歌舞伎見物のお供

歌舞伎、文楽の諸作品の解説です。これ読んで見に行けば、どなたでも混乱なく見られる、はず、です。

「仮名手本忠臣蔵」七段目

2013年11月07日 | 歌舞伎
全体についての説明と、登場人物名史実との対応一覧は、
序段」ページにありますよ。

「祇園一力茶屋(ぎおん いちりきぢゃや)」の場

歴史上の忠臣蔵においても、大石蔵之助が吉良上野介の目をくらますために京の都で遊興したのは事実らしく、
どんなに派手にアレンジされた「現代風忠臣蔵」でも、これに類似した場面は必ずと言っていいほどありますよ。
遊郭が舞台だから絵になりますしね。


わりと断片的なストーリーの積み重ねで話が進みます。
断片的なそれぞれのパーツが、前段までの内容を受けているので、この段だけ見たら内容は少しわかりにくいかもしれません。
華やかな場面ですからここだけ単独で出すことも多いのですが、
できれば、一度「通し上演」の中でご覧になることをオススメしますよ。華やかさの裏の重みが肌で感じられるというか。
今回ここだけご覧になるかたも、最低限「五段目」と「六段目」はチェックしていくと混乱がないと思います。
これは「六段目」の後日譚になっており、一方で終盤の討ち入りに向けてお話が動き出す段でもあります。


現行上演、イキナリお座敷の場面のことが多いです。

一応ていねいに出すと、茶屋の入り口の場面があります。
悪役の家臣、斧九太夫(おの くだゆう)が出てきます。
斧九太夫は、塩治判官(えんや はんがん、浅野内匠守にあたりますよ)の側の家臣です。
四段目の判官切腹の段に出てきて好き勝手言っていたイヤなやつです。
お金が第一なタイプなので、今は、敵の高師直(こうの もろのう、吉良上野之助ですね)のスパイになって判官側の動向をさぐっています。
なので、表向きは判官側の味方です。
高師直の家来で端敵(はがたき)の鷺坂判内(さぎさか ばんない)も一緒にいます。
伴内は三段目にも出てきたケンカ弱そうなおっさんです。
大星由良之介(おおぼし ゆらのすけ、大石内蔵助のことですよ)がここで毎晩遊び呆けているというのが本当なのか、
あまりに信じられないので確認に来ました。

ふたりが人目につかない二階の座敷に案内されていったあと、
由良之助の家来の、血気盛んな三人のお侍が、足軽の寺岡平右衛門(てらおか へいえもん)を伴ってやって来ます。
3人(三人侍とまとめて呼ばれる)で、遊興にふける由良之助の真意をはかりかねる、みたいな事を言っています。
敵の目をあざむくにしても度が過ぎるかんじなのです。

ここを出すと茶屋の中に誰と誰がいるのかわかりやすくなるわけですが、
まあ、今日びは出しても「これ誰?」の世界でしょうから、なくてもいいのかもしれません。



茶屋の座敷の場面になります。

由良之助が登場します。
テレビなどの「忠臣蔵」でも定番の、「目ンない千鳥」の場面です。
目隠しをして遊女たちと鬼ごっこをしています。遊女たちに振り回されてへらへら笑い、緊張感が皆無のだらしない様子です。
ここはもちろん、遊興で骨抜きになって主君の敵討ちなんてしそうにないお侍という、ダメな雰囲気を客に印象付けるためのシーンなのですが、
一方で、遊郭で華やかに遊ぶ大人の男の色気や優雅さも見せないとなりません。
座頭(ざがしら)格の役者さんの役ですが、
当時の客は、実際にその役者さんが豪勢に遊郭で遊ぶ様子を、この舞台から想像して楽しんだのです。
だらしなくないといけないのですが、別の意味ではものすごくかっこよくないといけないのです。
難しい場面です。

さて、酔いつぶれた由良之介のところに、さっきの三人侍がやってきます。
「討ち入りはいつか」と聞く三人侍。
「討ち入りなんかしない」と答える由良之助。遊んでたほうが楽しいもーーーん。
怒る三人侍ですが、
いっしょについてきた足軽の寺岡平右衛門が留めます。

平右衛門さんは前の六段目でチラっとセリフで言われるのですが、
六段目の主人公だった早野勘平の奥さん、お軽ちゃんの、お兄さんです。
もとはお百姓なのですが、塩治判官のお屋敷で足軽として働いていました。

「足軽」は戦国時代だと「歩兵」の総称ですが。江戸時代になると武家の下働きの男たちを指すようになります。
下働き兼お供の下級武士です。一人前の武士にはカウントされませんでした。
また一般町人をアルバイトで雇ったりもしたので、ますますその身分はあやふやです。
「若党(わかとう)」とか「奴(やっこ)」とかの呼称もおおむね同じ意味で使われます。
厳密には違う部分もあるはずですが、歌舞伎を見るうえで「足軽」「若党」「奴」の用法上の区別を意識する必要はないかと思います。
なので細かいことは割愛です。

で、その「足軽」の平右衛門は、正式なお侍ではないので、「敵討ち」というお侍だけに許された行為はできないのですが、
どうしても主君の敵を討ちたい、自分も討ち入りにまぜてもらいたいと由良之助にお願いに来たのです。
しかし、
「討ち入りしないってば」という由良之助。
足軽なんて給金もすっごく安いです。そんな金に恩義を感じて命を捨てるなんてばかばかしいぞとひどいことを言ったあげく、寝てしまいます。

ますます怒る三人侍です。
あいつはもうダメだ。斬ってしまおうとまで相談が決まりかけますが、
平右衛門が「酔いがさめてからもう一度」と取りなすので、それまで待つことにします。

「ストレスたまってるはずだから酒でも飲まないと病気になるだろう、しかたない」と平右衛門に言わせるのは、
世間知らずのお侍に対して、若いけど苦労している奴さんのほうがものの道理がわかっている、ということを示していてナイスだと思います。

平右衛門も退場します。


美少年が登場しますよ。
由良之助の息子の大星力弥(おおぼし りきや)くんですよ。
ふだんは由良之介と一緒になってこの茶屋で遊びたおしていますよ。
今日は手紙を持ってきました。

ここで由良之助は全然酔っていないなことがわかります。
手紙は、顔世御前(かおよ ごぜん)からです。
四段目で切腹した、主君の塩治判官(えんや はんがん)の奥さまです。
京都に潜伏して敵を欺く由良之助のために、鎌倉にいる顔世御前(出家してお寺にいるので師直も手が出せませんよ)が、師直の様子を調べてときどき手紙をよこすのです。
どうも師直は近いうちに本国(武蔵)に帰るらしいです。あまり時間はありません。という重要情報です。
力弥退場。

ここで、さっきの斧九太夫(おの くだゆう)登場です。
現行上演だとイキナリここで九太夫が出ますよ。
由良之介同じ、判官の家臣ですが、不忠ものなので師直のスパイをしていますよ(さっき書いたけど確認ね)。
九太夫をまるっきり信用していないので、手紙を隠す由良之助。
浄瑠璃の定番展開に「大事な手紙(密書)を落として敵側に拾われる」というのがありますが、今回は落としません(ならヨケイな事書くな)。

由良之助は九太夫に、ことさらにくだけた事をいろいろ言います。
判官が死んだあと、みんなで討ち死にとか言っているときあんたが反対してくれたから命拾いした。感謝してる。とかです。
ていうか四段目の当該の場面は最近カットされてますけどね。

九太夫は疑り深いので、由良之助にタコを勧めます。
ここは非常に重要な場面です。
明日は死んだ判官の命日なのです。
ふつうは主君の命日にはお参りや読経をしますので、その前日は精進日なのです。「逮夜(たいや)」と呼ばれます。
セリフで「たいや」と言うのがそれです。当時の感覚ですと、とても大切なことなのです。
判官のために精進をする気があるなら魚肉は食べないはず、というわけですが、
由良之助は全然オッケーで食べて、さらに鳥を締めさせよう(食べるために殺させよう)と言って退場します。

ここで鷺坂伴内も登場します。師直の家来ですよ。様子を見ていたのです。
「この調子なら本当に討ち入りはなさそうだ、安心だ」とふたりは言い合います。師直さまにもそう報告しよう。
由良之助が忘れて行った(それ自体武士としてダメすぎ)刀が錆びているので(もう本当にダメすぎ)、
バカにしていろいろ冗談を言って笑いますよ。
ふたりとも気が小さいので、由良之介たちが本当に討ち入りとかしてきたら、恐ろしくて仕方がないのです。
なので安心して気が大きくなっていますよ。

さて帰ることにするふたり。
と思ったら、斧九太夫はさっき由良之助が隠した手紙が気になるようです。
駕篭にはダミーとして石を乗せて帰し、本人は縁の下に隠れます。


また由良之助が登場します。

ここで、二階に美女登場です。
六段目にも出てきた、お軽ちゃんです。
夫の勘平のために祇園で遊女になって、ここでお仕事しているのです。
もはやすっかり遊郭(さと)に慣れて、あでやかな風情ですよ。

由良之助は手紙を読み始めます。
お軽、「恋文かしら、いいなあ」とのぞき見します。
「のべ鏡」に写して読みますよ。
「のべ鏡」というのは携帯用の小さい凸面鏡です。アイメイクとかに便利なやつ。
あれはたしかに近くのものは大きく見えますが、遠くのものまで拡大はしないと思いますが、細かい事は突っ込まないで見るように。
縁の下には斧九太夫。
丸見えじゃん、大丈夫か、ドキドキ。

由良之助はふたりに気づきますよ。ああよかった気付いて。手紙を巻き取ってしまいます。
さて、事態を収拾すべくお軽にまずコナをかけます。
なんだかイチャイチャしますよ。
遊女とはいえお軽、夫の勘平一筋じゃねえのかあんた、とか、由良之助も奥さんいるんだろ、とか思ってはいけません。
これは歌舞伎の座頭俳優と立女形との華やかな競演の場なので、いいムードじゃないとだめなのです。
「いよ、ご両人」とか「○○屋!!」とか声をかけるような場面です。

ハシゴを使ってお軽を二階から下ろす由良之助が、下から見上げながら「船玉様が見える」と言います。
「船玉さま」は船の中に祀るお守りです。髪の毛を祀ったりしたようです。それに似たものが見えるというのです。どこだろう、わかんないや。
使ったハシゴを縁の下にさりげなく置きますよ、細かい段取りです。

お軽に惚れた、身請けする。しかも、一方的に惚れただけだから3日一緒にいたら自由にしてやろう。
と、あり得ない好条件を出す由良之助です。
大事を知ったお軽を殺すつもりなのですが、何も知らないお軽はよろこびます。

身請けの手続きに行く由良之助。

さっきの平右衛門が登場します。お軽のお兄さんですよ。
由良之介に見受けされることになったという話を聞いて平右衛門は、由良之助がお軽を殺すつもりだと悟ります。

どうせ殺すなら自分が、とお軽に斬りかかる平右衛門。驚くお軽。なんで急にー!?
理由を聞かされても、
自分は夫がある身だし、年季があけたら勘平さんと暮らすんだから死ぬわけにはいかない。と言い張ります。お父さんも心配だし。
でも、でも、その父親も、さらに勘平までが死んだと聞かされてショック。
なんのために自分はがんばっているのか。
だったら生きていてもしかたない。もう自分で死ぬから死体は好きに使ってくれと言い出します。悲しい場面ですよ。お軽ちゃんかわいそうです。

陰で聞いていた由良之助が二人を止め、平右衛門は仲間に入れてもらえます。
また、お軽は勘平の代わりに手柄を立てろ、と言われて、縁の下の斧九太夫(ハシゴを使って逃げられないようにおいた)を殺させてもらいます。

あとは、まあ、由良之助が九太夫をののしったり、丁寧に出すと途中で引っ込んだ三人侍がまた出てきてセリフ言ったりです。


現行の歌舞伎の通し上演では、ここで本編終わりで、イキナリ「討ち入り」のことが多いですよ。
まあおハナシはつながるんですけどさあ、気持ちがつながらないというか。
こう、「忠臣蔵」の「忠臣蔵」としての価値は無視して目先の派手さだけで商売している気がして、ワタクシはイヤですよ。
まあ浄瑠璃本読んでろと言われればそれまでですけどさ。


一応言うと、ここに出てくる「一力茶屋」は現存します。祇園にある「一力亭」という老舗のお茶屋が、それです。
寛延元年(1878年)の「忠臣蔵」初演時に、当時の人気茶屋であった「一力」を時事ネタとして取り入れたのであろうと思います。
テレビドラマなどで人気スポットでロケをして話題を取るのと似た手法です。

ただ、実際に討ち入りがあった元禄15年には「一力」はまだなかったそうです。
なので、「一力」のお座敷の天井にあるという「大石内蔵助の書いた漢詩の落書き」というのは、にせものであろうと思います。
天井板だけ持ってきたのかもですが!!
↑というこの部分のソースが20年くらい前のものなので、今の祇園の「一力」にこの漢詩があるかは知りません、行ったことねえですし。


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3 コメント

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Unknown (Unknown)
2013-11-16 08:02:08
仮名手本忠臣蔵、夜の部を観てきました。
コレ読んでから観たら、スゴく解りやすかったです!
七段目は華やかですが、大星由良之助は浪人してるのに、いつもあんなに派手に遊んでて、お金はどこから出てたんでしょうか…
あれも計画の一部として必要経費だから、みんなが出しあった資金で?それとも、討ち入り果たしたら切腹するから、全財産はたくつもりで使いまくったのでしょうか…
あんな遊び一度でいいからしてみたいなぁ♪
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コメントありがとうございます。 (ひろせがわ)
2013-11-17 20:20:00
コメントありがとうございます。
由良之介の遊興の費用ですが、
この後の八段目に、
(由良之介の)国家老としての知行(年棒と思っていいです)が、年に千五百石だった、というようなセリフがありますので、
もともとかなりの高給取りです。
職があった当時も質素に暮らしていたでしょうから、たくわえは十分にあったのだと思います。
それらは、隠居してから、息子の力弥の元服のとき、婚礼のとき、などに使うはずだったのだと思いますが、
今回の騒動で、自分も力弥もすぐに死んでしまう身となりました。
というわけで、資金は十分にあったのだと思います。
全財産を使い切ってもかまわないと思っていたことは、まちがいありません。

計画の一部としてみんなが出し合った資金で、というのは、
実際、仲間のお侍たちも不安がって怒る場面があるくらいに、
仲間までがだまされていますから、
それはないと思います。

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大変参考になりました。 (ゆう)
2018-02-21 08:23:19
とてもわかりやすいあらすじありがとうございます。
昨日観て読んだので理解が深まりました。
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