武弘・Takehiroの部屋

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『天安門は見ていた』第1部② 第1次天安門事件と鄧小平の失脚

2024年06月19日 02時11分12秒 | 文学・小説・戯曲・エッセイなど

第2幕・・・第1次天安門事件と鄧小平の失脚

第1場 <2月中旬、北京市の郊外にある鄧小平の仮住まい。失脚した彼は、卓琳夫人と共にここに隠れ住んでいる。そこへ、長年の友人である趙刻明(ちょうこくめい・50歳ぐらい)が訪れてきた。彼は四川省出身で、某新聞の記者である>

趙刻明 「やあ、しばらくですね。ここに緊急避難ということですか?」
鄧小平 「党や政府の職務をすべて解任されたからね。もう“御用済み”ということだ(笑)」
趙刻明 「以前のように地方へ下放(かほう)されるよりはマシでしょう。あの時は紅衛兵に何をされるか分からなかったですからね」
鄧小平 「うむ、そうだね。あの時よりはマシかな」
趙刻明 「ところで、四人組はあなたの党籍をはく奪しようとしたんですって?」
鄧小平 「そうらしい。しかし、毛主席がそれだけは駄目だと断ったようだ」


趙刻明 「危なかったですね、党を除名されたら何もかも終わりだ。あの劉少奇さんのようになるところでしたよ」
鄧小平 「うむ、まったくね、危なかった」
趙刻明 「当分はこうして過ごすのですか?」
鄧小平 「仕方がないだろう、すべての職務を解任されたのだから。庭いじりでもしているか・・・(笑)。(卓琳に向かって)お前はどうする?」
卓琳 「それも良いですね。ゆっくりしましょう」
趙刻明 「おやおや、完全に“引退”の気分だな。しかし、毛主席が亡くなったらそうはいきませんよ。あなたにはまだすることが沢山ある。それを期待する人が大勢いますよ。それをお忘れなく」
鄧小平 「毛主席の命のことを軽々しく言うな。君は新聞記者だから“よそ事”のように言うね」


趙刻明 「いやいや、周総理が亡くなったのだから、それより年上の毛主席が亡くなってもなんらおかしくはない。おっと、少し不謹慎だったかな(笑)」
鄧小平 「君には困ったものだ。しかし、そういう非常時は覚悟しないといけない。いつ何時、何が起きるか分からないからね」
趙刻明 「一般の国民が、今度の事態をどう捉えているか分かっていますか。 周総理の死去をとても悲しんでいるんですよ。そして、四人組に対する怒りも大きくなっています」
鄧小平 「それは分かっているが・・・」
趙刻明 「だから、何が起きるか分からないのだ。いや、こんな話はまた後でするとして、華国鋒氏が総理代行に就任しましたね。あなたはこれをどう見ているのですか?」
鄧小平 「どう見ているかって、これは毛主席の意向だから仕方がないだろう。張春橋などを後任に据えたら、党内がまとまらないのは分かっている。だから仕方がないのだ」


趙刻明 「そうですね、毛主席の意向だ。それは仕方がないとして、あなたは華国鋒氏をどう見ていますか。彼は特段の才能があるとは思えないが」
鄧小平 「でも、人柄は良さそうだな」
趙刻明 「なんと言っても、党内基盤が弱そうだ。彼を積極的に支持する人がどのくらいいるのかな・・・」(ここで卓琳が割って入る)
卓琳 「お話し中ですが、よければ食事にしましょう。趙さんとは久しぶりですからね。この人も待っていたのですよ」
鄧小平 「食事はどうかね」
趙刻明 「ああ、いいですよ」
(そして、3人が食卓に着く)

 

第2場 <3月中旬、北京・海淀区(かいでんく)の学生街にある大衆食堂。宋哲元、李慶之、陶円方が話し合っている。そこには、李慶之のガールフレンド・摂栄花(せつえいか・21歳)も同席>

宋哲元 (李慶之に向かって)「君の友人は可愛いね。うらやましいよ」
李慶之 「僕と同級生の摂栄花さんだ。よろしくね」(摂栄花が一礼する)
陶円方 「素敵な人だ。精華大学は美人が多いね(笑)」
李慶之 「いやいや、同じゼミで知り合ったんだよ。政治や社会問題は素人だから、君たちの話を一緒に聞こうということになったのだ。 ところで、鄧小平氏に対する批判がずいぶん強まっているね」
宋哲元 「うん、北京大学では鄧批判の大字報(注・壁新聞のこと)があちこちに張り出され、演説をぶつ学生まで現われている。“走資派”を一掃しろなどと叫んでいるよ」

李慶之 「うむ、精華大学でも同じようなことが起きている。周総理を“最大の走資派”だと批判しているんだ。(摂栄花に向かって)君も知っているだろう?」
摂栄花 「ええ、私もそういう記事を見ました」
陶円方 「北京市内の掲示板から、鄧小平氏の写真がどんどん撤去されているよ。そのうち写真は全部なくなりそうだ」
李慶之 「えっ、それは酷いな。あの文革のころを思い出すね」
宋哲元 「仕方がないよ、鄧小平氏はすべての役職を解任されたからね。四人組がここぞとばかりに総攻撃をかけてきたのさ」
陶円方 「しかし、いいニュースもあるぞ。南京市では周総理の追悼集会が開かれ、四人組を非難する運動も起きているそうだ。
市民たちは明らかに周総理や鄧小平氏を支持しているね。こうした動きは南京だけでなく、もうすぐ北京でも現われてくると思うよ」

宋哲元 「いや、そういう動きはもう出ている。周総理を追悼する『人民英雄記念碑』には、花輪などを捧げる市民が出てきたそうだ。僕も近いうちに訪れようと思っている。(陶円方に向かって)どうだ、一緒に行かないか?」
陶円方 「うむ、いいよ」
李慶之 「そうか、すると来月の清明節(せいめいせつ)へ向けて、そういう動きが広がっていきそうだな。(摂栄花に向かって)どう、行こうか」
摂栄花 「ええ、いいですよ」
宋哲元 「ハッハッハッハ、彼女と二人で行けるなんて結構だな、君は幸せ者だよ」
李慶之 「冷やかさないでくれ、真面目に考えているんだ」

陶円方 「そうそう、哲元はすぐに茶々を入れる、二人がうらやましいんだな」
宋哲元 「いや、これは失礼。つい口が滑ったが、一人より二人の方がいいに決まっている。そんなことより、来月の“清明節”はきっと盛り上がるよ。
死者を弔う日だから、多くの人が周総理を哀悼するだろう。われわれもみんなに呼びかけていこうじゃないか。きっと、多くの学生が賛同してくれるだろう」
陶円方 「うむ、当局は警備を厳重にするだろうが、そんなことは構うものか。ここ北京での動きが、全国に影響を及ぼすに違いない。覚悟を決めてやっていこう」
(他の3人も同意) 

 

第3場 <3月下旬、北京・中南海にある江青の居室。江青ら四人組が集まっている>

張春橋 「南京であんなに盛大な(周恩来の)追悼大会が開かれるとは思わなかった。気をつけないと、北京やその他の地域にも広がる恐れがある。十分に注意しよう」
江青 「そうですね。姚文元同志が出した“走資派批判”の記事は素晴らしかったのですが、敵も反撃態勢を整えてきています。ここは清明節に向けて、一段と気を引き締めていきましょう」
姚文元 「私の記事を評価してくれたのはありがたいが、まだまだ不十分ですね。第2、第3の有効な攻撃手段を考えなくては」

王洪文 「姚同志の記事はとても効果的でしたよ。現に精華大学では、周恩来を激しく批判する動きが出ましたからね。
ただ、北京でも学生や市民たちの追悼ムードが広がっている。これはわれわれに対する攻撃や挑戦にひとしい。早く手を打つ必要がありますね」
張春橋 「うむ、そこで公安部には取り締まりを強化するよう頼んでいるが、北京市党委員会にも協力を要請する必要がある。呉徳(ごとく)第一書記には私から強くお願いしておこう」
江青 「そうですね、万全の態勢で清明節に臨まなければなりません。その点は、華国鋒総理代行にも進言するつもりです。
しかし、あの男は何を考えているのか分からないようなところがあります。ですから、毛主席にもこの点を伝えておきましょう」

張春橋 「万一、騒動などが生じれば、これは“反革命的”な行為として処罰する必要がある。実力行使もやむを得ない。その点は覚悟して臨む方針です」
姚文元 「毛主席には、事前にしっかりと説明しておきましょう。われわれに敵対する者は反革命分子だと」
江青 「主席はもちろん分かってくれます。われわれを攻撃することは、毛主席に対する“反乱”と同じことです。そういう動きは断固として鎮圧しましょう。
文化大革命はまだ終わっていないのですよ。主席がご存命中に革命を完遂しなければなりません。そして、最後に私たちが勝利を収めるのです。その点を、しかと心に留めておきましょう」
王洪文 「素晴らしいお言葉だ、感動した。われわれは江青同志を中心に、さらに団結を固めていきましょう!」 

 

第4場 <4月初めの夕刻。北京の天安門広場の近くに、趙刻明が取材に来ている。彼のモノローグ>

趙刻明 「おお、もの凄い人数の人たちが天安門広場へ向かっている・・・彼らは亡き周恩来総理を追悼するために、人民英雄記念碑のところに行くのだ。
花輪や幟(のぼり)などを持った人がここかしこにいる。周総理の写真を掲げる人たちもいる。大変な熱気だ。こんな光景は見たことがない。
とにかく、ここにいてはよく分からない。広場の中に入って話を聞いてみよう」
<趙刻明が天安門広場に入っていく>

趙刻明 「いや、驚いた。みんな、どういう気持なのだろう。老若男女の市民に、学生たちも数多く参加しているようだ・・・ 失礼、あなた方はどうしてここに来たのですか?」
市民A 「私は周総理に、最後のお別れをするために来たのですよ。私の友人たちも同じ気持です」
市民B 「周総理は、われわれ人民と中国のために尽くしましたからね。心から尊敬しています」
市民C 「あの人ほど中国人民を愛してくれた人はいない。俺は心の底から感謝しているんだ!」

趙刻明 「みなさんの気持はよく分かります。私も周総理の死去を残念に思います。ところで、鄧小平さんが全ての役職を解任されたようですが、これはどう思いますか?」
市民B 「それも残念ですね。あの人はわれわれの生活や経済活動のために、いろいろ努力してくれましたから」
市民C 「まったく許せないよ! どうせ“四人組”の仕業(しわざ)だろう。毛主席も入れて“五人組”だと言う人もいるぞ!」
市民A 「おい、君、あまり大きな声を出すなよ。毛主席の悪口を言うと、その身に何が起きるか分からないぞ。この人はどうも口が悪くて・・・」
趙刻明 「いやいや、気にしないでください。みなさんの気持が分かって良かったです。どうぞ気をつけて、英雄記念碑の方へ行ってください」

(3人の市民が立ち去って、趙刻明がモノローグ)
    「いろいろ参考になったな。市民の人たちは周総理の死去を悲しんでいるし、鄧小平氏の解任も残念がっているようだ。 今度は誰に聞こうか・・・ おっ、学生が数人やって来るぞ。さっそく聞いてみよう。
そこの学生さん、ちょっといいですか」
宋哲元 「はい、どういうことでしょうか?」(学生たちが立ち止まる) 

趙刻明 「話を聞きたいのですが、あなた方の大学では当局の“干渉”が強まっているようですね」
宋哲元 「僕は北京大学ですが、監視や警告が強化されて息苦しい感じになっていますね。壁新聞の論調もそうです。
(李慶之を指差して)彼は精華大学ですが、同じじゃないですか」
李慶之 「だいたい同じですよ、大学当局がうるさく言ってきます。でも、僕らの大学では勇気をふるって、清明節に向けて行動しようという呼びかけが学生たちから出ています。負けていませんよ」
摂栄花 「私たち女子学生も立ち上がっています。天安門広場に来る学生は、日々増えていますよ」

趙刻明 「そうか、頼もしいですね。こうして何万、いや何十万もの人たちが周総理の死を悼み、立ち上がっているのを見ると感動します。
それにしても、鄧小平氏の写真が北京市内からすべて撤去されたのをどう思いますか?」
陶遠方 「僕も北京大学生ですが、それは間違いなく“四人組”の仕業ですよ。こんなことは絶対に許せない!
 四人組はあらゆる権力を使って、僕らを弾圧しようとしているのです。鄧小平さんもあいつらの犠牲になっていますね。このまま行くと、お先 真っ暗という感じです」
宋哲元 「四人組に抗議するため、僕らは上海(しゃんはい)の製品の“不買運動”を始めましたよ」

趙刻明 「そうそう、これは大ごとになるね」
李慶之 「上海の製品は、自転車を始めすべてボイコットしています。これは四人組にとっても大打撃ですね。なにせ、彼らは上海が拠点ですから」
陶遠方 「上海は目の敵(かたき)にされていますよ。彼らのサッカーチームが行くところでは、試合開始から終わるまで、猛烈なヤジと怒号が沸き上がっているようですね。いい気味だ!」
趙刻明 「うむ、それも聞いていますよ。だから、四人組、いや張春橋さんらはとても困っているという。
この騒動が一日も早く、収束されることを願っているのでしょう。彼らも焦っているのですよ」
宋哲元 「すいません、僕らは今から人民英雄記念碑のところに行きますので」
趙刻明 「いやいや、引き留めてすみませんでした。では、お元気で」
(4人の学生が立ち去る) 

 

第5場 <4月初旬の夜、北京の中南海にある江青の居宅。江青ら四人組が集まっている>

江青 「夜ごと、天安門広場に群衆が集まって、騒動が大きくなっている。日を追うごとにその数が増えていますね。 
彼らは大きな声でわめいたり、中には演説をぶったり労働歌を唄う者もいるそうです。われわれを批判する連中もいるとか・・・
警備当局は取り締まりを厳重にしているものの、広場はまるで“無法地帯”になっているようですね」
張春橋 「まったくやりきれない。周恩来に捧げる花輪が2千にも3千にも達しているそうだ。
それだけならまあいいが、人民英雄記念碑の周りにはいろいろな壁新聞が張られているそうだ。このままでは、4日の清明節にはなにか大きな混乱が予想されるね」

王洪文 「4日には政治局会議が予定されていますが、そこでしっかりした対策を打ち出しましょう」
姚文元 「もう間に合わないかもしれないが、呉徳(注・北京市党第一書記)に対して“非常手段”を取らせるしかないですね」
江青 「いざとなれば、実力行使が必要となります。民兵や警官のほかに公安部隊も動員して、広場を封鎖するしかないでしょう」
張春橋 「本当にえらいことになった。われわれの文革路線が群衆から批判されるとは・・・ それもこれも鄧小平が陰で仕切っているのですよ。あの男が許せない!」
王洪文 「彼の役職離脱だけではもの足りません。政治局会議で正式に“解任”しましょう」

江青  「それを4日の会議で決めましょう。毛主席には私からお伝えして、必ず認めてもらいます」
姚文元 「できれば鄧小平本人にも出席してもらいたいな。その方がみんなに完全に納得してもらえます」
張春橋 「うむ、その通りだ。華国鋒らも反対することはないだろう」
江青 「そうですね、鄧小平本人が出てくれば正式解任に重みが出ます。これで彼を事実上、永久追放にすることができますよ」
王洪文 「そうだ、最悪の事態になった場合は鎮圧などの非常措置を講じるよう、私から呉徳に伝えます。彼もきっと分かってくれるでしょう」
張春橋 「いよいよ決戦だ、覚悟を決めて臨もうではないか」
(ほかの3人も同意) 

 

第6場 <4月4日夜、北京で中国共産党の政治局拡大会議が開かれた。これは総理代行の華国鋒が主宰し、江青や王洪文、張春橋、李先念呉徳ら十数人が出席している>

華国鋒 「政治局のみなさん、天安門広場での故周恩来総理の追悼大会は、ますます騒然とした状態になっています。 50万人が入るという広場は、公安部などの調べによると群衆でもう埋め尽くされています。
これから何が起きるか、予断を許しません。とにかく十分な警戒が必要でしょう。そこで、北京市の呉徳第一書記に、これまでの経過や対策を説明してもらいます。呉徳さん、どうぞ」


呉徳 「私たちは追悼大会を主催するみなさんと、これまでずっと対策を協議してきました。 そして、昨日になって各界の代表と話し合った結果、問題の花輪や幟(のぼり)などは、6日に自主的に撤去することで合意しました。
ただし、予想以上に大勢の市民らが押しかけており、中には党中央を公然と批判したり、壁新聞にけしからん記事を掲載する輩(やから)も出てきています。 
このため、警備や取り締まりをいっそう厳重にする方針で対処しています」


張春橋 「6日に花輪などを撤去するというのは、遅いのではないか。こういう事態では、一刻も早く撤去すべきでしょう」
王洪文 「群衆はうっぷんを晴らすために、燃え上がっていますよ。早く手を打つべきです」
李先念 「いや、彼らをあまり刺激するのは良くない。ここはじっと耐えていくべきです。清明節を乗り切れば、騒ぎは自然に収まっていくと思うが・・・」
張春橋 「そういう甘い対応では、彼らをますます増長させ火に油をそそぐことになりますよ。ここは断固とした取り締まりが必要です」
李先念 (怒って)「なにっ、甘い対応だって!?」


呉徳 「まあまあ、お二人とも冷静にどうぞ。 われわれ北京市は警官のほかに公安部隊、民兵の諸君も動員して万全の態勢で臨んでいます。
騒乱など万一のことがあれば、もちろん実力行使もやぶさかではありませんので、ご安心のほどを。とにかく、市民や各界の代表との約束を守っていきましょう」
華国鋒 「そうですね、ここは呉徳さんの方針を信頼してやっていきましょう(そこへ、事務局員Aが飛び込んでくる)。 なんのことかね、報告しなさい」

事務局員A 「はい、報告します。 ただいま広場で、江青夫人に対し激しい非難演説をする者が現われました。演説はまだ続いています」
張春橋 「なにっ、江青夫人を非難しているって!?」
王洪文 「それは本当か? 本当なら許せない!」
事務局員A 「はい、江青夫人を“紅い女帝”と呼び、西太后(せいたいこう)に見立てて非難演説を続けています」 

 

(事務局員Aが退場、室内が気まずい雰囲気に。やがて江青が立ち上がって発言する)
江青 「いまの報告を聞くと、もはや一刻の猶予も許されません。私のことをあの西太后に擬するなど、もってのほかです! 
ただちに実力行使に出て不埒(ふらち)な者どもを逮捕し、英雄記念碑にある花輪などを撤去すべきです。 呉徳第一書記、決断をお願いします」
張春橋 「そうだ、このまま放っておいては、騒ぎはますます拡大するだろう。これはわが中国共産党や、毛主席に対する重大な挑戦だ。放っておくわけにはいかない!」
王洪文 「その通り、もはや許されない事態だ。われわれは決断して、断固たる処置を講じるべきです!」

華国鋒 (しばらくして)「呉徳さん、どのようにしたら良いのですか?」
呉徳 「今夜はもう遅いでしょう。時間は零時を過ぎており、これから何をするというのか。市民たちとの約束もあるし・・・」
姚文元 「そんな曖昧(あいまい)な態度が、反革命の奴らをますます増長させるのです。ここは断固たる処置を一刻も早く執るべきです!」
江青 「あなたのそのいい加減な態度が、反革命分子をのさばらせているのですよ。あなたは“鄧小平の毒”に侵されているのですか!?」
呉徳 「いい加減な態度とはなんだ! 私は全力で事に当たっているんだ!」

華国鋒 「まあまあ、冷静に。呉徳第一書記、ここはやはり決断すべきですね。深夜のこととはいえ、国家の一大事です。実力行使に出ましょう」
呉徳 (華国鋒に向かって)「あなたにそう言われたら仕方がない。徹夜の実力行使になるが、これは政治局会議で決まったことです。さっそく手を打ちます」
華国鋒 「呉徳さん、ありがとう」
張春橋 「よく決断してくれました。これで反革命分子を一掃できますよ」
華国鋒 「本日はこれにて閉会します。各人がそれぞれの部署で最善を尽くしましょう」
(一同、散会) 

 

第7場ー1 <4月5日夜、天安門広場。大勢の市民、労働者、学生たちが集合し騒然とした状況になっている。その中に宋哲元、李慶之、陶円方、摂栄花らの姿も見える>

陶円方 「ひどいぞ、英雄記念碑にあった花輪などが全部なくなっているじゃないか。昨夜のうちに撤去したのか」
宋哲元 「花輪のほとんどは八宝山の革命公墓で燃やされたというぞ。周恩来総理に捧げたものなのに、勝手に燃やすなんてまったく許せない!」
李慶之 「当局の発表では、民衆が天安門広場で反乱を起こしたと言っているそうだ。反革命的な政治事件ということだが、どういうことなんだ」
摂栄花 「たしかに市民の一部が怒って、警備員に暴行を加えたり車両に火を放ったりしたそうですが、それは当局側が花輪の撤去など一方的な仕打ちをしたからです。
そんなことをしなければ、暴行や放火など起きるはずがありません。当局の強引な措置こそ問題ですよ」

陶円方 「当たり前だ! 民衆を怒らせておいて、一方的に弾圧するなんて理不尽きわまりない。みんな、怒っているぞ。われわれも抗議の声を上げようではないか!」
宋哲元 「そうだ、市民や労働者のみなさんと一緒に抗議しよう。広場の中央へ行くぞ!」
(4人が他の学生たちとともに、群衆の中へ入っていく。すると、市民たちが抗議集会を開いており、数人が交互に演壇に立って演説をしていた)

市民A 「花輪や壁新聞はあす6日に撤去することで合意していたのに、当局は今朝、約束を破ってそれらを始末し燃やしてしまった。
こんな一方的な仕打ちがあるだろうか。これから北京市当局に対し断固とした抗議をしていこう!」
市民B 「せっかく周恩来総理を追悼していたのに、実に不愉快な結末を迎えた。これは何もかも、党中央に居座っている“四人組”のせいだ! 
今こそ私たちは立ち上がって、正邪・善悪を明らかにしなければならない!」 
(市民たちの喚声や拍手が沸き上がる)

市民C 「公安部隊や民兵まで動員して、われわれを監視しているのはおかしいではないか! 当局はなにを考えているのか。
まさか実力行使に出て、われわれを弾圧するわけではないだろうな。もしそうなれば、この国ももう終わりだ。どちらが正しいのか、中国国民に訴えよう!」
(再び喊声や拍手が沸き上がる)
学生の代表 「市民や労働者のみなさん、私たち学生も黙ってはいられず、こうして抗議集会に参加しました。
党中央や北京市当局の対応はまったく変です。こうした集会を“反革命的”だと言って非難しています。しかし、どこが反革命的なのだろうか。
正当な理由を掲げ抗議しようというのが、どうして間違っているのだろうか。間違っているのは党中央や北京市当局です!
彼らこそ、今度の周総理追悼大会への対応を反省すべきです。いや、むしろ謝罪すべきです!」
(拍手や喚声が上がるのとほぼ同時に、周囲から怒号や悲鳴が聞こえてきた)

市民D 「大変だ! 公安部隊や民兵が襲ってきたぞ!」
市民E 「みんな逃げろ! ぼやぼやしていると逮捕されるぞ!」
市民F 「奴らは棍棒を振るっている、ケガ人が出ているぞ! 逃げろ!」

(天安門広場に公安部隊や民兵、警官らが突入し、市民や学生たちに襲いかかる。広場は大混乱に陥り、いたるところで悲鳴や怒号、叫び声が聞こえる) 

 

第7場ー2 <同じ5日夜、天安門広場の西側にある人民大会堂。階上には江青ら四人組がいて、江青は双眼鏡で外を覗いている> 

江青 「ごらんなさい! 反革命分子たちへの鎮圧が始まりましたよ。いい気味だわ」(彼女が双眼鏡を姚文元に手渡す)
姚文元 「おお、ものすごい迫力ですね。これで群衆はすぐに退散するでしょう」(このあと王洪文、張春橋と相次いで双眼鏡を覗く)
張春橋 「逮捕者がずいぶんいるようだ。ケガ人も相当に出ているね・・・ これで追悼大会は完全に終わりということだ」(張春橋が双眼鏡を江青に返す)
江青 (興奮気味に)「やりなさい、徹底的にやりなさい! 私だって“棍棒”で奴らをぶちのめしてやるわ!」

王洪文 (やや呆れて)「江青同志、それは少し言い過ぎではないですか」
江青 「あら、ごめんなさい。私はどうも興奮するクセがあるので・・・ホッホッホッホ。 でも、これですっきりしたわ。朝からずっとここにいた甲斐がありました。
毛主席にはさっそく報告します。主席もきっと納得してくれるでしょう」
張春橋 「あとは鄧小平をどう処分するかです。今度の騒動の裏に鄧小平がいたことは確かだし、彼を支持する一派が大いに扇動したことは間違いありません。
次の政治局会議で、彼の“永久追放”処分を正式に決めましょう」
(そこに、毛沢東の甥・毛遠新が入ってくる>

張春橋 「おお、待っていたぞ。毛主席はなんと?」
毛遠新 「驚きました・・・残念ですが、主席は次の総理には華国鋒氏を充てるようにと。それに、彼を“党第一副主席”に抜てきせよと言うのです」
王洪文 「なにっ、それは本当なのか」
毛遠新 「はい。そして、鄧小平についてはすべての職務を解任するが、党籍だけは残すようにとの正式なご指示です」
姚文元 「それでは、彼の永久追放はないというのか」
毛遠新 「そうです。私も耳を疑いましたが、主席ははっきりとそう述べました」

江青 「仕方がないわね。あとでもう一度 確かめますが、主席が遠新(えんしん)に間違いや偽りを言うことはありません。
残念ですが、党内の長老との融和を第一に考えたのでしょう。あの方は、いざという時にはバランス感覚を大切にする人です。党の『安定団結』をいつも言っていますからね。
仕方がないです。これで気を落とさず、次のステップのことを考えていきましょう。 次はわれわれが最高権力を掌握し、鄧小平一派を完全に追い落とすことです。
それによって、わが党と中国には、明るい未来と展望が開かれることになるのです」
(一同、うなずく) 

 

第8場 <4月下旬のある日、北京郊外の鄧小平の仮住まい。鄧小平と胡耀邦(60歳)のいるところに、趙刻明が訪ねてくる> 

趙刻明 「お久しぶりです。おや、お客さんですか?」
鄧小平 「紹介しよう。こちらは記者の趙刻明君、昔からの友人だ。こちらは中国科学院副秘書長をやっていた胡耀邦氏だよ」
(胡耀邦と趙刻明が互いに挨拶する)
趙刻明 「お名前は知っていましたが、どうぞよろしく。胡耀邦さんは役職を解かれたそうですね」
胡耀邦 「ええ、鄧小平さんに続いて解任されました」
鄧小平 「彼とは昔からの同志だから、私の解任の巻き添えを食った形になったね。お気の毒だ」
胡耀邦 「いやいや、仕方がないですよ。巻き添えを食った者は他にも大勢います(笑)」

趙刻明 「そうですか、四人組の仕業なんだ。しかし、天安門事件を調べていると、鄧小平さんへの支持と期待度が非常に大きいことが分かりました。 
周総理の本当の後継者であることは、衆目の一致するところでしたね」
鄧小平 「そう言われることは嬉しいが、全ては時の流れ、運命ということだな。それを受け入れるしかない」
胡耀邦 「われわれはあくまでも鄧小平先生を支持し、ついていきます。いずれまた、先生の“出番”があると信じていますね」
趙刻明 「そうですか、私も信じていますよ。このままでは、中国の近代化は遅れるばかりです。 せっかく日本やアメリカとも、国交正常化の道が開けてきたというのに」
鄧小平 「うむ、君の言うとおりだね。四人組に任せていると、近代化や経済の発展、国民生活の向上などは遅れるばかりだ。 
率直に言おう。彼らは党内の“権力闘争”にしか目が無いのだ。毛沢東思想に基づいて、革命か反革命かの仕分けをしているにすぎない。
こんなことでは、近代化や経済の発展などは望めない。そういうことを、国民はなんとなく分かってきたのではないか。 周総理の追悼大会があれほど盛り上がった背景には、そういう動きがあったと思うよ。つまり、党中央への批判だ」

胡耀邦 「同感です。党指導部はもっと現実的にならなければ」
趙刻明 「なるほど・・・ そうすると、毛主席がいつ他界されるかが焦点になってきましたね。四人組はそれに備えて、党内の権力基盤を確立しようと懸命ですから」
鄧小平 「おいおい、そういう言い方は不謹慎だな。君は新聞記者だから仕方がないか(笑)」
胡耀邦 「いや、あなたは本当のことを言ったと思うのです。周総理亡きあと、残るは毛主席のお命が・・・ おっと、私も不謹慎でしたか。失礼」
趙刻明 「失脚したお二人だが、非常事態にいつも備えておくべきですね。国民はそれをじっと見守っていますよ。私は記者だから、肌で感じています」
鄧小平 「そうだ、君は率直に言ってくれたね。ありがとう」 

 

幕間『まくま』 <7月末、唐山大地震が起きた直後の北京。天安門広場の片隅にいる瘋癲(ふうてん)老人徘徊(はいかい)老人の会話。2人とも70歳ぐらいか?> 

瘋癲老人 「唐山(とうざん)で起きたという大地震はひどかったね。うちの家は土塀やレンガが崩れたよ」
徘徊老人 「まだ余震が続いているな。150キロも離れているのに、いつまで揺れるのだろう」
瘋癲老人 「まだ続くさ、こんな地震は初めてだ。みんな怖くて外に出ているが、真夏で良かったね。冬だったら寒くてかなわんよ」
徘徊老人 「うん、俺はいつもぶらぶらしているから同じだけどね。しかし、俺の家は大丈夫だろうか」
瘋癲老人 「そうか、お前はまだ家に帰っていないのか。相変わらずだな」
徘徊老人 「帰るもんか、あちこちで“残飯”をもらってぶらぶらしているよ。みんな外に出ているから好都合さ、ハッハッハッハッハ」


瘋癲老人 「ふん、お前らしいな。俺は家族に邪魔にされるから、できるだけ外を歩き回っている。しかし、残飯はもらいにくいな・・・ なにか目についたことはなかったのか?」
徘徊老人 「子供はピクニック気分だから、外でキャ~キャ~言って遊んでいるよ。そうそう、面白いことがあったな。
ビールの空き瓶を逆さに立てて、それが余震で倒れると『シャオピン(小瓶)が倒れた』と言ってはしゃいでいたぜ」
瘋癲老人 「なにっ、シャオピンが倒れた?」
徘徊老人 「そうさ、シャオピンだ、あのシャオピンだよ」

瘋癲老人 「そうか、シャオピン(小平)だな・・・鄧小平(トン・シャオピン)が倒れたか! うまいことを言うね~」
徘徊老人 「子供は頭がいいよ、天安門事件のことをよく覚えている。それだけ鄧小平の話は広がっているんだ。ところで、世の中はどうなるのかな~」

瘋癲老人 「うむ、今年は呪われた年だ。周恩来も朱徳も死んで、とんでもない大地震が起きたろう。そのうち、また誰か死ぬさ」
徘徊老人 「じゃあ、毛沢東か」
瘋癲老人 「おいおい、私服がその辺にいるぞ」
徘徊老人 「私服警官か。かまうものか、どうせ俺たちは先が短いんだ」
瘋癲老人 「そうだな、俺は野垂れ死には嫌だが、お前は気をつけろよ」
徘徊老人 「うむ、ところで・・・」
(その時、地面が揺れ始める)
瘋癲老人 「おい、大変だ。また、余震だぞ」
徘徊老人 「余震か、いつまで続くんだ!」
(2人は安全な場所を探し始める。舞台は暗転) <続く>


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