歌舞伎見物のお供

歌舞伎、文楽の諸作品の解説です。これ読んで見に行けば、どなたでも混乱なく見られる、はず、です。

「敵討ち狂言」について

2010年03月31日 | 歌舞伎の周辺
江戸歌舞伎にはいろいろなジャンルの作品があるのですが、
わたくしが最も特徴的かつ、他に類を見ないと思う作品群は、
「敵討ち(かたきうち)狂言」というやつです。
あ、ここで「狂言」と言うのは、能狂言の「狂言」のことではなく、「お芝居の作品」くらいの意味です。歌舞伎用語です。わりと使うので覚えておくと便利だと思います。

「敵討ち狂言」と呼ばれる作品は山ほどあるので、見てるうちにアタリマエな気がしてくるのですが、
思えばこんな妙なものが大量に作られたのは江戸時代だけだろうと思います。

それはそうと、「敵討ち」=「家族を殺した相手への復讐行為」と思われがちですが、
現代人のこの「敵討ち観」は、じつはビミョウにまちがっております。
たとえば、子供が殺されても「敵討ち」はできません。
父親、兄、主君などの「家」の中心人物が不当に殺されたときのみ「敵討ち」は発生します。
しかもちゃんと公的な手続きをふんで「御免状」をお殿様からもらわないとダメです
(勝手に仇を打つと「私闘」とみなされます。切腹、お家断絶です)。

「敵討ち」は「復讐」ではありません。「家」に危害を加えた「敵(てき)」と戦って勝って、
「家を存続させる」のが目的です。「戦(いくさ)」に近いです。
そこに「親(兄、主君)の無念を晴らすためにがんばる」という「孝行」や「忠義」という要素が加わるので、
どんどん美談っぽくかっこよくなっていくのです。

現代でも「身内(子供や妻)を殺した悪人をやっつける」映画がうけたり、
「子供を殺した犯人を八つ裂きにしたい」なんて遺族の談話がニュースで美談調にもてはやされたりしますが、
江戸時代の「敵討ち」はこれらとはかなりオモムキが違うということをご理解いただくと、
あの時代の美意識や倫理観が見えてくるように思います。

さて、
当時大量に作られた「敵討ち狂言」の何が妙かといいますと、
これらのお芝居の見どころが、この肝心の「敵討ち」の場面ではないという点なのです。
見どころは、
「仇をうつ側が、いかに艱難辛苦な目にあうか、いかに大きい犠牲をはらうか」。
これなのです。
「がんばっている姿がみたい」ならまだわかるのですが、むしろ「いじめられているのを見て楽しむ」かんじです。
わかります。楽しいです。しかし、「そこなのか!? 」という疑問はわきます。

だいたいの場合、どのお芝居も、通しで出すと十段くらいあります。
全部出すと、
二段目あたりで父親とかが殺されて、
三段目で一家が「敵討ち」に出立(しゅったつ)です。「一家全員」がポイントです。家来とかも2,3人付いていきます。
これが、半分以上は途中で返り討ちにあいます。
これが「なぶりごろし」なのです。悪趣味というか娯楽の何たるかを知ってるというか。

六段目くらいで助っ人が現われますが、
七段目くらいで助っ人さんはこの赤の他人の敵討ちのために自分の子供を犠牲にしたりします。
あと、主人公の恋人は十中八九、諸費用調達のために遊郭に身を売って、そこで「カタキ役」に言い寄られます。
最悪死にます。
そんなこんなで九段目くらいでで主人公がカタキに遭遇し、ここで急に有力な援護者があらわれたりして、
十段目でみごと本懐達成(ほんかい たっせい)です。
ほとんどこのパターンです。

今はこの中の一部しか上演されないわけですが、
残っているのはほとんどが「いじめられている」場面のほうです。
「敵討ちもの」の代表である「忠臣蔵」も、十一段目の「討入」の場面は、戦前くらいまではほどんと上演されなかったのです。

このように主人公側が艱難辛苦に身をやつしている間、逃げ隠れしているはずの「カタキ役」は
パシリに使う小悪党をお供にやりたい放題です。楽しそうです。けっこう小金も持っています。
つまり、主人公たちは常にミジメで、かっこいいのは「カタキ役」のほうです。

役者さんでいうと「主人公」は若い売り出し中の二枚目がやって、「カタキ役」は座頭がやりますから、
どっちがいい思いすべきかは明白です。

という、まったくお客さんどっちに感情移入して見てんだか、なお芝居が、「敵討ち狂言」なのです。

これらの「カタキ役」は、ほとんど官能的と言っていいほどの「悪の美学」をただよわせています。
男の色気と言ってもいいかもしれません。
「忠義や孝行のために全てを犠牲にする美しい若者」も江戸庶民のあこがれだったと思いますが、
同時に、破滅的、破壊的な圧倒的に強い悪の華にも彼らはあこがれたことでしょう。

途中部分では「もっといじめろ、やれやれ~~」と楽しみつつ、
最後になると「ざまあみろ正義は勝つ」とか思ってたことなのだと思います。
矛盾しまくりですが、楽しければつまりノープロレブレムです。

相反する魅力的な男たちをもっとも効果的に組み合わせて見せられるのが
「敵討ち狂言」だったということなの。

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