歌舞伎見物のお供

歌舞伎、文楽の諸作品の解説です。これ読んで見に行けば、どなたでも混乱なく見られる、はず、です。

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「仮名手本忠臣蔵」六段目

2013年11月07日 | 歌舞伎
全体についての説明と、登場人物名の史実との対応一覧は、
序段」ページにありますよ。


早野勘平(はやの かんぺい)切腹の段です。

ここだけ単独で出ることはなく、必ず五段目とセットで出ます。
なので五段目の解説から順番にお読み下さい。

さて、イノシシと間違えて撃ち殺してしまった人(暗闇なので顔は見ていない)のお財布を、
「天の恵みに違いない」というわけでつい、いただいてしまった勘平ですが、その運命やいかに。

舞台は「与一兵衛住処(よいちべえ すみか)」です。
京都の近郊の山の中です。貧乏なかんじのお百姓さんのおうちです。半猟半農です。
勘平の妻のお軽(おかる)ちゃんの実家ですよ。与一兵衛(よいちべえ)さんはお軽ちゃんの父親です。

勘平は前段で仕事中に大失敗をして、その間にお家はお取り潰しになってしまいました。
行くところがないのでお軽ちゃんといっしょにここでお世話になっています。

前段で、悪者の斧定九郎(おの さだくろう)に殺されてしまった与一兵衛。
そうとは知らない妻のおかやさんと娘のお軽は。昨日家を出た与一兵衛が今日になっても帰ってこないので心配しています。
じつは与一兵衛は婿の勘平のために娘のお軽を祇園の茶屋に売りに行ったのです。
その金を受け取って持っているはずなのでますます心配です。
さらに勘平も夕べから戻りませんよ。どうしたんでしょうか。

一応説明しておくと、俗に言う遊郭への「身売り」は、一応実際には「人身売買」ではありません。
お軽の場合、5年の年季の「奉公」で、前金で百両もらいます。5年たったらおうちに帰れます。
まあ衣装や周囲の従業員への祝儀は自前なのでそれなりに経費がかさみますし、
月に何度かあるノルマの日に客が来ないと店には自腹でお金を払うという鬼設定などもあり、最初に受け取ったお金以外に店への借金がいろいろかさむので、
稼ぎの悪い遊女はずるずると何年もお仕事しなくてはならなくなるのですが。
とにかく、表向きは「契約しての奉公」です。

チナミにお軽の「5年、百両」は破格のお値段です。普通はキレイな子でも「10年、五十両」あたりが相場だと思います。
お軽はキレイなのと、お屋敷勤めをしていて礼儀作法や基礎教養(和歌や楽器)が見に付いているのが優遇された理由だと思います。
ここまで余談(書くな)。

まあとにかく母娘がお父さんや勘平の心配や、身売りをする娘の心配を母が、とかしていたら、
与一兵衛さんが契約した祇園の「一力茶屋」(いちりきぢゃや)から、お迎えが来てしまいます。
でもお父さんもお金もまだ来てないのに。何も聞いてないし!!
びっくりするふたり。

と、ここまで本行(ほんぎょう、原作です)の浄瑠璃だとけっこう長いですが、今の歌舞伎だとてきとうにカットされています。
お迎えの人も、浄瑠璃版だと「一文字屋才蔵(いちもんじや さいぞう)」というおじさんひとりですが、
歌舞伎だと「一文字屋お才」という玄人っぽい女のヒトと、判人(はんにん)の源六というカタギっぽくないおじさんの二人連れです。
「判人(はんにん)」というのは、契約書の保証人の欄に名前書いて判子を押す商売のひとです。
現代でいう保証人屋さんです。
遊女屋業界の「判人」は、遊女の斡旋もかねます。ワケありの女性を契約させることが多いので、形だけの身元保証人が必要なのです。

今回は、娘の父親が直接交渉に来ましたからほんとうは「判人」は必要なく、なので原作の浄瑠璃では茶屋の主人だけが出てきます。
歌舞伎で二人出すのは、そのほうが舞台面に変化があって楽しいからだと思います。
芸達者な役者さんのオイシイ見せ場です。

で、
金は渡した、証文もある、残り半金も持ってきた。娘は預かっていく。とお軽をムリクリ駕篭に乗せる源六たち。

そこに勘平がかっこよく登場します。
事情を知らない勘平は、俺の嫁に何するんだーとばかりにお軽を篭ごと押し戻します。
「猟師の嫁が、駕篭でもねえじゃあねえか」というセリフは有名です。

勘平にみんなで状況説明します。ではお軽は身売りをしたのであったか。おどろく勘平。

そしてお才が、自分の持っているのと同じ財布にお金を入れて与一兵衛に渡した、という、その財布を見た勘平はさらにショックを受けます。
一応言うと、当時のお財布ですので長方形の布の袋です。
くるくる巻いてある布きれがお財布です。
みんなに見えないようにフトコロから昨日拾った財布を出して、見比べる勘平。
ここのカタチが、大正→昭和の名優、六代目菊五郎が完璧に洗い上げた一分の隙もない型なのですが、
完璧すぎて、口伝も写真も残っているのですが、あれと同じカタチを再現できた役者さんを見たことがありません。
まあそんなかんじで、緊張感のある場面ということで。

昨夜撃ち殺したのは舅の与一兵衛だったのか、と思いこんで勘平はショックをうけます。
実際は違うわけですが、暗くて死体をちゃんと確認していないので、そう思い込むのはしかたありません。

とにもかくにもお軽、契約通り売られて行きます。江戸時代、特に上方は厳格な契約社会ですよ。

そうこうするうちに絶妙なタイミングで近所の猟師仲間が与一兵衛の死体を運び込みます。

驚くおかや。
驚かない勘平(重要)。

驚かない勘平を不審に思うおかや。さらにおかやさんは勘平が持っているサイフに気付いていました。
「あんたが舅を金ほしさに殺したんだろう」と婿をなじるおかや。
自分もそう思っているので反論できない勘平。苦悩します。

そこに、前段に出てきた千崎弥五郎(せんざき やごろう)さんと、仲間の原郷右衛門(はら ごうえもん)さんとがやってきます。バットタイミング。
そもそも夕べ勘平が戻らなかったのは、彼らに会いに行っていたからでした。
拾ったお金を渡して「討ち入りの仲間に入れて」と頼んでいたのです。
ふたりは、その返事を言いにやってきました。
「大星由良之助(おおぼし ゆらのすけ、大石内蔵助にあたります)殿が、あんたは不忠ものだから仲間に入れないと言ってる、あずかった金は返す」。
ええええええ。
勘平ショック×2。
おかやは二人にも勘平の舅殺しを訴え、二人も驚いて彼を責めます。

進退極まった勘平、イキナリ腹を斬りますよ。
おどろく3人。

ところで、
切腹というのは、腹を斬ったあと自力で頸動脈を斬るか、介錯のヒトが首を切るかしないと死ねません。
刃物で腹を切っただけでは失血死しかできないからです。
昔は縫合技術がなかったので絶対に助かりませんが、死ぬと決まってから実際に死ぬまでが長いのです。
その間に、いろいろ言い残したいことをしゃべることができます。
浄瑠璃ものの切腹シーンは、なので定番の見せ場です。みんな腹切ってから長いことしゃべりますよ。勘平もしゃべります。
殺したのは事故で、わざとじゃないとか、色にふけったばっかりにこんな事になって情けないとか。

詳しい殺害状況を聞いた腹郷右衛門があらためて死体を検分します。

「これは、似てるけど鉄砲傷じゃないぞ」。

…え。

しかも彼らは来る途中に斧定九郎(おの さだくろう)の死骸を見ています。まさしく鉄砲に撃たれた死骸。
チナミにこの斧定九郎は、三段目と、この後の七段目に出る、悪人の家臣の斧九太夫(おの くだゆう)の息子さんです。

やっと、定九郎が舅を殺し、勘平は結果として舅の敵を取ったのだ、という事実関係が明らかになります。よかった。
「義父の敵討ち」というのは、お侍としては「手柄」になります。名誉です。
一応手柄を立てたので、勘平は死ぬ間際ですが討ち入りの仲間に入れてもらえることになります。
郷右衛門が持っていた敵討ちの連判状に血判を押させてもらい、勘平はにっこり笑って息絶えます。

泣き叫ぶおかやさんがかわいそうです。
二人侍とおかやさんのやりとりがちょこっとあって、ここも泣かせる場面ですが、浄瑠璃や台詞を聞き取れないときは、
まあ本筋に関係ねえので流してください。
現行上演ではある程度はしょってはあると思います。


以降、祇園に売られたお軽ちゃんのものがたりがはじまります。有名な七段目です。


以下は余談です。参考に。↓

時代物の浄瑠璃(文楽作品)を全段読むと、これと同じような田舎の家の場面が必ずと言っていいほどあります。
「時代物狂言」というのは、キホンは武将やお侍が出てくる、江戸以前の戦記物を題材としたものがたりですが、
展開に変化を持たせるために「関係者の実家」みたいな設定で、こういう庶民のおうちのシーンがかならずあるのです。
こういう貧乏くさい庶民の家の場面を「世話場」(せわば)と言います。
もとは没落した主君を家臣が「世話」した場面だからこういうのですが、今は単に「世帯がかったビンボ臭い場面」というような意味で使います。

同じように時代浄瑠璃の「お約束」のバリエーションとして、遊郭のシーンかあります。「忠臣蔵」では、次の七段目です。


そして、この、勘平の切腹について、
冷静に考えるとイキナリここで腹切らなくてよかったんじゃないかとお思いになるかたは多いかと思います。
じっさい、何で勘平はここまで思い詰めたのか、いろいろ評論家のかたがたが心理分析をなさっていたりもします。
この理由は、「忠臣蔵」以外の浄瑠璃作品をを何冊か、全段通しで読むとすぐにわかります。
時代物の狂言のこういう「世話場」で、関係者のひとりが切腹するという展開そのものが、じつは、完全に「お約束」なのです。
だいたい、過去の過ちを精算したり、過去のしがらみから対立しかける人間関係の混乱を収拾したりするための切腹です。
この勘平の切腹も、「忠臣蔵」というドラマの中のひとつのリアルな人生像であると同時に、
江戸期の浄瑠璃の「お約束」に乗っ取った展開でもあるのです。

今は浄瑠璃を全段通しで出すこと自体が少ないので、「忠臣蔵」だけを見て内容を分析しようとするかたが多いのですが、
「忠臣蔵」もまた、数多く作られた「浄瑠璃作品」や「歌舞伎作品」のひとつとして、
他作品と同じように様々の約束事を踏まえているということに気付かないと、作品の本質を見失いかねないと思います。



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