ヤマヒデの沖縄便りⅣ 歩き続けて 歩き続ける 再び

「基地の島」沖縄を歩き続け34年、気ままに綴ります。自然観察大好き。琉球諸島を戦場に据える「島嶼防衛」は愚の骨頂。
 

【拡散願います】何がまっとうなのか?(20240115)

2024年01月15日 | 沖縄暮らし

おはようございます。2024年1月15日(月)晴れ。

 1月11日(木)に痛めた、左脚(後ろ)から腰全体が痛く、頭と身体の末端がどうもきっちり繋がっていない感じ。やる気が出ない。うーむ。

 ところで、能登の大地震のその後はどうなのだろうか? まだまだ孤立している場所があるようだし、そうでなくとも電気と水が止ったままのところが少なくないようだ。必要な物資が必要なところに運ばれていないようだ。こうした情報源は地元からしかあり得ない。「中央」が勝手に采配して手渡す方式は、痒いところに手が届かない。政治が地元を引き回すだけだ。地元(市町村/字)を支えるのは県であり、国が機能していかなければならない。また、地元を支えるのはボランティアだろう。

 今回は、政治家が現場に行かない合意を行ない(24年1月5日の与野党ーれいわ新選組と社民党を除くー合意)、現地を孤立させている。方針を混乱させているようだ。支援には物的支援ばかりか、まなざし・心の支援、連帯があるはずだ。そこを見据え、現地に入っているのが山本太郎だろう。現場で見て、話したことをまとめて問題提起している。彼のこうした活動は、蓄積があるからできるのだ。各地のボランティア団体とも繋がっている。常に情報を拓いてきたから有効なのだ。また、共産党は各地に組織があり、市町村議員、県議会議員がいるから、できることがある。

 自衛隊の派遣が遅れた。全然組織力を活かしていない。そもそも彼らは軍隊だから、上からの命令が無ければ動けない。だから判断も遅い。自然災害に見舞われるこの国で、それに対応できる組織がないのだ。この国で、何度大災害に見舞われてきたのだろうか。「米日同盟軍」が強化されてきた今、地域によりそえる部隊は大幅に減少してきた。だから迅速に対応できていないのだ。この点に明確に触れた指摘(批判)がなさ過ぎる。

 命の営みを守ることを国の責任にすべきなのに、真逆な動きが突き進んでいる。利権国家の歪み、米国追随の歪み。沖縄はまさに米国追随の中で首を絞めあげられている。「代執行」で無理矢理、新基地建設を強行するこの国。「負担軽減」になるとの名目で始まった新基地建設は、何処に向かうのか? 琉球諸島を軍事拠点化し、米国のEABO(機動展開前進基地作戦)の拠点として形が変えられつつある。「負担軽減」が「危険が一杯」の展開になってきた。

 何がまっとうなのか?! ここをそれぞれ考えて欲しい。私たちが生きる為に…。利権に弄ばれてはならない。金を代償にして、戦争を呼び込むなど愚の骨頂だ。冗談じゃない。私たちは何を観て、何をみえていないのだろうか。

 もう絶望的なこの国。しかし私は絶望的=絶望だとは考えていない。絶望するときは自死するときだとずっと考えてきた(この50年余り)。ところが、残念ながら「絶望的」の意味がどんどん深まってきた。絶望を跳ね返すのは、私たちの生き方による。自問し、あるべき道を探し、あるべき道に向かうだけだ。連帯の気持ちを膨らませることも重要だし、遊び心も大切だ。必死になりすぎず、周囲を見渡しながら、歩き続けよう。「歩き続けて、歩き続ける」(この標語は、私が1970年代後半から掲げてきたもの)。

 

 



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