ヤマヒデの沖縄便りⅣ 歩き続けて 歩き続ける 再び

「基地の島」沖縄を歩き続け34年、気ままに綴ります。自然観察大好き。琉球諸島を戦場に据える「島嶼防衛」は愚の骨頂。
 

差別しながら平和はありえない(20210411)

2021年04月11日 | 考え直すために

 おはようございます。昨日石垣島から帰ってきて、色々書かなければと思っていたら、伊是名夏子さんのブログが炎上した事を知った。今朝「誰もが行きたいときに、行きたい場所へ」(YouTube)を見た。伊是名さんは車椅子を使って暮している。JR小田原駅(東海道線)から伊東線の来宮駅に行こうとしたらしい。小田原駅で来宮までと話したら、「熱海へ」と言われたという。来宮駅は階段しかなく、案内できないと。粘り強いやりとりの結果、駅員が来宮まで付き合い、行くことができたようだが、「特別にご案内します」と念を押されたという。

 この経緯をブログに書いたら、炎上したという。「我慢できないのか?!」と攻撃されているというのだ。

 私がこのことにこだわるのは1970年代から「障害者」と係わり、交通権の確保の闘いにも取り組んできたからだ。小田急線の梅ヶ丘駅にスロープの設置などを要求した地域の障害者達。当時はバス乗車拒否事件なども多発し、果敢な闘いがあちこちで起こっていた。私は介助にもとりくんでおり、あちこち旅にも同行した。夏には「障害者」とつくるサマーキャンプを何年も続けた。

 私の息子はこうした環境の中で成長した。4、5歳の時、車椅子の「障害者」を見て泣きわめいたが、高校生になったなら、先のサマーキャンプで積極的に付き合い、前向きに歩み出した。大学生になったら、もうばりばりの介助者になり、他の介助者に助言ができるまでになっていた。人間は、このぐらい変われるものだ。自分ができること、他人ができないことに留意し、如何したらできるのか、多様性をみつめ、一緒にやることの喜びを分かち合えるようになるようだ。

 2013年に障害者差別解消法ができたが、労働現場は人員削減が進み、正規雇用の労働者が削減され、不安定雇用が増えている。障害者の交通権を支えることができなくなっているのかも知れない。また交通は無人駅が増え、介助しようとしても人が居ない。

 「障害者」の闘いが・生きることが罵声でかき消される時代がきたのだろうか。「障害者なんだから我慢しろ」という気分が蔓延しているのだろうか。「強者」である人達は、自分の「特権」を誇示したいのだろうか。「強者」であれば、「身が安泰」だと思っているのだろうか。

 こうした差別意識は、戦争政策に利用される。「俺たちは勝ち残る」、「奴らのことは踏みにじれ」。差別が蔓延(はびこ)る社会は平和とは真逆だ。

 沖縄への差別は、「沖縄は基地で飯を食っている」かの予断が大きな影響を果たしている。だから我慢しろよってか?!! 

 平和と向き合おうとすれば、差別を黙認していたら不可能だ。ヘイトと闘うことは平和運動にとって一丁目一番地の闘いだ。〇〇ファーストの発想は強者の論理なのだ。

 ひとり一人が自分のことを決められる、お互いの自己決定に協力できる人間関係をつくることが重要だ。



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