
黒澤明の映画の美術監督として知られる村木与四郎さんが亡くなったそうですね。ご冥福をお祈りいたします。
村木与四郎さん死去=黒沢作品の美術監督(時事通信) - goo ニュース
黒澤組の美術といえば、『羅生門』なんかで知られる松山崇さんというひとがいたのですが、このひとが日活に引き抜かれて、当時助手だった村木さんが昇格したということだそうですね。
(因みに、松山崇氏が日活に移籍後、多く担当したのが裕次郎作品。初期の裕次郎映画のモダンなバーやキャバレーのイメージはこの人のデザインに拠るところが大きいです。たとえば、『俺は待ってるぜ』の乱闘シーンの硝子ブロック!)
奥方の村木忍さんは市川崑やクレイジーキャッツの映画などモダンな作品を担当していましたが、黒澤・村木与四郎コンビの映画美術は、実際の城門より大きな門、実物よりはるかに大きな樽など、リアリズムのようでいて、リアリズムを越えたデフォルメを展開。それでいてドイツ表現主義的なモダニズムとは無縁の、リアルな質感を誇る独特の美術になっていたと思います。
個人的には、『悪い奴ほどよく眠る』の最後のシーンの巨大な残骸、『天国と地獄』のガラス張りの権藤邸、『用心棒』の宿場町のオープンセットが記憶に残りますね~。
後年は黒澤の弟子・小泉堯史の監督作品も担当していましたが、やっぱりこの人は黒澤明と共に映画のいい時代を生きた映画人という印象。
ところで、巨匠の死後、東宝美術の伝統の継承者は誰になるんでしょうかね?
小川富美夫さん?それとも部谷京子さんかしら?
★ ★ ★
PS;以下は過去に奥方の村木忍さんについて書いた記事です。ご参考にどうぞ!
・<訃報> 俳優 植木等
・賞という名の墓標、市川崑の場合。
・『日本人のへそ』 須川栄三監督
<参考書籍>
村木与四郎さん死去=黒沢作品の美術監督(時事通信) - goo ニュース
黒澤組の美術といえば、『羅生門』なんかで知られる松山崇さんというひとがいたのですが、このひとが日活に引き抜かれて、当時助手だった村木さんが昇格したということだそうですね。
(因みに、松山崇氏が日活に移籍後、多く担当したのが裕次郎作品。初期の裕次郎映画のモダンなバーやキャバレーのイメージはこの人のデザインに拠るところが大きいです。たとえば、『俺は待ってるぜ』の乱闘シーンの硝子ブロック!)
奥方の村木忍さんは市川崑やクレイジーキャッツの映画などモダンな作品を担当していましたが、黒澤・村木与四郎コンビの映画美術は、実際の城門より大きな門、実物よりはるかに大きな樽など、リアリズムのようでいて、リアリズムを越えたデフォルメを展開。それでいてドイツ表現主義的なモダニズムとは無縁の、リアルな質感を誇る独特の美術になっていたと思います。
個人的には、『悪い奴ほどよく眠る』の最後のシーンの巨大な残骸、『天国と地獄』のガラス張りの権藤邸、『用心棒』の宿場町のオープンセットが記憶に残りますね~。
後年は黒澤の弟子・小泉堯史の監督作品も担当していましたが、やっぱりこの人は黒澤明と共に映画のいい時代を生きた映画人という印象。
ところで、巨匠の死後、東宝美術の伝統の継承者は誰になるんでしょうかね?
小川富美夫さん?それとも部谷京子さんかしら?
★ ★ ★
PS;以下は過去に奥方の村木忍さんについて書いた記事です。ご参考にどうぞ!
・<訃報> 俳優 植木等
・賞という名の墓標、市川崑の場合。
・『日本人のへそ』 須川栄三監督
<参考書籍>
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