相沢祐一の『北信越(北陸・信州・越後)』乗り撮り鉄道記

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2010年1月11日「冬の青春18きっぷの旅」日帰り編(主に大糸線)その6・キハ52系撮影など・・・

2010-01-31 22:16:42 | 新潟、関東の「乗り鉄・撮り鉄」記




駅外側から撮影した「赤レンガ倉庫」です↓
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いよいよ解体までのカウントダウンが始まる寸前です。



そして改札をくぐり、ホームへ出ました↓
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南小谷から来た「キハ52系」が到着しました。


「キハ52系」に結構人が集まっていました↓
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「特急あずさ3号」で南小谷まで行き、南小谷から乗車した人が多いですね。
(それ以上に鉄な人ばかりが多かった)


457系が停まっていました↓
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この撮影後、発車しました。



「赤レンガ倉庫」を撮影する人が結構いました↓
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移転保存してもらいたいのですが・・・・


キハ52系タラコ色が見えました↓
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後ほど、これに乗って南小谷まで行きます。


キハ52系タラコ色が、駅構内を移動しています(動画)↓




その後、4番線ホームの「キハ52系」を撮影していると・・・↓
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「タラコ色」が通過して行きました。


2番線ホームに入線しました。これが13:12発の南小谷行きになります↓
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結構乗っていきます。南小谷到着後は、「特急あずさ26号」新宿行きに接続します。
(まあ、これを見る限り、鉄ヲタが圧倒的に多い)




こうして、13:12発の南小谷行きに乗りました。とりあえず、終点の南小谷駅まで行きますが・・・



次回「その7・南小谷から『特急あずさ26号』で白馬へ」に続きます。それでは・・・・








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2010年1月11日「冬の青春18きっぷの旅」日帰り編(主に大糸線)その5・この日は静かな海でした

2010-01-31 12:25:46 | 新潟、関東の「乗り鉄・撮り鉄」記



海に着いたのですが・・・これは?↓
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横断歩道がないので、地下から行きます↓
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真夜中には歩きたくないですね。(危なすぎる・・・orz)



そして、建物の上へ・・・↓
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この事業で建てられたものでしょうか?↓
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大変な災害だったようで・・・


ここから見る海は絶景です↓
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大昔に「奴奈川姫」も海を見ていたのでしょう。


しばらく海の風景を動画でご覧下さい(動画)↓




建物から見た駅につながる道路です↓
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先ほどの「奴奈川姫」の像が見えました。


国道8号線、上越方面です↓
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こちらは富山方面です。



それから、建物から降りました↓
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とりあえず、お別れですね。



急いで、糸魚川駅に戻ります↓
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この道をまっすぐに行きます。




ようやく、糸魚川駅に到着しました↓
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いよいよ、大糸線の列車に乗りますが、その前に・・・


この続きは、「その6・キハ52系撮影など・・・」でお送りいたします。それでは・・・







            Written by てつ人28面相



2010年1月11日「冬の青春18きっぷの旅」日帰り編(主に大糸線)その4・駅前の散策と奴奈川姫の伝説

2010-01-31 11:08:34 | 新潟、関東の「乗り鉄・撮り鉄」記
前回は、糸魚川駅を出たところまででした。




しばらく散策していると、このような場所に(この日は6℃・・それでも寒い)↓
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掲示板を見てみました(七福神に奴奈川姫を加えて「八福神」にしています)↓
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もっと時間があれば、すべて回れるのですが・・・


このような感じで「まちの駅」が整備されています↓
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少し歩くと、この建物が目に入りました↓
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「史跡 相馬御風宅」とあります。


これを見ると「新潟県史跡 相馬御風宅」とあります↓
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このトタン部分が、現在を感じさせています(昔は隣の家とくっついていたのかな?)



さて、昼食も済ませて海へ向かって歩きます。駅から海までは約10分くらいなので余裕ですね。




そして、海の手前の国道8号線でまた「奴奈川姫(ぬなかわひめ)」の像を見る事ができました↓
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姫の下につかまっている子供はいったい?(糸魚川市のHPを見てみるか・・・)


ここにも「奴奈川姫」についていろいろあります↓
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めんどくさいので「フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』」から転載します。


前もって言いますが、ウィキでは『沼河比売(ぬなかわひめ、奴奈川姫)』となっています。
(以下、ウィキより転載)


 沼河比売(ぬなかわひめ、奴奈川姫)は、日本神話に登場する神である。
 『日本書紀』には登場せず、『古事記』の大国主の神話の段に登場する。八千矛神(大国主)が高志国の沼河に住む沼河比売を妻にしようと思い、高志国に出かけて沼河比売の家の外から求婚の歌を詠んだ。沼河比売はそれに応じる歌を返し、翌日の夜、二神は結婚した。
(『古事記』ではここまでしかない)


 『古事記』にはこれ以外の記述はないが、新潟県糸魚川市に残る伝承では、大国主と沼河比売との間に生まれた子が建御名方神で、姫川をさかのぼって諏訪に入り、諏訪大社の祭神になったという。『先代旧事本紀』でも建御名方神は沼河比売(高志沼河姫)の子となっている。
(以上、ウィキからの転載)



いろいろありますがあとは、ウィキの「沼河比売」や「奴奈川姫」でインターネットを検索すればいろいろな情報がみれるのでぜひ検索してみましょう!!


ちなみに糸魚川市を流れる一級河川「姫川」の名前の由来は、「奴奈川姫」からであるのは説明は不要でしょう。




こうして、海につきました。そこからしばらく眺めていたのですが、次回「その5・この日は静かな海でした」に続きます。それでは・・・








            Written by てつ人28面相