歌舞伎見物のお供

歌舞伎、文楽の諸作品の解説です。これ読んで見に行けば、どなたでも混乱なく見られる、はず、です。

「仮名手本忠臣蔵」八段目

2013年11月07日 | 歌舞伎

全体についての説明と、登場人物名の史実との対応一覧は、「序段」ページにありますよ。

「道行旅路嫁入」みちゆき たびじのよめいり

「道行」(みちゆき)です。
もともと人形浄瑠璃の作品には「道行」と呼ばれる場面がかならずあります。
文字通り「道を歩いていく」場面の、風景とその心情の描写です。
昔の人形浄瑠璃の舞台はもっと小さかったのですが、その小さな舞台で人形が浄瑠璃に合わせていろいろな「振り」をして、それにつれて背景が横スクロールで動き、登場人物の移動を表現しました。
というのが「道行」の原型です。

「道行」はもともとは浄瑠璃の「語り」を聞かせる部分です。文句も、歩いて行く道に因んだ地名や観光名所が掛詞的に盛りこまれていて、
それと同時に登場人物の心情も語られる、という凝った名文句が多いです。
心中もの作品の、死にに行く男女の「道行」に名場面が多く、
「道行」という単語がそのまま「心中場面への道中」という意味で使われることもあります。

とはいえじっさいは、浄瑠璃や歌舞伎の「道行」にはバリエーションが多く、
ここでは小浪(こなみ)ちゃんという娘と、その母親の戸無瀬(となせ)さん母子の「道行き」です。
許嫁(いいなずけ)の大星力弥(おおぼし りきや)くんを訪ねて、鎌倉から京都山科まで東海道を旅します。
母子の情愛、力弥くんを慕う小浪ちゃんの恋心、新枕への期待感がちょっとエッチな感じに、と、情感のある道行です。
母親の「戸無瀬」さんは義理の母なのでまだ若い設定です。美女二人です。

最近はちょっと、戸無瀬さんのイメージが年配すぎるかなと思います。浄瑠璃の文句によると、たしか20代です。

文句には東海道の地名が読み込まれています。
完全に聞き取るのはムリだと思いますので、なんとなく聞いて地名がいくつか耳にはいってきたら「ああ、これだー」的なかんじに気楽にお聞きください。

ちなみに、途中の浄瑠璃の文句で、お経の文句をもじって「大きい紫色の○×を入れて※△」みたいなのがあるのですが、
これを言っているのは、途中でふたりが行き会う村の婚礼の行列の中にいる酔っ払いです。
浄瑠璃の本文でもなく、ふたりのセリフでもないような形でナマナマしいセリフをさらっと入れるという、
上手いことやるなあと思います。

というのもたぶん聞き取れず、
つまり浄瑠璃が何言っているかわからないと少々見ていてつらいかもしれないのですが、
次の八段目をご覧いただくとわかるのですが、
お家の一大事の真っ最中の大石親子のところにあえて嫁いでいこうとする母子は、決死の覚悟です。
そもそも身分のある女性が二人だけで東海道を旅するというのは、普通のことではありません。
つらい思いも怖い思いもしながら恋しい男のために必死であるく娘と、それを必死で守る母親です。

そういう気持ちが伝わるといいなと思います。


ところで、
「忠臣蔵」の正式な「道行」はこの段なのですが、
歌舞伎が三段目の終わりの部分をアレンジして「道行旅路花婿(みちゆき たびじのはなむこ)」という場面を独自に作りました。
登場人物が美男美女の組み合わせなのと、
こっちが冬なのに対してあっちは春なのです。同じ東海道の旅なのですが、「花婿」のほうは富士山を背景に満開の桜です。
さらに最後のほうで派手な立ち回りがあったりと、いろいろ楽しい演出があり、人気が出ました。
今は「忠臣蔵」の「道行」といえばこの「道行旅路花婿」だと思われていることも多いです。
こちらの正式な「道行」のほうは通し上演でも出してもらえないことすらあります。

本来はこちらが「忠臣蔵の道行」ですので、一応チェックしておいてくださいってば。


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