那国、卑弥呼、倭の五王そして大和朝廷さらに天智天皇へとつながる道筋はどんなものだったのか。先ず、前方後円墳の方の部分は 祖先から権限を引き継ぐ儀式をする場所。権限者に力がついてくると、方の部分にも棺が並ぶ。地域が地域と競争し、負けると古墳は途絶える。勝つとより大きな地域の権限者となる。
大きくなり政治をする人が必要になる。この時期の古墳は衛星のように小型の墳丘をもつ、誉田山古墳や大仙陵古墳など。五世紀ころのもの。葛城氏や物の部氏、邪馬台国(大和国)、吉備政権が出来た。倭の五王が出た。その後大和朝廷へ。
集英社 倭人争乱より
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