投稿掲示板「阿修羅」を見ていましたら妹之山商店街さんが投稿された素晴らしい記事を見つけました。
下記に記事の全文を転載しますのでぜひお読みください。
記事の中に「デモクラシー・ナウ」のインタビュー映像がありますのでぜひ御覧下さい。
http://democracynow.jp/submov/20090916-2
1969年3月ニクソン政権が作成した7000ページにのぼる「ベトナム戦争介入」に関する軍の最高機密報告書を外部に持ち出し、その年の6月にニューヨーク・タイムズが掲載して大反響を巻き起こした国防総省元高官ダニエル・エルズバーグ博士に関する記事です。
ダニエル・エルズバーグ博士は地下に潜った後「反逆罪」で逮捕・起訴され「終身刑」の可能性が大きかったところ、連邦最高裁判所が起訴自体を却下して無罪となりました。
私はこの記事で初めてこのような勇気ある良心的な米国人がいたのだという事を知り、米国人も「捨てたものではない」と思いました。
インタビューの中で紹介されている映画「アメリカでいちばん危険な男」の中で、「エルズバーグを絶対逃がすな!」と激怒したニクソン大統領は彼の精神病カルテを盗み出して「マスコミに叩かせろ」と命令したことが暴露されています。
どこかの国で今強行されている「国策捜査」を指揮する東京地検特捜部長が、「小沢一郎を絶対の逃すな!」「微罪をでっちあげてマスコミに叩かせろ!」と
命令しているの同じです。米国大統領と東京地検特捜部長を比較するのは米国大統領には申し訳ありませんがやっていることは同じなのです。
「デモクラシー・ナウ」のインタビュー映像には、ご本人と妻パトリシアさんと「機密文書持ち出し事件」40周年記念として「アメリカでいちばん危険な男」
を映画化した映画プロデューサーの女性が出席しています。
なぜそのような危険を犯したのかその理由を聞かれたのに対して、ダニエル・エルズバーグ博士は、次のように答えています。
「機密文書を暴露すれば職場も家庭も失い反逆罪で終身刑になるだろう。そのリスクを犯してでも何十万人の人の命を救えるのであればやる価値がある」
事実彼が機密文書を暴露したことがきっかけで、ニクソン大統領は失脚しベトナム戦争は早期に終結したのです。
インタビューの中で妻のパトリシアさんは、「夫が最初のデートにワシントンDCの花見に誘った日私はラジオ局に務めていてベトナム反戦デモの取材があり断りました。もし反戦デモにくるならデートでき、と答えたら彼はお忍びで来た」と彼女が彼にベトナム反戦へのきっかけを作ったことを話しています。
パトリシアさんは「夫が「反逆罪」で終身刑になるだろう」と覚悟を決めていたとも話しています。素晴らしいご夫婦です。
インタビューの最後に、「現代版のダニエル・エルズバーグは必要ですか?」と聞かれてダニエル・エルズバーグ氏このように答えています。
「こんなこと(アフガニスタン戦争)を続けていたら泥沼がひどくなるばかりだ。ひどくなる前に勇気ある人が出て欲しい」
「沈黙していては何も変わらない。一人の人間でも社会をかえられるのだ。」
この言葉を暴走している「東京地検特捜部」100人にそっくり投げかけたい。
また検察からのリーク情報をそのまま流して世論誘導している大手マスコミの諸君に対しては、ニクソン政権の掲載禁止圧力に屈せず掲載発表した当時のニューヨークタイムの経営者、記者の「ジャーナリズム魂」をぜひ学んで欲しいと思います。
検察・大手マスコミ連合のあなた達が今していることは、鳩山民主党政権に「主権在民の独立国家」の実現を託した日本国民の民意を暴力で踏みつぶす暴挙なのです。
「現代版のダニエル・エルズバーグ」の登場を強く望みます。
■ "アメリカでいちばん危険な男"ダニエル・エルズバーグとペンタゴン文書
http://www.asyura2.com/09/warb2/msg/580.html
投稿者 妹之山商店街 日時 2010 年 1 月 19 日 05:42:35: 6nR1V99SGL7yY
http://democracynow.jp/submov/20090916-2
rtsp://media.jca.apc.org/dn/2009/dn2009-0916-2.rm
エルズバーグは、かつて反逆罪で起訴されかけました。
後にペンタゴン・ペーパーズとして知られるようになる軍の最高機密報告書を内部告発したからです。
当時のマクナマラ国防長官の命令で作成されたこの報告書は、
1945年以降アメリカの歴代政府がどのようにインドシナに介入し、
国民を欺いて勝算のない戦争にひきずり込んでいったかが記されています。
エルズバーグの勇気ある行動によって政府への信頼が一気にゆらぎ、
ベトナム戦争の早期終結につながりました。
当時のニクソン政権が「アメリカで最も危険な男」と呼んで指名手配した
内部告発者エルズバーグの物語がドキュメンタリー映画になりました。
「終わりの見えない不毛な戦いだと分かっていた。
急進思想でも何でもなく現地を見て勝てないと知ったのです。
オバマが勝利を語るアフガニスタンも同じです。
勝利などありえない。
泥沼化して犠牲が増えるだけだと。
私は自分が戦争に加担したと考えた。
ベトナムに落ちていく爆弾を見ると
たった今爆撃されている
アフガニスタンやイラクと重なります。
こんなことを続けていても泥沼にはまるだけだと」
(終わり)
下記に記事の全文を転載しますのでぜひお読みください。
記事の中に「デモクラシー・ナウ」のインタビュー映像がありますのでぜひ御覧下さい。
http://democracynow.jp/submov/20090916-2
1969年3月ニクソン政権が作成した7000ページにのぼる「ベトナム戦争介入」に関する軍の最高機密報告書を外部に持ち出し、その年の6月にニューヨーク・タイムズが掲載して大反響を巻き起こした国防総省元高官ダニエル・エルズバーグ博士に関する記事です。
ダニエル・エルズバーグ博士は地下に潜った後「反逆罪」で逮捕・起訴され「終身刑」の可能性が大きかったところ、連邦最高裁判所が起訴自体を却下して無罪となりました。
私はこの記事で初めてこのような勇気ある良心的な米国人がいたのだという事を知り、米国人も「捨てたものではない」と思いました。
インタビューの中で紹介されている映画「アメリカでいちばん危険な男」の中で、「エルズバーグを絶対逃がすな!」と激怒したニクソン大統領は彼の精神病カルテを盗み出して「マスコミに叩かせろ」と命令したことが暴露されています。
どこかの国で今強行されている「国策捜査」を指揮する東京地検特捜部長が、「小沢一郎を絶対の逃すな!」「微罪をでっちあげてマスコミに叩かせろ!」と
命令しているの同じです。米国大統領と東京地検特捜部長を比較するのは米国大統領には申し訳ありませんがやっていることは同じなのです。
「デモクラシー・ナウ」のインタビュー映像には、ご本人と妻パトリシアさんと「機密文書持ち出し事件」40周年記念として「アメリカでいちばん危険な男」
を映画化した映画プロデューサーの女性が出席しています。
なぜそのような危険を犯したのかその理由を聞かれたのに対して、ダニエル・エルズバーグ博士は、次のように答えています。
「機密文書を暴露すれば職場も家庭も失い反逆罪で終身刑になるだろう。そのリスクを犯してでも何十万人の人の命を救えるのであればやる価値がある」
事実彼が機密文書を暴露したことがきっかけで、ニクソン大統領は失脚しベトナム戦争は早期に終結したのです。
インタビューの中で妻のパトリシアさんは、「夫が最初のデートにワシントンDCの花見に誘った日私はラジオ局に務めていてベトナム反戦デモの取材があり断りました。もし反戦デモにくるならデートでき、と答えたら彼はお忍びで来た」と彼女が彼にベトナム反戦へのきっかけを作ったことを話しています。
パトリシアさんは「夫が「反逆罪」で終身刑になるだろう」と覚悟を決めていたとも話しています。素晴らしいご夫婦です。
インタビューの最後に、「現代版のダニエル・エルズバーグは必要ですか?」と聞かれてダニエル・エルズバーグ氏このように答えています。
「こんなこと(アフガニスタン戦争)を続けていたら泥沼がひどくなるばかりだ。ひどくなる前に勇気ある人が出て欲しい」
「沈黙していては何も変わらない。一人の人間でも社会をかえられるのだ。」
この言葉を暴走している「東京地検特捜部」100人にそっくり投げかけたい。
また検察からのリーク情報をそのまま流して世論誘導している大手マスコミの諸君に対しては、ニクソン政権の掲載禁止圧力に屈せず掲載発表した当時のニューヨークタイムの経営者、記者の「ジャーナリズム魂」をぜひ学んで欲しいと思います。
検察・大手マスコミ連合のあなた達が今していることは、鳩山民主党政権に「主権在民の独立国家」の実現を託した日本国民の民意を暴力で踏みつぶす暴挙なのです。
「現代版のダニエル・エルズバーグ」の登場を強く望みます。
■ "アメリカでいちばん危険な男"ダニエル・エルズバーグとペンタゴン文書
http://www.asyura2.com/09/warb2/msg/580.html
投稿者 妹之山商店街 日時 2010 年 1 月 19 日 05:42:35: 6nR1V99SGL7yY
http://democracynow.jp/submov/20090916-2
rtsp://media.jca.apc.org/dn/2009/dn2009-0916-2.rm
エルズバーグは、かつて反逆罪で起訴されかけました。
後にペンタゴン・ペーパーズとして知られるようになる軍の最高機密報告書を内部告発したからです。
当時のマクナマラ国防長官の命令で作成されたこの報告書は、
1945年以降アメリカの歴代政府がどのようにインドシナに介入し、
国民を欺いて勝算のない戦争にひきずり込んでいったかが記されています。
エルズバーグの勇気ある行動によって政府への信頼が一気にゆらぎ、
ベトナム戦争の早期終結につながりました。
当時のニクソン政権が「アメリカで最も危険な男」と呼んで指名手配した
内部告発者エルズバーグの物語がドキュメンタリー映画になりました。
「終わりの見えない不毛な戦いだと分かっていた。
急進思想でも何でもなく現地を見て勝てないと知ったのです。
オバマが勝利を語るアフガニスタンも同じです。
勝利などありえない。
泥沼化して犠牲が増えるだけだと。
私は自分が戦争に加担したと考えた。
ベトナムに落ちていく爆弾を見ると
たった今爆撃されている
アフガニスタンやイラクと重なります。
こんなことを続けていても泥沼にはまるだけだと」
(終わり)