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猪熊隆之の観天望気講座132

2019-06-21 22:48:17 | 観天望気

天気図、雲から雷雨、局地豪雨を予想しよう 前編

今回は、先日、穂高連峰の岳沢(だけさわ)で行われたガイド協会更新研修時の天候判断についてです。

この日は、上空に強い寒気が入り、大気が不安定な状況でした。朝は清々しい青空が広がり、日中天候が崩れていくというまさに、登山ガイドが天候判断を求められる、研修会向きの天気でした。

登山中の気象リスクを減らすためには、登山前日に当日の予想天気図を確認して、どのような気象リスクがあるのかを予め考えておきます。

図1 登山前日(10日)に確認した翌11日9時の地上予想図

この天気図を見てピンと来た方は、気象に詳しい方ですね。

能登半島の北西に前線を持たない低気圧があります。閉じられた等圧線はひとつしかない、小さな低気圧です。前線を持たない小さな低気圧が海上にあるときは、寒冷低気圧の可能性が高いので要注意です。

寒冷低気圧とは、上空に強い寒気を持つ低気圧のこと。落雷や局地豪雨は、積乱雲(せきらんうん)によってもたらされます。積乱雲は、入道雲が上方に成長して(やる気を出していく)いくことで発生します。雲がやる気を出すか出さないかは、観天望気講座77回 https://blog.goo.ne.jp/yamatenwcn/e/d8d91a3876370b0670790c4b3b078e43 に詳しく書いてありますが、雲がやる気を出す(積乱雲が発達する)条件は以下の2つです。

1.上層(上空5,000m以上など高い所)に強い寒気が入るとき

2.下層(上空2,000m以下の低い所)に温かく湿った空気が入るとき

それでは、登山当日(今回は岳沢への研修の日)がこの2つに該当するのかどうかを予想天気図で確認してみましょう。

図2 850hPa面(高度約1,500m)の気温と風予想図

図3 500hPa面(高度約5,700m)の気温予想図

雲がやる気を出す条件1の「上層に強い寒気が入っているかどうか」の目安は、500hPa面(高度約5,700m)の気温を見ることが多いです。6月上~中旬ではマイナス12℃、あるいはマイナス15℃以下が目安となります。梅雨明け後から秋雨に入るまでの夏山の時期は、マイナス6℃以下が目安になります。

あるいは、もう一つ目安があります。850hPa面(高度約1,500m)と500hPa面の気温の差を調べる方法です。

●850-500の気温27℃以上・・・雲が非常にやる気を出す(落雷、局地豪雨のリスクが非常に高い)

●850-500の気温24℃以上・・・雲がやる気を出す(落雷、局地豪雨のリスクが高い

●850-500の気温21℃以上・・・雲が少しやる気を出す(落雷、局地豪雨のリスクがやや高い)

図2、図3から500hPa面でマイナス15℃以下の寒気が接近していること(寒気が離れていく場所より、近づいてくる場所の方が雲はやる気を出す)、850-500の気温が23~24℃前後であることから、雲がやる気を出す状況だったことが分かります。

さらに、もうひとつの目安である発雷確率も見ていきましょう。

図4 発雷確率(6月11日15~18時)

上図は、発雷の確率を色で表したものです。穂高連峰付近では黄色の50%以上80%未満のエリアに入っています。これまでの天気図を総合してみた結果、穂高連峰では11日午後、大気の状態が不安定で、落雷や局地的な豪雨の危険性が高い、と言えるでしょう。

次に、登山ルート中、これらの気象リスクが高い場所について想定していきます。これは地形図や、過去の登山記録、登山アプリなどが参考になります。ここでは、国土地理院の25,000分の1の地形図からリスクを想定していきます。

図5 国土地理院の25,000分の1地形図(電子国土webより)

上高地から岳沢を経由して前穂高岳に登る計画を考えたとします。地形図中に書かれている1~7は気象や地形のリスクが想定される場所です。

1~4は、いずれも等高線が標高の低い方から高い方へ張り出しており、沢状の地形であることが分かります。このような場所では、普段は涸れた沢であっても、大雨の際には水量が多くなったり、鉄砲水が発生したり、土石流が発生する可能性があります。下降も同じルートを取る場合には、そのことを頭に入れておかねばなりません。特に岳沢の本流を横切る3と4の場所は、普段から水流がある場所で、大雨の際に通過できなくなる可能性が高い場所です。

写真1 増水した岳沢の流れ(坂本龍志氏撮影)

5と6の辺りは等高線が込み合っていることから傾斜が強いことが分かります。さらにこの辺りからは岩場のマークもあり、転滑落のリスクが高くなることも想定できます。過去の記録やエアリアマップなどを見ても、鎖場が連続することが書かれています。雨で岩が濡れれば、滑落のリスクはさらに増すことが考えられます。

また、5の辺りで植生のマークが広葉樹からハイマツ地に変わっています。この辺りが森林限界となります。もちろん、地形図が全て正しい訳ではなく、間違っている情報もありますから、現地で確認することが必要です。

森林限界より上部では、風や雷から身を守れる場所が少なく、荒天時には低体温症や落雷のリスクが高まります。したがって、ここで進退の判断をすることが重要になります。重太郎新道での森林限界は、地形図から2,500~2,600m付近と読み取れます。穂高連峰など標高3,000m級の山岳では西風が吹くことが多いです。前穂高岳の西側には、標高2,900m級の西穂高岳や間ノ岳がありますので、風はこれらの山に遮られて弱まります。標高2,900mの紀美子平(図中の7)を越えると、風はこれらの山に遮られなくなり、急に強まります。従って、紀美子平での進退判断も重要です。

さて、ここまで登山前に考えた上で、実際に歩いていきます。後編では、現場で雲を観察して、落雷や強雨をもたらす積乱雲の発達を予想する方法をお伝えします。 

文、写真:猪熊隆之(株式会社ヤマテン)

※図、写真、文章の無断転載、転用、複写は禁じる。


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