる演技をしながら、
若い役者さんだけに聞こえる小さい声で「おそれ入らねえ」と、毎日毎日毎日毎日毎日毎日言った
というおそろしいエピソードが伝わっています。
それくらい威厳と気迫が必要な、歌舞伎屈指の名場面なのです。

仁木の有罪が決まった後もあきらめない山名宗全、密書その2ををなんとか奪い取ろうとしますが、
且元にさりげなくかわされてしまいます。

ここまで「評定場」です。


「刃傷(にんじょう)」

「渡辺外記」たち一行、別間で休んで喜びを述べ合っています。

ほかのふたりが退出して渡辺外記が一人でいるところに、有罪になった仁木弾正がこっそりやってきます。
「こうなったらしかたない、悪いことはできないものだ、改心した。
反乱派一味の連判状を見せるから、どうか「死罪」じゃなくてかっこよく「切腹」させてもらえるように細川且元に頼んでくれ」
というような事を言います。
連判状も渡します。

で、且元に渡す上申書を書いたから一緒に見てくれ、と外記のそばに寄るのですが、これが計略で、
手紙の中に隠してあった短剣でイキナリ外記を刺すのです。
卑怯なり。
あとは立ち回りがあって、最後は手負いの外記ががんばって弾正を刺します。

展開はこれだけですが、実悪と呼ばれる大悪党の典型、仁木弾正のすごみのある演技と動きが見どころです。

倒れた仁木が運び出されて、力つきた渡辺外記もがっくり膝をつきます。

且元がやってきて薬もあげて、いろいろ介抱しますよ。
且元は幕府の要人ですから、一介の藩の家老にここまでしてあげるのは破格の扱いです。
大臣→県庁の助役、くらいの身分差があります。

あとは且元の「足利候はよい家臣を持った」とかのセリフがあり、重厚におわります。

瀕死の外記ですが、立ち上がってひとさし舞う型と、謡をうたう型とあるようです。
ようするにがんばった渡辺外記をみんなで褒め称えて、演出的にも外記をかっこよくショーアップする場面なのですが、
セリフ聞き取れない場合ちょっとつまらないかもしれません。おじさんばっかりだし。
がんばって見て下さい。江戸の文化はおじさんの文化なのです。

おめでたい感じで幕です。
そして仙台は今日も安泰です。四海おさまる波の上、的な浄瑠璃でおわります。
仙台いい街ですよねー。キレイで。


実録によると、仁木弾正のモデル、原田甲斐(はらだ かい)(文楽で貝田勘解由→歌舞伎で仁木弾正)は
むしろ藩政改革派の真面目な男だったようで、
既得権をむさぼる保守派に陥れられて失脚したようです。
いろいろありますね歴史は。
そして仙台は今日も(略)

?=「花水橋」=
=「竹の間」「御殿」「床下」=

=50音索引に戻る=


最新の画像もっと見る

コメントを投稿