胎児標本:栗生楽泉園での供養(10月6日)

写真はhttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20061006-00000027-maip-soci

 楽泉園ではかつて12体のホルマリン漬け胎児標本があったが、1963年にすべて焼却処分されたとみられていた。ところが、国立感染症研究所ハンセン病研究センター(東京都)から「1体に『母親』として楽泉園入所女性の名の記載がある」との相談があり、藤田さんらは同園関係の胎児標本の存在を初めて知った。
返還された胎児の通夜が5日午後1時から、同園で。

2006.10.05 毎日新聞 地方版/群馬  

ハンセン病療養所・胎児標本問題:きょう午後1時、標本胎児の通夜--草津町 /群馬

 ◇「命の重み償って」

 国立ハンセン病療養所などに強制堕胎されたとみられる胎児などのホルマリン漬け標本として残っていた115体のうち、草津町の「栗生楽泉園」に返還された胎児の通夜が5日午後1時から、同園で営まれる。同園自治会長の藤田三四郎さん(80)は「生まれることさえ許されなかった最大の差別と人権侵害を二度と繰り返さないために、きちんと葬儀を営み、謝罪して、命の重みを償ってほしい」と話している。

 胎児標本は00年、ハンセン病国家賠償訴訟の現地検証などで存在が判明。厚生労働省の第三者機関「ハンセン病問題検証会議」が05年1月、全国の療養所などに115体が放置されていたとする調査報告を公表。同省は同年11月に標本のある施設に火葬して供養するよう通達した。115体は強制堕胎や新生児殺害もあり、返還や検証作業が進められている。

 楽泉園ではかつて12体のホルマリン漬け胎児標本があったが、1963年にすべて焼却処分されたとみられていた。ところが、国立感染症研究所ハンセン病研究センター(東京都)から「1体に『母親』として楽泉園入所女性の名の記載がある」との相談があり、藤田さんらは同園関係の胎児標本の存在を初めて知ったという。

 標本は身長約80センチの男児で7月に返還された。「昭和26年1月12日」と年月日の記載があり、母の名を一字とった「順一」という名前がつけられていた。

 同省は焼却処分された胎児標本との合同慰霊祭開催を打診したが、藤田さんは「胎児は一人の人間。遺族もいる。『まとめて一度に』などと命を軽んじる行為は許せない」と、独自に葬儀・告別式を営むことを決めた。葬儀・告別式は6日。葬儀委員長は東正明園長(厚生労働技官)が務める。【藤田祐子】

 

2006.10.06 読売新聞 東京朝刊  

中絶胎児、安らかに 草津のハンセン病療養所で通夜 きょう告別式=群馬

 ◆母眠る納骨塔へ

 草津町の国立ハンセン病療養所「栗生楽泉園」で約55年前に中絶させられた入園者の胎児の通夜が5日、園内で営まれた。胎児の母親は同園で3年前に死亡しており、胎児は6日の告別式後、火葬され、母親と同じ納骨塔に収められる。

 全国の国立ハンセン病療養所では、かつて入所者に対して優生保護法(当時)に基づく人工妊娠中絶などが行われ、ほとんどは処分されたが、一部の胎児や新生児の遺体は標本として保存された。厚生労働省が設置した検証会議が調査したところ、2005年1月時点で、全国6か所に計114体があることが確認された。

 栗生楽泉園の女性入園者の胎児は、妊娠約6か月とみられる男児で、国のハンセン病研究センター(東京都)に保存されていた。同園の入園者の胎児と判明したため、今年7月、同園入園者自治会の藤田三四郎会長(80)らが、園に持ち帰っていた。

 全国の各療養所に続いて同園でも、11月7日に同省幹部が出席して、中絶させられた入園者の胎児の合同慰霊式を行う予定だが、今回は胎児が保存されていたため、通夜と告別式を行うことにしたという。

 藤田会長によると、4日午後にホルマリンから胎児を取り出して身を清め、特別に縫った子供服を着せてひつぎに入れた。5日は、入園者や職員ら約70人が参列、焼香した。

 藤田会長は「通夜の前に男児を抱いたが、生まれたてのようなしっかりした状態だった。生きていれば55歳で、家族も子どももいると考えると、涙が止まらなかった。この子も、もっと早く葬ってあげたかった」と語った。


 写真=栗生楽泉園内に設けられた祭壇。胎児が安置されたひつぎには紫の布がかけられた

 

2006.10.06 毎日新聞 東京夕刊 社会面 

ハンセン病療養所:栗生楽泉園で胎児標本の葬儀--群馬
 群馬県草津町の国立ハンセン病療養所「栗生楽泉園」で6日、返還された胎児のホルマリン漬け標本1体の葬儀が営まれた。全国の国立療養所など6カ所に残されていた胎児や新生児の標本は計115体。葬儀で同園入園者自治会の藤田三四郎会長(80)が「五十数年間の空白を埋めて母の胸に抱かれることを願います」と弔辞を述べた。


2006.10.07 毎日新聞 地方版/群馬  

ハンセン病療養所:胎児安らかに 入園者、無念さ胸に冥福祈る--草津で葬儀 /群馬
 
 国立ハンセン病療養所など6カ所に残っていた胎児のホルマリン漬け標本115体のうち、草津町の国立ハンセン病療養所「栗生楽泉園」に返還された胎児の葬儀が6日、同園で営まれた。胎児は55年前に標本にされたとみられ、入園者らはようやく供養される無念さに静かに冥福を祈った。

 胎児は男児で昨年末、国立感染症研究所ハンセン病研究センター(東京都)から、同園に「入園者の名が母親として記された標本を預かっている」と連絡があり、7月に同園自治会が引き取った。この母親は03年に死亡。入園者の谺(こだま)雄二さん(74)は「早く見つかっていれば、我が子と再会できたのに」と嘆いた。

 参列した全国ハンセン病療養所入所者協議会の藤崎陸安(みちやす)さん(63)は「なぜ生まれるべき子どもを強制堕胎したのか」と語気を強めた。11月7日には同園で焼却処分された胎児を含めた合同慰霊祭を行う。【木下訓明】=一部地域既報

 

5日付け毎日新聞の「標本は身長80センチ」は明らかに誤記。
国立感染症研究所に残されていた標本のうち栗生楽泉園のものは、
身長 30cm(検証会議報告書の他のデータによれば妊娠6ヶ月くらいか)の男児。
所見欄に 「加圧呼吸? 後頭部硬膜下出血 fibrin析出」との記載がある。
http://www.jlf.or.jp/work/pdf/houkoku/taiji.pdf

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栗生楽泉園自治会機関誌に掲載された、同園の胎児標本問題についての経緯(谺雄二さん執筆);
http://takaamami.fc2web.com/dekigoto/dekigoto200608.html
(Kazutaka Moriyama Website・「ハンセン病と私の人生」http://takaamami.fc2web.com/index.html )

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