歌舞伎見物のお供

歌舞伎、文楽の諸作品の解説です。これ読んで見に行けば、どなたでも混乱なく見られる、はず、です。

「狐と笛吹き」 きつねと ふえふき

2010年04月20日 | 歌舞伎
新作歌舞伎です。昭和二十七年初演、戦後の作品です。

舞台は平安時代です。新作ものなので、衣装や設定、舞台装置の考証はていねいですが、完璧というほどではないです。
参内できるようなランクの貴族(五位以上)がお供も連れずに、森の中で丸座(わろうだ)も敷かずに座ってるとかありえないです。

主人公は「春方(はるかた)」というひとです。貴族です。姓や官位や官職は不明です。
江戸時代の「お侍」を平安時代の「貴族」になんとなく置き換えただけ風のあいまいな設定ですので、細かいことは気にしなくていいと思います。
「春方」は笛が得意で、お師匠に付いて習ってもいます。努力家で、実力は周囲の仲間も認めています。
宮中の節会(せちえ、帝主催の季節の宴会)で笛を吹く役目を仰せつかるのが夢です。

最近、奥さんが死んでしまいました。非常に落ち込んでいます。奥さんの「あやね」さんは琴が得意で、踊りも上手でした。
今日は友人が、春方を元気付けるために花見に連れ出してくれました。

そこで、一行は「ともね」という美女に会います。なんと、死んだあやねさんにそっくりなのです。
ともねは春方の笛に合わせて、あやねとそっくりに舞います。

ともねは名前と、近江に住んでいるという以外素性が全然わからないのですが、ひと目惚れした春方は、ともねを家に連れ帰ってお手伝いさんとして召し使うことにします。

ともねと楽しく暮らす春方。春方は出かけたとき、七条の市で(都の七条通りは市場になっていた)ともねに櫛を買ってきてやったりと、優しいです。

春方の親友の「秀人(ひでと)」がやってきます。
「秀人」は、九州の大宰府(だざいふ)に赴任していたのですが、このほど帰ってきました。再会を喜ぶふたり。
秀人は何の前フリもなく、後半突然出てくるのでわかりにくいですが、そういう設定です。

春方は秀人に、最近前の奥さんのあやねさんが毎晩霊になって戻ってくるという話をします。姿は見えないのですが、夜な夜な形見の琴を弾いてくれるのです。
気味の悪い話ではありますが、春方は、その琴の音に合わせて笛を吹くのが楽しくてしかたないのです。

それを聞いているともね、最近元気がないですよ。

なにやら思いつめていたともね、ついに、あやねの形見のお琴を焼いてしまいます。驚き、怒る春方。
ともねは春方への愛情を告げ、あやねに嫉妬していたと言います。
その気持ちを受け入れて、じゃあ夫婦になろうと言う春方ですが、
ともねはそれを拒否します。何で!?

じつは、ともねは狐なのです。狐なので、人間を契ると死んでしまうのです。なので夫婦にはなれないというともね。
仕方ありません。
ともねをなぐさめ、家に連れかえってこれまで通り暮らすことにする春方。

ところで、季節は巡って秋です。収穫祭である「豊明の節会(とよあかりのせちえ)」の楽人の選考が近づいていたのですが、
なんと、笛の役に選ばれたのは春方ではなく、親友の秀人でした。
あんなに努力したのに!! 落ち込み、酒を飲んで荒れる春方。
見ていられなくなったともねは、春方をなぐさまるために、求められるままに一緒のおふとんに入ります。

翌朝、
森の中で死んでいる子狐を春方は見つけます。深く後悔する春方ですが遅いです。

春方は子狐の死骸を抱いて、一緒に自分も死のうと、近江の海(琵琶湖)を目指すのでした。

終わりです。
今昔物語が元ネタです。
現代語だからわかるかなあとも思ったのですが、平安期の設定を知らないとわかりにくい部分もあるかなと思うので一応書きました。

戦前から60年代くらいにかけて、歌舞伎界のご意見番として名をはせ、様々な演出も手がけた、北条秀司先生の作品、なのですが、
だからと言って劇作家としてすばらしいということにはならないわけで、
まあ、それほど出来のいい作品ではないと思います。ぶっちゃけシロウトさんの作った筋です。
平安情緒の考証ももかなり中途半端ですし。
あと、春方は、今の梅玉さんがすばらしいですが、ともねは亡くなった歌右衛門のために書かれた役です。
他のどなたがやっても、どうしても多少イメージは違うのだろうなと思います。

一応、それなりに凝った作りにはなっていますので、あまりハードルを上げずに気軽に楽しんでください。

江戸時代にも平安時代が舞台の作品はいくつも作られましたが、考証がいいかげん、というか考証する気がないので、
衣装や風俗は「平安風」とは言いがたいです。
その点、新作ものの「王朝もの」は衣装などの見た目はそれらしくなっているので、その点はキレイで楽しいと思いますす(いや江戸のも楽しいですけどね)。

命を助けた狐が恩返しに人間になって人と契る、というのは「芦屋道満大内鑑(あしやどうまん おおうちかがみ、別名「葛の葉子別れ」)」と似たモチーフですが、
これはかなり古くからわが国に伝わる異種婚譚です。
男女逆ですと、「義経千本桜(よしつね せんぼんざくら)」の狐忠信(きつねただのぶ)も同じ系統になります。
柳田國男先生の「遠野物語」にも異種婚譚は出てきます。自然とともに暮らしてきた我々の祖先の古い記憶の一部なのだと思います。

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