和翠塾ブログ

目黒都立大にある書道教室「和翠塾」のブログです。

フランス凱旋門賞

2012-10-07 23:45:27 | 日記
日本から二頭参加して、オルフェーブルが二着!
最後の最後で伏兵に抜かれてしまったけれど、強さは証明しました。
海外遠征や慣れない環境、馬場を考えれば凄いことです。

久々興奮しました。

F1では小林カムイが三位で表彰台に上ったし、今日は日本を感じる一日でした~

杉山

競書始まって一週間たちました

2012-10-07 11:07:52 | 日記
漢字の部で注意したいのは、

●『白』の一画目の存在感あるボリューム
筆先割れるぐらいにはらってくださいね
●『雲』の一画目の位置。
雲の中心軸は一画目とずれていますから注意しましょう
●『無』の縦四本の長さと上部の空間。
ぺしゃんこにならないように。点も無造作にうたないようにしましょう。
●『盡』は縦長にならないように。
皿が縦に大きい方がいらっしゃいます
●『時』はへんとつくりが離れないようにしましょう。


臨書とは、お手本の形をひたすら学び、その技術を習得し、文章の意味を考えながら、書き手の気持ちや古典の場合は時代背景までを推察し、自分らしい感覚を磨きながら、お手本を越えていく気持ちで対決し、独創的な書体を造り出す事を目的としています。

少し長い文章でしたね(笑)

私はドラムを叩きます。
若いころはひたすらコピーをしました。
コピーとは楽曲を聞いたり譜面を見たりして、ひたすら同じドラムプレイをすることです。

臨書と同じですね。

しかし技術が追いつかず、難しいフィルイン(ドラムソロみたいに格好よく叩く部分です)は割愛したりして、ライブに出たりしたものです。
でもテンポキープや抑揚あるリズムという骨格がしっかりしていれば、バンドサウンドとして成立しますからOKなのです。
書道も同じですね。
難しい書技にチャレンジしながらも、書体の骨格や筆勢をおろそかにしないことが大切です。

少し上達すると時代背景やどんな文化の中から生まれてきた演奏と楽曲なのか気になってきました。
私の場合スティーブジョブズが影響されたといわれる、カウンターカルチャーに影響された音楽やファッション、アートに興味があったので、その影響ははかりしれません。
ロックミュージックの場合は、その影響を受け、その影響を引き継いだ音楽しか興味をひかれません。
結果としてそうなのです。
つまり、聞いて気に入ったロックミュージックを後から調べてみると、そのミュージシャンが尊敬しているアーティストがカウンターカルチャーの影響を強くうけていたりするのです。
本能でわかっちゃうんですかね!(羨ましがられない自画自賛、、。)


更に上達してくると、コピーしてきたドラムプレイを組み合わせた応用に移っていきます。
客観的には創作になるのでしょうが、主観的にはまだまだコピーです。

次に自分にしか出せないリズムのノリ、つまり味を作り出すことに成功しました。
一日10時間以上叩いて耳鳴りと筋肉痛、血行障害などに悩まされながら四年(短いな)、ようやくプロの仲間入りできるレベルに到達したのです!


ロックバンドの場合ドラムは縁の下の力持ち的な見方をされるのですが、実はロックバンドの良し悪しを決めてしまうのはドラムなのです。
有名なバンドほど優秀なドラマーがいて、ドラマーがメンバーチェンジしてしまうとバンドサウンドがからっと変わってしまうのです。
そこに装飾的なフィルインは決め手にはなりません。
決め手は『オリジナリティあるノリ』だと考えた私は、ひたすらその練習をするのです。

そして私にしか出せないドラムプレイを、作り出すことに成功し、そのプレイを求められ対価が発生するようになるのです。

しかしプロとなるとそれだけでは生き残れないのです。
流行が求めているプレイが望まれるからです。
凄さがわかりやすいプレイも必要なのです。
ファッションや発言内容、パフォーマンスや意図的なわかりにくさで作られた作品などが必要なのです。

必要悪とも言えますが、プロのプロたるゆえんでしょうね。
そこを潔しとするかしないかは個々の考え方ですね。


流行りが人間が叩くドラムを好まない時代に突入し、仕事が一気に無くなったため、プロドラマーから足を洗ったのです。
残念でしたが仕方ないですね。
私は若いミュージシャンが安価に沢山練習できる場を提供する仕事を始めたのです。

音楽スタジオの経営です。

練習量と上達は比例しますから。
1985年のことでした。


でも今はまた人間がたたき出すアナログなゆらぎやプレイが求められる時代になりました。
しかしその反面流行歌から生ドラムは消えました。
全てコンピュータサウンドです。
『安直短』が求められるからです。



書を上手に書くロボットが話題になっています。
名人の書体をプログラミングし、再現させることを目的としているのです。

最終的には人間より上手に書くロボットができるでしょう。
しかしそれは長い時間をかけた稽古や修行で培われ結果ではありません。
つまりお金で買えるものではないのです。


綺麗な字は習字で学べます。
書道で学ぶことは書を通して自分を見つめ、自分を引き出す作業なのです。

どんなに上手に書けるロボットができても、それは『書道ロボット』ではなく『習字ロボット』なのです。
でも『書道ロボット』と言われ、空海や王義之の書と比べるパフォーマンスが話題になるのでしょう。
それはプロの世界の話しですから仕方ない事です。
しかし私は潔しとは考えません。
書道を否定することになるからです。

チェスや将棋でコンピュータと戦ってきたプロを否定するものではありません。
彼等は勝負にこだわらねばならないからです。


プロって厄介なものですね。



音楽にも民族音楽やクラシック、ジャズや歌謡曲、などのジャンルがあります。
そしてひとつのジャンルであるロックの中にも更なるジャンルがあるのです。

硬骨文字が民族音楽、王義之がクラシック、あいだみつをは歌謡曲かなぁ~(笑)
ファンの方怒らないでくださいね。



どうですか、書の世界と音楽の世界は似てるでしょ?
特にプロの世界は一緒です。

しかしプロは皆、臨書やコピーをひたすらする中で、自分の書体やプレイを構築してきたのです。
しかも生涯続けるべきものなのです。

臨書が書道上達の唯一の道なのです。

競書楽しみながらがんばりましょう!

私も頑張ります!

長文をガラ携で打つのは疲れるよ~

杉山