朝 アスナくんは帰ったようだった。
大谷さんは自宅が鍼灸院で仕事
8時半頃起きて
コーヒーを淹れてもらう。
11時頃田口さんも起きてきた。
私は休みと昨日の夕方の時点で決まっていた。台風がくるから休めといわれたのだ。
昼 大谷さんも往診にでも行っていたのだろう。
帰ってくるのを待って一緒に昼飯をいただく。
台風の被害は伊豆大島で甚大のようだ。
午後1時半頃
とっちゃんが田口さんと私を村門近くの私の車が止めてある駐車場へ送ってくれる。
田口さんはリサイクルセンターや古道具屋を巡って様々なレコードを発掘している。もはや仕事と趣味の境目もわからなくなっているそうだ。私はちょうど休みになったのでそれにつきあうというか足になってあげることにしたのだ。
一件目で田口さんを下ろしてまた大谷家へ。田口さんは忘れ物をしたのだった。
一件目収穫なし。
私はヴェルヴェットのストラップを購入す。
魚津へむかう。
私も大谷さんも目をつけている店へあないす。
田口さんはバウンドドッグテイラーのTシャツを着ておる。
意外だった。20年くらい前まではレコード屋でブルース担当だったそうだ。だからブルースはもちろん聞き込んでいるし好きだそうだ。
なるほどだから私のCDもちゃんとわかりやすいところにディスプレイしてくれてあったのだな。
それにPヴァイン井上さんとも勝新のレコードを創ったりして一緒に仕事もしているほどよく知っているという。ペーソスもみんなしっているという。都築さんも。
何でも繋がっているもんだ。
この店にはいるとレコードがわんさかあった。
田口さんは丹念にぎんみする。私は背表紙を見るのが精一杯だ。はっきりいって昔のアイドルものなど私にはどうでもよいものばかりでいやになる。
約二時間かかった。
なかなか収穫があったと満足気である。
とくに卒業記念レコードがよいといっていた。売る目的ではなくつくられたレコードがよいのだそうだ。一般的にはがらくたとしか思われない。こういうがらくたを置いてあるところが少なくなってきているという。
田口さんはギリギリまでレコード発掘をするため帰りは飛行機にしてあった。
余裕を持って出たはずであったが私は方向を間違え黒部に向かってしまった。
少しやばいかなと思った。
実は魚津にも大体あの辺だったろうということで全く調べずにふらふらとやってきてしまい随分探してやっと店をみつけたのだった。
無計画。私の常だ。
そういえば俺はタブレット端末を持っているのだ。黒部インターはっと。
ほらね。田口さんもうすぐそこですよ。
高速にのってしまえば楽勝で間に合いますよ。
高速にのる。
あれっ。
富山まで42キロー?
やばいよやばい。
そんなに遠かった~?
私は二千年式のアルトのアクセルを踏み込んだ。
田口さんも笑ってはいるが不安だろう。
ちーっ。
コンツロールカーがいやがる。追い越せないよ。
ああまだ30キロもあるよ。
弱ったなあ。
私はかなり焦っていた。
滑川あたりでやっとコンツロールカーが出て行った。
120キロだす。
アルトなかなかよいではないか。
意外とあんていしている。
ほらね。
ちょうどギリギリにつきました。
わたしのじんせいいつもなんにつけてもぎりぎりだ。
田口さん割とポーカーフェイスで無駄口
のないほうだ。
わたしはおしゃべり。
だが最後に強く握手してくれ感謝の意が激しく伝わった。
ではまた。バイバイ。
うちに帰って残り物を食う。
さぶいので風呂に入りたくなり、銭湯へ。
ゆくりとつかる。
また夜更かしす。
湯冷めしたのか体が冷え電気あんかをあてて寝た。
大谷さんは自宅が鍼灸院で仕事
8時半頃起きて
コーヒーを淹れてもらう。
11時頃田口さんも起きてきた。
私は休みと昨日の夕方の時点で決まっていた。台風がくるから休めといわれたのだ。
昼 大谷さんも往診にでも行っていたのだろう。
帰ってくるのを待って一緒に昼飯をいただく。
台風の被害は伊豆大島で甚大のようだ。
午後1時半頃
とっちゃんが田口さんと私を村門近くの私の車が止めてある駐車場へ送ってくれる。
田口さんはリサイクルセンターや古道具屋を巡って様々なレコードを発掘している。もはや仕事と趣味の境目もわからなくなっているそうだ。私はちょうど休みになったのでそれにつきあうというか足になってあげることにしたのだ。
一件目で田口さんを下ろしてまた大谷家へ。田口さんは忘れ物をしたのだった。
一件目収穫なし。
私はヴェルヴェットのストラップを購入す。
魚津へむかう。
私も大谷さんも目をつけている店へあないす。
田口さんはバウンドドッグテイラーのTシャツを着ておる。
意外だった。20年くらい前まではレコード屋でブルース担当だったそうだ。だからブルースはもちろん聞き込んでいるし好きだそうだ。
なるほどだから私のCDもちゃんとわかりやすいところにディスプレイしてくれてあったのだな。
それにPヴァイン井上さんとも勝新のレコードを創ったりして一緒に仕事もしているほどよく知っているという。ペーソスもみんなしっているという。都築さんも。
何でも繋がっているもんだ。
この店にはいるとレコードがわんさかあった。
田口さんは丹念にぎんみする。私は背表紙を見るのが精一杯だ。はっきりいって昔のアイドルものなど私にはどうでもよいものばかりでいやになる。
約二時間かかった。
なかなか収穫があったと満足気である。
とくに卒業記念レコードがよいといっていた。売る目的ではなくつくられたレコードがよいのだそうだ。一般的にはがらくたとしか思われない。こういうがらくたを置いてあるところが少なくなってきているという。
田口さんはギリギリまでレコード発掘をするため帰りは飛行機にしてあった。
余裕を持って出たはずであったが私は方向を間違え黒部に向かってしまった。
少しやばいかなと思った。
実は魚津にも大体あの辺だったろうということで全く調べずにふらふらとやってきてしまい随分探してやっと店をみつけたのだった。
無計画。私の常だ。
そういえば俺はタブレット端末を持っているのだ。黒部インターはっと。
ほらね。田口さんもうすぐそこですよ。
高速にのってしまえば楽勝で間に合いますよ。
高速にのる。
あれっ。
富山まで42キロー?
やばいよやばい。
そんなに遠かった~?
私は二千年式のアルトのアクセルを踏み込んだ。
田口さんも笑ってはいるが不安だろう。
ちーっ。
コンツロールカーがいやがる。追い越せないよ。
ああまだ30キロもあるよ。
弱ったなあ。
私はかなり焦っていた。
滑川あたりでやっとコンツロールカーが出て行った。
120キロだす。
アルトなかなかよいではないか。
意外とあんていしている。
ほらね。
ちょうどギリギリにつきました。
わたしのじんせいいつもなんにつけてもぎりぎりだ。
田口さん割とポーカーフェイスで無駄口
のないほうだ。
わたしはおしゃべり。
だが最後に強く握手してくれ感謝の意が激しく伝わった。
ではまた。バイバイ。
うちに帰って残り物を食う。
さぶいので風呂に入りたくなり、銭湯へ。
ゆくりとつかる。
また夜更かしす。
湯冷めしたのか体が冷え電気あんかをあてて寝た。