歌舞伎見物のお供

歌舞伎、文楽の諸作品の解説です。これ読んで見に行けば、どなたでも混乱なく見られる、はず、です。

「近頃河原達引」ちかごろかわらのたてひき

2008年02月03日 | 歌舞伎


「たてひき」の「たて」は「男伊達」の「だて」とおんなじような意味です。
「たてひき」、男ぶってかっこいいケンカをする様子です。よせばいいのに。
で、「与次郎住処」、通称「堀川」だけ出ることもありますが、
今回その前の場面、「四条河原」が付きますので少し事情がわかりやすいです。

「四条河原の場」
京の都の加茂川四条の河原です。
このへんは河原が広かったようで(こないだ南座で歌舞伎見るのに通ったけど、今河原ねえのな)、
昔はイベントをやるときヒトを集めるのに好都合だったようです。
出雲の阿国がかぶき興行をしたりとか、罪人の首切ってさらしたりとかな。
でも、ふだんは人気のない寂しい場所です。夜なんか真っ暗ですよ。

主人公:伝兵衛さん、お金持ちのボンボンですが、遊女のお俊に入れあげてお金がありません。
悪役:横淵官左衛門、このヒトもお俊さんが好きです。

現行上演、この前の段までの筋を短縮して、この場面に詰め込んでますので、少々わかりにくいです。
でもないよりはマシ。

お俊が見請けされるというウワサを聞いて気が気ではない伝兵衛、ウロウロ河原にやって来てお俊と出会います。
ホントは廓の女郎がこんな場所ウロウロしてたらヘンなのですが、本当なら廓の中で起きた事件をここでやっているムリな設定だから仕方ありません。
で、お俊と伝兵衛、イチャイチャとケンカしたり仲直りしたりします。
このへんの脳天気なボンボンぶりは、上方遊女買い狂言の正しい系統を次ぐ部分です。
上方の役者さんじゃないとちょっとムリ、というわけで今回籐十郎さん。

さて伝兵衛はお金がいるので、知り合いから「売ってくれ」と頼まれた「八ッ橋の鍔(つば)」を早く売ろうと焦っています。
べつに金目にものなら刀でも香炉でもかまわない設定ですが、鍔は小さいから持ち運びがベンリですね(余談)。
手代の万八がお客さんを連れてきます。で、300両で売れますよ、よかったよかった。
でも、万八はイチバン始めのシーンで出てますよ、なんか悪巧みしてましたよ。大丈夫でしょうか。

廓の番頭がやってきます。「今すぐ100両手付けにくれないとお俊は身請けされちゃう」
困った伝兵衛の前に、鍔の売り主、横淵官左衛門があらわれて、俺が受け取る300両のうち、100両貸してやるから使え、と言います。
お礼を言って番頭さんに金を渡す伝兵衛。番頭さん退場。

喜んでいると番頭さんが戻ってきます。
「受け取った金は偽金だぞコラ」
伝兵衛びっくり。

で、あとは悪者、鍔を売ったヒト、買ったヒト、仲介したヒト、3人ともグルだったとか、この悪人、横淵官左衛門はお俊を見請けするつもりだとかが語られます。
そして3人がかりで伝兵衛を殺してしまおうとしますが、伝兵衛、刀を抜いて反撃、
ここが江戸と大坂の違いなのですが、江戸の町人は刀差しませんが、
上方の町人は「正装」というか「ちょっとええべべ」のとき、ふつうに短い「脇差し」をさします。
廓に行くときは必携です。「脇差し差したことがない」で「廓に行ったことがない」という意味になるくらいです。

というわけで伝兵衛、ついに官左衛門を斬り殺してしまいます。

ここまで「四条河原」。
で、有名な段「堀川」に続きます。

「伝兵衛内」
通称「堀川」です。おうちが「堀川」にあるからです。
で、これとは別に近松作の「堀川波の鼓」というお芝居もあって
これも「堀川」で通じるので気を付けなくてはいけません。
ふつうに「堀川」と言えばでも、こっちです(余談)。

さて、ヒトを殺した伝兵衛ですが、伝兵衛に恩がある平八というヒトが身代わりになって牢に入ってくれました。このへん、現行上演セリフで一回言われるだけなのでわかりにくいです。
いっそただ逃げてるって設定にした方がマシな気もします。いいけど。
でも現場に遺留品があったりでやはり伝兵衛、追われています。
お俊も参考人として呼ばれているのですが、ゴタゴタを嫌う廓の主人はお俊を実家に帰して隠してしまいました。
廓に契約書類あるんだから実家すぐバレるじゃんと思うかもですが、
昔は廓で娘を働かせる契約をできるのは親だけ、という決まりでしたが、ちゃんと「判人」という商売がありました。
「仮親」になって身元を引き受けるのです。
身よりのない娘はもちろん、娘を売ったと周囲に知られたくない家族や、あと、犯罪としての人身売買にも利用されました。
というわけで、お俊の実家は、書類の上では「わからない」になっているのだと思います。


というわけで、お俊の実家、目が見えない病気のお母さんと、お兄さんの与次郎さんが暮らしています。
お母さんは三味線を細々教えています。与次郎さんは猿回しの大道芸人です。
貧乏です。汚い狭い家ですよ。

出だし、女の子が三味線を習いに来ていて練習しています。
「鳥辺山」、死刑場がありました。ここで心中したカップルがいて、その心中の「道行」の歌をお稽古しています。
後半への前フリです。
まあ聞いても文句わからないし、わからなくても大事ありませんが、一応書いておきますね。

与次郎お仕事から戻ります。ちょっと会話、
お母さんを安心させるためにお金があるとウソを言ってます。キャラクターの説明部分なので細かいことはいいです。
奥からお俊、出ます。
で、ここまでの経過や今の状態などを説明しがてら「困ったもんだ」と。
で、お俊が心配なふたり、伝兵衛はヤケになってお俊を殺しに来るに違いないと思って心配しています。
なので伝兵衛と縁を切らせようとして「退状」のきじょう、離縁状ですね、を書け、と言います。
与次郎さん字が読めません。ちょっと頭が弱い、という設定です。
昔はおおげさにバカっぽくしたのですが、近代はおおげさにいいヒトっぽくしたのですが、
最近、バランスのいい「足りない」さ加減に落ち着いているように思います。
お母さんは読めるはずですが(家に硯がある)、目が見えません。
で、やいやい言われてお俊、「去り状」を書きます。一生懸命書きますよ。

安心してみんな寝ます。

伝兵衛さん登場です。来ると思ったよ、みんなも思ってたよね。
門口で会うお俊と伝兵衛、気付く兄の与次郎、

この後は動きのある展開なのでわかると思います。
退き状を伝兵衛が読むところは泣けマすよ。

伝兵衛、自分は死ぬから、お俊は生きて後を弔ってくれ、と言います。

で、お俊の有名なセリフ
「そりゃ聞こえません伝兵衛さん」になります。

「聞こえない」は言葉通りの意味ではなく、「聞き入れられない、納得できない」という意味です。
遊女と客でも好き会っているのだから夫婦は夫婦、何の遠慮もない深い仲なのに、
大事の夫に難儀がかかっているのに見捨てていられようか。
だいたいそういうようなことを言います。
ていうかお俊さんはちょっとしゃべって動いて、あとは浄瑠璃が語ります。
これが文楽から移入された「丸本歌舞伎」の演出の醍醐味ですが、
浄瑠璃聞き取れないと(以下略)
聞き取れないあんたが悪い(以下略)

ふたりの愛情が深いのを知った母と兄、
そしてお俊はずっと伝兵衛に世話されて廓で楽な思いが出来たことも思いだし、
こうなってはしかたないので、二人を逃がしてやることにします。
心中する気だとは知っていますが「できるだけ、逃げ延びて一日でも長く生きてくれ」と頼む母。
そしてお兄さんの与次郎は猿回しなので、ふたりの門出のお祝いに猿回しで祝言のまねごとをしてあげるのでした。
嫁御寮がころりと寝たりして、なかなか下ネタですよ。これも上方風ですよ。

そして二人、聖護院の森を目指して落ちていくのでした。

ていうか最後まで出すと、心中直前に与次郎が助けに来ます。
悪人の横淵官左衛門の同僚のお侍でいいヒトがいて、横淵の悪事を暴いたので、伝兵衛はおとがめナシになったのです。
お俊も身請けできてめでたしめでたしの内容です。
後世の書き替えじゃなく、文楽の筋ではじめから「助かる」ハナシは大変めずらしいです。
たまに最後まで出すのもハッピーエンドで楽しいんじゃないかと思います。

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