
先日、初めて
宮古島
へ行き、宮古島の路線バスを撮影してきました。宮古島には宮古協栄バスと八千代バスが路線バスを運行しているのですが、今回はそのうちの
宮古協栄バス
をレポートします。宮古協栄バスは宮古島の中心部にあたる平良から南部方面に路線網を持っています。


宮古協栄バスの一般路線車は確認しただけで7台がおり、全て中型車以下です。かっては自己発注の大型車もいましたが、今は中古車が中心になっています。
こちらは
元立川バス
のジャーニーです。U-LR333Jで、前後扉車となっています。2台がいて、32が与那覇嘉手苅線、33が長北山北線に使用されていました。

こちらは
元立川バス
のエアロミディです。U-MK218Jとなります。いすゞLRと同じく前後扉車となっています。40の1台のみで友利線に使用されていました。


こちらは
元神奈川中央交通
のエアロミディです。1995年式のU-MK218Jとなります。支払い表示窓と乗降表示窓はそのまま残されています。車内も神奈中時代のままですね・・・。2台がいて、36が新城吉野保良線、37が新里宮国線に使用されていました。

こちらは
元京王バス
の日デRNです。最近になって入ったもので、1998年式のKC-RN210CSNとなります。宮古協栄バスにとって初めてとなるワンステとなります。46の1台のみで、新城吉野保良線に使用されていました。

こちらは
ローザ
です。中古車なのか、自己発注なのかはわかりませんが・・・。久松線に使用されているようです。

元立川バスのいすゞLRの車内です。日デRNを除き全て
非冷房状態
で運用されているため、ほとんどの窓が開いた状態になっています。というか、宮古協栄バスの一般路線車はほとんど整備状態が良くなく、車内外とも所々錆が出ている状態です。暑い南国で非冷房とはきつそうに見えますが、走れば涼しい風が入ってくるので、特に問題ありませんでした。
車内には運賃箱がありながら運賃表示器がありません。そもそも運賃の支払い方式が平良発が後払い方式、平良行きが信用乗車による先払い方式となっていました。でも、運賃箱そのものも動いておらず、両替も運転手との手渡しによるものでした。

宮古協栄バスでは車両ごとに使用路線が決まっていて、車内にはそのシールが貼られていました。

宮古協栄バスでは行先表示器を使用していますが、基本的に往復とも同じ表示を使用しているようです。しかし、復路について平良行きと表示するケースあるようです。

宮古協栄バスでは貸切運行も行っており、貸切車が多数保有していました。三菱ふそうがメインのようです。



宮古協栄バスのバスターミナル的な存在である
平良
バス停です。本社や車庫も併設されています。一応、待合室もあるのですが、バス乗り場が無く、乗客は留置中のバスに乗り込む形になります。つまり、平良に到着したバスは留置場に止めると、ドアを全て開けた状態にしておいて、乗客は適宜に乗り込むという形です。なので、発車1~2時間前から乗車可能という事になります(実際にもその乗客がいました・・・)。発車時間になると、事務室から運転手が出てきて、運転手がバスに乗り込むとすぐに発車でした・・・。
因みに新城吉野保良線は2台の車両で運行されているのですが、乗客に混乱を与えないようにするためなのか、発車時刻が記載されたボードを掲げていました。



宮古島の東南部にある
保良
バス停です。新城吉野保良線の終点なのですが、昔ながらの沖縄の民家が残っており、沖縄らしさが感じられました。バス停ポールは本島と石垣島で使用されているものと同じです。
因みに保良バス停の近くに宮古協栄バスの車庫があり、自己発注の日デUAやナンバーの外された貸切車などが留置されていました。
宮古協栄バスでは都会を始め他の事業者では見られないおおらかな点が多数あり、なるほどと感じた点がたくさんありました。ひょっとしたら、昔のバスはこんなものだったのかな・・・と思わせる点もあったり・・・。
以上です。
宮古島
へ行き、宮古島の路線バスを撮影してきました。宮古島には宮古協栄バスと八千代バスが路線バスを運行しているのですが、今回はそのうちの
宮古協栄バス
をレポートします。宮古協栄バスは宮古島の中心部にあたる平良から南部方面に路線網を持っています。


宮古協栄バスの一般路線車は確認しただけで7台がおり、全て中型車以下です。かっては自己発注の大型車もいましたが、今は中古車が中心になっています。
こちらは
元立川バス
のジャーニーです。U-LR333Jで、前後扉車となっています。2台がいて、32が与那覇嘉手苅線、33が長北山北線に使用されていました。

こちらは
元立川バス
のエアロミディです。U-MK218Jとなります。いすゞLRと同じく前後扉車となっています。40の1台のみで友利線に使用されていました。


こちらは
元神奈川中央交通
のエアロミディです。1995年式のU-MK218Jとなります。支払い表示窓と乗降表示窓はそのまま残されています。車内も神奈中時代のままですね・・・。2台がいて、36が新城吉野保良線、37が新里宮国線に使用されていました。

こちらは
元京王バス
の日デRNです。最近になって入ったもので、1998年式のKC-RN210CSNとなります。宮古協栄バスにとって初めてとなるワンステとなります。46の1台のみで、新城吉野保良線に使用されていました。

こちらは
ローザ
です。中古車なのか、自己発注なのかはわかりませんが・・・。久松線に使用されているようです。

元立川バスのいすゞLRの車内です。日デRNを除き全て
非冷房状態
で運用されているため、ほとんどの窓が開いた状態になっています。というか、宮古協栄バスの一般路線車はほとんど整備状態が良くなく、車内外とも所々錆が出ている状態です。暑い南国で非冷房とはきつそうに見えますが、走れば涼しい風が入ってくるので、特に問題ありませんでした。
車内には運賃箱がありながら運賃表示器がありません。そもそも運賃の支払い方式が平良発が後払い方式、平良行きが信用乗車による先払い方式となっていました。でも、運賃箱そのものも動いておらず、両替も運転手との手渡しによるものでした。

宮古協栄バスでは車両ごとに使用路線が決まっていて、車内にはそのシールが貼られていました。

宮古協栄バスでは行先表示器を使用していますが、基本的に往復とも同じ表示を使用しているようです。しかし、復路について平良行きと表示するケースあるようです。

宮古協栄バスでは貸切運行も行っており、貸切車が多数保有していました。三菱ふそうがメインのようです。



宮古協栄バスのバスターミナル的な存在である
平良
バス停です。本社や車庫も併設されています。一応、待合室もあるのですが、バス乗り場が無く、乗客は留置中のバスに乗り込む形になります。つまり、平良に到着したバスは留置場に止めると、ドアを全て開けた状態にしておいて、乗客は適宜に乗り込むという形です。なので、発車1~2時間前から乗車可能という事になります(実際にもその乗客がいました・・・)。発車時間になると、事務室から運転手が出てきて、運転手がバスに乗り込むとすぐに発車でした・・・。
因みに新城吉野保良線は2台の車両で運行されているのですが、乗客に混乱を与えないようにするためなのか、発車時刻が記載されたボードを掲げていました。



宮古島の東南部にある
保良
バス停です。新城吉野保良線の終点なのですが、昔ながらの沖縄の民家が残っており、沖縄らしさが感じられました。バス停ポールは本島と石垣島で使用されているものと同じです。
因みに保良バス停の近くに宮古協栄バスの車庫があり、自己発注の日デUAやナンバーの外された貸切車などが留置されていました。
宮古協栄バスでは都会を始め他の事業者では見られないおおらかな点が多数あり、なるほどと感じた点がたくさんありました。ひょっとしたら、昔のバスはこんなものだったのかな・・・と思わせる点もあったり・・・。
以上です。
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