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Everyday is a Special Day.

英語、日本のドラマ、日々のあれこれについて熱く語ってます。

勝ち組、負け組?

2010-08-16 23:43:09 | Monologue
某大手掲示板を見ていたら、こんなのがありました。
この人は、「東京に住んでいてフルタイムで働いて高収入」であることを勝ち組と書いていて、一応首都圏だけど、東京まで1時間以上かかるし、専業主婦だし、この人の価値観からしたら、私は負け組?とか考えて。美人で高学歴、高収入はうらやましいし、すごいと思うけど。
「勝ち組、負け組」ってよく言うけど、どんな条件が勝ち組なんだろう?勝ち組の条件はひとそれぞれで、一概には決められないよなぁ…と私は思います。

日本の人は働くことに必要以上にやり甲斐を求めている気がします。
そりゃもちろん、やり甲斐があって、誰かの役に立つ大好きな仕事に就けたら、そんな幸せなことはない。
でもね、仕事は仕事。どんな好きなことでもお金をもらう以上、必ずやりたくないこともついてきて、「大好き」だけではいられないと思うの。
だから、仕事はある程度、お金を稼ぐ手段と割り切って、自分の生きがいは他で探した方がいいと思う。
家族とか趣味とか…
仕事が生きがい、ってひとを見るとなんとなく危うさを感じてしまいます。
退職するまで10年以上働いたけど、嫌なことはそれはもうたくさんあって、精神的にはすごく疲れてた。仕事を生きがいにして、一生懸命働いて、会社のために尽くしてきたのに、最後あっさり会社に裏切られた人たちもたくさん見てきた。
今は退職して無職。お小遣いも少ないし、たまにしか服も買えないし、物質的には働いていたときより満たされてないけど、子供と一緒に過ごしたり、家でのんびり過ごす時間は、精神的にすごく満たされていて。
もちろん私の場合は、夫が働いてくれるから成り立ってるわけだけど、物質的に満たされる=しあわせ、だとは思えないのです。

で、本題に戻ると。
都内在住は確かに年収がある程度なければ難しいし、高年収は素晴らしい、でも、それって目に見える物質的な幸せ。
たとえ年収は低くても、田舎で暮らしていても、最低限のお金で自分のやりたいことを実現し、精神的に満たされた生活を送ることはできると思う。
そして、それが本当の勝ち組じゃないかと。

あー、説明が下手でうまく言えないけど。お金がたくさんあればあるほど、幸せの量も増えるかというと、そうではないと思う。
ある程度、普通に暮らすためのお金は必要だけど、日本の人はそれ以上に多くを求めすぎてる気がするのです。もっと内面の充実を考えるべきなんじゃないかと。

まぁ、無職、専業主婦の私には語る資格がないかも?
夫に感謝して、もし夫に何かあったら働くことが出来るように備えは必要だよね。

駐在妻の経験

2009-12-26 23:40:59 | Monologue
愛読している某大手掲示板サイトに、気になるトピックがあった。
「海外に駐在経験があり、奥さんが友達の前で駐在していた頃の話を頻繁にするのだが、止めさせた方がいいか」
というような相談。
私もトータル約3年、アメリカでの駐在妻経験があるので、人ごととは思えず。

私がこの相談に答えるのなら、「むやみに海外生活の話をするべきではない」かな。
もちろん、海外生活は私にとってかけがえのない素晴らしい体験だったと思っている。一生忘れられない思い出もあるし、他ではないような出会いもたくさんあった。
だけど、過去は過去。いつまでも「アメリカではねー」「あの頃は…」とか、もう戻りもしない物のことばかり考えて、話題にするのは前向きじゃない。
過去より、今、今日より明日。より輝いてる自分でいたいよね。だから、今、現在にフォーカスした生き方をしたいと思ってる。

時々、海外でのことを話したい衝動に駆られるときもあるけど、同じような経験がない人には、ただの自慢としか取ってもらえない可能性大。
自慢のつもりじゃなくても、相手には分からない世界なんだから、話題としてもあまり面白くないだろうし。

だから、日本に帰ってから知り合った人には、海外での話は一切しません。
ママ友達にも、子供が海外で産まれたことについては、自分からは話しません。仲良くなっていろいろ話して、話さざるを得ないような状況になったら話すけど、それ以外は特に話す必要もないしね。

アメリカでの話がしたくなったら、夫にするか、アメリカでの友達や同じ駐在経験がある人にするか。。。
それが無難だと思います。

この間、アメリカの時の友達に久しぶりに会ったときは、思い切りアメリカの話をしました。いろんなことを思い出してすごく懐かしかった~。
楽しかったなぁ。悲しいこともあったけど、一生忘れられない出来事。

海外経験について誰かに話したくなったら、そのエネルギーは英語学習に向けるといいのかも。アメリカが懐かしくなると、アメリカのドラマを見たりね。

袖振り合うも…

2009-06-26 14:39:50 | Monologue
PC内のファイル整理をしていたら、アメリカに初めて住んだときに、アメリカ人の友達とやりとりしたメールが出てきた。
つい読んでしまったら、、、一気にその頃に引き戻されて、時間が経つのがあっという間。懐かしすぎる。
友達は日本語を勉強していた大学生、私はアメリカに行ったばかりで英語学習に奮起していた頃。
お互い、日本語と英語半々の長いメールで、間違っている部分は添削したり、分からないことを質問しあったり。
すごく一生懸命で、我ながら頑張ってたなぁ、友達は努力家だったなぁ、と胸が熱くなった。

メールの中で私が友達に「袖振り合うも多生の縁」ということわざについて説明する部分があったのだけど。
まさにその友達と出会ったのは、「多生の縁」だったんだと思う。本当に偶然出会ったけど、まるで最初から出会うのが決まってたような。
友達から、英語以外にもアメリカの文化とか、人間として大切なこととか、色々なことを教えてもらった。今の自分があるのは、その友達のおかげでもあると思っている。

初めて会ったのは、大雨の日だった。
日本人の友達と、近くの大学でやっている日本語を教えるボランティアの会に参加した。
どしゃぶりの大雨で、視界が遮られるほどの雨だったので、友達と行こうかどうしようか迷った挙げ句、行くことにした。
そう、私は一度決めた予定を急に変更するのは苦手。融通が利かないのです。
大学内の教室で、日本語学科の学生と日本人のボランティア数人で日本語で会話するくだけた会。誰でも参加することができる。
日本語で会話する前に少しだけ英語で会話する時間もある。そちらは学生がボランティアで英語を話してくれる。
初めてその会に参加した私は、周りのひとの英語ペラペラぶりに圧倒され、緊張しまくり。容赦なくナチュラルスピードで話す学生の英語にたじたじ。アメリカ人に囲まれて、心細さとちょっとした恐怖さえ感じる始末。そう、小心者なんです。
日本語会話の時間になってほっとしたのもつかの間、語学留学で来ているイマドキの若者の中で小さくなってしまう。「学生もきっと、同じ年代の若い子と話したいよね。こんなおばちゃんと話したくないかも。」とか思っちゃって。
その日はみんなで日本語でしりとりをした。日本人にとっては簡単だけど、学生にとってはなかなか難しい。何周もすると、知ってる単語も減っていくし。
そんな中、やたら丁寧な日本語で話す学生さんを発見。私の隣に座っていたその人の出す単語は、どれもやたらと丁寧で辞書に載っているような正しい日本語。しかも、すごく日本語が上手。
さらに驚いたのは、態度まで昔の日本人みたいだったこと。
しりとりの途中、その人の言った単語の次の人が単語が出てこなくて罰ゲームになってしまった。次の人は、日本人の女性だったんだけど。
そしたら、その人は、必死にその、次の人に謝っていた。「私が難しい単語を選んでしまって、ごめんなさい。」丁寧な日本語で。
会が終わって解散するときにもまた謝っていた。その女性はもちろんまったく気にしていない様子だったし、単なるゲームだから謝らなくてもいいのに。
私の中で、アメリカ人はもっとざっくばらんでカジュアルなイメージで、「ゲームなんだから楽しければいいじゃん」みたいな態度を想像していた。(アメリカに行ったばかりだったので、まぁ、これも偏見なんだけど)
なのに、その人はすごく礼儀正しくて、まるで日本人。しかも昔の日本人みたい。
私の中でちょっとアメリカ人に対する見方が変わった瞬間。
こんなアメリカ人もいるんだ。なんだか親近感が湧いてしまうな~。ほっとした。

会も終わり、それぞれ帰ろうとしている廊下で、私はそこで出会った日本人女性にメールアドレスを教えてもらってメモしていた。
一緒に行った友達の友達で、紹介してもらったのだ。知り合いも少なかったので、いろんな人と友達になりたいと純粋に思っていて。
そこをちょうどその礼儀正しい学生が通りがかり、こちらを見ていたので、ついで?にメールアドレスを教えてもらうことにした。
ちょっと不思議そうだったけど、気持ちよく私のメモ帳に書いてくれた。

大雨の中、また家に帰って、その日本人の友達にメールするついでに、その学生さんにもメールを書いてみることにした。
「今日はありがとうございました」みたいに短いメール。返事はあまり期待してなかった。

次の日、その人から返信があった。
とても丁寧な日本語のメール。「思ってたとおり、律儀な人だなぁ。」嬉しかった。メールをもらったら返事せずにはいられない(今はそうでもないんだけど)私は、またメールを書いた。
「もし、英語を勉強したいならいつでも助けますよ」とあったので、お言葉に甘え?日本語半分、英語半分のメールを書いた。
英語でアメリカ人にメールを書くなんて初めてのことだったかもしれない。
次の日、またその人は返事をくれて。私の英語をわざわざ直してくれている。時間もかかるだろうに。
私も、向こうの日本文を直して、返信。
何回かその長いメールのやりとりは続き、どちらからともなくランゲージエクスチェンジをしようということになり、週一回、カフェで日本語、英語を教えあうことになった。

そして私とその人は友達になった。
後から聞くと、その日本語会話の会に参加したのは数ヶ月ぶりであまり行きたい気分ではなかったそうだ。やっぱり雨のせいで行かないつもりだったのに、なぜかなんとなく参加してしまった、と。
もし、私も友達と「雨だから止めておこう」と行かなければ、たぶん、友達とは会わずに終わってしまったんだと思う。
そう思うと、融通が利かず行くことを選んだ私と、なんとなく参加した友達の行動は、実は意味があったのかな、、なんて考えたり。

「袖振り合うも多生の縁」
見知らぬ人と袖が触れ合う程度の些細なことも、または振り合うような間柄も、前世からの因縁に依(よ)るものである。どんな小さな事、ちょっとした人との交渉も、全て深い宿縁に基づくものである。

ちょっとした出会いを、これからも大切にしたいなぁと思う。

アメリカの思い出

2009-05-11 14:11:16 | Monologue
最近、ブログの更新頻度が低いのは…育児で忙しいから、と思いきや、DSでゲームにハマっていたからなのでした。
某乙女ゲームにハマった後は、友達から借りた「リーズのアトリエ」、その後は中古で買った「ゼルダの伝説-夢幻の砂時計」をやってました。
「ゼルダ」はすごく面白かったです。さすが任天堂。DSのために作られたゲームって感じで、ワクワクしながらプレイしました。終わっちゃって寂しい。。。
また次のゲーム買おうかな。
でも、次の英語クラスが始まるので、しばらくはまた英語でも頑張ろうかな~。
..........................................

昨日、久しぶりにGoogle Earthをしました。
アメリカで自分が住んでた家の周りの見ていたら、まるで今も自分がアメリカにいるみたいな気分になって。
ホント、これはすごいよなぁ。インターネットのすごさを改めて感じます。
日本にいるのに、まるで自分が本当に旅しているように他の国を見て回れる。素晴らしいと思います。
特にストリートビュー。
ああ、私が住んでたアパート。通っていた学校。。。クリックして視点を移すと、本当にその場でドライブしているみたいな気分。
ボランティアで通ってた大学の周りの見てたら、週一で友達と待ち合わせした場所があって、その頃のいろんなことを思い出して、もう懐かしくて懐かしくて、一気に心がその頃に戻ってしまいました。

初めて住んだアメリカ。仕事を辞めて夫の赴任場所に行ったので、専業主婦生活も初めてで、毎日何をしていいか分からなくて、知らない場所で不安で。
あの気持ちは言葉ではうまく言い表せないです。親切な人が紹介してくれて、日本人の友達は何人か出来て、一緒にランチしてお話しして、そのときは楽しくても。いつも心のどこかに穴が空いていて、そこを風がヒューヒュー通り抜けていて、何をしても心が満たされない。いつもずっとむなしくてさみしくて。

そして、海外での日本人女性同士の関係はいろいろと大変なのです。
日本ではあり得ないようなトラブルに巻き込まれて落ち込んだり。
働いていたときは、男性30人の中に女性が私一人、みたいな環境で、女性同士のお付き合いにも慣れてなかったのもあり。
狭い日本人社会なので、私が何かすると、全然知らない日本人の人が、私のしたことを知っていたり。悪気はないんだろうけど、窮屈な世界。
せっかく自由の国、アメリカにいるのに、どうしてこんなに日本人のことを気にして生活しなくちゃいけないんだろう。

そんなとき、偶然出会ったアメリカ人の友達A。
Aは大学の日本語学科の学生さんで、いつか日本に住むのが夢。
英語を勉強したい私と、日本語、英語を教え合うことになり、週一で大学近くで会うことになりました。
いろいろ話してみると、筆まめで几帳面、心配性のAは、まるで私みたい。若い頃の自分を見ているよう。好きな音楽まで一緒。何時間話していても話題が尽きなくて、外国人だなんて全然思えなかった。
日本人恐怖症?に陥っていた私には、唯一、本音で話せる友達。外国人なので変なしがらみもなくて。愚痴や弱音を吐くと、アメリカ人らしいポジティブな言葉でいつも励ましてくれて。
そしてAも。日本に住む夢を、家族に反対される中、日本人として、友達として、そばで応援した私を信頼してくれて。
私はアメリカで何かを成し遂げるため、Aは日本に行く夢を叶えるため、お互いをいつも励まし合っていました。なんだか、神さまが私たちの人生を先に進めるために出会わせてくれたような、親友。
どんな出会いも必然なんだな、って思っちゃうような。

Aは無事、夢を実現し、私もアメリカ生活を楽しめるようになり、最後はAが日本に旅立つということで見送りました。
すごく楽しい日々でした。私にとって第二の青春みたいな。
アメリカに行って、Aの夢を間接的にでも応援して、それが実現できたことも、私がやり遂げたことの一つだったように思います。
最初は、「なんで自分がアメリカにいるんだろう」って思ったけど、それは多分、私がアメリカへ行った意味の中の一つだったのかもしれない。
そして、自分もAに会ったことでアメリカに対して前向きな気持ちになり、アメリカを好きになることができた。

運命論がすきな私は、なんでも大げさに考えすぎ?
まぁ、Google Earthで、Aと待ち合わせした場所を見たら、そんな楽しい思い出がたくさん甦ってきました。

今ののんびりした普通の日々から、あの頃を思うと、まるで別世界のことみたい。でも、実際あったことで、今でもその経験は大切な宝物。そして、自分の価値観とか人生観を変える上で大きなものでした。

やっぱりDSにかまけている場合じゃないか。英語を再び頑張らなくちゃ。Aと約束した次の夢に向かって、ね。

アウトドアはちょっと。

2009-04-08 23:23:45 | Monologue
いつものように大手掲示板を見ていて、気になるトピックが。
バーベキューが嫌いな人っていませんか?
おおっ!!ずばり私だよ~!!

そうです。私はバーベキューが嫌いです。キャンプなんて論外。誘われたら速攻で断ります。
でも、世間では「アウトドアは自然に触れあう楽しい経験」みたいな認識で、「アウトドアが嫌い」なんて言ったら、引かれそう。
なので、リアルな友達の前ではあまり言いません。

どうして嫌いかというと、
まず不衛生なのがイヤ。
バーベキュー場で機具を借りると、前の人がいい加減に洗った鉄板を使わざるを得ない。外にある洗い場はいろんな人が使って汚いのに、そんな場所で野菜などを洗わないといけない。洗って置いておくと埃かぶったり、虫がたかるのを見るのも気持ち悪い。
トイレなども大抵汚くて、行くのがユウウツ。

準備、片づけが面倒くさい。
上の項目に関連してるけど、外で調理するため、食材を買いに行き、洗って切って、などの準備がやたらと手間がかかる。
調理後も油でぎとぎとの鉄板を洗うのは大変。焼いた場所(河原)などから、洗い場までは大抵離れていて移動が面倒。
そして、小心者の私は、サボってたら批判されるかも~と真面目に準備、片づけをしてしまう。なのに、要領のいい人は、適当にサボっておしゃべりしてたり、食器配るだけ、とかで終わり。いつも不公平感を感じる。

食べた後、何していいのか分からない。
もともと運動が好きでない私は、屋外で何をして遊んでいいのか分からない。誰かと話すと言っても、外面を気にする私は、いろいろな人と話さなくちゃ、とか思ってみんなにいい顔して疲れる。

書いてるだけで疲れてきた。
こんなにも面倒なのに、労力をかけて作った料理はあまりおいしいと感じられないし、それほど楽しめない。
どうして、わざわざ屋外に出かけていって大変な思いをして調理して食べるのか分からないのです。。家で弁当買ってきて食べたり、レストランで外食する方が余程楽でおいしいのに。

同じ理由でキャンプも嫌い。
小学生、中学生のときに学校でキャンプ合宿があったけど、もう死ぬほど辛かったです。早く終わってほしいと指折り数えたなぁ。
お風呂には入れないし、身体と髪がベトベトのまま、ミミズやムカデが出る固い板の間に、毎回は絶対洗濯していない毛布を引いて寝た不快な思い出しかありません。。。

働いていたときは、バーベキュー好きな人が毎年企画する課のバーベキューに誘われても、さりげなく理由を作って断り続けました。
豚汁とか作らされた職場の花見なんて拷問のよう。毎回どうにか逃げられないか悩んでたなぁ。

アメリカでは国立公園をよく旅行したので、一見アウトドア好きっぽく見えるかも、だけど。
アメリカの国立公園はトイレも綺麗に整備されてるし、公園内にお店があって、そこにファストフードのレストランがあったり、ちゃんとしたレストランがあったりして、屋外で調理するひとは多分少ない。
泊まるコテージ?も清潔なベッドとシャワーがあったので、苦じゃなかったのです。
ああいう感じならアウトドアもいいなーと思ったんだけど。

…と、アウトドア嫌いなことを書きまくりましたが。
周りのひとは嬉しそうにバーベキューやらキャンプやらしている人が多いので、私みたいのは少数派なんだろうなーって思ってたら、掲示板には同じような人が多くてなんだか嬉しくなっちゃいました。
でもやっぱり、現実社会では言いにくいですけどね。。。なので、ブログでほえてみました。

余命半年だったら

2009-03-02 12:49:23 | Monologue
図書館でずっと読みたかった「最後の授業 ぼくの命があるうちに」を見つけたので借りてきました。

2007年9月18日、ペンシルベニア州ピッツバーグにあるカーネギーメロン大学の講堂で、1人の教授が「最後の授業」を行った。
教授の名前はランディ・パウシュ。46歳。最後の授業をするにはまだ若すぎるパウシュだが、彼にはこのとき、長年親しんだ大学に別れを告げざるをえない事情があった。膵臓から肝臓へと転移したガン細胞。医師から告げられた命の刻限は――「あと3カ月から半年」。
こうしてパウシュの最後の授業は始まった。スクリーンに映し出された演題は『子供のころからの夢を本当に実現するために』。それは、「最後の授業」であると同時に、幼い3人のわが子に遺すためのメッセージだった。
(Amazonより)

インターネットのyoutubeなどで彼の最後の授業が発信され、多くの人が見て感動し書籍化に至ったようです。
今もyoutubeで「ランディ・パウシュ」と入れると、彼の最後の授業が見られます。日本語字幕付きなので、興味のある方は是非。

余命半年のひとの話…というと、涙涙…の感動もの、と思いがちだけど、ちょっと違っていました。
講義をしているときの彼は余命を宣告された人なのに、そうは思えないほど生き生きとして、話もユーモアに溢れていて悲壮感は全然感じさせません。何度も笑ってしまいました。

彼の言っていることは、言い古されたようなことばかりだけど、死を目前にした彼が、たくさんの夢を実現してきた彼が言うことによって、説得力があります。

夢をかなえる道のりに障害が立ちはだかったとき、僕はいつも自分にこう言い聞かせてきた
レンガの壁がそこにあるのには、理由がある。
僕たちの行く手を阻むためにあるのではない。
その壁の向こうにある「何か」を、
自分がどれほど真剣に望んでいるか、
証明するチャンスを与えているのだ。

「十分に時間をかけて待っていれば、人はきみを驚かせて感動させるだろう」
誰かにいらいらしたり、腹が立ったりするのは、その人に十分な時間を与えていないだけかもしれない。
「それでも最後には、良いところを見せてくれるだろう。ほとんどすべての人に長所はある。とにかく待つことだ。いつか見えてくる。」


自分の夢を叶えて、瞬間を楽しんだ彼。少し短い人生ではあったけれど、こんなふうに自分の考えを多くの人に知ってもらい、影響を与えて、ただだらだらと長く生きるより、ずっと充実した人生だったのかもしれません。
でも、まだ小さなお子さんを残してこの世をさらなければならなかった彼のことを思うと、悲しくてたまりません。
子供がどんどん成長していく姿をそばで見ていたかっただろなぁ。どれほど心残りだったか。
心からご冥福をお祈りします。
......................

で、私も考えてみました。
もし自分が余命半年と宣告されたら。

以前住んでたアメリカのあの街に行って、友達にお別れを言う。
やっぱり、あの街は私にとって第二の故郷で忘れられない場所なので。

アメリカ滞在中に行かれなかったグレイシャー国立公園に旅行する。
「地球の歩き方 アメリカ国立公園篇」で唯一行ってない場所なので。

北斗星に乗って、家族で旅行する。
子供の頃からブルートレインで旅行するのが夢だったのに一度も乗れてない。

結婚式をした町軽井沢に行く。
ここも思い出の場所。

実家の家族と温泉旅行。
ゆっくりしていろんなことを話したい。

家族に手紙、ビデオレターを残す。
特に息子には長い手紙を書きたいです。5歳、10歳、20歳、30歳、になったときに渡してもらえるよう夫に頼む。

会えなくなってしまったあのひとに連絡して会う。
込み入った事情で会えないのですが、余命半年と知ればきっと会いにきてくれると思う。

好きなもの食べたいものを食べまくる
体重増加を気にしなくたっていいし。

うーん。もっと他にもあるような気がするけど、想像力貧困で思いつかない。。。
健康に生きてると、自分が死ぬことなんて遠い先のような気がするけど、ランディの言うように、今この瞬間を大切に楽しんで、後悔のないように生きていかないといけないなぁと改めて思いました。

2008年セルフヒット

2008-12-29 22:24:36 | Monologue
お友達みかろうちゃんのまねをして、私も2008年のセルフヒットをやってみました~
今の私の生活の80%、90%の時間は、育児に充ててるため、家の中、車で30分以内で出かけられる場所、で過ごすことが大半。そのため、非常に狭い世界での話になりますが。

1.食べ物 シャトレーゼの板チョコモナカ

マンゴー味のデザートとか飲み物とか、日清の冷凍味噌煮込みうどんなど、いろいろハマった食べ物はあるのだけど、同じ物を何回も買ったということではこれかな?
私の中で長いロングセラー。安いし板チョコがパリッとしてて、アイスも舌触りが滑らかで、庶民に嬉しいアイス。


2.もの 入浴剤「カラダプラス(ツムラ)

匂いフェチな私にはたまらんいい匂いの入浴剤。ちょっとお高めだけど、香りは他社に比べてかなり良いです。


3.ファッション ユニクロのマイクロフリースタートルネック

これ、肌触りがふわふわで暖かくて、ウールのタートルネックで首がかゆくなる私には手放せないです。しかも安い!色違いで3枚持ってます。また安いときに買っちゃお。


4.ドラマ ちりとてちん

次点;「のだめカンタービレ」とどちらにするかかなり悩みました。でも、半年間という長い期間放送される朝ドラなのに、しっかり伏線を張ったしっかりした脚本に感動。
「ラブレボリューション」を見て以来、脚本家藤本有紀さんに注目してたのだけど、やっぱりドラマは脚本だよなーと改めて思いました。1月から始まる日曜劇場も藤本さん脚本なので見てみます。草々さん役をやった青木宗高さんもでるし。


5.海外ドラマ 「The OC」

さわやか青春、ときどきドロドロ恋愛系ってかんじのドラマ。一応一話完結ですが、1時間の中でしっかりすべてのエピソードがまとまっていて、脚本もしっかりしてます。
どんどん話が展開するので飽きない。次が見たくてたまりません。


6.音楽 「ベートーヴェン交響曲第七番」

のだめのドラマを見てから、クラッシックにはまりました。特にドラマの中で多用されてたこの曲は印象的でした。この間までシャウエッセン?だかのCMソングになってたし。


7.本 「カフーをまちわびて」原田マハ著

沖縄の優しくてのんびりした空気が伝わるような小説でした。ありえないかもしれないけど、読んでいて気持ちが暖かくなりました。


8.俳優 玉木宏

もともと結構好きだったのだけど、のだめの千秋さまははまり役で萌えました。ドラマの中の登場人物にときめくなんて、「ミセスシンデレラ」の内野聖陽さん、「ラブレボ」の藤木直人さんに続き三人目。
なんでもできる天才音楽家でクールでぶっきらぼうで、でも実はやさしくてかげでのだめを心配してる、、不器用な感じにトキメキます。あのお美しい顔も見ているだけで癒される。私も千秋先輩につっこまれてぶっ飛ばされたい。。。

9.ニュース 秋葉原通り魔事件

すごく衝撃的でしたよね。秋葉原という人が集まる場所に乗り込み、誰でもいいから手当たり次第に殺す、、なんて映画かアニメの世界?まさに悪夢と言いたい。
亡くなった方を思うと、本当に悲しいです。
でも、その後同じような通り魔事件がまた発生し、今では遠い過去になってしまったことがまた怖いです。
犯罪率自体は減少しているそうですが、「理由のない殺人事件」が増えてますね。命の重みをもっと子供の頃から教えることが大切だと思います。


私事でいちばん嬉しかったこと、は子供の成長かな。無事に一歳の誕生日を迎えられたこと。
いちばん怖かったことは、子供がクループにかかり、病院に行ったら、「今夜が峠」と言われ、容態が急変したら救急車を呼ぶように指示されたこと。
いちばん頭にきたことは、家庭教師先の生徒のやりたい放題わがままぶり。

ってかんじの一年でしたー。

「上書き保存」と「名前を付けて保存」

2008-11-10 23:38:59 | Monologue
今日は家庭教師の日でした。毎回、その日は憂鬱。。。
以前、やりたい放題だったので注意したら逆効果だったので、今はある程度、生徒のやりたいようにさせています。そうしないと授業が続かないし。
もう割り切ってやることにしました。授業中、本当にこれが身になるのか分からなくても、飽きて途中で騒がれるよりはマシだと思って。
まぁ、お仕事と割り切りました。
私は週に1時間だけど、学校の先生になったら、毎日生徒と付き合う訳です。いくら子供が好きでも、素直なよい子ばかりではない。現実には、子供は天使なんかじゃないです。
最近はモンスターペアレント、学校にクレームつけまくりの親も増えているので、迂闊に生徒に注意することすら出来ない。
実際、教職に就いていられる方は本当に大変だと思います。
「昔みたいに熱意のある先生が減った」とか言われますが、「昔みたいに素直な子供が減った」のも事実。
なんかね、今の世の中を憂いたくなったりします。
.......................................

なんて、愚痴ってしまったけど。
某巨大掲示板で、タイトルのトピックを見つけました。
PCの使い方に関する質問かと思ったら、男女の恋愛観を表した言葉。
女性は「上書き保存」。新しい彼が出来ると、過去の彼のことは忘れる。以前の恋愛の記憶の上に新しい恋愛を上書き。
反して男性は「名前を付けて保存」。新しい彼女が出来ても、過去の恋愛は恋愛として、ずっと覚えている。一つ一つの恋愛が頭の中で一つのファイルになってて「名前を付けて保存」されている。
なるほどなぁーと思いました。

私自身は、女性だけど「名前を付けて保存」タイプかなぁ?一つ一つの恋愛の思い出(…ってそう多くないけど)はそれぞれ良い思い出として、頭の中にファイルされてます。
でも、別れた後しばらくは思い出すけど、次第にどうでもよくなって、古いファイルはあまり見ないようになるかも?

以前、男友達が別れた彼女をなかなか忘れられず、悩んでいました。もう半年くらい経ってて、私から見たら、「次いこ、次!」って感じだったのだけど。
彼は元彼女を忘れるため、元彼女が写った写真を全部灰皿で燃してました。そのときは、「以前好きだったひととの楽しかった恋の思い出をそんなふうに焼き捨てるなんてひどい!」と思ったんだけど、今思うと、そうでもしなければ、忘れられなかったんでしょうね。それほど深く相手を思ってたわけで。
一つ一つ灰皿で燃すなんて考えてみたらロマンチックで、逆に燃やすたびに思い出してしまいそうだよね。
多分、燃やした後もうまく忘れられなかったんじゃないかなぁ。
きっと彼の中では「名前を付けて保存」され、今も時々思い出しているのではないかしら。

昔、いろいろあって別れてしまったひとも、今でも私を思い出してくれることがあるのかな。
たとえ別れてしまって二度と会えなくなっても、相手の心に一生残って、いつまでも綺麗なまま思い出してもらえるような女性でいたいよね。

あ、夫?
今回日本に帰国時の引っ越し中、私と付き合う前に付き合ってた彼女と写った写真を発見しました。実家にもまだまだその前の彼女との写真が今も保存されてるのを知ってます。
「名前を付けて保存」かな、やっぱり

Move on!

2008-10-24 12:53:11 | Monologue
今日は雨です。雨だとお出かけ好きな息子は外に出られずつまらないみたいで、その余ったパワーをどうやって発散させるかが雨の日の課題。
雨足が強くなければ、近所のショッピングモールにでも行って歩かせようかなぁ。

雨の日はなんとなく家でいろんなことを考えてしまいますよね。特に秋の雨の日は。
子供はとてもかわいいし、以前よりは少しずつ楽になってきて、特に日常に不満はないのだけど。時々、とーってもアメリカが恋しくなって、戻りたくなってしまいます。
GyaOで見ている「The OC」とか「Friends」にはアメリカの風景がたくさん出てきて、あの雰囲気とか思い出し、ものすごく懐かしくてたまらなくなります。

アメリカの日々はとても刺激的で。多分、今までの人生で一番、初めてのこと、緊張すること、楽しいこと、嬉しいことが詰まった日々だったと思います。
だからそれはとても刺激的で、、、今の平和な生活に慣れた私には、それは麻薬のように甘く誘惑的に見えるのです。
もともと、新しい物好きで、好奇心旺盛な私は、いつも何か新しい物に触れていたい気持ちが強いのかもしれません。

でもね、分かってるんだよね。
アメリカに戻ったからと言って、楽しいことばかりじゃない。
現実にアメリカで過ごした日々には、楽しいこともたくさんあったけど、苦労したり悲しかったりしたこともたくさんあった。ストレスは今の比じゃなかったと思う。
アメリカに戻るには夫の仕事とかクリアしなければならない課題はたくさんあり、しかも同じ町に戻るのは難しく。
今日本を離れたら、孫が生まれて大喜びの年老いた両親から孫を取り上げることになり、それはとても忍びない。唯一できる親孝行だと思ってるので。
そして、私が戻りたいと思ってるのは、以前過ごした素敵な友達や環境、思い出であって、必ずしもアメリカ生活ではない。

「どこにいてもキミはキミ。自分らしくね。」
アメリカ人の友達が別れるときに言ってくれた言葉を思い出します。
日本にいたって私は私なんだよねー。

たぶん、海外生活の経験がある人は、私のように思う人も多いのでは。心理学的にカルチャーショックから立ち直るための行程なのかもしれません。
さ、Let's Move on!
この「move on」って言葉、日本語に訳しにくいけど、うまい言い回しだと思います。「次、いこ、次!」みたいな感じ? 

過去を振り返る

2008-07-20 21:52:25 | Monologue
webメールをいくつか使い分けているのだけど、その中の一つが容量半分くらい使っているので、不要なメールを削除していました。
そしたら、見つけてしまった。過去のメール。まだ残ってたんだ。
メールを書いたときの必死な気持ちとか、切なさとか思い出してしまい、PCの前で過去に引き戻されしばらく呆然としてしまいました。
あれから数年。。。その頃はすごくすごく悩んで辛くて。自分のしたことを後悔したり、相手を憎らしく思ったりもしました。なんてひどいことをするのだろう、と出会ったことが間違いだと思ったり。
でも、今それらのやりとりを見て、気づきました。
どうしてそんなこと思ってしまったんだろう。
それは優しさで、私への精一杯の思いやりだったんだと思う。一瞬でも相手を疑ったり憎んだ自分は、目の前のことに手一杯で相手のことまで思いやることができなかった。
馬鹿な自分。

一時でも大切に思っていた相手だから、ただ幸せであることを祈りたいです。それが本当に相手のことを思うってこと。
ごめんなさい、○○。