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歌舞伎見物のお供

歌舞伎、文楽の諸作品の解説です。これ読んで見に行けば、どなたでも混乱なく見られる、はず、です。

「其小唄夢廓」 そのこうた ゆめもよしわら

2015年08月13日 | 歌舞伎
「白井権八(しらい ごんぱち)」というのは江戸初期の実在の人で、
若い浪人者だったのですが、
何人も人を斬ってお金を奪って捕まって死罪になりました。
お金がほしかった理由が、「小紫(こむらさき)」という遊女に貢ぐためで、
「小紫」のほうも「権八」が好きで恋人同士だったのもあり、
凄惨な連続強盗事件よりも、このふたりの悲恋物語のほうが後の世には強く記憶され、
いろいろな作品が作られました。

これは、「権八、小紫」の悲恋に焦点を当てた典型的な作品になります。

まず、権八が処刑される処刑場の場面から始まります。
「鈴ヶ森(すずがもり)」という場所で、江戸のはずれにあります。
縛られて馬に乗せられて出てきた出てきた権八は、降ろされて役人から刑について申し渡しを受けます。
下っ端の役人がたくさんと、えらいひとがふたりいます。

えらい人は、白く塗った顔でいい人な「竹中縫之助(たけなか ぬいのすけ)」と、
赤い顔で性格が悪い「石割勘太夫(いしわり かんだゆう)」とのふたりです。
名前を一応書きましたが、名前はなんでもよく、
ようするに「白い顔のいい人」と「赤い顔の意地悪」な役人というのが歌舞伎の定番の設定なのです。
意地悪なほうを「赤っ面(あかっつら)」と呼びます。

周囲には見物人が大勢います。
言い残すことはあるかと聞かれて権八は、一時の欲や見栄に負けて罪を犯すことの愚かさにに気付いたと言い、
自分の処刑を見るひとがみな、自分を反面教師に実直に生きることを願います。

いよいよ死刑、というとき、
恋人の「小紫」が走ってきます。遊郭を抜けだしてきたのです。
権八にとりついて嘆く小紫。すべては自分のせいだと泣きます。

小紫はお役人に「最後の水杯(みずさかずき)がしたい」と願います。
赤っ面の役人はは意地悪なのでダメと言いますが、いい人ののおかげで許されます。

悲しい別れをするふたり。
と、
小紫が隠し持っていた短剣で権八の縄を切ります。
あわてる役人。
しかし周囲を取り囲まれていますから逃げ切れる気はしません。
一瞬の希望、かえって状況が悪くなりそうな恐怖、極度の緊張。

ここで暗転になります。

明かりがつくと、吉原です。駕籠がとまっています。
駕籠のすだれが開くと、キレイな衣装を着た権八が眠っており、目覚めます。

「そんなら今のは夢であったか」。

権八が処刑されたのは史実なのですが、
ここではまだ吉原で楽しくすごしている時期の権八なのです。
いま見たリアルな夢が、そのうち現実になるよ、という設定で
あえて処刑の場面を先に見せることで、吉原の場面の美しさとの対比が際立つようになっています。

小紫が待つお座敷から、ひとびとが権八を迎えにやってきます。
小紫の手紙を手渡され、読む権八。
べつに手紙の内容は出てこず、お芝居にも関係ないのですが、
昔の手紙ですからくるくる巻物になっているのですが、遊女からの恋文は、紙の上が薄紅色に塗ってあります。
これをくるくると広げながら読む様子が美しく、色っぽいのです。

とはいえあんな夢を見たあとだし、今日は帰ろうかと思う権八ですが、
遊女屋のみんなに強引に手を引かれて、小紫のもとへと向かいます。

こうやって小紫に会うには膨大なお金がかかり、権八はそのお金をすべて人を殺して得ていたのです。
恐ろしいことです。
という破滅への不安感をうっすらとただよわせながら、華やかに美しいかんじでお芝居はおわります。


「権八」については「鈴ヶ森(すすがもり)」という作品のほうがよく人となりが出ていると思います。

もともとは、上下に分かれている作品で「権八上下(ごんぱち じょうげ)」とセットで呼ばれており、
今は「上」しか出ません。
「上」は、権八が死罪になる場面で、「下」は遊郭での権八と小紫の恋模様になっているのですが、
今は「上」の最後に「下」の一部をくっつけたかんじで上演します。「下」は出ません。
むしろ対比は際立ちますし、完結にまとまって見やすいと思います。

「白井権八」は以前は有名で人気があったので、似たような「夢の場面」のある作品は多かったのです。
もちろん当時のはもっと長いお話で、権八の本国での事件ををベースにしたお家騒動ものになっています。
お芝居の中に処刑シーンは入れたい。しかし最後が処刑シーンなのは後味が悪いので避けたい、ということから夢の場面になるのだと思います。

これは、夢の場面だけど所作(しょさ、踊りね)だてにして切り取ったものです。よけいな部分がないので逆に残ったということだと思います。

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